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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

救う会TV第6回「北朝鮮拉致の全体像-その1」(2020/05/12)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2020.05.12)

 以下は第6回救う会テレビの概要です。西岡力救う会会長からの報告です。5
月11日に収録されたもので、救う会ホームページで動画を見ることができます。


■「救う会TV」第6回「北朝鮮拉致の全体像-その1」

 皆さんごきげんよう。救う会会長の西岡力です。今日は令和2年5月11日夜7
時半です。前回まで何回か連続して金正恩の異変説についてお話しましたけれど
も、救う会テレビですのでこれから何回かは拉致の全体像について皆さんと一緒
に考えていきたいと思ってます。

 私は、北朝鮮が最高指導部の健康問題も含めてかなり追い詰められているので、
近く動きが起きる可能性は十分あると思っていますけれども、その時また彼らが
嘘をつくかもしれない。嘘かどうかを見破るためにはあらゆる情報を集めて、今
の段階で私たちが言える拉致の全体像について研究調査、そしてそれを共通理解
としておかなければならない。

 そういう点で救う会で「拉致の全貌プロジェクト」というものをずっとやって
きました。その成果の一端を皆さんと共有したいと思います。

 今日はですね、北朝鮮による拉致の全体像のその1として、世界規模の拉致の
4つの時期についてお話します。

 拉致は世界規模であったのですが、4つの時期があったということがこれまで
の調査で明らかになりました。そして 今日はこの4つの時期、1、2、3、4
の内ですね、1の朝鮮戦争中の韓国人拉致と、2の朝鮮戦争休戦から76年まで
の漁船拿捕を中心とする韓国人拉致について話したいと思います。

◆1.朝鮮戦争中の韓国人拉致-約10万人の民間人を拉致

 まず1の朝鮮戦争中の韓国人拉致ですけども、韓国には朝鮮戦争中の拉致の家
族会があります。その家族会の人たちと私たちはずっと連帯して、韓国に行った
り日本に来てもらったり、ワシントンで一緒に活動したりしてきました。

 その韓国の朝鮮戦争中の拉致家族会が作った立派なパンフレットがこれです。
これを見ますと、朝鮮戦争中にどのような形で北朝鮮が民間人を連行していった
のかという当時の写真があり、まさに囚人を連れていくように連れて行ったとい
うことが分かります。

 そしてですね、残された家族たちは、その朝鮮戦争が53年に休戦になりまし
てすぐ54年に最初の家族会を作りました。

 これが最初の国民大集会ですよね。あるいはデモですよね。街頭で救出大会を
やっております。今私たちがずっと連携している北朝鮮戦争中の拉致家族会の李
美一(イ・ミイル)理事長のお母さんたちの世代がこの家族会を作って、百万人
署名運動やったり国連に訴えたりしたんです。

 この時 国際社会がこの北朝鮮の拉致について無視をした。それで 北朝鮮は拉
致をしても何もダメージを受けなかった。だから その後も拉致が続いてしまっ
た。拉致というテロに対して戦わなければ、新たなテロ拉致が生まれてしまう。
ここから得る教訓であります。

 これもその時のデモの写真ですね。これは街頭集会で決議文を読んでいるとこ
ろですね。お母さん達がやってるんですね。「夫を返せ!」と。そしてですね、
その家族会と私たちはずっと連携してきたんですが、2003年の6月にはソウ
ルで共同セミナーをやりまして、その時撮った写真です。

 真ん中の黒い服を着て帽子をかぶってるのが李美一(リ・ミイル)理事長のお
母さんで、その横に(横田早紀江さんの左)に李美一(リ・ミイル)理事長がい
ます。反対側の横に朴槿恵(パク・クネ)、 後の大統領がいますね。その横に横
田滋さん、早紀江さんたちもいます。

 私は真ん中のうしろの方に立ってる。「若いな」という思いですけど、飯塚さ
んや増元さんも若い姿です。

 2003年ですけども、この朝鮮戦争中の拉致についてはその家族会が綿密な
調査を行っていまして、詳しいことが分かっているんですけども、ここでは概要
だけ申し上げます。

 約10万人の民間人が拉致されました。これは「必要な人材を連れて来い」、
という金日成の命令があって、まずインテリが連れて行かれました。その後は
戦争で使うための若者たちが拉致されて人民軍の兵士になって戦争に動員された
り、あるいは休戦後スパイとして使われたり、あるいは炭鉱に入れられて労働者
として使われたりもしました。約10万人の民間人が拉致された。これが拉致の
最初だったということであります。

2.漁船拉致299隻 88%3257人は北の発展を見せて返す

 そして、第2期の拉致、先ほどは53年休戦の時からと言いましたけれども、
53年、54年は拉致はなかったんですね。そして55年から76年が第2期。
この時期は韓国人が拉致されている。

◆55〜75年に漁船279隻、計3692人拉致

合計で3692人拉致されたのですけども、そのうち88%、3257人は6か
月以内に帰還しています。そして、残った12%、435人だけが抑留され続け
ているという状況ですけど、なぜ こんなにたくさんの人を拉致してそして返し
たのか。

 実は当時はですね、北朝鮮の方が経済状況が上だったのです。そして先ほどちょっ
と言い忘れましたけど、この時期の拉致というのは69年の国内線の旅客機ハイ
ジャックを除いて、すべては漁船あるいは軍用船の拉致だったんですね。

