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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

「北朝鮮拉致について現段階で分かっていること」2(2026/09/09)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2026.09.09)

◆北朝鮮の工作員の潜入・脱出の手口を分析

私のところまで、「あなたは『生きてる』とか言ってるけど、一体情報は何な
んだ」と責任を追及してきています。

そういう中で、実は救う会は10年ぐらい前から、「こういう時が来るだろう」
と。本当は安倍さんが生きてる時に言ってもらいたかったんですが、その時に
向こうが何かカードを切ってきた時に、「これが全員なのかどうか」というこ
とを判断するための基準を我々は持っておかないといけない。

基準を持つための一つの努力として、「国内で拉致や北朝鮮の工作員の潜入・
脱出の手口を分析しよう」と考えました。

犯罪には「手口」というのがあるんですね。私、最近警察捜査小説が好きでよ
く読んでいるんですが、特に窃盗犯、空き巣ですね。何件もやるプロみたいな
空き巣の人がいるんですが、「この人はガラスを割って入る」、「この人はダ
イヤモンドでガラスを切って入る」とか。プロの刑事さんが見ると「これはあ
いつだ」というのが分かるんです。

そういうパターンがあるんだと思って、亡くなった惠谷治さんと一緒に、あと
島田洋一さんと一緒に、「拉致の全貌プロジェクト」というのを非公開で結成
しまして、拉致現場は全部行きました。横田めぐみさんが拉致された時間、同
じ日の同じ時間に行ってみました。

それだけじゃなくて、過去の警察の記録などを調べて、工作員が一度上陸した
場所、例えば脱出したと思われている場所が100か所ぐらいあるんですが、
そのうち86か所に行きました。

「何か手口が分からないか」と。それから、拉致をしたのは北朝鮮の工作員、
特に党の工作員なんです。軍じゃないんですよ、拉致をしたのは。党の工作員
で、あれだけの人に会おうと思って、8人に詳しく話を聞きました。ある人の
ところに何回も通って、いろんな話を聞いたりしました。

そういうことをやって、「拉致は今のところ『3類型5目的』があるんじゃな
いか」というのが暫定的な結論で、その「3類型5目的」ということから、過
去の失踪事件などをもう一度分析できるんじゃないかというのが、今日私がお
話ししたかったことです。

このことについては、実は産経新聞のコラム(「拉致問題の現場から」)で3
7回書いてきました。その類型についてずっと書いてきたんです。あるいは救
う会のYoutubeを昔ちょっとやったんですね。これは東京集会ができなくなって、
コロナで集まらなくなったんで仕方なく「ユーチューブ」をやったんですけど、
そこでもこの「3類型5目的」のことをやりました。今でも残ってますから、
関心があればYoutubeを見ていただくか、過去の新聞を見ていただいてもいいん
ですが、今日なるべくわかりやすく説明します。

◆拉致の類型と目的

まず従来の分析はですね、「2類型3目的」だったんです。金正日がこう言っ
たんですね。「拉致を行ったのは2つの理由がある。1つは特殊機関で日本語
の学習ができるようにするため、1つは他人の身分を利用して南(韓国)へ入
るため」。これで目的を2つ言ったわけです。

それ以外に、横田めぐみさんは「工作員が無線機を使っているところを見て、
それで拉致された」と最初は言われていました。「秘密を隠すため」というの
が追加されて、その2002年9月の段階では、目的として3つ言われている
わけです。

秘密を隠すため、日本人化教育の教師に使うため、これは日本語の学習と言っ
てますけど、日本語だけじゃなくて日本人に化けさせるためですね。さらに身
分を偽装するため(警察用語で「背乗り(はいのり)」と言います。この3つ
だと。

そして、第一類型は、拉致を目的にしていない工作員らが偶然遭遇した対象者
に対して行う「遭遇拉致」、これは私や惠谷治が名付けた名前です。当初、め
ぐみさんは遭遇拉致だと言っていました。

