特別集会 李日奎氏講演2(2026/07/06)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2026.07.06-2)
◆対米関心低下と不安
時間がだいぶ経ったので、次に米朝関係について簡単に述べます。北朝鮮はア
メリカに対する関心を少しずつ失っているように見えます。ロシアと中国としっ
かり手を握っていれば、米国からの脅威をかわすことができると考えているよう
に見えます。にもかかわらず、最近のベネズエラ(2006年1月米国が大統領を拘
束)、イラン(2006年2月大統領が米の攻撃で死亡)の事態を見て、アメリカを
管理しなければならないという思いが生まれたと思います。
◆韓国からの協力は受取る
南北関係は、韓国という存在自体が北朝鮮にとって脅威になっているので、敵
対関係はその後も続いていくと思います。ただし、2026年の今年の第9回党
大会の後の席で、金正恩は次のように言いました。
「南北関係において国益に準じた冷静な計算と徹底した対応をする」
分かりやすく言うと、二国関係を定着させた上で、北朝鮮の国益に合致すると
判断すれば、対話や韓国からの協力も受け取るということだというふうに思いま
す。
◆金正日が外務省に日本課を作れと指示
最後に日本との関係についてお話しいたします。私が北朝鮮にいた時は、日本
専門家ではありませんでした。しかし、私の父は昔、日本との関係を専門的に担
当した人間でした。
そして、私は外務省に入って、2003年から6年間、ラジオ課(※海外放送
の聴取・分析部署)という所で、日本のNHKの国際放送を専門的に聞いていま
した。北朝鮮でラジオを聴くということは、政治犯として処罰される重罪です。
しかし、金正日が90年代になって、外務省にラジオ課を作って、VOA(ボイ
ス・オブ・アメリカ)の韓国語放送とNHKの国際放送を聴いて、アメリカの核
問題に対する対応、日本の拉致問題に対する対応について報告を上げよと命令し
たとのことです。
私が生まれてから一度も聴いたことがなかった名前、「横田めぐみ」という名
前を、それから後、毎週のように聴くことになりました。NHKワールドの放送
では、私は2003年からですが、毎日のように「横田めぐみ」という名前が出
てきました。それを私は全部タイピングして報告を上げた。その名前を何回も聴
いたということです。
北朝鮮の外務省は、日本との関係を以前は専門的に扱いませんでした。金正日
(キム・ジョンイル)が時期を迎えて、日本との関係を改善しなければならない、
そのための部署として外務省を選んだと思います。私が外務省でラジオ課に勤め
ていた時、その横の部屋に日本課があり、それで日本課の人たちとは大変親しく
付き合いました。
日本課の人たちは、初めから外交官として日本課で勤務していたのではありま
せん。すべては別の部署で勤務していたのですが、私の記憶では1997年に金
正日が外務省に日本課を作れと指示し、その結果外務省に設置されました。拉致
問題について日本政府がどの程度解決の意思を持っているのか、また解決した時
に日本政府は何をくれるのか、ということに対する研究が始まりました。
◆金正日は、朝日関係改善には、拉致問題が不可欠と認識していた
ただし遺憾なことに、外務省には日本との関係について実権はありませんでし
た。金正日は、日本との関係を解決するためには、拉致問題は必ず解決しなけれ
ばならないということを、しっかりと認識していました。
それにもかかわらず、北朝鮮の外務省は、拉致問題に一切関わりを持っていな
かったし、また、拉致問題に関するデータに接触する権限を持っていませんでし
た。ですから、外務省の人間たちは、日本との関係で、日本に関する情報を収集
し、分析することはできましたが、政策提言をすることはできませんでした。
「日本との関係を解決しなければなりません」ということを提言することはでき
ませんでした。
◆日朝関係を動かしてきたのは統一戦線部、保衛部
1997年から2000年頃、大変若い人たちが日本から帰国していました。
その人たちが今、外務省の中で日本課の中堅勢力の世代です。中堅じゃなくて
「重鎮」と言います。私がその人たちに会って、彼らからこんな話を聞いたこと
を覚えています。
