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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

救出運動−今年の総括と今後の展望−東京連続集会70報告4(2013/01/18)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2013.01.18-2)

◆北朝鮮は自分に必要な時は動く

 次に日本人拉致の状況について少しお話します。先ほど、今年の回顧がありま
したが、今年の特徴は北朝鮮が日本にいよいよ接近を始めたことだと思います。

 4年前に1度、拉致を議題にして交渉しようと北朝鮮から提案してきました。
それが福田政権の時です。その時は、拉致を議題にしましょうと北朝鮮から言っ
てきたんです。6者協議の枠でもなかった。6者協議の外で、突然拉致問題を議
題にして実務協議をしましょうと言ってきた。2008年6月です。

 そしてそこでは「解決済み」ということを言わない、と。これは合意文がある
わけではないんですが、私たちが聞いた説明によると、「生きている被害者を返
すための調査やり直しをします」ということまで北朝鮮が言った、と当時聞きま
した。

 そして拉致を議題にした実務協議が2回開かれました。6月と8月です。その
時彼らが求めてきたのは、制裁の一部解除でした。つまり制裁を解除してほしい
ということが交渉の条件になったんです。

 それは制裁が効いている証拠だと思いますが、彼らが何を言ってきたかという
と、船舶の受け入れです。万景峰号を初めとする船を入れてほしい、と。色々や
りとりがあって、船舶はだめだが、万景峰号が人道支援の物資を積みに入ってく
ることはいいのではないか、と。

 それから、朝鮮総連の最高幹部6人は、北朝鮮に行くことはできますが、帰る
ことができないんです。それを再入国許可というんですが、永住資格を持ってい
ても、一度日本から出てしまうと永住資格がなくなるんですが、出国前に再入国
許可をもらっていくと、帰ってくることができるんです。

 総連の幹部6人に対しては、彼らは北朝鮮の国会議員を兼ねているので、北朝
鮮の政策にも責任があるということで再入国許可を止めています。その許可をも
う一度くれと言ってきました。

 もう一つ、チャーター便です。飛行機です。北朝鮮と日本の間には定期便はな
いんですが、ある飛行機をチャーターして、つまり1機借りて1回飛ばすことが
できるわけです。

 朝鮮総連は時にそういうことをやっていたわけです。観光ツアーなどで、日本
から直行便で行っていたんですが、今はそれはできなくなっています。そのチャー
ター便を止めていることを解除してくれ、と。

 船と飛行機と人、この3つを解除してくれることを条件に、調査のやり直しを
します、と。2回の交渉の中で様々なことがあって、当時中山恭子さんが福田政
権の拉致問題担当補佐官でした。外務省の局長は、今事務方のナンバー2になっ
た斎木(昭隆アジア大洋州局長)さんでした。そして薮中さんが次官だったんで
すが、薮中さんと中山さんと政権の中で激しいやりとり、私が見ていると喧嘩に
見えるようなやり取りがありました。

 中山さんは「行動対行動」の原則を守らないとだめだ、と。北朝鮮が「調査や
り直しをする」と言っているのは、口で言っていることで、それに対し、船を入
れたり、人の往来を許したり、飛行機を飛ばしたりするのは行動だ、と。「行動
対口約束」ではだめだと言いました。

 外務省は、全部の制裁じゃなくて、貿易等はまだ残っているので一部を解除す
ることで調査やり直しをしたい、ということだったです。

 最初6月に実務協議を終えて、斎木さんが帰ってきて、外務大臣にも報告しな
いまま、福田総理大臣のところに行きました。中山さんは首相官邸にいたんです
が、拉致担当の補佐官だったのにそこに呼ばれませんでした。

 斎木さんが、「船と人と飛行機の解除で調査やり直しと話がまとまりました。
総理これでいいですか」と決裁をもらいに来た時に、福田総理はその場を見て、
「中山君がいないじゃないか呼びなさい」と言ったんです。後から中山補佐官が
入った。

 外務省のシナリオは中山さんを外したところで制裁の一部解除を決めようとし
ましたけど、中山さんはそこで反論し、その後我々の前で説明会をしてくれたん
ですが、そこでも斎木さんに対し、「外務省の説明のしかたはおかしいですね」
と言って抗議しています。

 普通、民間人の前で、政府の人間同士が違う意見を言うってことはないんです
が、その時は、「外務省の紙はおかしいじゃないですか」というようなことを言っ
てまして、一体何が起きているのか私たちは最初よく分からなかったんです。