それに対して、ターゲットを決めて、事前に狙った対象者を調査して、その人
物を対象にすることを決めた後行うのが「人定拉致」。この2つがあると言わ
れていた。

それを実際の事件に当てはめると、寺越事件。1963年の5月に、小さな船
で沖からわずか400mのところに網をかけていて、漁に行った3人の漁師が
帰ってこない。探しに行ったら船だけ見つかった。その日は凪(なぎ)だった。
でも探しても探しても出てこない。探しても出てこなくて葬式を出してしまっ
たら、北朝鮮(対象国)にいると25年後に手紙が来たという事件ですが、こ
れが多分、秘密を隠蔽するための遭遇拉致だったんじゃないか。今でもそれは
そう思っています。

その網をかけていたところが工作員の潜入地点か脱出地点だったんじゃないか。
「それを見られたくない」と思って、遭遇して連れ去ったんだと。そして、拉
致が目的じゃなかったということの一番の証拠は、連れて行かれた後、寺越さ
んたちは帰国した在日朝鮮人と同じ扱いになった。

つまり、何か目的があるんだったら目的のために使うんですが、そうではなく
て在日朝鮮人と同じ扱いになった。寺越武志さんはお母さんと連絡がついてい
ましたから、それなりに話ができたわけです。だから手紙も書ける。工作員教
師になったりしたら絶対に手紙なんか書けない。そこが違っている。だから
「あいつらは目的をもって拉致したんじゃない、遭遇拉致だったんじゃないか」
と思われていた。

ここまでが2002年の9月の段階までに考えられていたことでした。

この前提で我々は「拉致の全貌プロジェクト」を行ったわけです。先ほど言っ
たように現場を見ていって、「海から見たら現場はどう見えるだろうか」と漁
船をチャーターして漁師さんの観点から拉致現場を見たりとか。海から見ると、
大きな川が流れてくるところは、川の下流から海に流れるところで海水の色が
ちょっと違うんだとか。「何か上陸地点というのは目印がないとダメなんだ」
と。特に北朝鮮の工作員を脱出させるところでは待っているんですから、広い
海岸のどこにいるかわからなくて、真っ暗なところに行くんですから。でも暗
くても、こうやって見ると海の色が違っている大河川の川の出口とか。

寺腰事件の現場に安明進(アン・ミョンジン、元北朝鮮工作員)さんと一緒に
行ったときに、キョロキョロとあちこち見るんです。「何だよ」って言ったら、
「おかしいな、こんなところは上陸地点じゃないんだけど、何か目印がありま
せんでしたか」と言って、地元の人に聞いたら「あの山の上に昔、一本杉があ
りました」と。「ああ、それだ」と。

◆4つの新発見

そういうものがあるところに行くんだとか、そんなことを全部やったんですが、
それでわかったことが大きく4つありました。「4つの新発見」と言っている
んですが、1つが「遭遇拉致はかなり限定的にしか行われなかった」というこ
とです。

実は、11月15日午後6時過ぎにめぐみさんの通学路に行ってみたんですね。
真っ暗です。無線機を使っているとは思えないです。昔の話を聞くともっと街
灯がなかった。だから、それはちょっとおかしい。安明進さんが「鄭(チョン)
さんという金正日政治軍事大学の教官から『俺がやったんだ』と言って、無線
機を見られたから連れて行った」と言っているんですが、それは本当のことを
言っていないんだということがわかりました。おかしいなと思いました。

そして、その後、鳥取に行って松本京子さんの現場に行ったんですね。そこで
「遭遇拉致は少ないんだ」ということを確信しました。

5ページを見てください。ちょっとこれカラー印刷じゃないので難しいんです
が、矢印があって「松本京子宅」とあります。ここから出て、ちょっと下に下
がって斜めに上がっていく。そしてバツ印がついている「拉致現場推定」とあ
りますけれども、ここのAさんという人がですね、受験勉強をしていた学生さ
んで、ちょうど松本さんがいなくなった時、すすり泣くような声を聞いたとい
う証言があるんです。だからここで何かがあったんじゃないかと思われます。
この道はですね、まっすぐ行って、そして国道を挟んですぐ海岸になるんです。
やはり仕事が終わって、京子さんは編み物教室に行っていた。

