救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

国民大集会報告1(2026/06/01)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2026.06.01)


 今年1回目の国民大集会は、5月30日、砂防会館別館シェーンバッハ・サボー
で開催されました。以下にその概要をご報告いたします。

 今回は、高市早苗総理大臣、木原稔拉致担当大臣を初め、家族会、救う会、拉
致議連、知事の会、地方議連から、また一般市民の約800名のご参加を得て実
施しました。

 高市総理、木原拉致問題担当大臣が入場(拍手)。

■全拉致被害者の即時一括帰国を実現せよ!国民大集会

司会:櫻井よしこ(ジャーナリスト)

 ただいまより、「親の世代が存命のうちに、全拉致被害者の即時一括帰国を実
現せよ!国民大集会」を開会いたします。司会の櫻井よしこです。どうぞよろし
くお願いいたします(拍手)。

 私たちは何十年も拉致された同胞を救出しようと働いてきました。この思いは、
日本国民全員の共有する思いであります。先日、救出を求める国民の署名の数が
2、000万人に達しました。これは、UAゼンセン関係者の皆さん方が100
万人の署名を持ってきてくださったおかげです。どうもありがとうございます
(拍手)。

 2、000万人分の署名といえば、北朝鮮の総人口のほぼ全員に相当いたしま
す。この2、000万人の署名が我々の手元にあるということは、私たち国民は
決して拉致のことを忘れてはいないし、そして諦めてもいない。今日この瞬間ま
で全員を取り戻すことが国民の総意であるということの証であろうかと思います。
皆さん、今日も一緒に頑張りましょう(拍手)。

 ではまず最初に、主催者を代表いたしまして、横田拓也さんがご挨拶をいたし
ます。よろしくお願いいたします。

◆拉致被害者も北朝鮮国民も自由と人権が剥奪されている

横田拓也(横田めぐみさん弟、家族会代表)

 皆さまこんにちは。ただいまご紹介いただきました、家族会代表の横田拓也で
ございます。

 本日も「北朝鮮による拉致問題を必ず解決させる」、そして「全拉致被害者の
即時一括帰国を実現させる」ためにお集まりいただきましたこと、誠にありがと
うございます。

 また、大変お忙しい中、高市総理、木原内閣官房長官兼拉致問題担当大臣にお
かれましては、ご臨席賜りまして誠にありがとうございます。お礼申し上げます。

 前回の国民大集会は、昨年2025年11月3日の開催でした。半年の時間が
経過しましたが、人権問題である拉致問題の解決は一向に具体的進展が見られま
せん。絶望的な食糧不足、破滅的な医療環境、厳しい冬の寒さとこれからの耐え
難い酷暑の苦しみを考える時、拉致され、今も人質として拘束され続けている私
たちの家族や兄弟は元気でいるだろうか、いつもそのような心配をしています。
救いの手を差し伸べることができない私たちの不作為を、本当に申し訳なく思い
ます。

 国際環境はこの半年間の間で大きく変わりました。とりわけ中東情勢の緊迫化
は、日本を含めた国際社会の政治、経済、安全保障に大きく影響を及ぼしていま
す。

 米国はイランの核問題、濃縮ウランについて厳しい姿勢を貫いています。他方
で、北朝鮮がどれくらい国際社会にとって危険な存在かを改めて確認する必要が
あります。日本人拉致問題をはじめとする深刻な人権侵害を数十年も解決させな
い外交を続けています。

 イランは核兵器を保有していない一方で、北朝鮮は堂々と保有を認める主張を
繰り返しています。イランはNPT(核兵器不拡散条約)脱退をちらつかせてい
ますが、北朝鮮は、「2003年1月に脱退した」と宣言しています。核の脅威
をてこにして、2500万人の北朝鮮国民の自由と人権を剥奪し、当局の一部だ
けが裕福な暮らしを営み、そして他国の何の罪もない人々を拉致し、家族の絆を
引き裂き、人権侵害を当たり前のように行っています。こうした理不尽が許され
てはなりません。

