救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

日朝首脳会談から20年ー特別集会2(2022/09/21)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2022.09.21-3)

■日朝首脳会談から20年ー特別集会2

◆「妹さんは死亡されています」だけ

飯塚耕一郎(田口八重子さん長男、家族会事務局長)

 みなさん、こんばんは。明日で日朝首脳会談から20年になります。この20
年を振り返ると、ただ単に悔しいということだけではありません。5名の方々以
降は誰も帰ってこられなかったし、我々が心から願っていた家族の再会もできま
せんでした。前代表の飯塚繁雄の再会も実現できなかったことは、本当に悔やま
れることでした。

 2002年に5名が帰ってきたことについては、先日実家に帰った時親父(育
ての親)のメモがありました。当時親父と私はまだ家族会に入っていなかったの
で、親父は外務省からの連絡を自宅で待っていました。私は会社の出張に行って
いて、日本の状況が分かりませんでした。

 朝起きて、インターネットニュースを見ると、「田口八重子死亡」とありまし
た。すぐに実家に電話をかけたのですが、親父はたまたま家にいましたので、
「ニュースを見たけどどういうことか分からない」と聞くと、親父も、「まだ詳
細は聞いていないので外務省とコンタクトして、どういう状況なのか聞いてくる」
と言っていました。

 その時の外務省の担当官との話もメモに書いてありましたし、会ってきた時の
様子として、「妹さんは死亡されています」と言われたが、それ以降黙ったまま
だったようです。著書にもこの時の心情が書かれていますが、それ以降何もなく、
「実際はどうだったのか、どういう証拠があったのか」と聞いても担当官は黙っ
ているので、こちらも黙って根競べを続けようかと思ったようです。本人は当時
「あきれてしまった」というのが当時の状況でした。

 それ以降、家族会の活動に参加して、横田滋さんたちと共にこの問題に関して
様々な活動をしてきています。その後北朝鮮から「交通事故報告書」が来ました。
私もコピーされたものを見ましたが、疑わしいことが多く、翻訳された物には田
口八重子の名前がなく、「理由」という文字すらいっさい書かれていないもので
した。

 それをもって、私の母であり、飯塚繁雄の妹が死んだとしていましたので、怒
りを覚えましたし、そのような物で我々が納得すると思っているのか疑問を禁じ
得ないというのが当時の気持ちでした。

 5人が帰ってきた20年前、5人の家族が帰ってきた18年前は大きな動きで
したが、そこから何も動きがなかったのが実態です。そして2002年、200
4年について色々な評価をする政府関係者やメディアの方がおられますが、私個
人の関係としては、家族が帰ってくるかこないか、0か100かという状況が2
0年続いているわけで、家族が帰ってこないわけですから0点なのです。

 交渉のプロセスについては、家族会がどうこうする話ではなく、家族を返すか
返さないかにしか焦点が置かれていないわけで、そこをご理解いただければと思
います。

 連絡事務所の設置とか段階的な解決ということが北朝鮮から必ず出てきますが、
そのようなことは時間稼ぎにしかならないと思っています。帰国された方々は軟
禁なれている招待所で、毎週反省をさせられ、その報告が指導員によって上に上
げられていますから所在は把握されています。

 また夫が軍人で亡くなったような人の奥さんが、招待所のおばさんとなり、拉
致被害者は常に監視をされています。厳しい監視体制の中に置かれているのに、
「これから国内を調査します」と言うこと自体がおかしいわけです。これは北朝
鮮の時間稼ぎでしかないことを改めてご理解いただきたいと思います。つまり、
決断さえすれば明日にも帰国ができる状況なのです。

 今日お話をするに当たり改めて20年前以降のことを調べてみたのですが、亡
くなられた家族会の方が写っていつ写真があったりしますので、寂しい思いがし
ました。

 八重子さんの兄弟に関しては、長男の飯塚繁雄、次男の飯塚進、三女の千恵子
は妹に会えないまま亡くなってしまいました。会うたびに、「大変らしいね、何
ともないのかね」と言っていた八重子さんの兄・姉、私からすると伯父・伯母が
亡くなっており、「会わせてあげられなかったな」と振り返れば、悲しい思い出
になります。

 もちろん八重子さんの兄弟だけではありません。横田滋さん、有本嘉代子さん
など、この活動にまさに命を削って頑張ってこられました。なぜ会わせてあげら
れないのか、何をすればこの状況が変わるのか、これは日々感じていることです。

 このような状況が20年続いていること自体が異常であって、異常事態は打破
しなければならないというのを日本の政権は考えていただきたいと思います。2
0年救えなかったというのは、本当に救う気持ちがあったのかと改めて考えたい
なと思います。後ろを振り向くだけでなく、これから先を見据えてどうやるかも
考えていただきたいと思います。

