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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

北朝鮮の再調査結果、予想される問題点(2014/09/01)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2014.09.01)

 救う会・救う会東京は、8月28日、東京・文京区民センターで第81回東京
連続集会を開催した。近く北朝鮮が拉致被害者に関する再調査結果を出すと約束
した。集会は、予想される問題点などについて、元拉致問題担当大臣の中山恭子
参議院議員(拉致議連副会長)をお迎えし、西岡力救う会会長とトーク形式で実
施された。在京家族会から飯塚繁雄・家族会代表、横田滋・早紀江前代表夫妻、
増元照明事務局長、本間勝さんが参加した。

 概要以下の通り。数回に分けて発信します。

■北朝鮮の再調査結果、予想される問題点

西岡 みなさんこんばんは。緊迫している中ですが、向こうが何を出してくるか
分からないので何とも言えない気持ちで待っています。古屋大臣にここに来てい
ただいても、「言えません」とばかりおっしゃるのではないかと思って、今政府
を離れて野党におられますが、第1次安倍政権の時に拉致問題担当首相補佐官を
された中山恭子先生に来ていただきました。

 福田康夫政権の時には担当大臣、麻生政権の時には首相補佐官とずっとこの問
題に関わってこられました。2002年に5人が帰ってきた時から、当時は参与
という立場でしたが、私たちと一緒に、全員取り戻すことで戦ってくださった中
山先生の目から見て、今の状況がどう見えるのかということを討論して、皆さん
の頭の整理をして、何が出てきてもいいように、全員取り戻すためにどうすれば
よいかということを今日考えてみたいと思っています。

 みなさんのお手元に3つの資料をお配りしました。まず、5月29日に日朝政
府が合意した時の合意文書。そして7月1日に北朝鮮が日本政府に対して説明し
た「特別調査委員会」に関する説明の概要。これは政府が配ったものです。それ
ともう一つ。メールニュースでは発信しましたが、実は合意文書が出て、2週間
も経たない内に、維新の会として政府に申し入れをされました。長いものですが、
一言でいうとこの合意文では危ないと読めたというものです。

 維新の会の拉致問題対策委員会の委員長は中山先生でした。中山先生がこの合
意文書を見て、「よかったですね」「期待しています」ではなくて、危ないとこ
ろが多いと見られて、維新の会単独でこれだけの文書をまとめて総理に提出され
たわけです。

 その危ないのではないかという危機感は、今も変わっていないのではないかと
思います。もちろんよくなってほしいし、全員取り戻したいと思っているんです
が、取り戻すためには何が必要なのか、冷静に考えておくべきことを今日議論し
たいと思っています。

 中山先生にまずお聞きしますが、5月29日の合意文書を見た時、一読されて
どう感じられましたか。

◆この合意では非常に危険

中山 5月29日の夕方テレビで、「合意ができた」「多くの人たちが帰ってく
るのでないか」という非常に大きな期待を持たせるような放送がありました。そ
の直後に、どんな合意文書ができたんだろうと思って、手に入れて読み始めた途
端に、「ちょっと待ってほしい。これでは被害者は誰も帰ってこれないんじゃな
いか」という印象が非常に強くありました。

 読み始めた最初のところから「これはちょっと違うところがあるな」というの
が第一印象です。前文、日本側が行う措置、北朝鮮側が行う措置ですが、読めば
読むほど、これだけでは拉致被害者は帰ってこない可能性の方が強いという思い
があり、その問題点を慌ててまとめました。

 実は6月1日に、茨城県の那珂市で「国民のつどい」があり、その時はみんな
「よかった、よかった」という雰囲気でしたので、水を差すような形になったと
は思いますが、「この合意では非常に危険がある」「懸念して対応しないといけ
ない」と申し上げました。

