救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

よど号犯による拉致事件を考える?東京連続集会報告4(2013/06/26)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2013.06.26)

◆手紙がきて、とにかく生きてくれていてよかった

松木信宏 (松木薫さん弟)

 ずいぶん年数が経ったと、前回のよど号犯関係の集会の時も言ったことを思い
出しました。それからまた年数が経ち、有本のお父さん、お母さんと初めてお会
いしたのは私が高校生の時です。その時はまだお父さんの髪の毛は黒々としてい
ました。お母さんも黒々としていました。でも話す口調は変わりません。同じよ
うな語り口でしゃべっておられたのを思い出します。

 その時、石岡さんの亡くなられたお母さん、それからお兄さんが神戸に来られ
まして、あの時実物の手紙を見ました。この前ジュネーブに行った時もその話を
させてもらったんですが、本当にそまつな紙です。折りたたんで手のひらに入る
くらいの大きさで、そこに、おそらく英語だったと思いますが、「この手紙を出
した方にお礼をしてください」と書いてありました。

※この手紙は、平壌市内の店でショッピングをしている時に、石岡さんが訪朝し
ていたポーランド人に秘かに託し、それがポーランドの消印で石岡家に届き、石
岡家から有本家に届いたものです(事務局注)。

 率直に言って、北朝鮮の紙は粗末な便所紙みたいなもので、こんなものなのか
と思った記憶があります。

 先ほどもお話がありましたが、有本さんと石岡さんはご自身の写真が貼り付け
てあったんですが、私の兄の所はかわいらしい赤ちゃんの写真が貼ってありまし
た。「それは松木さんの小さい時の写真ですか」と聞かれ、「いや家にはこんな
かわいい顔した人はいないんで、多分違うんじゃないかな」という話をしました。

 当初は、ひょっとしたら私の兄が向こうで結婚して、子どもができた時の写真
なのかなとみんな捕えていました。後に、石岡さんと有本さんのお子さんだとい
う話になりました。

 その手紙の中で、うちの兄だけ、住所は書いてあるんですが、なんで熊本県熊
本市しか書いてないんだろうと。こまごましたことも、本人だったらもうちょっ
と書くのになあと。

有本嘉代子 その頃はもう松木さんはいなかったと思います。松木薫さんと書い
てありましたね。住所も熊本市までだったから。

西岡 あとの二人の住所は全部書いてあったのです。

◆石岡さんはマスコミ不信になったと思う

松木信宏 それで首をかしげるような中味だったんですが、行方不明になって年
数がかなり経っていましたので、「とりあえず生きてくれたんだなあ、よかった
なあ」と思ったのが一番の気持でした。

 その時に色々と経緯があって、外務省に嘆願書を出そうということで、三家族
で出すことになって上京するという話になりました。「私も行きます」と言った
ら、(有本さんの)お父さん、お母さん、石岡さんたちから、「君には将来があ
るから、こういう所に行ってさらされたりしたら」と、私を思って言ってくださっ
たことが今でも忘れられません。

 石岡さんのご家族の方も、自分がこういう状況であるにも関わらず、他の家族
をおもんばかるという優しい気持をもっておられます。今家族会に入っておられ
ませんが、こういう話があったということは今でも連絡しています。

 考えが全然違うから参加しないとか、そういうことではありません。私が考え
る一番の原因は、勇気を持って外務省に嘆願書を出そうという時に、出鼻をくじ
かれた。人間は、一世一代の勇気を出すというのはそうそうないと思います。石
岡さんにとって人生最大の勇気だったと思います。

 その所で、あまりこまかいことは言いたくないですが、それを止めた方々もい
らっしゃいます。その結果、名前も公表しないということで、全然大きな報道に
もならなかった。そしていつの間にか年数が経っていった。そういう現実があり
ます。だから石岡さんはマスコミ不信を未だにお持ちなのかなと思います。

