救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

ハイダールさんからのメッセージ(2005/12/19)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2005.12.19-1)

 大阪と東京で開催される国民大集会参加にあたり、12月16日、レバノン人
拉致被害者シハームさんのお母さん、ハイダールさんから下記のメッセージが英
文で届いていますのでご紹介いたします。島田洋一救う会副会長訳。

■ハイダールさんからのメッセージ

 シハームは本当に優しい、いい子でした。娘によい教育を受けさせようと、私
は一所懸命働きました。彼女の将来に多くを期待していました。父親は早くに亡
くなりましたが、それを乗り越え、美しい知的な女性へと成長しました。娘は私
を大変愛してくれました。職業学校で学び、秘書として働くことを目指していま
した。自立し、母親を助けたいと願っていたのです。

 27年前のある日、娘が私に、日本で素晴らしい仕事が見つかったと言いまし
た。月給も3000ドルぐらいとのことです。そんなよい仕事に就けるというの
で私たちは大喜びしました。夢が実現したのです。海外で働きたいというのが、
娘の子どもの頃からの望みでした。娘が日本に着いたら、私もきっと行くと約束
しました。

 日本に向かう途中の娘から電話がありました。が、ベオグラード(旧ユーゴ、
現セルビアの首都)からの電話だったことに、不吉なものを感じました。娘は言
いました。「もうお母さんに会えないかも知れない」。一体何を言おうとしてい
るのか、理解できません。多分、知らない国で新しい生活を始めることに神経質
になっているのだろうと思いました。「会えるに決まっているじゃないの。日本
でひと月ぐらい一緒に過ごそうと話したことを忘れたの」。ああ、娘に何が起こっ
たか、私には分からなかったのです。

 日本からの電話をいくら待っても、一向に掛かってきません。段々不安が募っ
てきます。私は、当時暮らしていたイタリアの警察へ相談に行きました。警察は、
娘を捜すと約束してくれました。それから2、3か月後、驚くべきニュースがやっ
てきました。娘は、日本でなく北朝鮮にいるというのです!

 一体どういうことなのか、わけが分かりません。聞いたことすらないような国
に、なぜ彼女は行ったのか。娘の身に何が起こったのか。私は怖くなり気が動転
しましたが、地図の上でどこにあるのかさえ分からない所にどうやって連絡を取
ればよいのか、私に分かるはずもありません。私にできるのは、ただもう一度警
察を訪れ、さらに助けを求めることだけでした。

 苦悩と不安に苛まれつつ数か月が経った頃、レバノンから知らせがありました。
私のシハームが帰ってきたというのです! 私は彼女に会うため飛んで行きまし
た。再び娘の顔が見られて、本当に幸せでした。政府当局者によれば、シハーム
を含む4人のレバノン人の女の子がだまされ、北朝鮮に連れていかれたとのこと
です。日本での素晴らしい仕事、3000ドルの月給等々……、すべてウソだっ
たのです。私は、北朝鮮がなぜそんな策略によって無垢な女の子をおびき寄せよ
うとするのか理解できませんでした。しかし、娘に会えた嬉しさが先に立ち、そ
れ以上深くは考えませんでした。彼女は落ち込んで見えましたが、まだ若いし、
すぐにこの悪夢を克服できるだろうと考えていました。

 数週間が経ち、私は再び娘のことが心配になってきました。精神的に参ってい
ましたし、健康状態が非常に悪かったのです。ある日、彼女の目をのぞき込んで
尋ねました。「一体何があったの」。娘は泣き出し、告白しました。あるアメリ
カ人男性の子どもを身ごもっているというのです。北朝鮮で自分を守ってくれた
人で、もしその人と結婚していなければ、はるかにひどい扱いを受けたはずだと
いうのです。

 私は衝撃を受け、頭が混乱しました。しかし自分を納得させようと努めました。
今や、彼女には夫と赤ん坊がいる。今や、家族が出来た。そのアメリカ人男性は、
娘によくしてくれているようだ。娘の性格はよく分かっている。ある人の子ども
が出来たなら、彼女は、その人と結婚し生涯を共に暮らすことを選ぶ。だから結
局、私は、娘が男性の待つ北朝鮮に戻ることを許したのです。

 ああ、大きな、おそるべき誤りでした。北朝鮮がどんなところか知っていたら、
決して娘を行かせはしなかったでしょう。警察を呼んででも、娘を止めにかかっ
たはずです。

 娘は27年間、北朝鮮で暮らしています。その間、ほとんど会っていません。
一度私は北朝鮮に行きました。娘に幸せな様子はまったく見られませんでした。
北朝鮮側が何を隠そうとしたのか知りませんが、娘の家を訪れることすら許され
ませんでした。彼らは一軒の家を用意し、そこを私と娘、娘の家族の滞在場所に
しました。どこへ行くにも、当局の人間が付いてきて私たちを監視していました。
娘は生活について悪いことは一言も言いませんでしたが、私には彼女が何を考え
ているか分かりました。見送りに来た空港で、娘は泣きつづけました。

 娘からは、年に一度、ふつう、私の誕生日に電話がありますが、ほとんどしゃ
べろうとしません。ただ私に大丈夫かと尋ね、自分たちは大丈夫だというだけで
す。彼女が話せないことは分かっていますから、こちらからも多くを聞こうとは
しません。

 でも娘の身体を案じています。健康状態が悪化しているのです。本当に心配で
たまりません。かたわらで看取ってやれないまま娘は死ぬのではないか、私が死
ぬとき娘はそばにおれないのではないか、そんなことを考えてしまいます。運命
を受け入れる以外ないのかも知れません。

 北朝鮮は、私の娘の人生を台無しにしました。彼らは、娘の夢に付け入ったの
です。外国で働き、きちんとして仕事に就き、お金を稼いで私を助けるというの
が彼女の夢でした。彼らは、娘の純真さに付け込み、私たちの夢を破壊したので
す。シハームとその母、私の夢をです。引退した後は娘とともに暮らすというの
が私の夢でした。いま、私はレバノンに一人でいます。

 娘は何千マイルも離れたところで、夫に先立たれ暮らしています。シハームは、
私のたった一人の子どもです。私は、娘と、孫と一緒に過ごしたいのです。

 彼女がレバノンに帰ってきた時、どうして支えてやればよいのかは分かりませ
ん。レバノン政府は助けてくれないでしょう。娘を北朝鮮に帰したのは、あなた
自身の判断ではないか。政府はそう言うでしょう。レバノンに、私を支えてくれ
る人はいません。だから、私は娘を取り戻すという望みをほとんど捨てかけてい
ました。

 しかし、今回、日本で多くの人と知り合うことが出来ました。痛みを共有し合
いました。いつか娘と暮らせる日が来るという希望を、私は再び得ることが出来
ました。日本やタイの人々と力を合わせ、娘たちと母親たちが、息子たちと父親
たちが、再びともに暮らせるよう頑張ります。

 最後にもう一度、日本の皆様にお礼を申し上げます。皆様の支援なしには、私
が娘を取り返すことなどありえないでしょう。本当にありがとうございます。


 ※小泉首相宛、はがき・メールを!(〒100-8968 千代田区永田町2-3-1 内
閣総理大臣 小泉純一郎殿、首相官邸のホームページ=
http://www.kantei.go.jp/の右下の「ご意見募集」欄を利用)


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