救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

救う会TV第9回「金正日の拉致指令−1978年に起きた世界規模の拉致」(2020/06/05)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2020.06.05)

 以下は第9回救う会テレビの概要です。西岡力救う会会長からの報告です。6
月3日に収録されたもので、救う会ホームページで動画を見ることができます。

■「救う会TV」第9回

2020.06.04金正日の拉致指令-1978年に起きた世界規模の拉致
第9回救う会テレビ

 みなさんごきげんよう。救う会テレビ、救う会全国協議会会長の西岡力です。
今は令和2年6月3日午後7時半です。今日も拉致の全貌についてお話しします。

 今日は、金正日の拉致指令−1978年に起きた世界規模の拉致、というタイトル
でお話いたします。それではスタートします。

 前回金正日が後継者になって党・軍・政府を掌握し、最後に工作機関を掌握し
て、1976年の初めに「新しい対南工作、韓国に対する政治工作の方針」を演説し
て、

 その中に「工作員の現地化」ということが含まれていて、「現地化のために現
地人を連れて来い」と言う拉致指令が含まれていたという話をしました。

 76年には全工作員が呼び戻されて、この新しい方針を学習した後ですねその
中で古いタイプの工作員だった人が弾かれたということがありました。

 実は原敕晁さんを拉致した辛光洙は古いタイプの工作員だったのですが、この
学習を受けた後も拉致の最前線に立っていた。彼は生き残ったのですけど、76
年はですから拉致はないのですね。今のところ明らかになっていません。

 その後ですね、77年から78年に集中的に拉致があります。特に世界規模で
拉致があったのは78年なのですが、今日はその世界規模の拉致についてお話し
したいと思います。

 まずこの表を見てください。救う会が作りました。

2006年8月

◆世界に広がる北朝鮮による拉致被害 (救う会作成)

国籍         被害者数          出処

韓国人      8万2959人(朝鮮戦争中民間人拉致)  韓国政府調査
            489人(朝鮮戦争休戦後)    韓国政府調査
日本人          17人           日本政府調査
           約100人              NGO推計
レバノン人         4人   1978年拉致され1979年までに救出
                        うち1人は米兵の妻
タイ人           1人              米兵の妻
ルーマニア人        1人              米兵の妻
中国人(マカオ系)      2人 内1人を韓国人拉致被害者崔銀姫が詳
                しく証言
マレーシア人        4人 崔銀姫が伝聞証言
1978年8月にシンガポールで同時に失踪した4人のマレーシア人女性の内1人
をジェンキンス氏が平壌で目撃
シンガポール人       1人 上記マレーシア人女性4人と一緒に失踪
フランス人         3人 上記レバノン人被害者が1978年に目撃
                 うち1人について崔銀姫と大韓機爆破
                 テロ犯金賢姫の伝聞証言あり
イタリア人        3人 上記レバノン人被害者が1978年に目撃
オランダ人         2人 上記レバノン人被害者が1978年に目撃
ヨルダン人         1人 崔銀姫が目撃

「世界に広がる北朝鮮による拉致被害」という表です。韓国人についてのお話は
前回、何回かお話しました。また日本人拉致については、これからまた突っ込ん
でお話をしたいと思っています。

 それ以外にレバノン、タイ、ルーマニア、マカオの中国人、この拉致は具体的
に名前が明らかに、家族も明らかになって、私は家族まで会いに探しに行ってそ
の人たちと連携をしていますけども、これは全部78年なんです。

 それからマレーシア人、シンガポール人の拉致の疑いが大変高いケースがあり
ます。それも78年です。フランス、イタリア、オランダについても、北朝鮮で
被害者が目撃されているということで誰なのかまだはっきりわからないのですけ
ども、間違いなく拉致があったという事です。これも実は78年なのです。

 またヨルダン人の拉致についても78年から79年に目撃されています。アメ
リカ人は2004年ですね。この話は前回いたしました。ですからアメリカ人を
除いた世界規模の拉致はみんな78年に集中しているということであります。

 ではこの世界規模な拉致がどのように明らかになっていったのか、ということ
についてお話したいのですが、この本(「告白」)が私たちに大きな情報を与え
てくれました。皆さんもよくご存知のジェンキンスさんですね。曽我ひとみさん
と結婚した。

 ジェンキンスさんが日本政府の働きかけで日本に来ることが出来て、その後こ
の本を出したのですね。この本の中で、自分と同じようにアメリカ軍の兵士だっ
たのですけども、脱走して北朝鮮逃げた人が自分を含めて四人いた。その妻が全
員拉致被害者だったという話をしたのですね。

