「北朝鮮拉致について現段階で分かっていること」3(2026/09/14)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2026.09.14-1)
◆人定拉致
田口さんの拉致や原敕晁(ただあき)さんの拉致は人定拉致ですね。久米さん
もそうですよね。東京にいる人をだまして連れて行くのが在日朝鮮人なんです。
その組織の人間が連れて行くわけです。そのために、「年齢がこれぐらいで親戚
付き合いしてないのを探してこい」となって、平壌と連絡して、連れていきます
となって、それを「何月何日何時にどこで待ち合わせ」って決めて、工作員が待っ
ているところに連れて行く。その場合は工作員の脱出作戦と同じ形になります。
待っていて接線して連れて行く。
カチカチカチと岩を叩くとですね、向こうでカチカチと叩く。合計5にすると
か、合計7にするとか決めておく。4叩いて向こうが3叩いたら「着いたんだな」っ
て、そして連れて行くという話です。とにかく工作員の脱出と同じ形になる。
◆条件拉致、無人島に子船を隠す
しかし、条件拉致の場合だけは別で、潜入したら普通は子船とゴムボートで案
内人は帰って、子船から母船に帰っちゃうんですが、帰ってしまったら(拉致被
害者を)連れて行けないので、母船が領海の外で待っています。そしてですね、
子船を降ろす。「見つけました」、ゴムボートで行くことはできるけど、領海の
外までゴムボートで行けるか。できたら子船を残しておきたい。あるいは「見つ
けました」と連絡したら、もう一回カバッと開けて子船が出てくるというのに時
間がかかる。
それでですね、地村さんの現場に行ったら、地村さんが拉致された浜の近くに
無人島があった。漁船で行きました。で、近くの漁師さんに聞いたら「この無人
島のあたりに工作船がいたら、絶対見えませんよ」と。そういう目で見たら、市
川さんが拉致された現場にも無人島があったんです。浜から見えたんです。「あ
あいうのばっかり探してるな」と思いました。やっぱり現場に行ってわかりまし
た。
ところが、蓮池さんの現場と曽我さんの現場は無人島がないんです。話を聞い
てみました。地村さんはゴムボートに寄せられて、一回海に落とされるかと思っ
たそうです。そして、多分子船に移された。それからもう一回母船に移った。二
回乗り換えた。蓮池さんと曽我さんは一回しか乗り換えなかった。ゴムボートか
らすぐ母船に乗っていった。地村さんの場合だけ、無人島に子船を置いていたん
じゃないかというのが我々の感想です。松本さんたちが帰ってきたら「乗り換え
ましたか」と聞きたいところです。曽我さんも乗り換えた。
条件拉致で長く子船がいるということは、あとの話とも繋がるんですが、実は
北朝鮮の工作船と基地の間では無線で連絡しています。ソ連製の無線機、漁船が
使っていた無線機を使っているんですが、その無線の量が多く、通常の潜入や脱
出の時は「ある地点まで来ました」と言って報告して、また無線を通じて「成功
しました。帰ります」と言って報告しますが、待ってなくちゃいけない。特に昭
和53年の夏は無線がたくさん飛び交ったと、後でそういう話があります。それと
この条件拉致とも関係あるのではないかと思います。それが二つ目の発見です。
◆拉致の4つの目的
そして三つ目の発見は目的ですね。当初は先ほど言いましたように、秘密隠蔽
と身分偽装・背乗り(はいのり)、それと(日本語の)教官にすることだったん
ですが、もう一つある。それはその本人を洗脳して工作員にするということです。
地村富貴恵さんと田口八重子さんは、「金正日政治軍事大学に入らないか」と言
われている。富貴恵さんは断ったそうですが、八重子さんは「工作員になったら
海外に出られるから」と。こういう人たちが入るんですよ。入ろうとしたという
話を富貴恵さんが話をしている。蓮池薫さんも地村さんも「工作員養成校に入ら
ないか」と勧められたと、最近になって蓮池薫さんが言いました。
そしてそのことについてはですね、これは富貴恵さんの証言をそこに引用して
います。「拉致被害者の富貴恵さんが北朝鮮に拉致された後、指導員から『拉致
したのは工作員にするためだ』と告げられていたことが13日分かった。産経新聞
の記事が調査関係者の取材で分かった。北朝鮮がこれまで日本人拉致の目的を工
作員の教育と身分盗用(背乗り)と説明していたことから、当初は拉致被害者を
工作員に仕立てる計画もあった可能性を示した。
警察の調べによると、これは富貴恵さんが警察でしゃべっているということで
す。北朝鮮に到着して1年が経った昭和54年の夏頃、南朝鮮に対して祖国を統一
するために「工作員にする」理由について説明があった、と。富貴恵さんは何度
も拒絶したが、指導員から「祖国統一のためだ」と繰り返し言われた。
富貴恵さんと八重子さんは工作員養成機関である金正日政治軍事大学に入学さ
せようとする計画もあった、と。2人は当時、平壌市内の招待所での生活を続け
ていた。計画は実行されず、富貴恵さんは79年に地村さんと結婚、3年後に入学
を免除された。その後ほぼ二人で生活した、と説明していた。田口さんは81年1
月から83年3月まで金正日の工作員養成機関で一緒に暮らして、生活習慣を叩き
込まれた。これは2012年、割と早い時期に大新聞が2人の証言を書いている。
田口さんも最近ですね、「私たちは工作員養成機関の金日成政治軍事大学(後
に金正日政治軍事大学)に入学を申し出ていた。しかし何か月後に入学の命令が
出ないで中止されました」。この時の「私たち」というのは、蓮池さんと地村さ
んが一緒の招待所にいた時です。
◆外国人を工作員にはできない
それから金賢姫(キム・ヒョンヒ)については、これは私が直接聞きました。
金賢姫が80年に工作員と紹介された招待所の中で、当時調査部と言われた工作員