 そして維新の会として、安倍総理に、「注意してください」「これでは危ない
です」という申し入れをしたのです。

西岡 茨城県での集会での映像をニュースで見まして、大変冷静に、心配だとい
うことを前面に出しておられ、私と同じ考えだなあと思ったことを記憶していま
す。

 私が一番心配だったのは、「被害者の安全の確保」でしたが、まず維新の会と
してどこが問題だと思ったのか。まず前文ではどこが問題だと思われましたか。

◆平壌宣言にのっとると拉致が出てこない

中山 はやり最初に、「双方は、日朝平壌宣言にのっとって、不幸な過去を清算
し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現するために、真摯に協議を行った」と
あります。2002年9月17日に両首脳が合意したものですが、この平壌宣言
は拉致問題にまったく触れていない。「懸案事項」の中に含まれているような宣
言です。

 この宣言にのっとってということであれば、拉致問題は脇に追いやられた合意
になるだろう。まず最初の1行目にこの形が出てくるのは拉致問題としては残念
な話だと思いました。

西岡 確認しますが、平壌宣言には拉致という言葉は入っていないんです。日朝
間の懸案について再発防止を約束したというんです。ということは、もう既に解
決したという表現にもなっているんです。

 しかし、あの時点では5人の被害者さえ取り戻すことができていなかった。
「8人死亡」と一方的に言われている段階で再発防止を約束した。外交文書だか
ら表現で拉致ということを書かなかったということを百歩譲って認めたとしても、
再発防止を言ってる場合じゃないだろう、と思った記憶があります。

 もう一つ、あそこで北朝鮮は、核開発、ミサイル実験をしない、国際約束を守
ると書いてあるんですが、既にあの時点でアメリカ政府は、北朝鮮がパキスタン
から濃縮ウラニウムを作る技術を入手して、濃縮ウラニウムを原料とした核開発
をしているという確実な証拠を持っていたんですね。

 同盟国のアメリカからもらった情報よりも、金正日があそこで口約束したこと
を信じてサインしてしまったという点でも大変危険な文書だったと私も思ってい
ます。

◆当時は拉致被害者が犠牲になっても国交正常化

中山 平壌宣言では、金総書記が拉致を認めて謝罪すれば、被害者救出は全く念
頭になくて、謝罪すれば日朝国交正常化をすすめるという考え方に基づいて合意
がなされているわけですから、被害者救出という概念、考え方が、当時の日本政
府というか日本全体と言ってもいいかもしれませんが、その考え方がなかったと
言ってもいいほどでした。

 拉致被害者が犠牲になっても国交正常化をすすめるべしというのが日本全体の
考え方だったわけですから、その考え方にのっとって合意された宣言です。だか
ら拉致被害者とか救出という単語も出てこないという平壌宣言でした。今回もそ
れにのっとってすすめるというのですから、心配です。

◆日朝協議は被害者を取り戻すための犯人との交渉

西岡 2002年の9月17日の段階では、中山先生はまだ政府の中におられな
かった。外で見ていてくださったんですが、簡単に言いますと、9月17日に政
府は確認作業もしないで家族に「死亡」と伝えたんです。

 そして平壌から帰ってきた次の日、18日の朝、安倍官房副長官が出勤前に、
家族会が泊まっているホテルまで来てくださって、「確認作業をしていなかった」
ということを伝えてくださったので、まだ死亡は確認されていないことが分かっ
たんですが、それまで日本中が「死亡」と書いていて、「遺族」と言われていま
した。

 さらに確認作業をした外務省の梅本駐英大使館公使を家族に会わせないでロン
ドンに送ってしまおうことを外務省が決めていたんです。私たちは安倍さんが来
てくれて、確認作業をしていないことが分かったので、梅本さんを探したら、
「今買い物にいっていて連絡がつかない」とか色々言われて、その日の夜になっ
てやっと会えました。

 しかし、地村さんのお父さんと浜本さんのお兄さんは梅本さんに会えなかった。
つまり、20数年ぶりに被害者に会った担当者を家族に会わせないで、少なくと
も地村さん、浜本さんについては会わせないでロンドンに返してしまったんです。

