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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

北朝鮮が拉致を認めて19年 9・17に思うこと(2021/09/22)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2021.09.22)

 みなさんごきげんよう。救う会テレビ、救う会全国協議会会長西岡力です。今
日で第46回になります。令和3年9月18日に収録しました。

 今日のタイトルは、「北朝鮮が拉致を認めて19年 9・17に思うこと」と
題してお送りいたします。

 動画は救う会のホームページに掲載しています。

■北朝鮮が拉致を認めて19年 9・17に思うこと

 2002年、今から19年前の9月17日に、小泉純一郎、当時の総理が訪朝
して、当時の北朝鮮のトップの金正日氏と会って、そこで金正日が、「日本人を
拉致した」ということを認めました。

 そして「5人生存8人死亡、それ以外は拉致していない」という新たな嘘をつ
いたのでありますけれども、それから19年も経ってしまいました。

 19年前をちょっと振り返って、そして今に私たちが考えるべき教訓を考えて
いきてきたいと思っています。

◆外務省主導の国交正常化優先交渉ではだめ

 私は色々なとこで繰り返し言っていますが、拉致解決には3条件があります。

 第1条件は、世論を背景に、政府が全被害者を救出する体制を作ること、

 第2条件は、北朝鮮が困って日本に接近せざるをえない状況を作り出すこと、

 第3条件は、北朝鮮政権が崩壊し、混乱事態が発生することに備え、救出作戦
を準備しておくこと、です。

 第3条件については静かに準備をしておくことですが、

 第1条件は、世論を背景に、政府に全被害者を救出する体制ができている中で、
第2条件の、北朝鮮が困って日本に接近してくることですが、2002年9月1
7日当時はどうだったのか。

 第1条件は、半分しかできていませんでした。世論は一定程度できていました。
家族会・救う会がその5年前に発足し、当時はまだほとんど拉致があることを知
らなかったのですが、粘り強く5年間運動した結果、「横田めぐみ」という名前、
「13歳で拉致され、それ以外にも拉致被害者がいる」ということを知らせるこ
とに成功し、小泉訪朝の時、連日家族会が記者会見し、それがマスコミの報道に
載りました。

 つまり世論は拉致問題に関心を持った。それは家族会、救う会の運動が作り出
したことでした。しかし与論はありましたが、政府に全員救出の体制ができてい
ませんでした。

 それで外務省主導の国交正常化優先交渉になってしまったということは、私た
ちが学ぶべき教訓であります。

◆確認もしないで「死亡」と報告

 その結果何が起きたかと言うとですね、9月17日の朝、飛行機が平壌に着い
た時、北朝鮮の外務省の局長が日本の外務省の田中均局長に、調査結果だという
紙を持ってきた。

 そこに「生存者5人死亡者8人、それ以外はいない」と書いてあったわけです
が、「死亡」と言われてその確認作業は一切しないで、「北朝鮮が死亡と言って
います」と伝達したのではなくて、家族を一人ひとり呼んで、外務副大臣とか当
時の福田官房長官が直接、「お宅の娘さんは、お宅の息子さんは亡くなっていま
す」と断定形で伝えたんです。

 あの場は大変ショックでした。5年間の運動の結果、証拠隠滅のために運動し
ている間に殺されたんじゃないか。本当に9月11日の夜、私も眠れませんでし
た。ところが9月18日の朝、小泉首相と一緒に平壌を訪問した当時の安倍晋三
官房副長官が、私たちが泊まっていた東京のビジネスホテルに、出勤前に直接来
てくれたんです。「家族にまず報告したい」と言って。

◆死亡者ではなく被害者、遺族ではなく家族

 我々が呼んだのではなく、来てくれたんですね。そこで、「死亡の確認をして
いない」という重大な事実を私たちに教えてくれたんです。

 そこで私たちは、緊急の記者会見をして、「死亡者と言わないでください」、
「北朝鮮が死亡と言っている被害者と言ってください」、「遺族と言わないでく
ださい。家族と言ってください」。「私たちが『死亡』を納得すると、北朝鮮は
安心して殺すかもしれない。確認されていないので」ということを、私たちは強
く、強く言いまた。