◆松木さんと石岡さんと一緒にいて拉致されなかった女性も

有本嘉代子 2002年以降だと思いますが、松木信宏さんと一緒にスペインに
行ったんです。2002年に北朝鮮が認めましたから。それから大勢の方が私た
ちに接触してこられました。お一人の方から電話がかかってきまして、「実は私、
スペインで松木さんと石岡さんと一緒にいました」ということで、「これはどこ
に持っていったらいいんでしょう」とおっしゃるので、朝日放送の石高さんに連
絡を入れましたら、石高さんがすぐに来られて、「一緒にスペインに行きましょ
う」と、「嫌だ」というその女の方も無理に誘って、一緒にスペインに行ったん
です。

 それまでに向こうでの段取りをちゃんとしてくださっていましたので、向こう
のアジトと言えばいいのでしょうか、スペインでも薄暗い細いところにアパート
がいっぱい並んでいまして、その一軒が写真に出ている黒田佐喜子さん、森順子
さんがずっと住んでいたところらしいです。

 そこに毎晩、松木さんと石岡さんと、それからその女の人と三人で食事を呼ば
れていたそうです。「あまり気の毒だから私たちもたまには物を買っていって食
べたんですよ」と。

 「私も(共産圏の旅行に)誘われたんですが、帰りの切符をもう買っていたの
で、もったいないから帰ります」と言って帰ったそうです。だから松木さんと石
岡さんはあの二人に誘われて北に入ったということは分かっています。

 だから一人では動いてないんです。必ず二人以上はいた筈です。八尾さんも私
たちにはきちんとそう言いました。「本当に申し訳ないことをした」と土下座し
て、涙でくしゃくしゃになって言っていました。

 私は、「そんなことしなくていいから、また来なさい」と言って、起こしたん
ですが、その時に私の対応がちょっと甘かったと、櫻井よしこさんにもお電話い
ただきましたし、小泉さんも一番最初に会った時は、「非常に寛大でしたね」と
おっしゃったんです。

 それでもそれまでに八尾さんのことを色々聞いていました。朝日放送の下請け
の人がずっと接触されていて、その方がおっしゃるには、「恵子をだまして連れ
ていった人は、そのために親がどんな辛い思いをするか全然分からなかったでしょ
うね」と私がテレビで言った時に、「親御さんは1日、2日、しゅんとしてしまっ
て、何も言わなかった」と。

 「今は本当に悪いことをしたという思いを持っています」と聞いていました。
しかし、入ってくるなり、そこで土下座して、涙で顔がくしゃくしゃになるくら
いで、「申し訳なかった」とおっしゃるので、私はきついことは言えなかったで
す。

 その人も子どもたちを向こうに取られて、その子どもたちが帰ってきた時、八
尾さんについてひどいことを言いました。だから、そういう思いで私たちの子ど
もを連れていったという思いがありますから、ひどく言うつもりはなかったです。
よど号ハイジャック犯の中で、八尾さんだけが本当のことを言ってくださったん
です。他の人は何も言っていないです。

 だから、帰ってきたら政府はきっちりと対応してもらわなければならないとい
う思いは持っています。

松木信宏 よど号犯メンバーは今、(拉致で逮捕状取得は違法と)東京都を訴え
ているわけです。どうでもいいことですが、損害賠償よりも、裁判になると警察
等がどういう情報を持っているか、そういうものを開示しなくてはならないのに
意味があって、それを魂胆にして訴えているんだと思います。

 私も未だに話さないことがあります。私の兄のことをむやみやたらに話すわけ
にはいかないんです。私の兄は今北朝鮮にいて戻れないんですが、よど号犯の支
援者は日本にいるわけです。いつ、どこにいるか分からないわけです。

 マスコミの方でも、よど号犯にシンパシーを感じている人もいるかもしれませ
ん。だからうかつなことは私は言いません。

 裁判の結果がどうなるか分かりませんが、どうぞお好きにやってくださいとい
う思いです(拍手)。

◆何度も高沢さんの所に通って聞いたこと

斉藤文代(松木薫さん姉)