「日本との関係改善は、必ずしなければならない。半島を中心に、中国、アメリ
カ、ロシア、日本、韓国という国がある。中国は北朝鮮を助ける意思がない。ロ
シアは助けることができる経済能力がない。アメリカは実際、北朝鮮に関心がな
い。韓国は発展したが、まだ北朝鮮の経済を回復させるだけの能力はない。実際
に北朝鮮の経済が豊かになるために助けられる国は日本しかない。そのために日
本との関係を改善しなければならない」。これが外務省の人たちの認識でした。
統一戦線部、保衛部(国家保衛省)のような特殊部署が、拉致問題に関係した
部署でした。そして、外務省はまったくそれらには関係していませんでした。2
002年に小泉総理が平壌を訪問した時は、外務省が表には出ましたが、実際の
交渉は外務省が担当していませんでした。
また、2回目に小泉総理が平壌を訪問した時も、実際の実務処理は外務省が担
当していませんでした。回復の期待が見えたのがその後、それが失敗した後も、
一切、外務省は責任を問われませんでした。日朝関係を動かしたのは外務省では
なかったのです。
北朝鮮の中でも、本当に外務省の人間は、拉致問題を解決したいと思っている。
ただし、北朝鮮の外務省はあまりにも力がない。拉致問題の展望について、私が
敢えて見解をお話するとすれば、拉致問題は日本国民の心にとても敏感な問題で
す。
金正日は拉致問題を解決する意思がありました。しかし、実際に拉致をし、そ
の人たちを利用していた部署からの抵抗にあって、その解決の意思を貫くことが
できなかったんだと私は見ています。その世代はみんな定年退職して家に帰りま
した。
そして金正恩の時代になりました。私の記憶が正確かどうかですが、2024
年の1月に日本で地震(能登半島地震)がありました。大変異例なことで、金正
恩が日本の総理大臣にお見舞いの電報を出しました。
これが、金正恩が日本関係を改善したいという意志の表れでした。金正恩も日
朝関係が改善すると、日本の総理大臣が平壌を訪問できるという談話を出したり
もしました。それにも関わらず、今も日朝関係は改善されていません。
◆いつか客観的条件が揃えば、日朝関係は改善に向かう
日朝関係は、日本と北朝鮮だけの関係ではないと考えています。日朝関係の改
善を妨げるいろんな要因がありますが、その中で大きな三つを申し上げます。
日朝関係の改善を妨げるいろんな要因がありますが、その中で大きな三つを私
は申し上げます。私の考えというよりも、北朝鮮がそのように考えているという
ことです。
第一はアメリカとの関係です。絶対アメリカは日朝関係が正常化することを簡
単には容認しません。対外開放もできず、核放棄もできないので、北朝鮮の経済
回復の見通しはないということです。
第二は国際社会の対北制裁です。国際社会の対北制裁、そして日本の対北制裁
が存在する限り、日朝関係が正常化するとしても、北朝鮮は日本から得るものは
ありません。
第三は中国との関係です。日中関係が最も悪化している状況で、北朝鮮と中国
が再接近を始めている中で、北朝鮮は中国に大変気をつかっています。
それにも関わらず、北朝鮮は継続して日本を戦略国家だと見ています。それだ
け日本との関係が重要だと思っており、日本との関係改善の重要性を認識してい
るということです。いつか客観的条件が揃えば、日朝関係は改善に向かうのだろ
うと私は思います。
金正恩は、拉致を設計した人間でもないし、執行した人間でもありません。金
正恩は先代の人たちが行った拉致問題について、謝罪し解決する準備が十分でき
ている人だと私は思います。金正恩は、南北関係で自分が作った金剛山の観光が
間違っていたと、父親を公開的に批判した人間です。また、最近地方発展政策を
出しながら、金日成の農村経済を公開的に、つまりおじいさんの政策を公開的に
批判した人間です。自分の利益に合うならば、先代がやったことの間違いを認め
る準備が十分できている人です。
先代の間違いを認めることによって得られる政治的、軍事的、外交的、経済的
利益が十分あると判断したときには、金正恩は先代のやったことを否定して、日
朝会談に踏み出すことができる人間だと私は思います。
そのような客観的条件ができるのを、忍耐性を持って待つのも大切ですが、そ
のような客観的条件をつくるために主導的に動くことも大切だと思います。私は