 そして一晩だけ、「遺族」とか、「ご冥福を祈ります」とか、「死亡した」と
いう言葉が飛び交いましたが、18日からですね、その言葉はマスコミから消え
た。まだ救出運動は続いているという状況を作り出すことに成功しました。

◆国交正常化優先勢力がいた

 それは本来だったら政府がそういう事をやるべきなのに、安倍副長官がいて、
そして私達たち家族会、救う会が会見をしたということがあったから、国交正常
化優先勢力に主導権を取られないで済んだということです。

 またその後いろんな経緯があって、5人の生存者が一時帰国という形で、自分
たちの子どもを北朝鮮に置いたまま、日本を訪問しました。私たちからすると、
「帰ってきた」のです。

 その時ですね、外務省の国交正常化優先勢力の代表である田中局長は、5人の
被害者をもう一度北朝鮮に送り返そうとした。「約束したんだ。その約束を守ら
ないと、ミスターXと言われる自分のカウンターパートとのパイプが切れてしま
う」と言うようになったのです。

 しかし、当時の安倍副長官と中山恭子参与が、「被害者を犯人の元にもう一度
送ることはありえない」と、激しく戦いました。

 そして実は5人の被害者も非公開で、私も秘密にそのパイプ役をしたのですが、
「日本政府が守ってくれるなら日本に残りたい」という意思表示をしていました。
ドラマがあったんですね。

 実は帰国して10日目に会議が開かれた。福田官房長官、田中局長、安倍副長
官、中山恭子さん4人が、どうするかということで会議が開かれていた。その会
議をしてる最中に、中山恭子さんの携帯電話が鳴った。蓮池さんからの電話だっ
た。「残りたい」という意思表示だった。

 それ以前に、地村さんと曽我さんからそのような意思表示があったのですが、
蓮池さんのは会議の中だった。それでも田中局長や福田官房長官たちは返そうと
したんです。しかし、本人たちの意思もあり、犯人に送り返すことはありえない
ということで、世論の盛り上がりもあって、阻止に成功しました。

◆菅義偉議員らが「経済制裁をすべき」と

 またその後ですね、今退任表明して最後の務めをされている菅義偉総理大臣が、
当時国会議員として「経済制裁すべきじゃないか」と。ところが日本には経済制
裁する法的根拠はなかったんです。

 万景峰号の入港を阻止しようと思って、私たちは新潟の港で何回もデモをしま
した。新潟県知事にも会いましたが、「これは国の問題だ。国交省が入港阻止は
できないと言っている」と。それで国交省に行くとですね、港を開く開港の原則
があって、「いくら北朝鮮の国交がないといっても、港を開いてしまった以上船
を拒否することはできない。これは国際法の原則だ」と言われた。

 しかし菅議員たちはですね、「そんなことがあるか」と言って、様々な調査を
した結果ですね、アメリカにですねキューバ自由化法という法律があって、アメ
リカ政府はキューバ船籍の船の入港を拒否している。

 そこで国交省に、「ではアメリカは開港の原則に反して国際法に違反している
のか」と言ってですね、議員立法で入港阻止ができる特定船舶入港禁止法を作り、
また貿易を止めることについてもですね、当時の日本の法体系では、「国連の安
保理の決議など国際的な合意があった時には制裁に参加できる」と書いてあった
んですが、日本の主権や安全が犯された時、日本の判断で制裁することはできな
かった。

 そういう情報がなかったので、それを追加するという政策を作成することで、
まだ当時若手議員だった菅議員たち、今群馬県知事をやっている山本一太先生と
かが取り組んでくれて制裁法案ができたのです。

◆でたれめな「再調査の結果」

 そして二度目の小泉訪朝があった。そして「再調査の結果」なるものが来た。
全部でたらめだった。

 特に、めぐみさんの骨と称する、夫が持っていたと称する火葬された骨から、
他人のDNAが出てきた。松木薫さんの骨からも他人のDNAが出てきた。あまりにも
ひどいということで、「制裁を発動せよ」という声が高まって、私たちは(総理
官邸前に)座り込みまでしましたが、せっかく作った制裁法をこのようなひどい
ことをされた時にも小泉政権では使いませんでした。ここでも棚上げ勢力と、最
優先で全被害者を取り戻すべきという勢力との戦いがあったんです。