 少なくとも、万景峰号を入れることは絶対だめだと言って、政権の中で中山さ
んは頑張って、自民党の当時の幹事長、今国会議長になった伊吹さんなどもそれ
を応援して、福田政権も船はだめだとして、チャーター便と総連の6人の幹部だ
けは残すと決めました。

 そしたら朝鮮総連は、「日本は約束を破ったからもう交渉はこれで終わりだ」
と言ってました。それでも福田政権は頑張って、8月の初めに内閣改造をして、
中山さんを担当大臣にしました。

 補佐官というのは権限はないんです。しかし大臣というのは権限がある。閣議
に出るわけです。制裁は色々なものがありますが、大部分は閣議決定されます。
だから解除する時も閣議で決定するんですが、そこで担当大臣が反対するという
ことになったらなかなか解除できないわけです。

 そういう権限を持つ人に福田さんは8月の初め、任命しました。外務省だけの
やり方はしないという風にしたんです。福田総理も、2002年の官房長官時代
に、外務省の言う通りにやって、調べてもいないのに「死亡」と通告し、あとで
冷たいと大変批判されたのを少し反省したのか、家族のガス抜きのためかもしれ
ませんが、彼女の言うことを聞かないで拉致問題を進めたら世論の反発を招くと
いうことを分かっていて、担当大臣にしたんです。

 担当大臣にしたのに、突然また北朝鮮が、朝鮮総連はもうこの交渉はつぶれた
と言っていたのに、「もう1回やりましょう」と言ってきて、8月に北京で交渉
しました。

 そこで日本側の要求を北朝鮮が受け入れて、「船は制裁解除しなくてもいいで
す。飛行機と人だけでいいです」と北朝鮮が譲歩してきたんです。「そのかわり
調査をやりなおします」と。それに対し、「やり直すという口約束だけじゃだめ
だ」と言って、「じゃあ調査委員会を立ち上げます」となった。

 調査委員会を正式に立ち上げるということと、飛行機と人の制裁を解除するこ
とでお互いに合意ができて、「北朝鮮は何か焦ってるな」と。もともと北朝鮮は
「拉致は解決済み」と言っていたのに、向こうから拉致を議題にしようと言って
きて、そして、一度万景峰号について一度いいと日本側がいいかけたにもかかわ
らず、また万景峰号をつぶした張本人の中山さんが大臣になって強硬になったに
もかかわらず、譲歩してきた。彼らも焦ってるんだなあと思いました。そういう
状況でした。

 つまり、彼らが必要な時は動くんです。こちらが強硬なことを言ったからだめ
になるということではなかったのが、6月と8月の関係です。ところがその後、
金正日が病気で倒れます。

 そして9月になって福田さんが辞意を表明したら、「次の政権の政策をみたい」
という口実を使って、北朝鮮は先ほどの約束を守れないと言った、ということが
4年前にあったことです。

◆調査やり直し破棄−北朝鮮の内部で何が起きていたのか

 まずそのことを頭に置いておかないと今年起きたことを評価できないので、そ
のことを申し上げたのですが、今年のことに行く前に、なぜ北朝鮮は焦っていて、
船まで一度日本側か許すと言ってそれをくつがえしたのにもかかわらず、いいで
すよと言ったのか。

 それなのにまた突然、約束を守れないと言ったのか。北朝鮮の内部で何が起き
ていたのかということについて、まだ正確な情報を私たちは持っていません。

 2002年に何が起きていたのかということについては、最近、何人かの人た
ちから、当時北朝鮮にいた人たちから少しずつ聞けるようになってきて、かなり
分かってきました。しかし、4年前のことはまだ分かりません。

 ですから外部から推測をするしかないんですが、いくつかの仮説があります。
それは1つだけでなく、2つ、3つと重なっているかもしれません。

 第1の仮説は、先ほども言いましたが、金正日が倒れたということです。すべ
ての外交交渉は金正日の決裁がなければできないのですね。そういうシステムだっ
たのです。少なくとも2か月から3か月くらいは、かなり病状が悪かったようで
す。

 日本と交渉して、被害者の何人かを出すとか出さないとかについての決裁がお
りない状況で、そういう戦略的な交渉はできないと考えた、というのが1つの仮
説です。

 そのことをサポートするのが、北朝鮮が日本に最後まで要求してきた制裁の解
除は飛行機と人だったんです。「船はいいです」と呑んだ。しかし、飛行機と人
は最後までこだわった。それは何なのか。