そのような客観的条件が早く醸成されて、朝鮮半島、そして東アジアの平和安定
が実現することを心から望むものであります。それと日本国民の心の傷が癒され
て、東アジアの平和安定が定着することを望むものだと思います。
再び、30年間北朝鮮の政府にいた人間として、私が直接行ったものではあり
ませんが、日本国民の皆さんに大変大きな傷を与えてしまったことについて謝罪
をしたいと思います。今日準備した講演をここまでにいたします。ご清聴にして
くださいまして、ありがとうございました。
◆木村かほるさんがよど号の妻たちと一緒にいた
西岡 ここで、一つどうしても聞かなくちゃいけないことがあります。「産経新
聞」が3月に報道した記事がありました。
特定失踪者の木村かおるさん。1960年代に青森県で失踪した方ですが、李
先生が、「その人を見た記憶がある」というインタビューを、「産経新聞」の紙
面で話をしています。それについて続報が出ていないので、その記事の中ではな
ぜ木村かほるさんのことだと言えるかについてあまり詳しく書いていなかったの
ですが、実はこの本の中にその記述があったんですね。
「キューバにお父さんが勤めていた時、日本人の女性がキューバに来た」と。で、
お父さんは実は工作機関にいたんです。そして「その人をお父さんがサポートを
していた」と。その人が平壌に帰って、モランボンの国塞(こくさい)通りとい
うところにある外貨ショップ、「国塞商店」ですね。日本製品を主として売って
いるところです。よど号の妻たちが勤めていたところです。
1960年に失踪していますから、その時期は90年代初めというんですが、
そうすると50代になっていて、歳は合っているのですが、この写真よりは大変
ふけてみえる。この木村さんはまだ認定されていませんが、木村さんという話で
はなく、「似ている人がいた」ということです。
そしてキューバに来た工作活動を手伝っていた日本人女性というのが、彼が写
真を見たところ、よど号の妻の中の若林佐喜子だと。これは一緒にキューバに来
てお父さんがサポートしているので詳しく付き合っているので顔はよく覚えてい
ます。
その若林佐喜子が実は国塞商店にいたと。その国塞商店にはあと二人日本の女
性がいた。その二人のうち一人はレジの方にいたので顔は覚えていないが、もう
一人がこの「産経新聞」の記者が持ってきた木村かおるさんのこの写真とよく似
ている。で、そのよど号の女性たちと一緒にいたということだから、つまりこの
工作機関に関係している人間、国塞商店というのは統一戦線部が運営していた。
そこに勤めていた。
1960年に失踪した人だとすると、今まで我々が想定したこととはかなり違
う早い時期の拉致があった。そしてその人がよど号グループと一緒にいた、とい
う新しい事実が明らかになるわけですけれども、今の話は私が先聞いた話ですが、
直接お話をお聞きしたいと思います。これは、国塞商店でこの写真の主人公を目
撃された当時の経験です。
◆木村かほるさん(特定失踪者)、若林佐喜子(よど号犯妻)さんに会った
李日奎 私は1989年から1993年までキューバに留学しました。その時
父は対日工作をやっていたのですが、その後中南米で活動する北朝鮮のスパイた
ちに資金を提供するという仕事をしていました。私が書いた本(「私が見た金正
恩 北朝鮮亡命外交官の手記」2025年)の中には全ての資料が載っていますが、
私の記憶では92年頃、日本の女性が工作機関所属の小さな男の子二人を連れて
はキューバに来ました。
父は仕事が忙しくて私が直接その女性に資金を何回も持っていきました。朝鮮
語が朝鮮人のようではなかった。おかしいなと思ってお父さんに「あの人誰なん
ですか」と聞いたけどお父さんははっきりと教えてくれなかった。それで興味を
持ったのでお母さんに聞いたところ、日本人女性だと言われた。
その時私はお金も持って行ったし、母が作ったお弁当やおかずを持って行った
り、何回もその人と接触しました。その人はとても親切でした。北朝鮮ではそん
なに親切な人はいません。日本人だから親切なのだとその時思いました。その時
私の歳では、そのような人たちに関心がなかった。
その後私は平壌に召還されて帰りました。そしたら私の親戚が私に、私の知っ