 つまり世論を背景にして、政府に全被害者を救出する体制を作るということは
完成していなかったのです。

◆2006年、北朝鮮人権法が成立

 それが形式上完成したのは2006年の第一次安倍政権ができて、その年国会
は北朝鮮人権法を成立させます。政府は拉致被害者を助ける義務があると書かれ
ています。

 また拉致問題はじめとする北朝鮮人権問題について、政府と地方公共団体は啓
蒙活動をしなければならないという義務規定もあるんです。

 そして総理大臣を本部長として全閣僚が本部員の政府拉致対策本部ができまし
た。そしてその直属に事務局ができて予算がつきました。外務省や警察や公安が
それぞれ扱っていた拉致事件が、政府の中で拉致だけを扱う部署ができたのです。
そして拉致担当大臣が置かれた。

 めぐみさんが拉致されて今年で44年ですが、実は拉致担当本部ができ、拉致
担当大臣が置かれてからは15年なんです。最初の30年はそういう体制がなかっ
たのです。だからこんなに長引いたと思うのですが、しかしやっと第一次安倍政
権になって、世論を背景に、政府が全被害者を救出する体制を作ることができた。

 しかしその後も、攻防が続いています。連絡事務所を作れとか、日朝合同調査
委員会を設置すべきだという人たちがいるんですね。その主人公が確認もせず
「死亡」通告をし、5人を北朝鮮に送り返そうとした田中均氏です。戦いは続い
ているんです。

◆日米の「テロとの戦い」

 そして第2条件、北朝鮮が困って日本に接近せざるを得なくなるということで
すけども、あの時どういう背景だったのか。金正日はアメリカのテロとの戦争に
恐怖して日本に接近したんです。

 実は2001年9月にアメリカで同時多発テロが起きて、アメリカはテロとの
戦争を宣言しました。そしてアフガニスタンで戦争が始まったんですね。それが
20年ぶりに終わったということなのです。

 そしてその次の1月に、北朝鮮の核開発を戦争してでも止めるというブッシュ
大統領が、有名な「悪の枢軸」演説をしました。実は北朝鮮は、パキスタンから
濃縮ウラニウムを作る技術を秘密裏に導入していたんです。その代りパキスタン
にノドンミサイルを出していた。その事をアフガニスタンを占領した後、実は米
軍はアフガニスタンとの戦争でパキスタンに入ったのです。パキスタンが事実上
アメリカの同盟国になるわけです。

 そして米軍はパキスタンに入った後すぐですね、パキスタンの核開発関係者に
詰め寄って、「お前たちの核技術をまさかアルカイダに出してないだろうな。テ
ロリストが核自爆攻撃をすることがあるんだ」と言って徹底的に調べたら、パキ
スタンから今申し上げた濃縮ウラニウム技術が北朝鮮に渡ってたことが明らかに
なった。

 それで2002年1月に、「3つの悪の枢軸がある。その悪の枢軸である北朝
鮮、イラン、イラクが大量破壊兵器を持って、アメリカやアメリカの同盟国を脅
かしたりその大量破壊兵器をテロリスト集団に渡したりすることを、戦争をして
でも辞めさせると演説したんです。

 北朝鮮が入ったんですね。金正日の立場からすると、アメリカを騙して、当時
アメリカから重油の支援をもらっていたんです。支援をもらいながらアメリカま
で届く核ミサイル開発を、「やめてます」と嘘をつきながら実はやっていた。

 その嘘の決定的な証拠をパキスタンがアメリカに自白してしまった。これはも
う濡れ衣だと言えない。ブッシュは何をするかわからない。ブッシュが戦争する
時には在日米軍基地を使う。日本を引き寄せて自分の盾に使おうということだっ
たわけです。