の課長が来て、金賢姫にこういう話をした、と。80年代に幹部(課長と思います
が)が招待所に来て、「私たちは以前、外国人を教育して現場に出した。出して
みるとダメだった。裏切ってしまった。これはやはり間違いだ。やはり外国人は
信用できない。仕方がない、北朝鮮の若い人たちを工作員に教育する方法しかな
い」という風に課長が言ったと。
実はレバノンから4人の女性が拉致されました。同じ時期ですね。そしてその4
人の女性の証言によると、フランス人やイタリア人やオランダ人などがいたんで
すが、その人たちは工作員になる訓練を受けさせられた。銃の撃ち方や暗号解読
などを教えられた。そして演習として東ヨーロッパに出された。2回目の演習の
時、隙を見て2人が逃げた。ユーゴスラビアのアメリカ大使館に逃げたと思いま
したけど、それで家族が騒ぎ出したので、あとの2人も返した。
それで先ほどの「外国人を教育して出してみると」というのは、つまり外国に
出してみるということです。蓮池さんも、「レバノン人のことがあったから自分
たちは工作員にさせられなかったんじゃないか」と今言ってますが、それを聞い
たら「日本に来てからその事実を知ってそう推測してるんだ」と言ってました。
でも金賢姫は「出してみるとダメだった」と聞いていたわけです。レバノンの事
件だと。
◆よど号犯と拉致
考えてみるとですね、1970年に赤軍派のハイジャック事件(よど号事件)があ
りました。北朝鮮に行って軍事訓練を受けて日本に戻って武装革命を起こすとい
う妄想を持って、田宮高麿率いる学生が北朝鮮に行ったわけです。しかし北朝鮮
に入って「主体(チュチェ)思想を勉強しよう」と言われて1年も経たないうち
に、まず「世界革命」とか言わなくなって、「主体思想こそが素晴らしい」と。
そして労働党の傘下機関として「自主革命党」という党を作って田宮が党首に
なって、金正日から「日本革命テーゼ」という文章をもらって、「党員を増やせ、
北朝鮮の意を受けて日本で革命を起こせ」ということで有本恵子さんが連れ去ら
れて行ったと。
あるいは、その一部のよど号メンバーが横須賀でスナックをやって、「防衛大
学校の学生をオルグせよ」という命令を受けて、そのスナックが防衛大学校の学
生の溜まり場になっていたということをやったんですね。北から見ると「オルグ
できるんだ」と。
◆70年代は社会主義陣営が強かった
それが70年代に分かったことで、当時特に74年に金正日が後継者になった頃は、
金正日がお父さん(金日成)にごまをするために「お父さんが作った主体思想こ
そが世界で一番いい思想だ」と言って、「党の唯一思想体系を守るための10大原
則」というのを作って、全員がそれを暗記させられて、憲法よりも労働党規約よ
りも10大原則が優先で、一週間に一回、毎週土曜日に仕事を休んで、その10大原
則に基づいて「この一週間自分たちは政治的に正しい暮らしをしていたかどうか」
というのを自己批判し相互批判をするというのを毎週全員にやらせていた。
当時70年代はまだ社会主義陣営が強かった。75年にはベトナムが共産化された
という時代で、彼らは自信を持っていた。北朝鮮の人たちは本当に「主体思想は
世界で一番だ」と思っていた。70年代、80年代にヨーロッパに留学した北の留学
生は、最初は喧嘩する。東ドイツに留学した北の男性の学生は、東ドイツの人間
が主体思想を知らないから「君は分かっていない」と。そのうちに北の方が生活
水準が上だと言えなくなって、3年くらい経つと「南朝鮮(韓国)から来た」み
たいになるという話を聞きました。中にいるとそう思っちゃう。
田口八重子さんに金正日(ジョンイル)が付つけたと言われる名前は「李恩恵
(リ・ウネ)」という。「ウネ」というのは「世界一の思想を学ぶことができる
のはあなたにとって恩恵だ」という、そういうグロテスクなおかしな思想がある
中で「田口」さん拉致があったということです。だから「工作員にするため」と
いうことがもう一つあったが、それができないから教官にしたと。
金賢姫さんはめぐみさんがそうだとは聞いていなかったけど、「たぶん13歳と
いうのは若すぎるんじゃなくて、13歳くらいが一番洗脳しやすいから10代の女性
を拉致したということだったんじゃないかと私は思います」と言っていました。
彼女(金賢姫)が私にそう言いました。これが3つ目の発見。
◆電波傍受情報が拉致認定の決め手だった
そして4つ目は、警察による電波傍受情報が拉致認定の決め手だったというこ
とです。皆さんはこの問題に関心が深いので梶山答弁をご存知ですね。1988年の
2月に梶山静六国家公安委員長が参議院予算委員会で、地村さんの件、蓮池さん
の件、市川さん、松本さん、そして久米さん、それから田口八重子さんなどにつ
いて「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚である」という答弁をしました。
なぜできたのか。87年に大韓航空機爆破事件が起きて、容疑者の金賢姫が自殺
を図ったが生き残って、記者会見に出て日本語で日本の記者の前で喋って、「こ
の私の日本語は『李恩恵』と言われる日本から連れてこられた女性から習いまし
た」と言ったわけですね。
しかしそのとき金賢姫はまだ「李恩恵=田口八重子」と特定できていなかった
し、分かっていたのは原敕晁(ただあき)さんたちの犯人の辛光洙(シン・グァ
ンス)が85年に捕まっていましたから原さんたちについては分かっていたが、蓮
池さんや地村さんや市川さん、松本さんについてなぜ分かっていたのか。
金賢姫は蓮池さんに会っていないのに、逆にめぐみさんには会っていたんです
けれども、「めぐみさんが教えた金淑姫(スッキ)に迷惑がかかるかもしれない
と黙っていた」と言っていました。それなのにあの事件で自信を持って警察が名
前を出して言えた。名前はいきなり実名で言っていますが、蓮池さん、地村さん、