ている人が国塞商店で働いていると言った。国塞商店はどのような商店かという
と、万景峰号が日本に入ってきて、日本の商品を国内に輸入すると、その商店に
搬入されて、国内に日本の商品だけがあるという商店だった。万景峰号が日本と
の間に来た時に積んでくる日本商品を専門的に売る、そういう商店が国塞商店で
した。統一戦線部が運営しました。
当時、その商店は非常に高価な商品を売っていました。人気が高かったのです
が、大変良い品物で、みんな憧れていたのですが、値段があまりにも高くて、普
通の人は買えない商品でした。
私が知っていたその女性がいるということで、私は国塞商店に行きました。そ
の時、日本女性が三人、国塞商店に勤務していました。一人は私は顔を見ること
ができませんでした。レジに勤務していて、レジには窓口があって、手しか見て
いませんでした。商店は大変小さかったのです。
キューバで会ったその女性がそこにいたので、「久しぶりだな」と言って、大
変懐かしく会いました。その人と一緒にいた人も日本人でした。その人も大変性
格が良かったのです。大変開放的で、よく笑いました。すごく親しくなって、す
ぐに言葉をやりとりする関係でした。一人は大変親切で、記憶に残りました。も
う一人は大変明るくて、よく笑うということで、記憶に残りました。
その商店に私はその後も何回か行きました。そして、その商店はなくなりまし
た。日本政府の独自制裁の結果、万景峰号が日本に行けなくなったので、それで
商店がなくなりましたのです。
そこで日本人だということを、その女性については分かっていたのです。その
後、私は外務省に入って、ラジオ課に入って、拉致問題について情報を聞いてい
たのです。だから、この日本人も、拉致被害者かもしれないなと私は思いました。
その時、私は特に関心を持っていることはありませんでした。私がその女性たち
と会ったのは、94年、95年、96年です。
そして、私は韓国に行って、本を書く決心をしました。その本を書く中で、日
本の女性について思い出して、日本の女性について書きました。その本を書く時
に、これを「産経新聞出版」から出したので、日本人女性、拉致被害者の写真な
どをどんどん「産経新聞」が持ってきました。それで、拉致被害者の写真をたく
さん見ることになりました。しかし見つけることはできませんでした。
それで、拉致被害者でなくて、「よど号の妻かもしれない」ということで、そ
の写真を持ってきたので、私はこの人(若林佐喜子)だと分かりました。そこで、
一人はよど号の女性だと分かった。
そして、その後また別の写真を持ってきたので、この木村かほるさんと似てい
るということが分かった。私の記憶が間違っているかもしれないと思って、その
後もう一度、何枚かの別の写真と一緒に、この木村さんの写真を持ってきました
が、私は「間違いなくこの人だ」と言えました。
私はなぜこの人が、私が見た人と似ているかと言うと、笑っている姿、顔、ま
た髪の毛。私はずいぶんたくさんの日本人の被害者、あるいは特定失踪者の写真
を見ました。しかし、その中でこの人だけが記憶がある。私の記憶とほとんど8
0%が一致するのです。80%と言うと、この写真は拉致される前、二十歳の頃
の写真です。若く描かれているので、私が見た時は大変年をとっていました。世
代によるいろいろな差異がありますが、印象、笑う姿、顔の形は大変似ています。
(3につづく)
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
■高市首相にメール・葉書を
首相官邸のホームページに「ご意見募集」があります。
下記をクリックして、ご意見を送ってください。
https://www.kantei.go.jp/jp/iken.html
葉書は、〒100-8968 千代田区永田町2-3-1 内閣総理大臣 高市早苗殿
■救う会全国協議会ニュース
発行:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)
TEL 03-3946-5780 FAX 03-3946-5784 http://www.sukuukai.jp
担当:平田隆太郎(事務局長 info@sukuukai.jp)
〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905
カンパ振込先:郵便振替口座 00100-4-14701 救う会
みずほ銀行池袋支店(普)5620780 救う会事務局長平田隆太郎
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◆対米関心低下と不安
時間がだいぶ経ったので、次に米朝関係について簡単に述べます。北朝鮮はア
メリカに対する関心を少しずつ失っているように見えます。ロシアと中国としっ
かり手を握っていれば、米国からの脅威をかわすことができると考えているよう
に見えます。にもかかわらず、最近のベネズエラ(2006年1月米国が大統領を拘
束)、イラン(2006年2月大統領が米の攻撃で死亡)の事態を見て、アメリカを
管理しなければならないという思いが生まれたと思います。
◆韓国からの協力は受取る
南北関係は、韓国という存在自体が北朝鮮にとって脅威になっているので、敵
対関係はその後も続いていくと思います。ただし、2026年の今年の第9回党
大会の後の席で、金正恩は次のように言いました。
「南北関係において国益に準じた冷静な計算と徹底した対応をする」
分かりやすく言うと、二国関係を定着させた上で、北朝鮮の国益に合致すると
判断すれば、対話や韓国からの協力も受け取るということだというふうに思いま
す。
◆金正日が外務省に日本課を作れと指示
最後に日本との関係についてお話しいたします。私が北朝鮮にいた時は、日本
専門家ではありませんでした。しかし、私の父は昔、日本との関係を専門的に担
当した人間でした。
そして、私は外務省に入って、2003年から6年間、ラジオ課(※海外放送
の聴取・分析部署)という所で、日本のNHKの国際放送を専門的に聞いていま
した。北朝鮮でラジオを聴くということは、政治犯として処罰される重罪です。
しかし、金正日が90年代になって、外務省にラジオ課を作って、VOA(ボイ
ス・オブ・アメリカ)の韓国語放送とNHKの国際放送を聴いて、アメリカの核
問題に対する対応、日本の拉致問題に対する対応について報告を上げよと命令し
たとのことです。
私が生まれてから一度も聴いたことがなかった名前、「横田めぐみ」という名
前を、それから後、毎週のように聴くことになりました。NHKワールドの放送
では、私は2003年からですが、毎日のように「横田めぐみ」という名前が出
てきました。それを私は全部タイピングして報告を上げた。その名前を何回も聴
いたということです。
北朝鮮の外務省は、日本との関係を以前は専門的に扱いませんでした。金正日
(キム・ジョンイル)が時期を迎えて、日本との関係を改善しなければならない、
そのための部署として外務省を選んだと思います。私が外務省でラジオ課に勤め
ていた時、その横の部屋に日本課があり、それで日本課の人たちとは大変親しく
付き合いました。
日本課の人たちは、初めから外交官として日本課で勤務していたのではありま
せん。すべては別の部署で勤務していたのですが、私の記憶では1997年に金
正日が外務省に日本課を作れと指示し、その結果外務省に設置されました。拉致
問題について日本政府がどの程度解決の意思を持っているのか、また解決した時
に日本政府は何をくれるのか、ということに対する研究が始まりました。
◆金正日は、朝日関係改善には、拉致問題が不可欠と認識していた
ただし遺憾なことに、外務省には日本との関係について実権はありませんでし
た。金正日は、日本との関係を解決するためには、拉致問題は必ず解決しなけれ
ばならないということを、しっかりと認識していました。
それにもかかわらず、北朝鮮の外務省は、拉致問題に一切関わりを持っていな
かったし、また、拉致問題に関するデータに接触する権限を持っていませんでし
た。ですから、外務省の人間たちは、日本との関係で、日本に関する情報を収集
し、分析することはできましたが、政策提言をすることはできませんでした。
「日本との関係を解決しなければなりません」ということを提言することはでき
ませんでした。
◆日朝関係を動かしてきたのは統一戦線部、保衛部
1997年から2000年頃、大変若い人たちが日本から帰国していました。
その人たちが今、外務省の中で日本課の中堅勢力の世代です。中堅じゃなくて