 漁民たちは当時貧しかった。貧しい漁民たちに発展した社会主義を見せて、そ
して社会主義の方が優れているということを宣伝させるために88%を返したの
です。

 残った12%の中の何人かをスパイとして訓練して、韓国にもう一度送るとい
うこともありました。そしてこの漁船拉致は75年で無くなるんです。

 これについてはですね、その全体像についてグラフを作りましたのでグラフを
ちょっと見てみてください。

 全体で299隻、約300隻の漁船が拉致されています。しかし、この表を見
ていただくと55年から75年の20年間に93%、279隻が拉致されていま
す。

◆76年〜95年に漁船20隻拉致

 76年から95年までは20隻、7%だけです。

 そして その20隻のうち17隻は全員帰還しています。つまり捕まえられて
帰って来られない。拉致は3隻しかなかった。約300隻のうち3隻、1%とい
うことです。

 75年と76年の間に何があったのか。これはこの次のこの救う会テレビでお
話しいたしますけども、76年に金正日が新しい拉致指令を出したんですね。
その結果、その前と後でこんなに違ってるということです。それはこの次お話しします。

 75年まで多くの漁船拉致があった。しかし76年以降、それがほとんどなく
なったという事実を是非覚えておいていただきたいのであります。

◆寺越事件は秘密活動を見られたので拉致

 最後にですね、この時期の日本人拉致、外国人拉致について検討しておきたい
と思います。

 皆さんよくご存知の1963年に寺越事件がありました。能登半島からごく近
海、 磯(付近)ですよね。(陸から)見えるところに小さな漁船が漁に出てい
た。凪だったんですけども漁に出て帰ってこない。探したら船だけ見つかった。
船首のところにペンキの跡があって、どこかの船と衝突したようだ。そのペンキ
は日本製ではなかった。

 その後、北朝鮮にいるという手紙が来て、拉致されたって明らかになったので
すが、様々な情報からしてですね、拉致を目的として工作船がが入ってきたので
はなくて、拉致以外の目的で工作船が入ってきて、見られてはならない秘密の活
動をしていて、それが見られたということで拉致が起きたんじゃないか、という
ように今思われています。

◆1969年、金日成が拉致司令

 もう一つ、この時期で重要なことはですね、金日成の拉致司令があったことで
す。先ほど1976年に金正日の拉致司令があったというお話をしました。その

 前69年に金日成の拉致指令があったのですね。

 そのことを伝えてくれてるのがこの本であります。金東赫(キム・ドンヒョク)
さんの『金日成の秘密教示』という本なのです。この金東赫さんという人は、実
はこの人も数奇な運命の持ち主で、朝鮮戦争中10代で北朝鮮に拉致された。韓
国出身だということでスパイ教育を受けて、スパイになって何回も韓国に潜入し
て英雄称号まで受けた。ところが北朝鮮の体制に疑問を感じて亡命してきた。

 そして韓国に北朝鮮の工作機関の内部について様々な情報をもたらした。私も
この人のところに何回も行って、北朝鮮の工作機関について教えていただきまし
た。

 この北朝鮮の工作員はですね、金日成の工作に関する秘密表示を覚えているの
ですね。それが本一冊になるわけです。秘密教示は文章にして、手帳のように持っ
ていては駄目なのです。毛沢東語録みたいなものではないのです。全部覚えてい
る。捕まった時もそれが相手に渡らないようにするということです。その内容を
この本にしたということです。

 その中に、実は1969年金日成が日本人拉致についてこういう教示をしてる
という内容がありました。「万景峰号は帰国同胞の事業だけではなく、南朝鮮革
命と

 祖国統一を推進する事業を展開しなければならない。だから新潟に停泊してる
間に、同志たちは革命に有益なことを探し行うべきだ。南朝鮮革命に有益な情報
の入手や、必要なら日本人を包摂工作し、拉致工作もすることもできる」。

 拉致工作もすることもできるのだ、というように金日成が69年に言ったとい
うことであります。

 万景峰号というのは新潟と北朝鮮の間を往復していた帰国船でありますけれど
も、「帰国事業だけではなくて革命事業にも使え」と。「そのために必要な情報
の入手」、これはスパイをしろということだと思いますけれども、それだけでは
なくて「日本人を包摂する」、これは親しくなって、あるいは洗脳して、そして
手先にしてしまうということですね。協力者にしてしまう。

 それだけではなくて、「拉致工作もすることもできる」。「することもできる」
という表現が微妙なんですね。「拉致工作をせよ」だったら、最高指導者の命令
ですからしなければならない。この言い方だと、「革命に有益なことがあればす
ることもできる、してもいいよ」という言い方。

 ただ拉致工作ということを日本人に対しても使っているということは、外国人
を拉致するということが工作機関の中で常識外れのことではなかった。特に、日
本人を拉致するということも常識外れのことではなかった。「必要ならやれ」と
いうことが69年の段階なのだということがここからわかります。もうこれ以上
のことはまだ分からないわけです。

 日本政府が認定している最初の拉致が77年、久米裕さんの事件ですから、6
9年から77年の間に何があったのか。たくさんの特定失踪者の事件がありまし
た。しかし、万景峰号で拉致されたという疑いがある事件はないですね。だから、
この金日成の教示と直接結びつけられる疑わしい。

 事件は今のところないわけですけど、69年に「できる」と言ってるわけです
から、他のことでされているかもしれない。あるいは、もしかしたら騙されて連
れてきてすり替わって、誰かにすり替わって(万景峰号に)乗っていった人があ
るのか、ちょっと分かりませんが、まだ分かりないことも多いということです。

 今の段階では寺越事件があった。そして金日成が拉致をすることもできるとい
う指令を出していた。ここまでは分かっているということであります。
また続けて、拉致の全体像について共に考えていきたいと思います。

今日はここまでにいたします。ありがとうございました。

以上






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