市川さん、松本さんと言ったわけですよ。未だにその工作員は出てきていないの
です。
私が解説した新聞記事の横のコラム、ここで何回か電波のことを書いたんです
が、今回も電波のことを書いています。実はアベック拉致の時、電波(無線)が
あったんだと。産経新聞が2001年に最初に書いていました。実は1997年に週刊文
春にそういう記事が出ていました。そしてそれは匿名の証言だったんですが、読
売新聞の2002年12月の記事が大特ダネで、私はそれに本当に驚愕しました。
警察庁という全国の警察を統括する組織があるんですが、そこで電波を担当し
ていた人、70年代に電波を担当していて、もう2002年の段階で引退して自宅にい
た人のところに読売新聞の記者が行って取材をしたんです。私はその記事を書い
た記者を知っているんですけど、その人が「実は78年の夏、電波が大変飛び交っ
ていて、だから私は警察庁に泊まりがけでいた。北朝鮮の電波が傍受できると、
『コリアンボート情報』というのを秘密に各県警に出す」と。警備情報です。
日本の警察は戦後民主化されたので、実は自治体警察で警視庁は東京都知事の
下にあることになっている。大阪府警は大阪府知事の下にあることになっていま
すが、しかし公安警察だけは警察庁が全体を指揮している。連絡網も実は警察庁
が仕切っている。警察庁から警備情報が公安警察に行く。
当時の新潟県警の警備部長は公安出身の人だった。だから多分「警備しろ」と
いう情報は行っていたんです。ただし先ほど言ったように工作船は領海の外にい
る。その後、子船が来て、そしてゴムボートが来ますから、「どこの船が来た」
ということで新潟沖にいるとか富山沖にいるとか能登半島の先にいるとか分かり
ますけど、どこの海岸に来るか分からない。
過去の工作員の潜入脱出の経験から頻繁に使われるところを警備する。でもそ
の場合、砂浜が多い。先ほど言ったように「でも拉致は砂浜じゃない」というこ
とがあったんです。
その読売の記事で、自分がおそらく日本で最初に来た「北朝鮮によるアベック
拉致」を確信・指示した人物です。「1980年1月に阿部雅美さんが産経新聞に記
事を書けたのは、この人物の周辺のわずかな人たちが知っていた情報がリークさ
れて書けたんだよ」とおっしゃっていた。ただし1979年に警察で会議が開かれて、
新潟県警と福井県警と鹿児島県警と富山県警が集められた。そこで分からなかっ
たのが動機だそうです。
◆拉致の動機が分らなかった
事件には動機がある。当時分かっていたのは「背乗り」は分かっていた。身分
を奪う。なぜなら久米裕さんたちの事件があり、現場の犯人が捕まって一定程度
自供していたからです。そして実は旧ソ連も背乗りはやっていたんです。プロの
警察の世界の人々は「背乗り」は知っていたのですが、背乗りをするためには戦
前生まれの人じゃなくては背乗りできない。日本人として育ったことがある世代
じゃなければ日本人になりすませない。
だからめぐみさんや蓮池さんたちの世代は戦後生まれですから、その年齢の人
たちが日本人に化けることはできない。それなのに「なぜ10代から20代の若者が
拉致されたのか」。特にめぐみさんはもっと若かったから、「背乗りするってちょっ
とおかしいじゃないか」と。
そこで電波があった、船が来ていた、そして理由のない失踪事件があった、そ
れが連続して起きていた。「怪しい」と思う。だけどもう一つは電波を傍受して
いるということも秘密にしていた。
いろいろ私が調べたら、1963年に秋田で失踪事件というのがありまして、工作
子船が海が荒れたために難破して海岸に漂着して遺体が上がったんです。その時
さまざまな工作員が持っていた物が上がった。その中に当時の無線機があった。
元工作員に聞いたら当時使っていたのはソ連製の無線機だった。それを押収して
その周波数が分かった。
そこで、それを聴くことができる施設を警察は全国に作った。それを内部の用
語で「山」と呼ぶ。「山」の情報が警察庁に集まる。そして警備情報を出す。そ
して上陸したスパイを捕まえたりした。
しかしスパイも多くないし、その人を捕まえても「不法入国罪」で国外追放と
いうことにしかならなかった。捕まえたスパイの無線機も「所有権がある」と解
釈されて、日本製無線機さえも没収できなかったと、佐々淳行さんが当時外事課
長だった時の本に、「悔しい思いをした」と書いていました。でも警察が何もし
てなかったわけではなく、分かってはいたんですけど、そこから「プロから見て
も動機が分からない」と。
蓮池さんの戸籍をずっと見守っていたという話。蓮池さんや地村さんに対して
「なりすます」って、蓮池と名乗る人間が出てきて戸籍を取ってパスポートを取
るんじゃないか。そしたら金賢姫が出てきて教官として使っているんですよ。そ
れで最後の謎が解けた。
阿部雅美さんと私は話をしたことがあるんですが、2002年、1997年に最初にあ
の記事を書いた時に阿部さんも「アベックをさらう理由が分からない。動機が本
当に分からない」と。それで有名な推理小説作家のところに聞きに行ったんです。
それが謎だったんですが、それが解けたので「これはもう大丈夫だ」と。
当時の日本社会の雰囲気は、北朝鮮のことを批判するというのは大変なことだっ
た。韓国に対する批判が強くて、北朝鮮を支持する勢力が国会の3分の1あって、
マスコミも「朝鮮民主主義人民共和国」と言ってて、北朝鮮を非難すると「KCIA
の手先だ」とか言われる状況の中で、確実な証拠がないのに言ったら警察が非難
されて、そして「電波傍受したら他の日本の無線も聞いてるんじゃないか、何の
権限があるんだ」と言われかねない。
北朝鮮の電波を傍受してることが伝わったら周波数を変えられちゃうという。
様々なことがあったんだ、と。でも梶山さんたちが覚悟を決めて答弁したのに、