 実は4年前、2008年の9月9日、国家創建60周年ですね。朝鮮民主主義
人民共和国ができたのが1948年で、2008年が国家創建60周年の大軍事
パレードを準備していたんです。そこに朝鮮総連の幹部たちが大挙して参加する。
飛行機をチャーターして行くという準備をしていたという情報があります。

 チャーター便で許宗萬(ホ・ジョンマン)以下幹部たちがみんな行こうとして
いた。その時はまだ許宗萬が第一副議長で、徐萬述(ソマンスル)という議長は
病気でした。その人たちは行けなかったのですが、飛行機で9月9日の軍事パレー
ドに参加できるということに固執していた可能性がある。

 しかし、金正日が倒れたことによって、9月9日のパレードは大変規模が縮小
されました。正規軍は出なくて、予備軍のようなものしか出なかったのです。当
時も、平壌にいる大使館の人たちに、朝何時に来てくださいと、金正日が出てく
ることになっていたんですが、突然延期されて出てこなかったことが分かってい
ます。

 ですから、金正日が出てくるための大々的な準備をしていたんですが、突然病
気になり、病気ということは言いたくないから秘密にしてたんですが、出てこな
いということで健康がおかしいということが分かったんです。

 つまり健康がおかしくなって、日本に対して9月9日に総連のことをやろうと
していたが、それが必要なくなったから打ち切りになった。だとすると、9月9
日に制裁解除をして行事に参加した後、彼らは(調査を)打ち切りにしたかもし
れないですね。目標がそれだとすると、それかもしれない。

◆アメリカもだまされた

 もう1つの仮説は、アメリカとの関係です。ちょうどその頃一番話題になった
のが、テロ支援国家解除の問題です。2005年からアメリカは北朝鮮に対して
金融制裁をかけたんですね。それは大変効いていました。

 そして安倍さんが2005年に官房長官になって、朝鮮総連に対する厳格な法
執行をやり、日本からの送金を厳しく取り締まりました。送金だけでなく、ミサ
イルの部品等も含めてです。それとアメリカの金融制裁とが効いて北朝鮮は大変
困ったんです。

 当時、韓国の盧武鉉大統領が、ブッシュ大統領に金融制裁を解除しろと10分
くらい演説したという話がありますが、それだけ北朝鮮が困っていたということ
です。盧武鉉は誰の大統領なのかということです。

 そして北朝鮮はアメリカに対して接近したんです。金融制裁を解除してほしい、
と。核開発を止めます、と言ったんです。口約束をして、口約束だけでなく、寧
辺の核施設の煙突を一つ爆破するショーまでやったんですね。

 煙突は何のためにあるかというと、核施設本体ではなく、核施設の熱を冷やす
ための空冷式なんです。その空気を最後に出す煙突なんです。だから煙突一つ爆
破しても、空冷する外側の煙突がなくなるだけで、あそこに川がありますから、
水冷式でもできるんです。水で冷やすこともできて、付属施設一つを爆破しただ
けなんです。

 でもそれでライス国務長官、ヒル国務次官補は、北朝鮮が譲歩してきたと、こ
のチャンスを逃してはならないと言って、ブッシュさんを説得しようとした。当
時、チェイニー副大統領等は反対していた。我々がしょっちゅう会っていたマイ
ケル・グリーンさんとか、ボルトン前大使とかみんな反対していたんですが、ヒ
ルさんが他の反対意見を押しのけて、北朝鮮の言っていることを信じようとした
んです。

 その時ブッシュ大統領は(横田)早紀江さんとも会っていましたので、「拉致
問題が全然動いてないのはだめだぞ」と言っていたそうです。何か進展がないと
だめだ、と。実はあの時、安倍さんが病気になってなくて、安倍政権だったら解
除されてなかったと思います。

 安倍さんが訪米した時、このテロ国家指定解除の問題になった時、「ライスに
もよく言っておくから最後は俺とお前で決めよう」とブッシュさんに言われたん
だそうです。そういう信頼関係があったので、安倍さんが「止めてくれ」と言っ
たら、ブッシュ大統領は止めたと思うんですが、福田さんになって、福田さんは
それほど一生懸命「止めてくれ」と言わなかったこともあった。

 そういう状況でしたが、ブッシュ大統領は気にはしていて、「全く動いてない
んじゃだめだ」と言ったんです。そういう時、突然北朝鮮から、「拉致問題で話
し合いしましょう」と言ってきたんです。