 私たち家族会・救う会は、ただ拉致された被害者を全員帰国させてほしいとだ
け訴えています。家族会の親世代が健在なうちに日本の地で再会を果たし、無事
に帰国できれば、日本政府が課している北朝鮮の独自制裁解除には反対しないと、
幾度も金正恩委員長には伝えています。この声に真剣に耳を傾けてほしいと思い
ます。

 金正恩委員長の娘とされる金ジュエ氏の様子を度々報道で目にします。今のま
ま人権侵害と非道外交を続け、拉致被害者を帰国させない理不尽な態度を取り続
ければ、現政権の次の世代はさらなる厳しい現実に向き合うことになります。私
たち家族会は、絶対に全拉致被害者が帰国するまで諦めません。この理不尽な状
況に強い怒りの気持ちを持ち続け、北朝鮮と戦い続ける覚悟があります。

 もし両国に存在する人権問題、人道問題、日本にとっての拉致問題に解決が果
たされれば、両国に明るい未来が描けるのだということを、今こそ金正恩委員長
に理解してほしいと思います。姉・横田めぐみをはじめとする全拉致被害者を速
やかに解放してください。

 会場の皆様、報道やオンラインで視聴の皆様、私たちとともに怒りの気持ちを
持って戦い続けてください。母・早紀江と姉・めぐみが、ふるさとである日本の
地で出会う日が来るまで、ともに戦ってください。政府の認定・未認定に関わら
ず、全拉致被害者が帰国できるまで、ともに戦ってください。今後ともどうぞよ
ろしくお願い致します。本日はありがとうございました(拍手)。

櫻井 ありがとうございました。ここで、今日参加していらっしゃる、拉致被害
者のご家族の皆様方の紹介をいたします。西岡さん、お願いします。

◆参加家族紹介

西岡力(救う会会長)

 まず、壇上のご家族から紹介いたします。

 今、挨拶をしてくださいました、横田拓也・家族会代表(拍手、以下略)。
横田めぐみさんの母である、横田早紀江さん。

 そして、ご本人が被害者で、なおかつ被害者である曽我ミヨシさんの娘である、
曽我ひとみさん。

 今日、曽我さんのインタビューをしてくださいます、田口八重子さんの長男、
飯塚耕一郎さん。

 そして、最前列に座っていらっしゃる、横田めぐみさんの弟、横田哲也さん。
田口八重子さんの兄、本間勝さん。市川修一さんの兄、市川健一さん。
増元るみ子さんの弟、増元照明さん。松木薫さんの弟、松木信宏さん。
有本恵子さんの姉、北谷雅子さん。有本恵子さんの妹、有本郁子さん。
松本京子さんの兄、松本孟さん。寺越昭二さんの長男、寺越昭男さん。
寺越昭二さんの三男、内田美津夫さん。
以上であります(拍手)。

櫻井 どうもありがとうございました。

 ここで横田早紀江さんにご挨拶をお願いいたします。めぐみちゃんのお母様で
いらっしゃいます。

◆反抗すればすぐに命を奪われるような恐ろしい国が隣にある

横田早紀江(横田めぐみさん母)

 皆さまこんにちは(こんにちは)。本当にお忙しい中、拉致被害者救出のため
の集会にお出かけくださって、毎年聞いてくださることを心から感謝いたします。

 私たちは本当に、被害者でない人は感じられないような被害を一生持ち続けて、
もう50年近く戦ってまいりました。本当に小さかった双子の弟を可愛がって、
めぐみちゃんは本当に良いお姉ちゃんで、明るくて、本当に優しくて、「とても
良い子だね」って皆に言われていたような子でしたけれども、本当に考えられな
いような、あそこのいつもの通り道の曲がり角で、パッと煙のように消えてしまっ
たんですね。