マスコミは報道しなかった、政治家は取り上げてくれなかったってことがあった
んです。
それで私はいろいろ調べて、ある資料を見つけました。そこには、今日本政府
が認定している拉致被害者17人、そのうち「よど号」グループで拉致されたのが
3人ですね。有本さん、石岡さん、松木さん。それから田中実さんも別のグルー
プの地下組織に騙されて海外で拉致された。国内が拉致現場の人は13人。そのう
ち現場情報がないのは田口八重子さんだけです。曽我さんの時は現場情報があっ
た。市川さんや増元さんも現場情報があった。電波でもちゃんと聞いていたので
す。
田口さんについてないのは、田口さんの現場をまだ特定できていないんですね。
田口さんが勤めていた池袋の店のお客の一人が朝鮮総連の副議長だった。そして
その部下の宮本明こと李京雨(リ・ギョンウ)という本部の工作員が通っていた。
その宮本と一緒に田口さんが旅行に行ったという話があるわけです。「新潟に行
く」と言っていた。
だから「新潟なんじゃないか」という説があるんですが、しかし田口さんが北
朝鮮で浜本富貴惠さんと一緒の招待所に暮らし、その後も近くで暮らして最初に
親しかったんですが、富貴惠さんによると田口さんは「私は宮崎でやられた」と
言っていた。その二つについて富貴惠さんの証言しかないので警察は断定できな
いということで「どこかまだ分からない」。
日本政府のパンフレットを見たら拉致現場の地図があるんですが、田口さんだ
け「場所不明」って横についている。だから例えば宮崎で電波情報があったとし
ても新潟で連れ出した可能性もあるので丸をつけなかったのかなと、私は自分な
りに推測しています。
以上が新しい発見なんですが、それをもう一度整理するとですね 、日本人拉
致の3類型ということで、まず遭遇拉致。拉致を目的としていない工作員が偶然
遭遇して拉致する。機密を保持することだけを目的とした特殊な拉致。
ごく少ない人定拉致。事前に対象候補者に関する調査を行い、その人物を対象
とすることを決定した後行う拉致。
若い女性、若い男女などという条件に合致する候補者をその場で選定して行う
条件拉致。事前に拉致対象者候補に関する調査を行い、国内には協力者はいない。
人定拉致は国内に協力者がいますが、条件拉致はいない。
背乗り(はいのり)、工作員の現地化のための教官、工作員にするための拉致
被害者の配偶者拉致。総合すると、秘密隠蔽を目的とする遭遇拉致。これはかな
り少ないのではないか。
海岸でいなくなった失踪者がいれば、そこの失踪の時点が工作員の上陸だった
り、被害者が襲われたりすると怪しいと言える。
背乗りを目的とする人定拉致。これは海岸じゃなくて、大都市でも十分あり得
る。
それから、工作員化、現地化、教官、配偶者を目的とする人定拉致は、やはり
海岸じゃなくて、日本国内で、そして年が若い。今60代から70代くらいの人。そ
れから、よど号に拉致されて、これは工作員にしようとして、自主革命党の党員
にさせられそうになった。
そして工作員化、現地化、教官、配偶者の3つを目的とする条件拉致で、これ
は海岸近くで、若い女性だったり若い男女が、70代後半にいなくなっているケー
ス。後ろから見たら男女に見えるようなペアも含まれる。
こういうパターン化をした上で、そしてもう一つ、その時失踪事件の時に電波
情報があるかないかということを併せて、今、失踪者を分類できるかもしれない。
そういうことをやっておいた上で、北朝鮮が例えば30人とか50人出してきたら、
そのリストと見て、怪しいと思われる人たちが大体入っていたら、こいつは本当
のことを言っているのかなと思うし、怪しいと思う人が入っていなかったら、
2002年の時に嘘をついていたかもしれない。
もちろん、今、北朝鮮の中に手を突っ込んで情報を取るということもやらなけ
ればならない。
それから、帰ってきた人が例えば30人いるなら、私たちは帰ってきた被害者か
ら秘密を聞き出したり、反北朝鮮活動をしないという誓約書を書きましたが、一
つ例外がある。帰ってきた人に、「他の日本人被害者は知りませんか」と絶対聞
く。「外貨ショップで見ませんでしたか」とか、「病院で会いませんでしたか」
と聞きますよ。だから、「嘘をつくのはやめてください」と、金正恩氏にアピー
ルしているわけです。
こういうことを整理して、準備をして、もちろん公開できない情報も含めて整
理をして、高市総理が正しい判断をできるようにしなければならない。そういう
ふうに思っているのですが、それをやるのが今できたばかりの国家情報局ですが、
国家情報局がどういうところで拉致に関する情報集めをできるかというのを専門
家に解説してもらって、今日を終わりたいと思います。
(4につづく)
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■高市首相にメール・葉書を
首相官邸のホームページに「ご意見募集」があります。
下記をクリックして、ご意見を送ってください。
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葉書は、〒100-8968 千代田区永田町2-3-1 内閣総理大臣 高市早苗殿
■救う会全国協議会ニュース
発行:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)
TEL 03-3946-5780 FAX 03-3946-5784 http://www.sukuukai.jp
担当:平田隆太郎(事務局長 info@sukuukai.jp)
〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905
カンパ振込先:郵便振替口座 00100-4-14701 救う会
みずほ銀行池袋支店(普)5620780 救う会事務局長平田隆太郎
