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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

拉致発覚から20年−我々はどこまで来たのか 東京連続集会報告1(2017/02/01)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2017.02.01)

■拉致発覚から20年−我々はどこまで来たのか 東京連続集会報告1

 第93回東京連続集会は、平成29年1月31日、文京区民センターで開催された。
今回のテーマは「拉致発覚から20年−我々はどこまで来たのか」で、横田めぐみ
さんの失踪が拉致であることが発覚した1997年2月3日から満20年経ったことを契
機として開催された。

 当時、多くのメディアが拉致「疑惑」としていたが、横田めぐみさん拉致が発
覚して以来20年が経過、家族会・救う会が国民運動を続け、政府も拉致対策本部
を設置して救出に取り組んできたが、100人近く拉致されたと想定される中、ま
だ5人とその家族しか救出できていない。

 当時「AERA」記者としてめぐみさん拉致発覚記事を書いた長谷川熙さんを招き、
西岡力・救う会会長とともに、当時の状況を語り、また20年の歩みを総括した。
在京家族からも、飯塚繁雄代表、本間勝さん、増元照明さんが参加した。

◆1997年2月3日に3つの拉致報道と1つの国会質問が

西岡力(救う会会長、東京基督教大学教授)

 みなさんこんばんは。寒い中、今日もお集まりいただきありがとうございます。
横田めぐみ拉致発覚20年ということで今日の集会を企画しました。本来なら横
田さんのご両親にも来ていただく予定で調整していたのですが、大変お疲れで、
また家族関係のことでも忙しくて今日は家で休ませてほしいという連絡がありま
した。

 当初は来ていただく予定でこの集会を企画しましたが、休んでいただくことが
第一だということで、ご了解いただければと思います。

 20年前の1997年2月3日、たまたま3つのことが重なりました。まず、
「産経新聞」の朝刊に横田めぐみさんの拉致が大きく取り上げられました。1面
トップ記事でした。またその日発売の「週刊AERA」に、今日来ていただいた長谷
川さんが横田めぐみさんの拉致の記事を書きました。そのコピーを皆さんにお配
りしています。

 またこの日衆議院の予算委員会で、当時新政党の西村眞悟議員が、NHKのテレ
ビ中継が入っている中、横田めぐみさん拉致について質問しました。これが3つ
重なったのです。

 それで、「これは韓国の情報機関が意図的に情報を仕掛けたのではないか」等
色々言われました。今もテレビによく出ている在日朝鮮人の朝鮮問題の評論家の
人もそういうことを書いていました。「○○レポート」というところの人です。

 しかし2月3日になったのは全く打合せをしたわけでもなく、様々な理由で、
それぞれが色々なところで取材や調査をした結果、その時点で自信を持って出す
ことができるようになったということです。

 その前の年、私が当時編集長をしていた「月刊現代コリア」に石高健次さんと
いうテレビジャーナリストが、横田めぐみさんとは書かなかったのですが、「1
3歳の少女が拉致されているという情報がある」という記事を書きました。

 これは韓国の情報機関から聞いた話ということで書いたのですが、それを元に
して、当時の現代コリア研究所の佐藤所長が新潟に講演で行くこともあって、そ
れで色々調べたところ、石高情報と重なる横田めぐみ失踪情報があるということ
が分かりました。

 また私のところにも、石高さんとは別に直接韓国の機関から同じ情報が伝えら
れてました。現代コリア研究所としては、97年1月に、「拉致はまちがないだ
ろう」ということで、関係しているジャーナリストに情報を提供したり、インター
ネットで記事にしたりということをしました。

 また、今特定失踪者問題調査会の代表をしている荒木和博さんが、旧民社党出
身だったということで、その関係で西村眞悟議員に、質問主意書で取り上げても
らえないかと相談に行ったところ、「是非取り上げたい」ということだったので、
質問主意書を出してくれました。

 なかなか回答が出なかったのですが、2月3日に、西村先生が予算委員会で突
然質問しました。それは拉致のことではなく、「加藤紘一光一自民党幹事長のス
キャンダルを叩け」ということでした。当時新政党はオレンジ共済スキャンダル
で与党からたたかれていたんです。スキャンダルにはスキャンダルでということ
で、予算委員会の委員の中で一番貧乏でスキャンダルに縁遠い西村眞悟が一番い
から、「お前が行け」ということでした。

 当時2回生でしたが、NHKの中継が入っているところで2回生はあまり出られ
ないのですが、それが回ってきた。それを回してくれたのが予算委員会の筆頭理
事の石井一さんでした。石井さんは金丸訪朝で北朝鮮に行った人ですから、事前
に西村さんと話しましたが、予算委員会の筆頭理事には拉致問題に触れることは
言わなかったそうです。