 今日は遅くまで聞いていただき感謝しています。

 有本のお父さん、お母さんの話を聞き、また信宏も話しましたが、弟(薫さん)
のことでは2002年、2004年に骨を北が出してきた時、北とどう戦ってい
かなければならないか色々考えまして、東京に出てくる時、私は何かができる力
は持っていませんので、時間があると高沢さんに会いにいきました。

 最初はなかなかお話をしてくれませんでした。どうしたらしゃべるのかなあと
思って、豪華なお食事を出すと、少しずつしゃべってくれるようになりました。

 何回も私は通いました。そして最初に話をしてくれたのが、北朝鮮にいる時に、
田宮と仲良くしていて、東京に帰る時がきたときに、田宮が「松木薫さんのお母
さんに会ってくれ」と言われたと。そして、「熊本の方まで僕は行ったんです」
と。

 それでお母さんにお話をしようかなと探したところ、入院しているということ
を知って、それで東京に帰って、もう一度熊本に行こうと思った時に倒れたらし
いんです。

 それで、「じゃあ、どんなお話を母にするつもりだったんですか」と聞いたら、
「薫さんは絶対お母さんの元に返すから」ということ(田宮の伝言)を伝えてく
れということだったということを、何度も何度も行ってその話を聞きました。

 ここを散歩していたんだとか、八尾恵はここのアパートにいたんだとかいうこ
とを教えてくれました。色んな話はしてくれたんですけど、私たちはそういう話
を聞いても、北朝鮮にいる弟たちを助けてあげることはできません。

 でもそういう話を聞いた時に、何としても家族をみんな日本に取戻さなければ
いけないと、私もまだ元気がよかったので何とか頑張ろうという気持で時期を待っ
ておりました。

 安倍総理が元気になられて、もう一度総理になられて、私たちに、「絶対家族
を取戻す」という言葉を言ってくださった時には、本当に私は信じて待とうと思
いました。今まで色んな方にお願いしてきたけど、どうにもならなかったので、
もう一度信じて待って、家族と早く再会できることを祈っていることも大事なこ
とだし、夢も持っておかなければいけないと思って今日に至っています。

 しかし、今私の母は、3月10日に92歳になりまして、もう食べるものも食
べられません。毎日、毎日やせ細っていって、今は本当に骨と皮です。そういう
顔を本当は人に見せたくなかったんですが、そういう顔も、こんなに長く待って
いるということを伝えたかったので、まだ写真が撮れる頃には一度撮っていただ
いて、(メディアに)流れたと思います。

 毎日看病に行っていますが辛いです。本当にかわいそうです。何とかしてあげ
たい。だけど私たちは何もできない。お母さんに、「もう少し待っていてちょう
だい」と言うしかできないんです。だから私は、毎日を大事にして、母に会わせ
てあげられる日までなんとか生きさせたいと思っておりますが、もう長くはない
と思っています。

 でも母は頑張って、何としてでも会いたいという気持があるから、今息を一生
懸命しているんだと思います。

 拉致被害者家族はみんな身体が弱ってきています。私も母と同じような気持で、
何とかして会わせてあげられないものかと寝る時にいつも思います。皆さん本当
に辛いだろうなと思いますが、まずは家族会の方々がみんな病気をしないように、
そして母のように話ができなくならないように、元気でいてほしいと願っていま
す。

 皆さん一生懸命活動しておられますが、皆さん元気でいてほしいという気持で
おりますので、どうか家族会の皆さんはお身体を大事にしていただき、私も毎日
努めさせていただいておりますので、もうあと少し頑張ればという気持です。皆
さんにお礼が言える日が早く来るように頑張って生きていきたいと思います。

 有本さんも、横田さんも、家族会の皆さんがまず元気でいるというのが今の私
の願いです。元気でいないと帰ってきた家族と会えませんから。どうかこれから
も支えて、応援していただきたいと思います。もう少し皆様方に助けていただき
たいなあと思っています。どうぞ宜しくお願い致します(拍手)。