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
◆人定拉致
田口さんの拉致や原敕晁(ただあき)さんの拉致は人定拉致ですね。久米さん
もそうですよね。東京にいる人をだまして連れて行くのが在日朝鮮人なんです。
その組織の人間が連れて行くわけです。そのために、「年齢がこれぐらいで親戚
付き合いしてないのを探してこい」となって、平壌と連絡して、連れていきます
となって、それを「何月何日何時にどこで待ち合わせ」って決めて、工作員が待っ
ているところに連れて行く。その場合は工作員の脱出作戦と同じ形になります。
待っていて接線して連れて行く。
カチカチカチと岩を叩くとですね、向こうでカチカチと叩く。合計5にすると
か、合計7にするとか決めておく。4叩いて向こうが3叩いたら「着いたんだな」っ
て、そして連れて行くという話です。とにかく工作員の脱出と同じ形になる。
◆条件拉致、無人島に子船を隠す
しかし、条件拉致の場合だけは別で、潜入したら普通は子船とゴムボートで案
内人は帰って、子船から母船に帰っちゃうんですが、帰ってしまったら(拉致被
害者を)連れて行けないので、母船が領海の外で待っています。そしてですね、
子船を降ろす。「見つけました」、ゴムボートで行くことはできるけど、領海の
外までゴムボートで行けるか。できたら子船を残しておきたい。あるいは「見つ
けました」と連絡したら、もう一回カバッと開けて子船が出てくるというのに時
間がかかる。
それでですね、地村さんの現場に行ったら、地村さんが拉致された浜の近くに
無人島があった。漁船で行きました。で、近くの漁師さんに聞いたら「この無人
島のあたりに工作船がいたら、絶対見えませんよ」と。そういう目で見たら、市
川さんが拉致された現場にも無人島があったんです。浜から見えたんです。「あ
あいうのばっかり探してるな」と思いました。やっぱり現場に行ってわかりまし
た。
ところが、蓮池さんの現場と曽我さんの現場は無人島がないんです。話を聞い
てみました。地村さんはゴムボートに寄せられて、一回海に落とされるかと思っ
たそうです。そして、多分子船に移された。それからもう一回母船に移った。二
回乗り換えた。蓮池さんと曽我さんは一回しか乗り換えなかった。ゴムボートか
らすぐ母船に乗っていった。地村さんの場合だけ、無人島に子船を置いていたん
じゃないかというのが我々の感想です。松本さんたちが帰ってきたら「乗り換え
ましたか」と聞きたいところです。曽我さんも乗り換えた。
条件拉致で長く子船がいるということは、あとの話とも繋がるんですが、実は
北朝鮮の工作船と基地の間では無線で連絡しています。ソ連製の無線機、漁船が
使っていた無線機を使っているんですが、その無線の量が多く、通常の潜入や脱
出の時は「ある地点まで来ました」と言って報告して、また無線を通じて「成功
しました。帰ります」と言って報告しますが、待ってなくちゃいけない。特に昭
和53年の夏は無線がたくさん飛び交ったと、後でそういう話があります。それと
この条件拉致とも関係あるのではないかと思います。それが二つ目の発見です。
◆拉致の4つの目的
そして三つ目の発見は目的ですね。当初は先ほど言いましたように、秘密隠蔽
と身分偽装・背乗り(はいのり)、それと(日本語の)教官にすることだったん
ですが、もう一つある。それはその本人を洗脳して工作員にするということです。
地村富貴恵さんと田口八重子さんは、「金正日政治軍事大学に入らないか」と言
われている。富貴恵さんは断ったそうですが、八重子さんは「工作員になったら
海外に出られるから」と。こういう人たちが入るんですよ。入ろうとしたという
話を富貴恵さんが話をしている。蓮池薫さんも地村さんも「工作員養成校に入ら
ないか」と勧められたと、最近になって蓮池薫さんが言いました。
そしてそのことについてはですね、これは富貴恵さんの証言をそこに引用して
います。「拉致被害者の富貴恵さんが北朝鮮に拉致された後、指導員から『拉致
したのは工作員にするためだ』と告げられていたことが13日分かった。産経新聞
の記事が調査関係者の取材で分かった。北朝鮮がこれまで日本人拉致の目的を工
作員の教育と身分盗用(背乗り)と説明していたことから、当初は拉致被害者を
工作員に仕立てる計画もあった可能性を示した。
警察の調べによると、これは富貴恵さんが警察でしゃべっているということで
す。北朝鮮に到着して1年が経った昭和54年の夏頃、南朝鮮に対して祖国を統一
するために「工作員にする」理由について説明があった、と。富貴恵さんは何度
も拒絶したが、指導員から「祖国統一のためだ」と繰り返し言われた。
富貴恵さんと八重子さんは工作員養成機関である金正日政治軍事大学に入学さ
せようとする計画もあった、と。2人は当時、平壌市内の招待所での生活を続け
ていた。計画は実行されず、富貴恵さんは79年に地村さんと結婚、3年後に入学
を免除された。その後ほぼ二人で生活した、と説明していた。田口さんは81年1
月から83年3月まで金正日の工作員養成機関で一緒に暮らして、生活習慣を叩き
込まれた。これは2012年、割と早い時期に大新聞が2人の証言を書いている。
田口さんも最近ですね、「私たちは工作員養成機関の金日成政治軍事大学(後
に金正日政治軍事大学)に入学を申し出ていた。しかし何か月後に入学の命令が
出ないで中止されました」。この時の「私たち」というのは、蓮池さんと地村さ
んが一緒の招待所にいた時です。
◆外国人を工作員にはできない
それから金賢姫(キム・ヒョンヒ)については、これは私が直接聞きました。
金賢姫が80年に工作員と紹介された招待所の中で、当時調査部と言われた工作員
の課長が来て、金賢姫にこういう話をした、と。80年代に幹部(課長と思います