 実はこの本が出る前に、曽我ひとみさんから家族会・救う会は同じ話を聞いて
いたのですが、この本が出たことによって国際的な話題になったということであ
ります。

 これを見てほしいのですけども、この本の中に書いてあるのがですね、ジェン
キンスさんと同じように脱走したアブシャーさん、ドレスノクさん、パリスさん。
それぞれ結婚していまして、それぞれの家庭が同じアパート、三階建てだったの
だそうです。一階は誰も住んでなくて2階に二世帯、3階に二世帯住んでいた。

 ジェンキンスさんは曽我さんと結婚し、アブシャーさんはタイから拉致された
アノーチャーさんと結婚し、そして2階のドレスノクさんの奥さんはルーマニア
から拉致されたドイナさん、パリッシュさんはレバノンから拉致されたシハムさ
んと結婚していた。

 ということを曽我ひとみさんとジェンキンスさんは証言したわけです。それで
タイ、ルーマニア、レバノンに拉致被害者がいることが明らかになったわけです
ね。具体的に一緒に暮らしていたわけですから様々な具体的情報があったわけで
す。

 それで家族会・救う会は、タイ、ルーマニア、レバノンにその家族を探しに行っ
たわけです。

◆タイ人拉致被害者 アノーチャーさん
 まずですねあのタイの拉致被害者のアノーチャーさんについてですね。実はこ
の本が出た時ですね、タイのテレビでもこの本の報道がなされまして、タイの北
部にあるチェンマイというところから車で1時間ぐらい行くともう本当にタイの
農村なのですね。日本でいうと高床式の家ですよね。あのネズミが入ってくると
駄目だからといって上に立てる。あるいは水害がくると駄目だからといって床を
高くした高床式の家に住んでいた。

 そしてアノーチャーさんの家族が名乗り出たのですね。「ジェンキンスさんの
本に書いたアノーチャーさんはうちのアノーチャーじゃないか」と名乗り出たわ
けです。

 この写真をちょっと見てほしいのですが、これが、ジェンキンスさんが本に出
した海水浴に曽我さんたちと行ってきた時の写真なのですが、後ろの方にアノー
チャーさんが写ってる。一緒(のアパート)に住んでいたわけで、一緒に海水浴
に行ってたのですね。

 これを見てそのタイのアノーチャーさんの家族が名乗り出たわけです。それで
我々がチェンマイまで行ってですね、そのご家族に会いました。失踪時期・場所
は「1978年7月、マカオ」、これはジェンキンスさん・曽我さんが言っていた、
アノーチャーさんから聞いてたことと全く一致しました。

 また失踪経緯「自称『日本人』男性の観光案内をしている時に、海岸で襲われ
て船に無理矢理乗せられた」。これも一致しました。家族関係、「お父さんとお
兄さん一人」。実はですね、お父さんはこのジェンキンスさんの本が出て、我々
が会いに行く直前にですね、数か月前に亡くなっていたのですね。「会いたい」
と言って、ずっとアノーチャーさんの写真を抱きながら探していた。

 しかしそのお父さんは、アノーチャーさんが北朝鮮にいるということも分から
ないまま亡くなられたのですが、アノーチャーさんが拉致される前に、お母さん
は亡くなっていたので、父と兄一人というのは私たちが行った時も確認できまし
た。お兄さんと会うことができたんです。

 そして失踪前の職業はホテルのマッサージ師。タイというのはマッサージが有
名ですよね。そのマッサージ師としてマカオで働いていたということです。タイ
政府はですね、北朝鮮に対して調査を求めたんですが、北朝鮮は「そのような女
性はいない」と言ってるんですけども、タイ政府は政府として、ジェンキンスさ
ん・曽我さんにインタビューして、政府としてアノーチャーさんが拉致されたこ
とを認めています。

 しかしながら、タイはまだ北朝鮮と国交を持っていまして、制裁をしてはいな
い。私たちは何回もタイの外務省に行って、日本政府は拉致を理由に制裁をして
る、と。

 アノーチャーさんが拉致された1978年、既にタイと北朝鮮は国交があった。
「国交があった国の人間を拉致してる。だから厳しく抗議して断交まで考えるべ
きだ」っていう話をしてるんですけどもそこまでは至っていません。このアノー
チャーさんの家族と私たちはずっと連携して活動しています。

◆レバノン人拉致被害者 シハムさん
 そして次にですね、レバノン人拉致についてですけども、曽我さんが証言しま
したね。シハムさん、これはですね実はその前から一定程度明らかになっていた
んですね。1978年7月にレバノンのYWCAというところで秘書になる勉強をしてい
た4人の女性のところに、「日本企業に就職させてやる」と言って現れた自称
「日本人」−実は北朝鮮人だったんですね−が現れて、そして「日本に行く」と
言って連れて行った。着いたところは北朝鮮だった。

 それで4人が拉致されたのですけれども、そのうち2人がですね、海外で工作
員になる実習だといってヨーロッパに来て、隙を見てベオグラードで脱出した。
あと2人について、レバノン政府に「まだ2人いますよ」と言ったので、レバノ
ン政府が抗議して取り戻したというケースです。