 だから金正日氏の目から見ると、田中局長そして小泉総理が自分に接近してき
たわけですが、その後ろにこん棒を持つブッシュ大統領の姿が見えたので、田中
さんに抱きついたんです。小泉総理を呼んだのです。

 田中局長が北朝鮮と本格的に秘密交渉するのは2001年の秋からです。ちょ
うどパキスタンから情報が入った時期です。アメリカは核開発を絶対に止めさせ
るという立場だったので、テロリストに核を渡すことは絶対許さない。それで戦
争も辞さない強い圧力をかけた。その結果北朝鮮が日本に近寄ってきた。

 ところで、その渦中で田中局長がアメリカにも黙って北朝鮮と交渉して、小泉
総理を平壌に連れてって国交正常化を約束した。核問題についても、「金正日氏
が核・ミサイル開発をやめている」と言ったと、彼らの言うことを口うつしに平
壌宣言に書いた。

◆アメリカは見ていた

 アメリカは強く不信感を持った。ところが日本が国交正常化に進まなかった。
止めたのは家族会、救う会、世論だったということをアメリカが見ていまして、
私たちが2003年に訪米した時、大変な厚遇を受けました。

 下院の議長に会いました。それから上院は議長はいないんですね。副大統領が
いる。上院のトップは院内総務で、民主党と共和党両方のオンナイ総務に面会で
きました。大使でもなかなか会えないし、外務大臣が行ってもなかなか会えない
人です。

 その人たちが私たち面会した理由は、テロとの戦いの中で日本政府がテロリス
トに多額のお金を出そうとしたのを止めたからです。そしてもう一つ、テロとの
戦いの本質はですね、恐れないということです。

 テロとはテラー、すなわち恐怖です。民間人に対して暴力を振るって、政治的
な目的を達成しようとすることです。戦争をするほどの力はないわけです。正規
戦をしたら負けていた。しかし、国際法違反の、民間人に対する無差別攻撃をす
ることで恐怖を味あわせて、政治目的を達成しようとする。

 それに対しては、恐怖を持たないで要求を拒否して、犯人を捕まえるというこ
としかないわけです。でないと次々とテロが起きてしまう。

 家族会はアメリカに行ってですね、「何してほしいんですか」と言われたら、
「制裁を強化してほしい」と。普通人質を取られたら親たちは強いことを言わな
いんです。でもこの人たちは、「テロとの戦い」の本質を分かっているとアメリ
カは分かった。

 そこで「テロとの戦い」の中で、家族会とアメリカのテロとの戦いの朝野の人
たちの心の交流ができたということです。

 その後ブッシュ政権の終わり、そして民主党政権オバマ政権になって色んなこ
とがありましたが、トランプ政権になってですね、北朝鮮がアメリカまで届く核
・ミサイルの完成直前までいった。それに対して安倍・トランプの関係で北朝鮮
に強い圧力をかけた。

◆北朝鮮への圧力をどうして拉致解決に結びつけるか

 その時にトランプ大統領は核と拉致、両方解決すると。核のために金正恩委員
長と首脳会談をしましたが、そこの主要議題の一つに日本人拉致問題解決をアメ
リカが持ち出した。

 この核をめぐる北朝鮮とアメリカの争い、その圧力を拉致問題にどう活用する
かということがずっとテーマで、2002年にはそれがうまくはまった。

 まあ危なかったのです。日本は核も拉致も棚上げにして国交正常化に走ったの
で危なかったのですが、しかし金正恩からすると、日本に接近した理由は核での
アメリカの圧力だったわけです。

 今は核と拉致の両方でアメリカと日本が北朝鮮に強い圧力をかけて、この圧力
を最後の段階でどうやったら拉致解決に結びつけるか。菅政権はそれを一生懸命
やろうとしたんですが、この9月で任期終わってしまう。

 新しい政権に是非、それを引き継いてほしいと強く願っています。

 今日は、「北朝鮮が拉致を認めて19年 9・17に思うこと」と題してお送
りしました。ありがとうございました。

 以上




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下記をクリックして、ご意見を送ってください。
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葉書は、〒100-8968 千代田区永田町2-3-1 内閣総理大臣 菅義偉殿

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