が)が招待所に来て、「私たちは以前、外国人を教育して現場に出した。出して
みるとダメだった。裏切ってしまった。これはやはり間違いだ。やはり外国人は
信用できない。仕方がない、北朝鮮の若い人たちを工作員に教育する方法しかな
い」という風に課長が言ったと。
実はレバノンから4人の女性が拉致されました。同じ時期ですね。そしてその4
人の女性の証言によると、フランス人やイタリア人やオランダ人などがいたんで
すが、その人たちは工作員になる訓練を受けさせられた。銃の撃ち方や暗号解読
などを教えられた。そして演習として東ヨーロッパに出された。2回目の演習の
時、隙を見て2人が逃げた。ユーゴスラビアのアメリカ大使館に逃げたと思いま
したけど、それで家族が騒ぎ出したので、あとの2人も返した。
それで先ほどの「外国人を教育して出してみると」というのは、つまり外国に
出してみるということです。蓮池さんも、「レバノン人のことがあったから自分
たちは工作員にさせられなかったんじゃないか」と今言ってますが、それを聞い
たら「日本に来てからその事実を知ってそう推測してるんだ」と言ってました。
でも金賢姫は「出してみるとダメだった」と聞いていたわけです。レバノンの事
件だと。
◆よど号犯と拉致
考えてみるとですね、1970年に赤軍派のハイジャック事件(よど号事件)があ
りました。北朝鮮に行って軍事訓練を受けて日本に戻って武装革命を起こすとい
う妄想を持って、田宮高麿率いる学生が北朝鮮に行ったわけです。しかし北朝鮮
に入って「主体(チュチェ)思想を勉強しよう」と言われて1年も経たないうち
に、まず「世界革命」とか言わなくなって、「主体思想こそが素晴らしい」と。
そして労働党の傘下機関として「自主革命党」という党を作って田宮が党首に
なって、金正日から「日本革命テーゼ」という文章をもらって、「党員を増やせ、
北朝鮮の意を受けて日本で革命を起こせ」ということで有本恵子さんが連れ去ら
れて行ったと。
あるいは、その一部のよど号メンバーが横須賀でスナックをやって、「防衛大
学校の学生をオルグせよ」という命令を受けて、そのスナックが防衛大学校の学
生の溜まり場になっていたということをやったんですね。北から見ると「オルグ
できるんだ」と。
◆70年代は社会主義陣営が強かった
それが70年代に分かったことで、当時特に74年に金正日が後継者になった頃は、
金正日がお父さん(金日成)にごまをするために「お父さんが作った主体思想こ
そが世界で一番いい思想だ」と言って、「党の唯一思想体系を守るための10大原
則」というのを作って、全員がそれを暗記させられて、憲法よりも労働党規約よ
りも10大原則が優先で、一週間に一回、毎週土曜日に仕事を休んで、その10大原
則に基づいて「この一週間自分たちは政治的に正しい暮らしをしていたかどうか」
というのを自己批判し相互批判をするというのを毎週全員にやらせていた。
当時70年代はまだ社会主義陣営が強かった。75年にはベトナムが共産化された
という時代で、彼らは自信を持っていた。北朝鮮の人たちは本当に「主体思想は
世界で一番だ」と思っていた。70年代、80年代にヨーロッパに留学した北の留学
生は、最初は喧嘩する。東ドイツに留学した北の男性の学生は、東ドイツの人間
が主体思想を知らないから「君は分かっていない」と。そのうちに北の方が生活
水準が上だと言えなくなって、3年くらい経つと「南朝鮮(韓国)から来た」み
たいになるという話を聞きました。中にいるとそう思っちゃう。
田口八重子さんに金正日(ジョンイル)が付つけたと言われる名前は「李恩恵
(リ・ウネ)」という。「ウネ」というのは「世界一の思想を学ぶことができる
のはあなたにとって恩恵だ」という、そういうグロテスクなおかしな思想がある
中で「田口」さん拉致があったということです。だから「工作員にするため」と
いうことがもう一つあったが、それができないから教官にしたと。
金賢姫さんはめぐみさんがそうだとは聞いていなかったけど、「たぶん13歳と
いうのは若すぎるんじゃなくて、13歳くらいが一番洗脳しやすいから10代の女性
を拉致したということだったんじゃないかと私は思います」と言っていました。
彼女(金賢姫)が私にそう言いました。これが3つ目の発見。
◆電波傍受情報が拉致認定の決め手だった
そして4つ目は、警察による電波傍受情報が拉致認定の決め手だったというこ
とです。皆さんはこの問題に関心が深いので梶山答弁をご存知ですね。1988年の
2月に梶山静六国家公安委員長が参議院予算委員会で、地村さんの件、蓮池さん
の件、市川さん、松本さん、そして久米さん、それから田口八重子さんなどにつ
いて「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚である」という答弁をしました。
なぜできたのか。87年に大韓航空機爆破事件が起きて、容疑者の金賢姫が自殺
を図ったが生き残って、記者会見に出て日本語で日本の記者の前で喋って、「こ
の私の日本語は『李恩恵』と言われる日本から連れてこられた女性から習いまし
た」と言ったわけですね。
しかしそのとき金賢姫はまだ「李恩恵=田口八重子」と特定できていなかった
し、分かっていたのは原敕晁(ただあき)さんたちの犯人の辛光洙(シン・グァ
ンス)が85年に捕まっていましたから原さんたちについては分かっていたが、蓮
池さんや地村さんや市川さん、松本さんについてなぜ分かっていたのか。
金賢姫は蓮池さんに会っていないのに、逆にめぐみさんには会っていたんです
けれども、「めぐみさんが教えた金淑姫(スッキ)に迷惑がかかるかもしれない
と黙っていた」と言っていました。それなのにあの事件で自信を持って警察が名
前を出して言えた。名前はいきなり実名で言っていますが、蓮池さん、地村さん、
市川さん、松本さんと言ったわけですよ。未だにその工作員は出てきていないの