 助けようという姿勢がないまま作られたのが平壌宣言だったということを私も
目撃していて、そうだなと思ったわけです。しかし、それがここにも入っている、
つまり外務省は「決めた文書は大切なものだ」と言うんですね。「これを基礎に
してやらなくちゃいけない」と言うんです。

 ここに今後の交渉を見るカギがあると思うんですが、私は今の交渉は外交交渉
じゃないんだと言っています。被害者を取り戻すための犯人との交渉なんです。
相手を普通の国としてお互いに承認して、約束したことは守りあいましょうと、
いくつかの譲歩をしながら仲良くするためにどうしましょうと決める交渉ではな
い。

 犯人が人質をとって立て籠もっている。警察は(犯人と)連絡を取らなければ
ならない。「(被害者に)手をかけたら許さないぞ、安全を保ちなさい、要求は
何だ、全員返しなさい」と。

 その全員ということについては、譲歩の余地がないわけですよね。でも外交交
渉になってしまうと、「何人かでいいのではないか」という発想になりかねない。
ここが一つのカギだと思うんですが、中山先生は外務省の外でずっと仕事をされ
ていたんですが、最後に外務省の大使になられて、人質解放交渉を中央アジアで
なさったんですが、その時に外務省のことについて感じたことがあると言ってお
られましたが、その話を少ししてください。

◆人質解放は相手の政府まかせという戦後病

中山 北朝鮮の拉致問題の重さ、大きさ、複雑さに比べれば、中央アジアでは人
質になった時に情報が入ってきました。人質になった時は一刻も早く相手方と交
渉して救出しないと、非常に難しい状況が出てきます。拉致問題は最初の被害者
から考えると40年近く経っていますので、本当に難しいなと感じます。

 中央アジアの場合は、99年8月24日未明に、日本人鉱山技師4名がキルギ
スで人質になったとの情報が入ってきました。その日から動きました。この話を
すると非常に長くなりますので、「ウズベキスタンの桜」には相当詳しく書いて
おきましたので、もしお時間があったら読んでいただければと思います。

 いずれにしても、戦後ずっと同じ状態であったと考えていますが、敗戦後の日
本で日本国民が海外で被害にあった時日本としてどう対応するかですが、その事
件が起きた国の政府にすべてをお任せする。これが戦後日本の外交です。それが
ずっと続いてきているわけです。嫌な思いはせずに、相手の政府に救出を頼むの
が日本の戦後の外交でした。

 それがずっと貫かれていて、この人質事件は北朝鮮政府そのものが関わってい
るにも関わらず、交渉する段階では北朝鮮政府にお任せをするという考え方が続
いていたであろうと考えます。これでは救出なんてできっこない。

 日本政府がまた日本全体が真剣に北朝鮮と交渉し、救出活動をしない限り、人
質を救出するのは無理だと思うんですが、そういうことは戦後一切なされていま
せん。ある意味では敗戦シンドローム、敗戦病といいのかもしれません。そうい
うところまでこの問題は関わってくる。また、日本の憲法そのものに関わる問題
だといってもいいと思います。

◆「私は家族の側ですから」

西岡 中山先生が家族担当の参与になられた日の夜私はお会いしていて、そのキ
ルギスでの話を簡単にお聞きして、その時印象に残っている言葉は、「外務省は
冷たいんですよ」ということです。

 実はその次の日の朝、田中均局長が初めて家族の前に出てくるという日でした。
田中均局長が中山先生を家族に紹介する段取りだと私は聞いていたので、「それ
はやめた方がいい」、「時間がないので端的に申し上げますが、田中均局長と私
たちは立場が違う」、「確認をしないで『死んだ』と言った人たちに私たちは怒っ
ている」ということを申し上げたら、「事情はよく分からないが外務省が冷たい
ということで、そういう気持ちはよく分かります」とおっしゃった。

 そして椅子を持ってきて、「私はこちらの側ですから」と言って、家族の後ろ
に座られた。私や蓮池透さん、増元さんが田中さんにどなっていたんですが、こ
ちら側に座っておられたのを覚えています。

(2につづく)




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