多分Aさんの家の前あたりで、二人の男が松本さんを襲った。袋には入れてい
なかった。で、「誰もいない」と思って襲った。突っ走ってそのまま海岸に行
こうとした。そしたらですね、Cさんの家から人が出てきた。

松本孟(はじめ)さん(京子さん兄)によるとですね、この近所の人たちは、
だいたい「角(すみ)」という家と「松本」という家が多くて、親戚が多くて
ですね。この「角」さんという、このBという家に住んでいる方は、いつも夕
食の後、Cさんのところに行って抹茶を入れてもらって飲む習慣があったりし
た。その日もお茶を飲んで、すっと出てきた。

襲った人間たちからすると、人がいないと思って襲ったのに人が出てきた。だ
から横の路地に入って隠れてやり過ごしていた。そしたら、その路地がCさん
の家に繋がる路地だった。それで、Cさんを工作員が殴って、京子さんだけを
担いで逃げた。京子さんのサンダルが一個、そのBさんの家のあたりに落ちた。

犯人が拉致するところを見ているわけです。そういう拉致で秘密を隠蔽するん
だったら、無線機を使っているのを見られるよりも、もっと見られたらいけな
いことを見られたのに、そのCさんは拉致されなかった。「常識的に考えたら、
拉致が目的ではなくて逃げてきた」あるいは「拉致する人と決めていない人に
見られたら、その人を殴って逃げます」。

たまにはポンポン船とかに乗って工作船に行くということですから、わざわざ
もう一人、抵抗するような男を背負って行ったら逃げるのに失敗しますよね。
見られないということが目的だったら、逃げたほうがいいんですよ。拳銃を持
っている警官に見られても、日本の警官は発砲しませんからね。逃げるのが一
番いい。

「拉致現場を見られても、その目撃者は拉致しないんだ」、「めぐみさんが無
線機を見たから拉致するなんてあり得ない。そもそも真っ暗だし」。陸上では
遭遇拉致ってないんじゃないか。寺越事件というのは、かなり特殊な例ではな
いか。

そこで先ほど言った一本松の話を思い出して、あそこが工作員の上陸・脱出地
点だったんだと。

実は、工作員の脱出や潜入地点に行くとですね、拉致現場のような白浜は少な
いんです。磯が多い。拉致現場は大体白浜で、松が茂っている防風林、そうい
う典型的な日本の海岸が多いんですね。めぐみさんのときはテトラポッドだっ
たと言われているんですけども。磯が多いんです。

工作員に聞いてみたら、「いや、磯が多いんです」と言うんです。「でも磯で
ゴムボートを引っ張ったら、ゴムボートはパンクするんじゃないですか」と言
ったら、「日本のゴムボートは強くて大丈夫なのかな」と思った工作員がいま
した。

そして、横浜の工作船展示館に今展示されていますけれども、あそこをよく見
ると、工作船に乗っていたゴムボートの展示があった。日本製、ヤマハのゴム
ボート。それをじーっと眺めるとですね、ゴツゴツ傷がある。「あ、磯を引っ
張ったんだ」と。

大体見るとですね、磯で、そして岬のようになっている。とにかく分かりやす
いわけですよ、岬みたいになっていると。そしてすぐ上は道路だったり、人里
離れたところではない。人里だけど暗いところに入ってくる。

そして一番良いのはですね、全部じゃないですけれども、よくあったのが「無
人駅」の近く。だからゴムボートに乗って、濡れないような服を着て、すぐそ
れを案内人に預けて、スタスタと歩いて駅に入ってしまったら、もう群衆に紛
れ込める。でも人のいない海岸から一人で歩いてきたら、「あれ何だろう」と
なっちゃう。

磯が多かったんですね。でも、この事件では白浜だったということがあってで
すね、「見られても連れていかない」ということがあって、それが分かったの
で、次は「この松本さんとめぐみさんの事件は何なんだろうか」というふうに
思ったわけです。