「重鎮」と言います。私がその人たちに会って、彼らからこんな話を聞いたこと
を覚えています。
「日本との関係改善は、必ずしなければならない。半島を中心に、中国、アメリ
カ、ロシア、日本、韓国という国がある。中国は北朝鮮を助ける意思がない。ロ
シアは助けることができる経済能力がない。アメリカは実際、北朝鮮に関心がな
い。韓国は発展したが、まだ北朝鮮の経済を回復させるだけの能力はない。実際
に北朝鮮の経済が豊かになるために助けられる国は日本しかない。そのために日
本との関係を改善しなければならない」。これが外務省の人たちの認識でした。
統一戦線部、保衛部(国家保衛省)のような特殊部署が、拉致問題に関係した
部署でした。そして、外務省はまったくそれらには関係していませんでした。2
002年に小泉総理が平壌を訪問した時は、外務省が表には出ましたが、実際の
交渉は外務省が担当していませんでした。
また、2回目に小泉総理が平壌を訪問した時も、実際の実務処理は外務省が担
当していませんでした。回復の期待が見えたのがその後、それが失敗した後も、
一切、外務省は責任を問われませんでした。日朝関係を動かしたのは外務省では
なかったのです。
北朝鮮の中でも、本当に外務省の人間は、拉致問題を解決したいと思っている。
ただし、北朝鮮の外務省はあまりにも力がない。拉致問題の展望について、私が
敢えて見解をお話するとすれば、拉致問題は日本国民の心にとても敏感な問題で
す。
金正日は拉致問題を解決する意思がありました。しかし、実際に拉致をし、そ
の人たちを利用していた部署からの抵抗にあって、その解決の意思を貫くことが
できなかったんだと私は見ています。その世代はみんな定年退職して家に帰りま
した。
そして金正恩の時代になりました。私の記憶が正確かどうかですが、2024
年の1月に日本で地震(能登半島地震)がありました。大変異例なことで、金正
恩が日本の総理大臣にお見舞いの電報を出しました。
これが、金正恩が日本関係を改善したいという意志の表れでした。金正恩も日
朝関係が改善すると、日本の総理大臣が平壌を訪問できるという談話を出したり
もしました。それにも関わらず、今も日朝関係は改善されていません。
◆いつか客観的条件が揃えば、日朝関係は改善に向かう
日朝関係は、日本と北朝鮮だけの関係ではないと考えています。日朝関係の改
善を妨げるいろんな要因がありますが、その中で大きな三つを申し上げます。
日朝関係の改善を妨げるいろんな要因がありますが、その中で大きな三つを私
は申し上げます。私の考えというよりも、北朝鮮がそのように考えているという
ことです。
第一はアメリカとの関係です。絶対アメリカは日朝関係が正常化することを簡
単には容認しません。対外開放もできず、核放棄もできないので、北朝鮮の経済
回復の見通しはないということです。
第二は国際社会の対北制裁です。国際社会の対北制裁、そして日本の対北制裁
が存在する限り、日朝関係が正常化するとしても、北朝鮮は日本から得るものは
ありません。
第三は中国との関係です。日中関係が最も悪化している状況で、北朝鮮と中国
が再接近を始めている中で、北朝鮮は中国に大変気をつかっています。
それにも関わらず、北朝鮮は継続して日本を戦略国家だと見ています。それだ
け日本との関係が重要だと思っており、日本との関係改善の重要性を認識してい
るということです。いつか客観的条件が揃えば、日朝関係は改善に向かうのだろ
うと私は思います。
金正恩は、拉致を設計した人間でもないし、執行した人間でもありません。金
正恩は先代の人たちが行った拉致問題について、謝罪し解決する準備が十分でき
ている人だと私は思います。金正恩は、南北関係で自分が作った金剛山の観光が
間違っていたと、父親を公開的に批判した人間です。また、最近地方発展政策を
出しながら、金日成の農村経済を公開的に、つまりおじいさんの政策を公開的に
批判した人間です。自分の利益に合うならば、先代がやったことの間違いを認め
る準備が十分できている人です。
先代の間違いを認めることによって得られる政治的、軍事的、外交的、経済的
利益が十分あると判断したときには、金正恩は先代のやったことを否定して、日
朝会談に踏み出すことができる人間だと私は思います。
