救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

横田滋さん告別式の際の言葉−西岡力(2020/06/08)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2020.06.08)

 本日、令和2年6月8日に、故横田滋さん告別式が行われました。以下はその
際、横田 滋さんとの思い出について西岡力救う会会長が語った言葉です。

■横田滋さん告別式の際の言葉−西岡力

 私もキリスト者の末席を汚す者ですので、聖書の言葉をまず引きます。

 新約聖書エペソ書2章8−10節

 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自
身から出たことではなく、神からの賜物です。

 行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

 私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあっ
て造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないを
もあらかじめ備えてくださったのです。

 滋さんとお目にかかって23年以上が経ちます。滋さん、早紀江さんご夫婦と、
日本全国そして米国、韓国などさまざまなところにご一緒させていただきました。
その中で、日曜日にあたり、なおかつ少し時間の余裕があるときは早紀江さんと
近所の教会に行ったり、ホテルにて二人で聖書を開き祈る時をもつことがありま
した。そのとき、滋さんはあまり良い顔をされませんでした。

 「早紀江がキリスト教を信じることは、それがなければ悲しみのため精神がお
かしくなったかも知れないから良かったと思う。しかし、自分は信じない。神が
いるならなぜ、愛する娘を突然奪うこのような不条理を許しているのか。どの神
さまでも拝んだらめぐみを連れてきてくれるなら拝みます。神は弱い人間が心の
安定を図るために拝むものだ。一番苦しいのは北朝鮮にとらわれている娘だ。彼
女が苦しんでいるのに、父である自分だけが宗教に頼って心の安定を得たら申し
訳ない」

 このような趣旨のことを話されるのを何回か聞いたことがあります。ただの人
間にしか過ぎない私には、なぜ、神さまがめぐみさんと横田滋、早紀江ご夫妻に
このような過酷な試練を与え、いまだに解決を与えないことについて、理由を説
明できません。わからないことの方が多いです。しかし、滋さんがキリストを信
じて洗礼を受けられました。それは滋さん本人や早紀江さんなどの努力によるも
のではありません。滋さんが良い行いをしてきたことへの報いでもないです。た
だ、不思議な神さまの賜物、プレゼントでした。

 しかし、聖書は言います。人にはこの世でなすべき良き行いがあらかじめ備え
られている。滋さんにとってそれは強いられた「良い行い」だったかもしれませ
ん。しかし、その道を勇敢に戦い抜きました。よくやった、もうこれくらいでい
いよ、天国で休んでめぐみさんを待ちなさいと神さまに言われて、天国に旅立ち
ました。

 滋さんは戦い続けました。23年間、私もすぐ横でともに戦ってきたのでその勇
敢さがよく分かります。安倍晋三総理大臣も〈滋さんとは本当に長い間、めぐみ
さん始め、拉致被害者の方々の帰国を実現するために、共に戦ってまいりました〉
と6月5日に会見で話されました。すぐ横で敵と戦っていた戦友が倒れたかのよう
な感覚です。

 滋さんの戦いを一言で言うとウソとの戦いでした。平成9年、めぐみさんが北
朝鮮に拉致されていることが明らかになったとき、北朝鮮は、拉致はないとウソ
をつき、日本国内でもまさか外国の工作員が日本までやってきて13才の少女たち
を拉致するはずはないという、北朝鮮の政治宣伝に同調する勢力が圧倒的多数で
した。大きなタブーがありました。そのとき、被害者に危害が加わるかも知れな
いという恐怖の下で、滋さんは実名を出して訴えるという勇気ある決断を下しま
した。それを見て、ここにいらっしゃる方がたをはじめとする他の家族も勇気を
出して実名公表に踏み切り家族会ができ、その勇気に感動した私たち少数の専門
家や有志がやはりここにいらっしゃる櫻井よしこ先生の力添えを得て、全国で救
う会をつくって救出運動が始まりました。

 小泉訪朝の数年後、お酒も入った懇談の席で、救う会の当時の佐藤勝巳会長と
私が滋さんに叱責されたことがあります。平成9年1月滋さんが実名を出すという
決断をする前に、救う会の母体になった現代コリア研究所がネットに新潟日報の
報道を引用する形で横田めぐみという実名を明らかにしていたことを、なぜ、家
族の了解なしにそのようなことをしたのかと責められたのでした。そのとき、私
と佐藤会長は申し訳なかったと謝罪した上で、だからこそ、世論を盛り上げてめ
ぐみさんたち全員を取り戻す運動をさいごまでいっしょに続けますとお誓いしま
した。

 ちなみに私は西村真悟議員が平成9年2月国会でめぐみさん拉致について初めて
質問する際、実名を出すかどうか、専門家の西岡の判断に任せるといわれ、胃が
キリキリするほど悩みました。そこで、政府の治安当局の専門家にこのような質
問をしたらきちんと答弁してくれるかと事前に問い合わせをしました。政府答弁
が「知らない」などという冷たいものだと、北朝鮮は日本政府はめぐみさん拉致
について証拠を持っていないと考えて、証拠隠滅のために被害者に危害を加える
危険が高まると判断したからです。そのとき、当局の専門家は、ぜひ質問してほ
しいと言って、大韓機爆破事件の犯人の金慶姫さんの本の中に、「拉致された日
本人少女は洗濯も自分でできなかった、と招待所で聞いた」という記述があるこ
とを教えてくれました。政府はめぐみさん拉致について証拠を持っているなと実
感したので西村先生に実名を出しましょうとお伝えしたことを覚えています。