それが二番目の発見です。二番目の発見は、実は条件拉致です。

三つ目の類型があったんじゃないか。遭遇拉致と人定拉致に加えて、三つ目の
類型として「条件拉致」があったんじゃないか。

これはですね、まず帰ってきた人から話を聞いたわけです。蓮池薫さんはこう
言っていました。「我々は市内で待ち合わせて海岸に行ったわけなんですけど、
海岸に行くということは我々自身も事前に決めていたわけではないし、家族も
知らない。ですからそこに入ってきた人間の誰かを拉致しておこうという拉致
だったと思います。そこに入ってきた人間は誰でもよかった。若い男女だった」。

もう一つ蓮池さんは、「我々だって、もう誰か適当な人であればよかった。こ
れは北朝鮮に行った後に聞いた話だが、先に適当な人がいたが、作戦を起こそ
うという時に、一生懸命歩いているおじさんが近づいてきて断念せざるを得な
かった。それで『この機会はダメだ』と思っているときに、お前たちが来た」と。

蓮池さんは、拉致を実行した工作員チェ・スンチョルと一緒に暮らしているん
です。チェ・スンチョルが指導員になっている。かなり話を聞いているわけで
す。それを手記の中に書いているのですが、つまり「若い男女を狙っていて、
他の人がいようとしたら、一生懸命歩いているおじさんが来たからやめにして、
次にお前たちが出た」と。

地村保志さんにも話を聞きました。地村さんも七夕の日にデートをするという
ことで、ドライブインで食事をした。そして車で家に帰ろうとした。車の中で
時計を見たらまだ早いから、「今日七夕だし星を見に行こうか」と車の中で変
えた。だから待ち伏せできない。

じゃあ地村さんを狙っていたと仮定すると、尾行しかない。ところが地村さん
は突然車を走らせて、ウィンカーを出して右折して展望台に上がっていくわけ
ですね。展望台に上がっていく道で、辛光洙(シン・ガンス)と3人の男を追
い越していく。自分を拉致にした工作員たちは徒歩で展望台に上がっていって
いました。それを地村さんは覚えている。「やっぱりノソノソ歩いている男は
いるんだ」と。だから尾行されていない。

そして地村さんが上がっていったら、展望台は二階だったんですけども、一階
のところにベンチがあった。でもそこには他のアベックがいた。それで二階に
上がって二人でいた。そしてタバコを取りに行ったら、その一階にいるアベッ
クに変な男たちがいて、それを追い払っている。だから地村さんたちの方がも
っと早く来ていて、一階のベンチに座っていたら地村さんたちが追い払われる
側だった。その後に自分(地村さん)がタバコを持って上がって、「嫌な気持
ちがしたから早く帰ろう」と思ったら襲われた。

地村さんという特定の人を狙ったんじゃなくて、「若い男女」という条件だった。

市川修一さん、増元るみ子さんも帰ってくればその話はできるかもしれません
が、増元さんたちも初めてのデートで吹上浜に行ったので、家族も今「吹上浜
に行った」ということは言っていましたけども、他のところもいろんなところ
に寄ったので、その時間に吹上浜の駐車場の近くの道にいるというのは事前に
分からない。そして、アベックがいっぱいいる海岸に行った。

蓮池さんによると、この地村さん(を狙った組)たちは確か3日前に日本に上陸
して、「肝試しだ」と言って、日本の旅館に3日間、違うところに泊まった。そ
の工作員リーダーは日本語ペラペラですが、戦闘員と言われる屈強な工作員に、
食堂で「お前、カレーライスと言ってみろ」とか言わせたとか、そんな話をし
ていました。

だから日本に協力者がいなくて、自分たちだけが上がってきて、そして日本語
ができる工作員あるいは辛光洙などが「アベックがいそうなところはどこだ」
と探して、そこで獲物を狙っていた。鹿児島の市川さん・増元さんのアベック
もそうです。