です。
私が解説した新聞記事の横のコラム、ここで何回か電波のことを書いたんです
が、今回も電波のことを書いています。実はアベック拉致の時、電波(無線)が
あったんだと。産経新聞が2001年に最初に書いていました。実は1997年に週刊文
春にそういう記事が出ていました。そしてそれは匿名の証言だったんですが、読
売新聞の2002年12月の記事が大特ダネで、私はそれに本当に驚愕しました。
警察庁という全国の警察を統括する組織があるんですが、そこで電波を担当し
ていた人、70年代に電波を担当していて、もう2002年の段階で引退して自宅にい
た人のところに読売新聞の記者が行って取材をしたんです。私はその記事を書い
た記者を知っているんですけど、その人が「実は78年の夏、電波が大変飛び交っ
ていて、だから私は警察庁に泊まりがけでいた。北朝鮮の電波が傍受できると、
『コリアンボート情報』というのを秘密に各県警に出す」と。警備情報です。
日本の警察は戦後民主化されたので、実は自治体警察で警視庁は東京都知事の
下にあることになっている。大阪府警は大阪府知事の下にあることになっていま
すが、しかし公安警察だけは警察庁が全体を指揮している。連絡網も実は警察庁
が仕切っている。警察庁から警備情報が公安警察に行く。
当時の新潟県警の警備部長は公安出身の人だった。だから多分「警備しろ」と
いう情報は行っていたんです。ただし先ほど言ったように工作船は領海の外にい
る。その後、子船が来て、そしてゴムボートが来ますから、「どこの船が来た」
ということで新潟沖にいるとか富山沖にいるとか能登半島の先にいるとか分かり
ますけど、どこの海岸に来るか分からない。
過去の工作員の潜入脱出の経験から頻繁に使われるところを警備する。でもそ
の場合、砂浜が多い。先ほど言ったように「でも拉致は砂浜じゃない」というこ
とがあったんです。
その読売の記事で、自分がおそらく日本で最初に来た「北朝鮮によるアベック
拉致」を確信・指示した人物です。「1980年1月に阿部雅美さんが産経新聞に記
事を書けたのは、この人物の周辺のわずかな人たちが知っていた情報がリークさ
れて書けたんだよ」とおっしゃっていた。ただし1979年に警察で会議が開かれて、
新潟県警と福井県警と鹿児島県警と富山県警が集められた。そこで分からなかっ
たのが動機だそうです。
◆拉致の動機が分らなかった
事件には動機がある。当時分かっていたのは「背乗り」は分かっていた。身分
を奪う。なぜなら久米裕さんたちの事件があり、現場の犯人が捕まって一定程度
自供していたからです。そして実は旧ソ連も背乗りはやっていたんです。プロの
警察の世界の人々は「背乗り」は知っていたのですが、背乗りをするためには戦
前生まれの人じゃなくては背乗りできない。日本人として育ったことがある世代
じゃなければ日本人になりすませない。
だからめぐみさんや蓮池さんたちの世代は戦後生まれですから、その年齢の人
たちが日本人に化けることはできない。それなのに「なぜ10代から20代の若者が
拉致されたのか」。特にめぐみさんはもっと若かったから、「背乗りするってちょっ
とおかしいじゃないか」と。
そこで電波があった、船が来ていた、そして理由のない失踪事件があった、そ
れが連続して起きていた。「怪しい」と思う。だけどもう一つは電波を傍受して
いるということも秘密にしていた。
いろいろ私が調べたら、1963年に秋田で失踪事件というのがありまして、工作
子船が海が荒れたために難破して海岸に漂着して遺体が上がったんです。その時
さまざまな工作員が持っていた物が上がった。その中に当時の無線機があった。
元工作員に聞いたら当時使っていたのはソ連製の無線機だった。それを押収して
その周波数が分かった。
そこで、それを聴くことができる施設を警察は全国に作った。それを内部の用
語で「山」と呼ぶ。「山」の情報が警察庁に集まる。そして警備情報を出す。そ
して上陸したスパイを捕まえたりした。
しかしスパイも多くないし、その人を捕まえても「不法入国罪」で国外追放と
いうことにしかならなかった。捕まえたスパイの無線機も「所有権がある」と解
釈されて、日本製無線機さえも没収できなかったと、佐々淳行さんが当時外事課
長だった時の本に、「悔しい思いをした」と書いていました。でも警察が何もし
てなかったわけではなく、分かってはいたんですけど、そこから「プロから見て
も動機が分からない」と。
蓮池さんの戸籍をずっと見守っていたという話。蓮池さんや地村さんに対して
「なりすます」って、蓮池と名乗る人間が出てきて戸籍を取ってパスポートを取
るんじゃないか。そしたら金賢姫が出てきて教官として使っているんですよ。そ
れで最後の謎が解けた。
阿部雅美さんと私は話をしたことがあるんですが、2002年、1997年に最初にあ
の記事を書いた時に阿部さんも「アベックをさらう理由が分からない。動機が本
当に分からない」と。それで有名な推理小説作家のところに聞きに行ったんです。
それが謎だったんですが、それが解けたので「これはもう大丈夫だ」と。
当時の日本社会の雰囲気は、北朝鮮のことを批判するというのは大変なことだっ
た。韓国に対する批判が強くて、北朝鮮を支持する勢力が国会の3分の1あって、
マスコミも「朝鮮民主主義人民共和国」と言ってて、北朝鮮を非難すると「KCIA
の手先だ」とか言われる状況の中で、確実な証拠がないのに言ったら警察が非難
されて、そして「電波傍受したら他の日本の無線も聞いてるんじゃないか、何の
権限があるんだ」と言われかねない。
北朝鮮の電波を傍受してることが伝わったら周波数を変えられちゃうという。
様々なことがあったんだ、と。でも梶山さんたちが覚悟を決めて答弁したのに、
マスコミは報道しなかった、政治家は取り上げてくれなかったってことがあった
んです。