そのような客観的条件ができるのを、忍耐性を持って待つのも大切ですが、そ
のような客観的条件をつくるために主導的に動くことも大切だと思います。私は
そのような客観的条件が早く醸成されて、朝鮮半島、そして東アジアの平和安定
が実現することを心から望むものであります。それと日本国民の心の傷が癒され
て、東アジアの平和安定が定着することを望むものだと思います。
再び、30年間北朝鮮の政府にいた人間として、私が直接行ったものではあり
ませんが、日本国民の皆さんに大変大きな傷を与えてしまったことについて謝罪
をしたいと思います。今日準備した講演をここまでにいたします。ご清聴にして
くださいまして、ありがとうございました。
◆木村かほるさんがよど号の妻たちと一緒にいた
西岡 ここで、一つどうしても聞かなくちゃいけないことがあります。「産経新
聞」が3月に報道した記事がありました。
特定失踪者の木村かおるさん。1960年代に青森県で失踪した方ですが、李
先生が、「その人を見た記憶がある」というインタビューを、「産経新聞」の紙
面で話をしています。それについて続報が出ていないので、その記事の中ではな
ぜ木村かほるさんのことだと言えるかについてあまり詳しく書いていなかったの
ですが、実はこの本の中にその記述があったんですね。
「キューバにお父さんが勤めていた時、日本人の女性がキューバに来た」と。で、
お父さんは実は工作機関にいたんです。そして「その人をお父さんがサポートを
していた」と。その人が平壌に帰って、モランボンの国塞(こくさい)通りとい
うところにある外貨ショップ、「国塞商店」ですね。日本製品を主として売って
いるところです。よど号の妻たちが勤めていたところです。
1960年に失踪していますから、その時期は90年代初めというんですが、
そうすると50代になっていて、歳は合っているのですが、この写真よりは大変
ふけてみえる。この木村さんはまだ認定されていませんが、木村さんという話で
はなく、「似ている人がいた」ということです。
そしてキューバに来た工作活動を手伝っていた日本人女性というのが、彼が写
真を見たところ、よど号の妻の中の若林佐喜子だと。これは一緒にキューバに来
てお父さんがサポートしているので詳しく付き合っているので顔はよく覚えてい
ます。
その若林佐喜子が実は国塞商店にいたと。その国塞商店にはあと二人日本の女
性がいた。その二人のうち一人はレジの方にいたので顔は覚えていないが、もう
一人がこの「産経新聞」の記者が持ってきた木村かおるさんのこの写真とよく似
ている。で、そのよど号の女性たちと一緒にいたということだから、つまりこの
工作機関に関係している人間、国塞商店というのは統一戦線部が運営していた。
そこに勤めていた。
1960年に失踪した人だとすると、今まで我々が想定したこととはかなり違
う早い時期の拉致があった。そしてその人がよど号グループと一緒にいた、とい
う新しい事実が明らかになるわけですけれども、今の話は私が先聞いた話ですが、
直接お話をお聞きしたいと思います。これは、国塞商店でこの写真の主人公を目
撃された当時の経験です。
◆木村かほるさん(特定失踪者)、若林佐喜子(よど号犯妻)さんに会った
李日奎 私は1989年から1993年までキューバに留学しました。その時
父は対日工作をやっていたのですが、その後中南米で活動する北朝鮮のスパイた
ちに資金を提供するという仕事をしていました。私が書いた本(「私が見た金正
恩 北朝鮮亡命外交官の手記」2025年)の中には全ての資料が載っていますが、
私の記憶では92年頃、日本の女性が工作機関所属の小さな男の子二人を連れて
はキューバに来ました。
父は仕事が忙しくて私が直接その女性に資金を何回も持っていきました。朝鮮
語が朝鮮人のようではなかった。おかしいなと思ってお父さんに「あの人誰なん
ですか」と聞いたけどお父さんははっきりと教えてくれなかった。それで興味を
持ったのでお母さんに聞いたところ、日本人女性だと言われた。
その時私はお金も持って行ったし、母が作ったお弁当やおかずを持って行った
り、何回もその人と接触しました。その人はとても親切でした。北朝鮮ではそん
なに親切な人はいません。日本人だから親切なのだとその時思いました。その時