 どこに行ったか分からない。どうしていなくなったんだろう。自分から出て行
くわけはない。じゃあ、神隠しか何かのように、どこかに放り込まれたのかしらっ
て、ありとあらゆることを考えて、毎日、きちがいのように泣き喚いておりまし
た。今はもう本当に涙が出尽くしたような感じで、もう本当に涙が出ない、乾燥
したような目になってしまいましたけれども。

 本当にこんなに恐ろしいことが、こんなに平和な日本の中で、めぐみちゃんだ
けじゃなくて、今日の皆様方のお子様や、ご兄弟や、そして全国からものすごい
たくさんの青年たちが、一生懸命に育て上がった素晴らしい青年たちが、わしづ
かみにされて車に詰め込まれたままで、船に乗せられて北朝鮮に連れて行かれ、
向こうの教育を受けさせられて、向こうの国のために生かされている。こんな馬
鹿なことが本当にあるんでしょうか。

 私たちはもう本当にどうしていいか分かりませんので、こうして訴えて皆様方
に知っていただくことで、もう全勢力を使い込んで、主人も一生懸命に頑張って
まいりましたけれども、どうしてもこれは動かない。私たちに分からないような、
何か不思議なことがあるんじゃないかと、だんだん北朝鮮と新潟の海・港、また
鳥取の港とか、いろんなその日本の中にも、私たちに分からないような、そうい
う向こうとのつながりのようなものがあるんじゃないかと、本当に今はそれをし
みじみと思い巡らしながら考えています。

 とにかく彼女たちの今の様子が全く分からない。本当のことが分からない。
「なんとなくこんなようですよ」とかいうようなことは、いろんなところから聞
きますけれども、本当にそれが「確かにこれはうちの子です」というようなもの
が見えないので、全く分からない。「本当に生きていてください」とそればかり
願って、たくさんの方々のために祈るような毎日です。

 こんな恐ろしいことを、「どうして何をやっているんだ。日本の政府と皆さん
がしっかりと立ち上がって、戦う気持ちでもっと早くに動いていてくださったら、
みんながたくさん帰ってこれたんじゃないかな」と、私はいつも思っております。
とても難しい国の考え方と、独裁国家で、日本のこの平和な状態ではない、大変
な中に置かれて、本当に息を詰めながら生きていなければ、誰とも会うことがで
きないんだ、特別にも会えない、お母さんやお父さんにも会えない、みんながそ
う思って、歯を食いしばって頑張っているのではないかと思います。

 それでも、ちょっとでも反抗すれば、すぐに命を奪われるような恐ろしい国が
すぐ隣にあるということを、やっと日本人はこのことを通して分かってきました。
こんなことでいいんでしょうか。日本の国は平和です。本当に素晴らしい人たち
がたくさん育っていきますが、こういうふうに闇に紛れて、悲しみの中で沈んで
いくような家族があり、本人がそのような犠牲になったままで時が流れて、みん
ながいなくなってしまう。「ああ、なんかそんなことがあったね」っていうよう
な話になってしまってはいけないんです。絶対にこれは取り返さなきゃならない
んです。

 何にも悪いことをしていない子どもたちを、一刻も早くあの国から取り返して、
この日本の平和なこの地で、あの幼い頃を思い出しながら元気で育って、「もっ
ともっとここにいたら、もっと元気で育っていたな」と思えても、「ここに帰っ
てきてよかった」と必ず思える日が来るように、どうぞ皆さん、お力を添えくだ
さいますように心からお願いいたします。どうぞよろしくお願いします(拍手)。

櫻井 早紀江さんは、50年近く、めぐみさんのことを探し続けてきました。そ
して、何十年間も訴え続けてきました。この訴えが、どうか政府に届いて、そし
てその訴えがきちんとした形になって帰ってきますように、私たちの心の中の一
番大きな課題であります。