 実はその4人の内の1人、シハムさんは妊娠してました。イスラム教の教えか
ら中絶はできないということでもう一度北朝鮮に戻って、ジェンキンスさんたち
と一緒の、あのアパートで暮らしていたということです。

4人の名前はですね、分かっているのがこの4人であります。
サミア・カブラ(1979年8月脱出)
ナイマ・カシル(1979年8月脱出)
ハイファ・スカフ(1979年11月帰国)
シハム・シュライテフ(1979年11月帰国後再入国)

 レバノン政府はそういう面では取り戻すことができたっていうケースでありま
す。その事について、実はこのレバノンの新聞(「EL NAHAR」、エル・ナハル)
が1979年に記事を出していて、それでは私たちは一定程度のことが分かっていた
のですけども、実際にそのうち1人がまたもう一度北朝鮮に戻って、ジェンキン
スさんたちと一緒に暮らしていたということでありました。

 この新聞の記事について、フランス人やオランダ人やイタリア人の拉致につい
ても書いてあるので後でもう一度触れたいと思っています。

◆ルーマニア人拉致被害者 ドイナさん
 次にルーマニア人拉致ですけども、ルーマニア人の拉致被害者はドイナさんと
いう方で、やはり私たちがルーマニアまで行ってそのお母さんと弟さんに会った
のですけども、ドイナさんは78年7月にイタリアで絵の勉強をしていて、画家
になっていたルーマニア人なのですけど、西側世界イタリアにいたのですね。

 そしてお母さんに電話して、「日本で個展を開かないかと『自称イタリア人』
からオファーを受けたということで興奮していた」と。「しかしそれが北朝鮮人
だった」と。
(アノーチャーさん等の拉致の時に)「自称日本人」という工作員がいるわけで
す。我々の日本を語っているということですから、そのこと自体もある面で主権
侵害ですから抗議しなくちゃいけないことだと思います。

 そして脱走米兵と結婚して息子二人もうけたと。ただ97年にがんで亡くなっ
ているのですね。これは曽我さんが、曽我さんは看護師ですから看取ってるので
この死亡は間違いないと思います。

 ジェンキンスさんの先ほどの本、もともと英語で出たのですね。それをルーマ
ニアの新聞が報道しまして、そのことについてイギリスのテレビ局はドキュメン
タリーの番組を作ってそれが放映された。

 それをネット上で弟さんが発見して、それで弟さんが救う会に連絡してきたっ
ていうことがあって、私達がジェンキンスさんと聞いていたことを持ってルーマ
ニアまで行って、ドイナさんに間違いないということを確認した、という経緯が
ありました。

 実はですね、その時あのドイナさんのお母さんに会ったのです。けれどもお母
さんが開口一番ですね、「曽我ひとみさんに謝りたい」と言うのですね。という
のは、「その『告白』という本を読むと、うちのドイナが曽我さんさんをいじめ
たと書いてある。しかしドイナはそんな子ではなかった」と。

「異常な状況の中でそんなことがあったかもしれない。母親として謝りたい」と
いう風に私が直接お母さんから聞きました。

 一方曽我さんからですね「ドイナさんから料理を教わっていた」と。ロールキャ
ベツに似たような料理なのですけど、その話をお母さんにしたら、「それは私が
ドイナに教えた料理だ」とお母さんが言っていました。「曽我さんはそんなこと
気にしていませんよ」という話をしたことを覚えています。

 先程も言ったように、タイのお父さんもなくる。直前まで娘のことを心配して
いたし、お母さんも娘が異常な状況の中でいじめをしたということが本に書かれ
ていたら、それを責任があると言って謝る。親子の情というのは、タイは仏教国
ですし、ルーマニアはキリスト教国ですが、そういう事を超えている。家族を無
理矢理引き裂くということについては許せない、と。それは悪だ、と。

 家族同士一緒に住むことができるのが当たり前だ。会うことが出来るのが当た
り前だ。それを暴力的に裂いている拉致というものは悪だ、ということを教えて
るようなエピソードだったとというふうに思います。

 先程言ったように78年の拉致についてはまだもう少しあるんですが、今日は
ジェンキンスさんたちが一緒に住んでいたですね、タイ、レバノン、ルーマニア
人の拉致についてお話ししました。

 これも全部78年だったということで、金正日の拉致指令が76年にあって、
76年の一年間それを学習して、そして準備して、日本人を騙る工作員たちがロー
マにも行き、レバノンにも行き、マカオにも行って拉致をした、ということであ
ります。

 全て工作員の現地化のためであったということを今日お話しました。世界規模
の拉致について続けて次回も話したいと思います。

 今日はここまでにしたいと思います。ありがとうございました。

以上


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