じゃあ、曽我ひとみさんだけが違うのか。曽我ひとみさん、お母さんのミヨシ
さん。やはり同じ分類(条件拉致)ですね。曽我さんにも話を聞いたんですが、
「お盆前ということで、母が少し足りないものがあるので買い物に出かけるこ
とになりました。そのとき6つ違いの妹がいたんですが、妹も母と一緒に出か
けたい、私も一週間(宿舎生活で)会えなかったので一緒に行くという話があ
ったので、妹と一緒に行くより母と二人きりで行きたいという気持ちがありま
して、妹とちょっとだけ喧嘩をした覚えがある」と。

誰がお母さんと買い物に行くのか兄弟喧嘩があった。「曽我ひとみさん」を(
ピンポイントで)狙っていたら、曽我さんから妹さんまで行ったかもしれない
よね。喧嘩でひとみさんが勝つなんて事前にわからないわけですね。

ひとみさんを狙っていたなら、ひとみさんは病院の寄宿舎に行って一週間家を
離れていたわけですね。病院の寄宿舎の近くで、ひとみさんは毎日通勤してい
るわけ。でもそもそも、この家でお盆で物が足りないかどうかなんか、事前に
はわからないわけです。物が足りていたら買い物に出かけない。そうやって買
い物に出かけても、お母さん一人かもしれないし、妹さんかもしれなかった。

ひとみさんに聞いたんです。「ひとみさんは当時何を着ていましたか」。「ワ
ンピースを着ていた」そうです。「お母さんは何を着ていたか覚えていますか」、
「覚えていないが、お母さんはいつもズボンを履いていた」。「後ろから見た
ら若い女性と年配の女性のペアだと分かる」。

昭和53(1978)年の7月から8月にかけてのアベック拉致事件は、「若い男
女」や「女性のペア」という条件が付された「条件拉致」だったのではないか
というのが発見でした。

じゃあ、松本さんとめぐみさんはどうなのか。めぐみさんの拉致についても、
これは衛星写真。これは惠谷治さんが自分の取材資料に使ったものですが、バ
ツ印がついているところからちょっと左に入ると、めぐみさんの通学路があっ
て、この角で拉致されたんじゃないかと推定されているわけですが、それが夕
方の6時半頃だと聞いています。

実は上の方に丸がありますね。その丸の地点で、その30分くらい前(6時ぐ
らい)に女子高生が一人、町の方から海の方に向かって、その海の方にご自宅
があったから家に帰ろうとしていた。そしたら海の方から二人の男が上がって
きてすれ違った。

すれ違って何か気持ち悪いから振り向いたら、そのすれ違った男たちが周りを
見回して自分の方に近づいてきた。テニスのラケットを持っていた。それで振
り回そうと思って片手で握りながら、すぐその近くの宿舎に「お母さん!お母
さん!」と逃げ込んだ、ということがあって、「若い女性」を狙ったんだと。

そしてその30分後に今度はこっち側に来て、めぐみさんが一人で、お友だちと
離れて一人で帰ってきましたから、そこで襲って、たぶん担いで行きますから
目立つので森の中の小道があるんですね、そこを行って、そして海に出たんじ
ゃないかと今は推測しています。

「条件拉致」の特色はですね、「日本の中の協力者はいない」。そうじゃなく
て、数日前に日本語がペラペラのベテラン工作員と戦闘員が来る。一人を狙う
場合は工作員と男一人(計2人)か、あるいは二人かもしれません。二人を狙
う場合は三人来る。

蓮池さんの場合は、工作員一人と三人の戦闘員。曽我さんの場合もそうです、
曽我さんの場合は女性の工作員と三人の戦闘員。地村さんの場合も辛光洙と三
人の戦闘員。

そうなるとですね、実は北朝鮮から工作船が、元山や、鹿児島の場合は南部か
ら出てくるわけですね、日本の領海の外に止まる。そして工作船の後ろの扉が
開く。後ろの扉が開くと、イカ釣り漁船に偽装した工作子船が出る。最初の工
作船は工作母船(母親の船)。子船がイカ釣り船に偽装して日本の領海に入る。
そして数百メートルのところでゴムボートあるいは水中スクーターで潜入する、
脱出する……ということをやっているんですが、条件拉致の場合は「潜入と脱
出という作戦をいっぺんにやる」という特徴がある。

(3につづく)


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