◆主権、人権を侵害された時、総理が放置できない憲法を

有本明弘 先ほど、家内が手紙が来た話をしました。外務省に持っていった時、
「秘密にしておきましょう」と言われた手紙なんです。そして金丸さんの訪朝以
降に警察が出してきた。ただ、外務省は「秘密に」と言ったけれど、私は秘密に
していなかったんです。当時の竹下さん議員会館の事務所に送ったのは、受取り
も貰っています。

 そして3回ほど事務所に電話を入れました。「知らない。そんなのは来ていな
い」と、3人の秘書が3人とも、そういう答えでした。海部さんの所にも同じよ
うに送りました。海部さんの時は総理大臣だったから官邸に送りました。官邸も
「知らない」。そればかりです。

 こういうものを総理に送っても、「知らん」と突っ張るんです。日本の主権が
侵されている話ですから、日本の法律では自分の責任なんです。だから彼らは逃
げるんです。

 だから日本国憲法で、主権を侵された、拉致された場合はどうするかを憲法に
謳っていたら逃げられないんです。そういうことを私は前から言っていたんです。
それで一昨年から憲法改正を訴える先生方にお願いしたんです。

 日本の政治家も悪いけれども、しっかりした憲法があったらこんなに長くほっ
とかないで、誰かが取り上げていた筈です。だから憲法に行き着くんです。自分
の経験でそれが分かったんです。以上です(拍手)。

西岡 ありがとうございました。最後に家族会の飯塚代表と横田ご夫妻が来てお
られますが、何か一言。

◆期待して待つ

飯塚 いつもありがとうございます。今年ももう半年が過ぎようとしています。
去年は、「今年が勝負の年」と言っていましたが、具体的な動きが全くないとい
うことです。

 本日はよど号犯関係の拉致について、皆様によく知っていただいて、今後どう
するかです。もちろんこの問題は、政府がきちっとフォローして、今までの反省
に立って、何をするかにつなげていかなければならない話です。

 肝心なことは、反省を踏まえて、今何をやるか、これから何をするかです。そ
れを私たちはいつも求めています。幸い安倍政権になってからそういった意気込
みはありますが、まだ具体的な手筈は知らされておりませんし、公開もしていま
せん。

 多分、参議院選挙の後かなと思うんですが、総理いわく、「この問題は色々細
かい動きがあったけれども、ガタガタ騒がずに」と言っていました。要するに、
任してくれ、信頼して期待してくださいということは強く言っていました。

 私たちは信頼し、期待をするしかないんです。私たちも頑張っていきますので、
皆さんのご支援を宜しくお願いいたします。ありがとうございました(拍手)。

◆おかしくなった金正恩

西岡 最後に、最近の北朝鮮情勢について少しだけ申し上げます。金正恩政権は、
相当おかしくなっています。

 最近の情報ですが、金正恩は国土に芝生を植えると言っています。彼は芝生が
好きなんだそうです。オーストリアに留学していた時に、きれいな芝生を見た、
と。そして芝生研究所というのを作って、畑や田んぼ以外の国土に芝生を植えよ
と言って、労働党の幹部たちにも、「お前たちも庭に植えよ」と言っているそう
です。

 そして平壌に、いるかの遊園地を作りました。海水が必要だといって、平壌ま
で海水を引く水路を作ったそうです。

 また食糧問題では、「食べ物がないと住民たちは言っているけれども、解決策
がある。うちの住民たちはコメの飯ばかり食べたがる。もっとパンを食べたり、
おかずを食べたりすればいいんだ。だからそういう料理法を教えれば食糧問題は
解決する。一人当たりの穀物の消費量が多すぎる」と言ったんだそうです。

 つまり、副食がなくて食べるものもないからそうなっているんですが、本当に
そう言って、それが北朝鮮のメディアに報道されているんです。そのことを、あ
る韓国のジャーナリストが引用して、フランス革命の前に、マリー・アントワネッ
トは「パンがないならケーキを食べればいい」と言ったそうですが、それと同じ
ことを北の独裁者が今言っている、と。