 何にも話し合いをしていないというと動いてないわけですが、話し合いになっ
た、と。そして調査やり直しまで決まった、と。これは一応形式的には動いたこ
とになるというので、ブッシュ大統領も早紀江さんに対して一応面子は立つと思っ
たのかどうか知りませんが、しかし一応形が整った。

 北朝鮮からすると、とにかく金融制裁を解除してもらいたかった。そしてテロ
支援国家指定を解除してもらいたかった。その流れの中で、拉致問題が利用され
たんじゃないか。

 そうすると、8月の合意の直後に、アメリカはテロ支援国家指定解除をすると
いう方針を決めてたんです。解除自体はちょっと後になります。10月くらいだっ
たと思います。しかし、その方針が決まったということを見て、北朝鮮がその後
約束を延期しても、アメリカは結局解除してしまったわけです。

 金融制裁が効いていた。それを解除したいと思った。1つ目の仮説は朝鮮総連
への制裁は効いていた、チャーター便で飛ばしたかったわけですが、2つ目の仮
説は金融制裁が効いていたということです。

 結局、2つ目の仮説の方に立つと、「行動対行動」の原則を守らなかったため
に、アメリカはだまされてしまったんです。煙突は一つ爆破されましたが、その
後北朝鮮は核実験をして、核保有宣言をし、そして寧辺でのプルトニウム生産は
止まっていますが、濃縮ウラニウム生産をしていると公然と言っているわけです。

 濃縮ウラニウムの生産は、天然ウラニウムがあれば、原子炉はいらないんです。
北朝鮮には天然ウラニウムはたくさんあるんです。あとは電気さえあれば、遠心
分離機を廻せば濃縮ウラニウムは作れるんです。どこでやっているか、未だに我
々は分かっていないんです。今も、どこかの地下施設で濃縮ウラニウムの生産が
続いているわけです。

 つまりアメリカが金融制裁を解除したけれども、核開発が続いてしまったとい
うことです。「行動対行動」の原則を守らなかったためにだまされちゃったんで
す。

◆知っている秘密が少ない人を何人か返そうとしたのか

 3つ目の仮説は、当時、本当に拉致問題を動かそうとしていたということです。
色々な情報がありました。何人かの人たちを返すために訓練しているという情報
もありました。

 でもその時の情報でも、「死亡」と言われた8人について返すという情報は全
くありませんでした。そうではない人たちを何人か準備しているのではないか、
と。あと、嫌な話ですが、本物の遺骨を準備しているんじゃないかという話もあ
りました。つまり、被害者を殺してですね、本物の遺骨を作るという情報もあり
ました。

 我々は意図的に、「日本の技術を甘く見るな」と。「その骨が誰の骨かだけで
なく、いつ死んだのかも分かるんだぞ」ということを言っていて、大変緊張しな
がらあの時過ごしていたのを覚えています。

 何か拉致そのものを動かそうとしていて、日本の制裁を、1回だけチャーター
便を飛ばすだけでなく、万景峰号を来させるようにする。それから経済制裁も解
除させる、あるいは食糧支援を取ろうと考えていた、というのが3つ目の仮説で
す。

 その時も、「死亡」と言われた8人については、動かそうという兆候はありま
せんでした。そうではなく、もしかしたら特定失踪者と言われる人たちの中か、
あるいはよど号関係者の中で自分で北朝鮮に入った人がまだいると言われている
ことがあります。はっきりはしません。

 もう一つ言われていたのは、松本京子さんの話です。松本京子さんは政府認定
の被害者ですが、北朝鮮が「死亡」と言った8人には入っていない。ですから認
定被害者について出すことができる。そして2002年に金正日が「死亡」とし
ろと言った人を変えなくてもいい。北朝鮮の中で、金正日が一度「死亡」と言っ
たことを変えるというのは大変なことですから。

 そしてこれも非公式の情報ですが、松本さんは工作機関の外にいる。知ってい
る秘密が少ない。こういうことを準備していたかもしれない。これが3つ目の仮
説です。

 朝鮮総連のチャーター便で9月9日に行かせようとしていただけだ。それが金
正日のことでだめになったのか。2つめは、もう少し日本との関係を動かそうと
していた。それも金正日の病気でだめになったんじゃないかと思います。3つ目
はアメリカの金融制裁解除、テロ国家指定解除をとろうとして、拉致が動いてい
る様子を見せなければならなかった。そしてそれは成功したということです。も
しかしたらこの3つともが正しいのかもしれません。

(つづく)




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