 そして、早紀江さんがおっしゃいましたように、いったい北朝鮮で拉致された
日本人はどんな暮らしをしているのか、少しもわからない。そのことを、曽我ひ
とみさんはご自分のつらい体験から知っておられるわけです。その曽我さんのご
体験を、飯塚耕一郎さんに今日はちょっと聞き出していただきたいということで、
お二方のインタビューの時間をとりました。どうぞよろしくお願いいたします。

 中央に曽我さんとお二方で立って、演台のところでマイクを一つお持ちくださ
い。どうぞ皆さん拍手で迎えてください(拍手)。

◆母が買ってくれた時計があったから、私は母と話をすることができた

聞き手 飯塚耕一郎(田口八重子さん長男、家族会事務局長)

 家族会事務局長の飯塚耕一郎でございます。本日は同じく母親を拉致された立
場のひとみさんと私で、インタビューの形式でお話をさせていただければと思っ
ております。

 まず最初の質問として、1978年8月12日に、お母様のミヨシ様と一緒に、
近くの商店への買い物の帰り道で拉致をされたのが、曽我さんの拉致当時の様子
だったと思います。ある日突然見知らぬ土地に連れて行かれて、日常の全て、当
たり前のことが消えてしまったと思います。拉致されてから北朝鮮の暮らしの中
で、特にどのようなことがおつらかったのか、また、故郷の佐渡の風景、お母様
との何気ない会話など、北朝鮮での生活の中で時折思い出したことがあれば、ぜ
ひとも教えていただければなと思っております。

曽我ひとみ(拉致被害者、曽我ミヨシさん娘)

 みなさんこんにちは。本日はお忙しい中、たくさんの方がこの場に足を運んで
いただき、心より感謝をしております。

 それでは早速ご質問にお答えしたいと思います。私が拉致をされて、今年でちょ
うど48年になります。私が北朝鮮にいたのが24年間、そして帰国を果たして
今年で24年になります。ちょうど同じ時間が過ぎてしまいました。

 北朝鮮にいて、最初の頃は本当に言葉も分かりませんでしたし、国の様子も何
もかもが分からなくて、本当に一日一日どういう風にして過ごしていたらいいの
か、本当に心配でたまりませんでした。

 そんな時です。ちょうど横田めぐみさんとお会いすることができて、しばらく
の間でしたが、一緒に生活をすることができました。本当に最初は、「どうして
私はここに連れてこられたんだろう」、「一緒に拉致をされた母は今どうしてい
るんだろう」、「なんで私が」というその疑問が、ずっと頭の中から離れません
でした。でも、めぐみさんとの生活で少し落ち着きました。

 でも、めぐみさんと離れてからはまた一人になり、「私がどうしたら日本に帰
れるんだろう」と一生懸命考えましたけども、結局いい答えもなく、しっかりと
した答えを出すことができませんでした。

 そんな時、いつも自然いっぱいの佐渡で暮らした、母と一緒に楽しく暮らした
佐渡のことをずっと思い出していました。田んぼに行って田植えをして、そして
秋になると稲刈りをして、学校にもしっかりと通いました。ランドセルも買って
もらって、家はとても貧しかったのですが、学校にしっかりと行くことができま
した。それはひとえに母のおかげと思っています。

 そんな母といろんな話をしました。小さい頃はわがままばっかり言って、「あ
れを買ってくれない」、「これを買って」と言っては、「高いからだめ」って言
われて、納得することもできず、泣きわめいた覚えもあります。そして大きくな
り、看護師の勉強を始めることになり、寮に入りました。その頃には年齢的に反
抗期の時期だったのかもしれないのですが、本当に母にはいろんなことで心配を
かけました。

 でも、こんな佐渡の自然、そして母のこと、今もずっと思っています。

飯塚 ありがとうございます。それでは次の質問です。拉致されてから北朝鮮で
の生活が、1年また1年とだんだん年数が積み重なっていったかと思います。その
時間の中で、「日本に帰るんだ」という思いと、一方、帰国を諦めそうになる気
持ちとの間で、さまざまな思いが長年錯綜されたと思います。ご自身のお気持ち
の中で何度も奮い立たせる連続の状況だったかと思います。何がその当時、曽我
さんの心を支え続けたのでしょうか。