 金正日はそんなことはなかったです。彼は大変緻密な人間で、言い方を変える
とずるがしこい人で、「朝から人民のために粗食に耐えて革命活動をしています」
と宣伝しながら、寿司を食べていたんです。

 しかし、金正恩は公然と寿司を食べているんです。遊園地を作っているんです。
自分が見たいイルカのショーを見るんです。海水を引かせるんです。芝生を増え
てるんです。人民は飢えているのに。そして誰もそれを止められない。

 金正日が作った完全な個人独裁システムがあるので、トップが変なことをして
も止めることができないんです。みんなおかしいと思っているんです。軍部も。
何が起きてもおかしくないような、まさに革命前夜のような状況だと韓国のある
専門家が書いていました。

 そういう中で、ちょっと前までは「戦争する」と言っていて、今度は「話し合
いする」と言って四方八方に手を伸ばしています。しかし、核開発をやめるとは
言わないわけですから、どこからも相手にされない。援助はもらえていないとい
う状況です。

 我々はもちろん話し合いをすることに賛成です。話し合いをするのに、話し合
い参加料を今までのように払ってはならない、行動対行動の原則で彼らが何か行
動したら援助する。松木さんが帰ってきたり、有本さんが帰ってきたら食糧支援
の再開はあり得ると思います。

 しかし、野田政権が末期にやろうとしていたと言われる、合同調査委員会とか
作ったって、作ったというのは口だけですから、それで何かをすると言われても、
アメリカも日本も、韓国も中国も分かってきたので、話し合いはしますよ、しか
し話し合いをするといってご褒美をくださいと言ってもだめですよということに
ついては、一定程度国際的な合意ができています。

 そういう中で、外貨がないのに芝生を植えろとか、人民にはおかずを食べろと
か言っているのが現状です。そして金正恩政権になってから闇市の穀物の価格が
2倍以上に暴騰しています。これが人民は一番苦しいんです。

 一番下の方でも不満が高まっているし、幹部たちも金正恩のやり方を見て、こ
れで本当にもつのかと思っている。中国も見捨て始めた。

 そういう中で、拉致問題をどう動かしてくるのか息を呑んで見つめながら、今
何も動いていないように見えますが、動いていないように見えるのは本当の交渉
が裏で始まっているかもしれないと思っています。

 マスコミに出るのは秘密交渉じゃないですよね。出ないことは私は悪いことで
はないと思っています。何が起きているのかは分かりませんが。本当に動きがで
る時は、半年くらい何も動きがないように見えると思います。

惠谷 一言付け加えると、金正恩は芝生研究所を作りました。その開館式に側近
と出ました。その建物の車寄せの前に、枯れたような芝生が広がっています。芝
生研究所の正門前は雑草があり、そこに芝生を植えて、ここが芝生研究所だと朝
鮮中央通信が写真を撮って世界中にばらまいている。それは芝生が植えられてい
ない写真なんです。

 つまり、ゼロからスタートするんです。側近に、家に芝生を植えろと言っても、
じゃあその芝生はどこにあるのかというレベルだろうと思います。いずれこの研
究所は別の研究所に変わると私は思っています。

◆次回は7月11日木曜日

西岡 7月の東京連続集会は、拉致事件を考えるシリーズを1回休み、産経新聞
の古森義久さん、ワシントン支局長を長くやっていて、拉致問題をずっとウォッ
チし、また助けてくださっている古森さんが今東京にいらっしゃるので、「アメ
リカから見た拉致問題」というテーマでお話をしていただきます。

 7月11日木曜日にここで行います。ありがとうございました。

以上

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
■安倍首相にメール・葉書を
首相官邸のホームページに「ご意見募集」があります。
下記をクリックして、ご意見を送ってください。
[PC]https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html
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葉書は、〒100-8968 千代田区永田町2-3-1 内閣総理大臣 安倍晋三殿

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