◆拉致問題を核・ミサイル問題と切り離して交渉を

 岸田政権は、従来政権のスタンスを継承することではなく、20年取り戻せな
いという異常事態を打破するために何をしなければならないかを考えていただき、
新たな手段、アプローチを考えていただきたいと思います。

 今後は、私個人として、家族会・救う会が掲げている「すべての拉致被害者の
一括帰国」というこの大原則は絶対にはずせないと思います。また、政治家の方
々が、「日朝平壌宣言に基づいて拉致・核・ミサイルを解決する」と言っていま
すが、基本的に拉致と核・ミサイルの問題は切り離してほしいと思います。拉致
問題は事件であって、他の2つと同じものではありません。拉致をどう解決する
かは核・ミサイル交渉と切り離してほしいと思っています。

 バイデン大統領、それからエマニュエル米国大使、そして先日韓国の尹徳敏
(ユン・ドクミン)大使にお会いしましたが、「拉致問題を核・ミサイル問題と
切り離して交渉することを容認していただきたい」とお願いしました。

 また日朝は過去のしがらみをぬぐい捨てて、建設的な姿勢として未来を描くこ
とを考えるべきではないかと思っています。日朝はこの20年異常な事態が続い
ています。何かもっとできないのかといつも思うのですが、これ以上苦しい想い
は継続したくないですし、もし家族が帰国したら、北朝鮮を非難するのではなく、
ただ静かに暮らしたい、家族との時間を取り戻したいだけです。

 引き続き拉致問題へのご理解をお願いしたいと思います(拍手)。

◆妹はもう66歳 拉致されて44年間も耐えていられるのか

本間 勝(田口八重子さん兄)

 皆さん、こんばんは。私は田口八重子の三番目の兄です。耕一郎が言いました
ように、既に兄弟の中で3人が他界しています。長兄で前代表の繁雄は、死ぬ間
際まで、自分が先に動いてこの問題に取り組むと言っていました。なかなか次の
家族会代表をどうするかという声が出なかったのです。余命いくばくかが分かっ
ていながら、ぎりぎりまで頑張っていました。病院で兄の顔を見るたびに、こん
なに苦労して頑張って申し訳ないな、取り返すこともできないでと思っていまし
た。

 妹の田口八重子は、金賢姫(キム・ヒョンヒ)の日本人化教師として20か月
共に暮らしていました。北朝鮮の内情をよく分かっていたわけです。経済状態の
悪さ、独裁的で人民に対しいい政治をやっていないことなどです。北朝鮮は非常
に寒いところで、帰ってきた5人の方もその厳しさを言っていました。それに毎
年耐えているのかと思うと、本当に涙が出ます。

 八重子ももう66歳です。22歳で拉致されて44年間も耐えていられるのか
なという疑問があります。どこにいるかも分からないし。身体もあまり丈夫では
なかったですから。

 この問題がなかなか進まないのは、もちろん独裁者である金正恩(キム・ジョ
ンウン)のせいです。解決の希望が一時見えたのは、金正日(キム・ジョンイル)
が亡くなった時ですね。佐藤会長が私に、「よかったね。これで帰ってくるよ」
と。金正日は工作員を育てるために日本から連れてきたわけです。指示した本人
が亡くなったのだからね。

 金正恩から見ても、「父がやったことだから」ということですから、返すタイ
ミングがあったのです。親のせいにすれば自分の責任は問われないわけですから。
しかし、金体制の三代目という重みが、親のせいにできないで、また北朝鮮の悪
さ加減が表にでちゃうわけですから。人の命を泥棒して、日本から連れ去って返
さない。そういう複雑なことが絡んでいるわけです。

 金賢姫たちが起こした大韓航空機爆破事件では飛行機が落ちて115名の出稼
ぎから帰る韓国人が死んでしまった。これほど大きな事件なのに韓国が北朝鮮の
責任を追及するとか今一切していないわけです。うやむやにしている。しかし八
重子が教えた金賢姫の証言で事件が明らかになっており、金賢姫は今韓国に存命
していて、「八重子さんは生きていますよ」という話をしている。

 平成22(2010)年に、軽井沢の鳩山邦夫さんの別荘で、飯塚家と横田家
がそれぞれ金賢姫さんからたくさんの証言を聞きました。八重子と濃厚に接触し
た人が言っていることですから、生きていると思いますが、会いたいわけです。

 安倍さんが長い間政権を担当し、「日本の最重要課題だ」と言いながらも、解
決できなかったのはやはり(金正恩の)責任問題だからでしょう。

◆拉致担当大臣は何年も続けて務めてほしい

 今は岸田政権で、松野官房長官が担当大臣ですが、命をかけている問題で兼務
してできるでしょうか。「日本の最重要課題」なら、何年も続けて同じ人を担当
大臣にすべきなんです。北朝鮮では宋日昊(ソン・イルホ)が今でもやっている
じゃないですか。そして日朝交渉でだまされて、はぐらかされてきた。「平壌宣
言は日本が破った」と言っている。おそらく「こう言え」と言われていると思い
ます。