 当時現代コリア研究所の中では私が一番拉致に詳しい論文を書いていましたの
で、西村先生に電話をしたり、ファックスで情報提供をして、質問するのを手伝っ
ている関係でした。

 そういう中で長谷川さんが横田さんたちに取材されて、記事を書こうとしてい
るという話は聞いていました。また、横田さんから写真提供を受けて一度記事を
書き始めたら、家族から電話があって、写真や実名が出たら本人の安全に問題が
あるのではないか心配だということで、もう一回長谷川さんと相談されたりして
いるということも横で聞いていました。

 但し、西村議員が横田さんたちに、「何月何日に質問します」と話をしていた
んですが、西村さんのところには(横田家から)何も連絡がなかったということ
もあって、西村さんも私も、2月3日の予算委員会での質問の中で、横田めぐみ
という名前を出すかどうか、最後まで相談したことを覚えています。

 そういう中で、長谷川さんの記事と産経の記事が出たのです。もうそれが出て
いるのであれば心配する必要はなかったのですが、2月3日の月曜日に出るのが
確実ということを私は知りませんでしたので、週末に大阪に帰られた西村先生と
電話で「どうするか」というやりとりをしたのを覚えています。

 最後には、名前を出すかどうかで「西岡先生に任せる」と言われて、胃が痛む
思いをして色々なことを考えたのを覚えています。

 その後の色々なやり取りは別として、今日はゲストに長谷川さんに来ていただ
きましたので、まずこの記事を書くに至る経緯、そして書いた後の反応について
お話をしていただきたいと思います。

 私も久しぶりにこの記事を読みましたが、今でも教えられることがあり、なか
なかすぐれた記事だなと今でも思っています。尊敬するジャーナリストである長
谷川さんお願いします。

◆拉致を考えると一体日本という国は何なんだという思い

長谷川煕(ジャーナリスト、元「AERA」記者)

 こんにちは。この話(拉致の発覚)はもう20年前に起きたことです。中学校
1年生の13歳の少女が、学校から帰る途中に、北朝鮮に拉致されて、今年で4
0年間事実上監禁状態になっている。こんな話が未だに日本政府によって解決さ
れていない、つまり取り戻されていない。これは一体どういうことなんだ、と。
この問題を考えると、もう声がなくなるんです。

 当時の取材のことを考えていても、(発覚後)20年もこういう状態が続いて
いることは考えもできなくて、一体日本という国は何なんだという思いです。今
こうやって話していますが、声は出していますが、気持ちの上では声が出ないん
です。

 当時この記事を書くに至った経緯を簡単に申し上げます。私は朝鮮問題の専門
家ではなかったのですが、ただ北朝鮮で核開発をしているという話に驚いて、1
991年にそれを記事にしたことがあります。拉致の記事の6年前ですが、その
時私は朝鮮問題の専門家の方々を知りませんでした。社内で若干の人の名前を教
えていただきました。その一人が当時の「現代コリア研究所」の故佐藤勝巳所長
でした。

 佐藤さんや色々な所で取材し、1991年に、「北朝鮮は明らかに原子爆弾を
製造しつつある」という記事を書きました。それ以後、佐藤さんとたまに情報交
換をしたり意見を聞く関係が続いていました。

 1997年の正月早々に、多分私から佐藤さんに、「新年おめでとうございま
す」という電話をしました。色々な雑談をしていたら佐藤さんが、「長谷川さん
こんな話があるんだけどねえ」というやや漠然とした感じの話がありました。

 「何ですか」と聞きましたら、こういう話でした。

 大阪に本社がある朝日放送のプロデューサーの石高健次さんという人が少し前
の「現代コリア」で、日本の海岸から13歳の少女が拉致されていたという記事
を書いている。自分は昔新潟市に住んでいて、その頃確か自分の記憶では中学1
年生の女子生徒が学校の帰りに行方不明になったことが「新潟日報」に出ていて、
結構騒ぎになっていた。どうもそこに話が結びつく。何かピタリと合うんだ。こ
れは大変なことだ。

 そういう問いかけでしたが、私はそれを聞いただけで、これは重大問題じゃな
いのかと思いましたが、実は抱えている取材があったものですから、ともかくそ
れをやり終えて、腰を落ち着けて、こんなすごい問題はじっくり構えて取材しな
ければいけないと思いました。すごいニュースだと直感的にそう思いました。