曽我 北朝鮮に行ったばかりの時は、「何か病気にでもなれば、この子は使い者
にならないから、日本に帰してくれるのかな」と思っていたこともありました。

 そしていろんなことが過ぎて、「もう私は日本には帰れないのかな」と思った
時、心の中で、「もう私は生きていてどうなんだろう。もう死んでしまった方が
いいんじゃないか」と何度も思いました。

 でも、そんなことを考える中、私が今日、腕につけてきた一つの時計がありま
す。この時計です。この時計は、母が借金をして私に買ってくれた時計です。こ
の時計があったから、私は母と話をすることができました。

 辛いこと、悲しいこと、いっぱいありました。でも、いつも母にその愚痴を聞
いてもらっていました。それがこの時計です。この時計がなければ、きっと私は
今ここにいないかもしれません。そんなに大切な、大切な母です。私のことをずっ
と思ってくれている母のために、これからも頑張っていこうと思っています。

飯塚 ありがとうございます。次に、北朝鮮での生活の様子に関してですが、曽
我さんと同じタイミングで帰国された蓮池薫さんは対外情報調査部に所属されて
いて、日本の雑誌を翻訳するなどの業務のために、日本の様子は一定程度把握さ
れていました。一方、北朝鮮でご家族と一般の生活を送っていた曽我さんには、
日本の情報やお母様のことなどの情報を入手することが可能だったのでしょうか。

◆月と星を見ながらどんなに泣いたことか

曽我 はい。私は日本でいう家の中のことだけをしている、専業主婦というか、
子どもの面倒を見ながら家の中のことだけをしていました。なので、外に出て仕
事をするということがなかったということもあると思うのですが、日本で今何が
起きているのか、そして家族はみんな元気でいるんだろうか、といういろんな情
報を得ることはできませんでした。

 心配で、心配で、いつも昼間は青い空を見て、夜になるとこっそり外に出て、
月と星を見ながらどんなに泣いたことか分かりません。今、被害者の方々は、きっ
と私と同じことをしているのだと思います。

飯塚 ありがとうございます。それでは最後の質問をさせていただきます。20
02年に5名の方々が帰国を果たされた後、今年で24年経過しております。こ
の間、拉致被害者の帰国は一人もかなっていない状況です。

 北朝鮮で救出を待つ被害者の方々、そして何より、あの日以来離ればなれになっ
てしまったお母様の曽我ミヨシさんへ、繰り返しですが、今一度伝えたい気持ち、
思いなどはありますでしょうか。また、拉致問題の解決・帰国を心から願うこの
会場の皆様へメッセージ等がありましたらお願いいたします。

曽我 はい。母に一番言いたいのは、今年(母は)94歳になります。2か月ぐ
らい前に、夢を久しぶりに見ました。母は車椅子に乗っていました。本当に心が
痛みました。でも、車椅子に乗ってでも、日本に、佐渡に、私たちのもとに、一
日も早く帰ってきてほしいと思っています。そして私たちのもとに、一日も早く
帰ってきてほしいと思っています。そして、絶対に佐渡に帰ることを諦めずにい
てほしいと、心から大きな声で言いたいと思います。

 そして、本日この場にお集まりの皆さん、もうこの拉致問題、50年近く経っ
てしまいました。まだ解決はできていません。今までも皆様方のお力をたくさん
貸していただきました。でも、これではまだ足りません。これからもこれまで以
上にこの拉致問題、自分のこととしてしっかりと考えて、いろんな方法を考えて、
どうしたら皆が家族のもとに一日も早く帰ってくることができるかを今日もう一
度お考えください。そして、これまで以上にお力をお貸しください。本日はあり
がとうございました(拍手)。

(2につづく)


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