 私たちは命をかけています。しかし、八重子が帰ってくることを思うと、命を
長らえることも大事です。この問題は闘いなんです。負けるわけにはいかない。
やはり会いたいです。非常な事件に巻き込まれたと思います。今も署名活動をし
ていますが、特定失踪者がどうやって帰ってこられるのか。特定失踪者の家族は、
ないがしろにされているんじゃないかと、私たち以上に苦しんでいるんです。

 私は川口市に住んでいますが、特定失踪者の藤田進さんの弟の隆司さんが国連
人権委員会に行って兄の救出訴えるなど必死の戦いをしています。しかし、なか
なか先が見えない。埼玉県は内陸ですが、だまされて連れていかれている。そう
いう人がたくさんいるんですね。ありがとうございました(拍手)。

◆田中局長は当時家族会に説明したことを改めててきちんと語ってほしい

松木信宏(松木薫さん弟)

 皆様、こんばんは。私は小泉訪朝の時はまだ家族会に入っていませんでした。
9月27日だったと思いますが、総理官邸で拉致被害者として北朝鮮が発表した
家族と総理との面会があり、その後家族会に入りました。

 そのせいか、他の家族の方々と少し感覚が違うかなと思うことがしばしばあり
ました。9月27日にキャピトル東急の地下で田中均アジア大洋州局長の説明会
がありました。私は拉致の運動とか家族会の活動は何も知らずに参加したのです。
田中さんは質問されるだけのものがなかったのでそうなったのでしょうが、何も
説明がないまま裏口かどこかから退出されて、確か「逃げるのか」という罵声が
飛んだと思います。

 NHKで日朝交渉に関する話がありました。田中さんと総理秘書官だった飯島
さんが日朝交渉の話をしていました。田中さんは交渉の話を詳しくしていました
が、守秘義務があるのかもしれませんが、飯塚さんは「現在も進行していること
をそんなに話せるか」というようなことを言っていたと思います。

 私としては飯島さんの方が好ましいと思いました。田中さんはメディアに色々
出ていますが、9月27日に話したことをきちんとやりなおしをしていただけな
いかと思います。田中局長にしても言いたいことがあるのだろうと思いますが、
メディアに話すと色々と齟齬をきたすことがあると思います。私としては、直接
の交渉者がどういう思いでやったのかを、間に人をはさまないで聞いてみたい。

 田中さんは、交渉されたことによって自宅に拳銃を打ち込まれたことがあった
やに記憶しています。私にもこのことを聞かれましたので、「我々は拉致はテロ
だと言っていますので、そういうことをするのは本末転倒だ」と言った記憶があ
ります。

 個人的な感想ですが、改めて9月27日に何を言いたかったのか、きちんと語っ
ていただきたいと思います。

 20年が経ちましたが、みなさんが普通に区切りと言うのと違い、通過点でし
かありません。しかし、北朝鮮にいる私の兄を含め、それだけ歳をとっているこ
とではあります。当時私は29歳でしたが、今月末で50歳になります。50に
なると色々な病気にもかかります。しかし日本は医療が充実していますが、北朝
鮮で充実した医療を受けられるのかと心配です。

◆政府は20年の蓄積を活かしてやってほしい

 宋日昊大使は、北朝鮮に残された骨の話をしていたと、ちらっと聞いたことが
あります。彼は長く大使をやっていますが、日本との交渉で実績を上げていない
のに長くやっていられるというのはどういうことなのかと、不思議に思うことが
あります。田中均さんの交渉のパートナーは亡くなったという話があります。

 私の母は亡くなってずいぶん経ちます。最初は「会わせたい」というのがモチ
ベーションになって、若いころは猪突猛進でしたが、今はそこまではやり切れま
せん。一つひとつ立ち止まって、過去にはどうだったかと考えるようにしていま
す。

 政府もこれからは20年の蓄積をどう活かすか、宝の持ち腐れにならないよう
に、是非やっていただきたいと思っています。交渉は外務省になりますが、拉致
問題対策本部の皆さんは、家族の立場で頑張ってくださっており、感謝します。

 もう後がないので、20年の蓄積を活かしてやってほしいと思います。岸田さ
んは、安倍さんがやったことと同じようにできるのかと考えておられると思いま
す。しかし、安倍さんではないのだから岸田さんは自分なりのやり方で少しでも
前に進められるようにやっていただきたいと思っています。

 すべては、被害者が日本に帰ってこられるためにと考えていただければ、大き
く方向を間違えることはないと思いますので、やってほしいと思います。失敗し
ても、何もしないのも失敗ですから、是非頑張ってほしいと思います。

 皆様方には変わらぬ応援を宜しくお願いいたします(拍手)。

(3につづく)



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