 その旨を佐藤さんに電話で伝えて、抱えている取材が終わったら宜しくと言っ
て電話を切ったんです。電話を切って15分もしない内、そういうことを佐藤さ
んに言ってしまったけれど、今抱えている取材は横に置いておいて、これはすぐ
にでも着手すべき重大な問題ではないのかと考え、また佐藤さんに電話をしまし
た。

 そして、さっきはそう申し上げたが直ちに取材に着手します。明日佐藤さんに
お会いしたい。ご存じのことを全部話してくださいということで、翌日都内で4、
5時間にわたって話を聞き、すぐ新潟に飛びました。その他色々なところに行き
ました。

 当然のことながら韓国にも行こうと思いましたが、その余裕がなく、在日韓国
大使館のしかるべき担当の人に取材の申し込みをしました。

 また、13歳で拉致された横田めぐみさんのご両親に何より会わなければなら
ないと思いましたが、住所も知らない。それに大変手間取り、数日のうちに分か
り、取材に伺いました。連日懸命に動きました。そして1本の記事にまとめまし
た。

 「AERA」というのは朝日新聞社が発行している週刊の雑誌です。1988年に
創刊して、その時私は朝日新聞社経済部から異動になりました。93年に定年退
社しましたが、「AERA」には以前と同様に取材執筆活動を続けていました。97
年の1月にこの問題にぶつかったわけです。

◆実名を出すかどうかでみんなが深刻に悩んだ拉致問題

 ともかく昼夜取材に取り組んで一応原稿にしました。「AERA」は月曜日発売で
すが、都内には土曜日には出ます。私の記事はトップ記事で、締め切りが金曜日
でした。1月20日には出るというつもりで作業していたところ、編集長から
「これは重大な話だ。よくよく裏付けを取ってほしい。ご両親にもゲラ(校正刷
り)を読んでもらってきちんと確認を取ってほしい、と。どういうお宅だったか
色々書いてあるわけですから。

 私はそういう取材は全部済ませていましたが、編集長の気持ちも分かりますの
で、この辺の記憶はあいまいですが、また横田家を訪ねてじっくり読んでもらっ
たと思います。それで一応いいということになりかけていましたが、横田早紀江
さんから「めぐみの名前が載っている。両親の名前も載っている。親はともかく
娘の名前だけは削ってくれ、と。仮名でもいい」と頑強におっしゃったんです。
「そうでなければ掲載してもらいたくない。もし娘の名前が出たら北朝鮮に殺さ
れるかもしれない」と。

 「AERA」の記事のタイトルは「北朝鮮で生きている」です。拉致されたという
ことですが、編集部内で「北朝鮮に拉致された」と書いた時の政治的影響の大き
さに憂慮して、本文では拉致となっていますが、見出しは「北朝鮮で生きている」
にきゅうきょ変えました。

 いずれにしても、めぐみさんの命をお母さんが大変心配して、「ともかく名前
だけはやめてくれ」と。しかし、横田めぐみさんという名前を削れば真偽も危う
くなってくる。しかしそういうことよりも命の問題が優先されるべきじゃないか
と考えざるをえなくて、大変私は苦しみました。

 結論から言えば、名前を載せたわけです。それは滋さんが、「ここまで来た以
上は名前を出した方が物事が進展するのではないのか」という判断をされたから
だと思います。それは私の一方的な受け取り方かもしれませんが、滋さんが了解
されたと私は思います。

 そういうことで1週間延びて、2月3日(月曜日)発売の「AERA」に掲載され
ました。しかし、土曜日には都内には出ていましたので、(西岡さんが言った)
同じ日にというのは間違いです。

 それはともかくとして、印刷にかかる直前だったと思いますが、夜遅く、早紀
江さんから編集部に電話があり、私が出たか編集長が出たか記憶があいまいです
が、「やっぱりやめてくれ」、「名前を出すのだったら掲載しないでくれ」とい
う強い、強い申入れがありました。

 色々な議論が交わされた後、結果的に名前は掲載されました。それについては
今もって色々考えるべきことがあると思っています。そういう経過でした。

(2につづく)

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「もう我慢できない。今年こそ結果を!」。2月2日に家族会・救う会合同会議で決めた今年の運動方針です。 拉致被害者家族の高齢化が進み、「生きている間に被害者に会えないかもしれない」という言葉が出るようになっています。経過はすべて説明して頂くことはないと思います。しかし、今年中にぜひ結果を出して欲しいということが、家族会・救う会そして心ある日本人の心の底からの叫びだと思います
2014年4月27日午後2時午後5時 日比谷公会堂
東京都
千代田区
日比谷公園1-3