それで私はいろいろ調べて、ある資料を見つけました。そこには、今日本政府
が認定している拉致被害者17人、そのうち「よど号」グループで拉致されたのが
3人ですね。有本さん、石岡さん、松木さん。それから田中実さんも別のグルー
プの地下組織に騙されて海外で拉致された。国内が拉致現場の人は13人。そのう
ち現場情報がないのは田口八重子さんだけです。曽我さんの時は現場情報があっ
た。市川さんや増元さんも現場情報があった。電波でもちゃんと聞いていたので
す。
田口さんについてないのは、田口さんの現場をまだ特定できていないんですね。
田口さんが勤めていた池袋の店のお客の一人が朝鮮総連の副議長だった。そして
その部下の宮本明こと李京雨(リ・ギョンウ)という本部の工作員が通っていた。
その宮本と一緒に田口さんが旅行に行ったという話があるわけです。「新潟に行
く」と言っていた。
だから「新潟なんじゃないか」という説があるんですが、しかし田口さんが北
朝鮮で浜本富貴惠さんと一緒の招待所に暮らし、その後も近くで暮らして最初に
親しかったんですが、富貴惠さんによると田口さんは「私は宮崎でやられた」と
言っていた。その二つについて富貴惠さんの証言しかないので警察は断定できな
いということで「どこかまだ分からない」。
日本政府のパンフレットを見たら拉致現場の地図があるんですが、田口さんだ
け「場所不明」って横についている。だから例えば宮崎で電波情報があったとし
ても新潟で連れ出した可能性もあるので丸をつけなかったのかなと、私は自分な
りに推測しています。
以上が新しい発見なんですが、それをもう一度整理するとですね 、日本人拉
致の3類型ということで、まず遭遇拉致。拉致を目的としていない工作員が偶然
遭遇して拉致する。機密を保持することだけを目的とした特殊な拉致。
ごく少ない人定拉致。事前に対象候補者に関する調査を行い、その人物を対象
とすることを決定した後行う拉致。
若い女性、若い男女などという条件に合致する候補者をその場で選定して行う
条件拉致。事前に拉致対象者候補に関する調査を行い、国内には協力者はいない。
人定拉致は国内に協力者がいますが、条件拉致はいない。
背乗り(はいのり)、工作員の現地化のための教官、工作員にするための拉致
被害者の配偶者拉致。総合すると、秘密隠蔽を目的とする遭遇拉致。これはかな
り少ないのではないか。
海岸でいなくなった失踪者がいれば、そこの失踪の時点が工作員の上陸だった
り、被害者が襲われたりすると怪しいと言える。
背乗りを目的とする人定拉致。これは海岸じゃなくて、大都市でも十分あり得
る。
それから、工作員化、現地化、教官、配偶者を目的とする人定拉致は、やはり
海岸じゃなくて、日本国内で、そして年が若い。今60代から70代くらいの人。そ
れから、よど号に拉致されて、これは工作員にしようとして、自主革命党の党員
にさせられそうになった。
そして工作員化、現地化、教官、配偶者の3つを目的とする条件拉致で、これ
は海岸近くで、若い女性だったり若い男女が、70代後半にいなくなっているケー
ス。後ろから見たら男女に見えるようなペアも含まれる。
こういうパターン化をした上で、そしてもう一つ、その時失踪事件の時に電波
情報があるかないかということを併せて、今、失踪者を分類できるかもしれない。
そういうことをやっておいた上で、北朝鮮が例えば30人とか50人出してきたら、
そのリストと見て、怪しいと思われる人たちが大体入っていたら、こいつは本当
のことを言っているのかなと思うし、怪しいと思う人が入っていなかったら、
2002年の時に嘘をついていたかもしれない。
もちろん、今、北朝鮮の中に手を突っ込んで情報を取るということもやらなけ
ればならない。
それから、帰ってきた人が例えば30人いるなら、私たちは帰ってきた被害者か
ら秘密を聞き出したり、反北朝鮮活動をしないという誓約書を書きましたが、一
つ例外がある。帰ってきた人に、「他の日本人被害者は知りませんか」と絶対聞
く。「外貨ショップで見ませんでしたか」とか、「病院で会いませんでしたか」
と聞きますよ。だから、「嘘をつくのはやめてください」と、金正恩氏にアピー
ルしているわけです。
こういうことを整理して、準備をして、もちろん公開できない情報も含めて整
理をして、高市総理が正しい判断をできるようにしなければならない。そういう
ふうに思っているのですが、それをやるのが今できたばかりの国家情報局ですが、
国家情報局がどういうところで拉致に関する情報集めをできるかというのを専門
家に解説してもらって、今日を終わりたいと思います。
(4につづく)
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■高市首相にメール・葉書を
首相官邸のホームページに「ご意見募集」があります。
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葉書は、〒100-8968 千代田区永田町2-3-1 内閣総理大臣 高市早苗殿
■救う会全国協議会ニュース
発行:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)
TEL 03-3946-5780 FAX 03-3946-5784 http://www.sukuukai.jp
担当:平田隆太郎(事務局長 info@sukuukai.jp)
〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905
カンパ振込先:郵便振替口座 00100-4-14701 救う会
みずほ銀行池袋支店(普)5620780 救う会事務局長平田隆太郎
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