 滋さんと私たちが戦った第一のウソは、拉致など存在しないというものでした。
産経以外の全てのマスコミが拉致疑惑と書いて、北朝鮮側の言い分と私たちの言
い分を両論併記していました。街頭署名をしているとビラを投げ捨てて踏みつけ
たり、署名用紙をたたき落とされたりしました。冷たい視線を送って無視される
ことが普通でした。それでも全国どこでも行くという姿勢で、各地で救う会の仲
間と集会を開きました。新幹線と特急を乗り換えて4時間近くかけて到着した会
場に待っていたのは10人未満ということもありました。集会出席者より警備の警
官の方が多いこともありました。それでも愚直に、娘が拉致されています。どう
か世論を盛り上げて救出して下さいと滋さんは訴え続けました。そして、2002年
9月、拉致を命じた金正日が小泉首相に拉致したことを認めて謝罪するという大
きな成果がありました。拉致は存在しないというウソを打ち破ることができたの
です。

 しかし、そのとき北朝鮮は拉致したのは13人だけでめぐみさんたち8人は死亡
した、蓮池さんたち5人は返したから拉致問題は解決したという新たなウソをつ
きました。残念なことに、日本国内でも死亡を認めて日朝国交正常化に向かうべ
きだと考える勢力が出てきました。新しいウソに対する滋さんと私たちの戦いが
続きました。

 温厚な滋さんは人の前で怒りをあらわにすることはほとんどありません。しか
し、私は滋さんが顔を真っ赤にして激怒して記者会見に臨む姿を2回、覚えてい
ます。

 1回目は平成14年9月、小泉訪朝の当日に政府から呼び出されて、お宅の娘
さんは亡くなっていますと断定形で通報された翌日、平壌から戻った外務省幹部
に面会して、「死亡を確認する作業は行っていない」という衝撃的な事実を告げ
られ、「人の命をここまで粗末に扱うのか」と激怒されていました。

 2回目は平成16年12月、めぐみさんの遺骨と称されるものから、めぐみさ
ん以外の2人のDNAが検出されたときです。北朝鮮の説明はすべてでたらめだと語
気を強めて批判していました。

 この二つ目のウソを打ち破るため、滋さんと私たちは日本国としての怒りのメッ
セージを伝えるため経済制裁を発動してほしいと炎天下の国会前で座り込みをし
ました。また、繰り返し訪米、国連訪問、韓国、タイ、ルーマニア、レバノン、
米国などの拉致家族との交流を行い国際連携を強めました。

 平成18年、第一次安倍政権が成立すると、私たちが運動の最初から求めてきた、
政府に拉致を専門に担当する部署ができました。拉致担当大臣とその下の事務局
が新設されたのです。また、北朝鮮人権法が成立し、政府と地方公共団体が拉致
問題の啓発行事を行うことが義務づけられました。世論を動かすという滋さんの
決断が生んだ大きな成果でした。

 しかし、超過密スケジュールは滋さんの体をむしばんでいきました。早紀江さ
んや二人の息子さん、そして私などが繰り返し、すこし休んで下さいとお願いし
ましたが、滋さんはそれを聞き入れて下さらなかった。そして、平成28年頃から
体調を崩し、対外活動がほとんどできなくなりました。ついに2年前に倒れて入
院されました。毎年2回、総理大臣を迎えて開催してきた国民大集会では最後の
出席が平成28年の9月でした。平成30年4月の国民大集会では不自由な体の中、次
のようなめぐみさんへのビデオメッセージを寄せて下さいました。

〈めぐみちゃん、お父さんですよ。ここら辺で、かならず解放されると信じて、
今めぐみが隣の部屋で、待っているようなと、同じような感じがします。もうす
ぐ会えるかもしれませんが、体だけは気を付けていてください。もうほんのわず
かですから、がんばってください。〉

 その集会で司会をしていた私は次のような反省の言葉を述べました。その気持
ちは今も変わっていません。

〈私は少し反省をしています。我々はこの間20年間運動をしてきましたが、家
族の人を先頭に立てすぎたのではないだろうか。ある集会に行きますと、家族会
の人に「頑張ってください」という声がかかります。

 そうではないはずです。今滋さんがおっしゃっていましたが、向こうにいる被
害者に、「もう少しですよ、頑張ってください」と言わなければならないんです。
そして、助け出すのは家族ではなく、日本国政府、日本国国会、日本国の国民が
一体になって助け出さなければならない。家族が助けようとしているのを我々が
助けるのではない。

 しかし、横田滋さんは、どこに呼ばれても行く。もう手帳がまっ黒でした。今
あれだけしかしゃべれないようになられたのは、歳相応の老いではない。自分の
身をすり減らして、ここにも来られないような身体になられた。

 それでよかったのか。家族が身をすり減らさなければならないような運動を我
々がしてきたとしたら、反省しなければならない。日本人が日本人を助ける。
「家族の人たちは安心して待ってください」と言えるような運動をしなければな
らなかった。

 そして何よりも、家族がいない人たちも助けなければいけないのです。これか
ら家族の訴えを聞いていただきますが、想像力を、その家族ではなく、向こうに
いる人たち、被害者の人たちがこの瞬間どう思っているのかというところまで想
像力を働かせて、「もうちょっとですよ」と先ほど滋さんが言った声を届けよう
ではありませんか。〉

 滋さんは我が身をすり減らして世論に訴えるという戦いの先頭に立たれました。
それが滋さんに準備されていた「良き行い」だったと私は信じます。神さまがも
ういいよ、あなたは良くやった、あとは任せて天国で休みなさいと滋さんを天国
に召されました。

 だからこそ、残された私たちがこの戦いを勝利して、めぐみさんたち全被害者
の即時一括帰国という絶対譲れない課題を実現させなければならない、そう決意
を固めています。滋さん、どうか天国でめぐみさんたちが帰ってくることを見て
いて下さい。かならず、みなの力で助け出します。

以上

【提供=横田拓也さん】
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