私の歳では、そのような人たちに関心がなかった。
その後私は平壌に召還されて帰りました。そしたら私の親戚が私に、私の知っ
ている人が国塞商店で働いていると言った。国塞商店はどのような商店かという
と、万景峰号が日本に入ってきて、日本の商品を国内に輸入すると、その商店に
搬入されて、国内に日本の商品だけがあるという商店だった。万景峰号が日本と
の間に来た時に積んでくる日本商品を専門的に売る、そういう商店が国塞商店で
した。統一戦線部が運営しました。
当時、その商店は非常に高価な商品を売っていました。人気が高かったのです
が、大変良い品物で、みんな憧れていたのですが、値段があまりにも高くて、普
通の人は買えない商品でした。
私が知っていたその女性がいるということで、私は国塞商店に行きました。そ
の時、日本女性が三人、国塞商店に勤務していました。一人は私は顔を見ること
ができませんでした。レジに勤務していて、レジには窓口があって、手しか見て
いませんでした。商店は大変小さかったのです。
キューバで会ったその女性がそこにいたので、「久しぶりだな」と言って、大
変懐かしく会いました。その人と一緒にいた人も日本人でした。その人も大変性
格が良かったのです。大変開放的で、よく笑いました。すごく親しくなって、す
ぐに言葉をやりとりする関係でした。一人は大変親切で、記憶に残りました。も
う一人は大変明るくて、よく笑うということで、記憶に残りました。
その商店に私はその後も何回か行きました。そして、その商店はなくなりまし
た。日本政府の独自制裁の結果、万景峰号が日本に行けなくなったので、それで
商店がなくなりましたのです。
そこで日本人だということを、その女性については分かっていたのです。その
後、私は外務省に入って、ラジオ課に入って、拉致問題について情報を聞いてい
たのです。だから、この日本人も、拉致被害者かもしれないなと私は思いました。
その時、私は特に関心を持っていることはありませんでした。私がその女性たち
と会ったのは、94年、95年、96年です。
そして、私は韓国に行って、本を書く決心をしました。その本を書く中で、日
本の女性について思い出して、日本の女性について書きました。その本を書く時
に、これを「産経新聞出版」から出したので、日本人女性、拉致被害者の写真な
どをどんどん「産経新聞」が持ってきました。それで、拉致被害者の写真をたく
さん見ることになりました。しかし見つけることはできませんでした。
それで、拉致被害者でなくて、「よど号の妻かもしれない」ということで、そ
の写真を持ってきたので、私はこの人(若林佐喜子)だと分かりました。そこで、
一人はよど号の女性だと分かった。
そして、その後また別の写真を持ってきたので、この木村かほるさんと似てい
るということが分かった。私の記憶が間違っているかもしれないと思って、その
後もう一度、何枚かの別の写真と一緒に、この木村さんの写真を持ってきました
が、私は「間違いなくこの人だ」と言えました。
私はなぜこの人が、私が見た人と似ているかと言うと、笑っている姿、顔、ま
た髪の毛。私はずいぶんたくさんの日本人の被害者、あるいは特定失踪者の写真
を見ました。しかし、その中でこの人だけが記憶がある。私の記憶とほとんど8
0%が一致するのです。80%と言うと、この写真は拉致される前、二十歳の頃
の写真です。若く描かれているので、私が見た時は大変年をとっていました。世
代によるいろいろな差異がありますが、印象、笑う姿、顔の形は大変似ています。
(3につづく)
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■救う会全国協議会ニュース
発行:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)
TEL 03-3946-5780 FAX 03-3946-5784 http://www.sukuukai.jp
担当:平田隆太郎(事務局長 info@sukuukai.jp)
〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905
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