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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

緊迫する北朝鮮情勢のもとで拉致被害者救出を考える−国際セミナー報告5(2017/12/21)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2017.12.21-2)

■緊迫する北朝鮮情勢のもとで拉致被害者救出を考える−国際セミナー報告

◆2つの条件がそろった時、交渉による救出が可能になる

西岡 力(救う会会長)

私は27、8年前からずっと拉致問題を研究し、また救出の方法を考えてきまし
た。そういう観点からすると今、チャンスが来ていると思っています。

 私が全国で講演をする時によく言っていたのは、家族会・救う会の運動方針に
ずっと書いてきたのは、被害者救出には3つの条件があるということです。

 第1は国際情勢です。北朝鮮が日本に接近せざるを得ない状況になることです。

 第2は日本の体制です。日本政府が全員救出する体制をとることです。

 この2つがそろった時、交渉による救出が可能になります。しかし、交渉によ
る救出は、北朝鮮の政権が崩壊する前しか成り立ちません。我々には政権を崩壊
させる力はないかもしれないが、突発事態はいつでも起こり得る。

 第3は、崩壊した時の備えを静かに準備しておくことです。

 もちろん崩壊した後助け出すのは危険が大きすぎるので、できれば崩壊する前
に話し合いで取り返すことが望ましいが、我々だけが国際情勢を支配しているわ
けではなく、北朝鮮の内政を支配しているわけではないので、備えもしておかな
ければならない。

 国際情勢と日本の体制と崩壊に備えること、この3つが条件だと言ってきまし
た。

◆アメリカが軍事的圧力をかけた時がチャンス

 そして国際情勢では過去に2回チャンスがあった。今は3回目のチャンスだと
思っています。北朝鮮が一定の譲歩をする時を過去で振り返ってみると、いつも
アメリカが軍事的圧力をかけた時です。

 北朝鮮の核開発が発覚したのは1986年に寧辺に5000キロワットの原子
炉ができて稼働し始めた時です。冷戦が終わってから、「自分の国を守るために
核開発を始めた」と北朝鮮の「労働新聞」が言っているから、日本の多くの専門
家はその「労働新聞」をそのまま言って、自衛のためだと言ってきましたが、そ
れは嘘です。

 なぜなら79年に工事が始まり86年にプルトニウムの抽出を始めたんです。
それでアメリカが86年に、「寧辺の原子炉が動いている。プルトニウムができ
ている。長崎型の爆弾ができてしまう」ということで、門外不出の衛星写真を日
本に持ってきたりして圧力をかけようとした。

 そしたら北朝鮮は金丸という政治家を平壌に呼んだ。核開発が進むとアメリカ
は日本と韓国と連携して圧力をかけようとする。北朝鮮はその足並みを乱そうと
する。同じことが起きている。

 金丸さんは核問題も言わなかったし、拉致問題も言わなかった。時の独裁者に
1体で会えたというのに。金丸訪朝は1990年ですが、日本政府が国会で、
「日本人が拉致されている」と北朝鮮という国名をあげて答弁したのが88年で
す。

 その2年後に、与党と野党の金丸、田辺という幹部が呼ばれ、北朝鮮の独裁者
に会えたのに、市川さんがここにいらっしゃいますが、市川さんについては国会
答弁があったのに日本の政治家は出さなかった。

 だから日本に(拉致に取り組む)体制ができていなかったのです。国際情勢に
は一定の条件があったが日本に体制がまったくなかった。最終的にアメリカが爆
撃の準備をした時に、金日成が出てきて、「寧辺の原子炉を止めます」と言った。
86年に稼働していた原子炉が本当に止まったんです。

◆北朝鮮は圧力がかかると譲歩し、見返りを要求し、嘘をつく

 もちろん彼らは見返りを要求しました。彼らは譲歩はしますが、譲歩した後見
返りを要求し嘘をつきます。彼らの2つの行動パターンです。

 第1は、軍事的圧力がかかったら譲歩する。しかし、見返りを要求し嘘をつく。
94年の核危機の時、原子炉は止めましたが、その代り「核開発は凍結する」と
言いながらも、パキスタンから今度は広島型の原爆を作る技術を導入して核開発
をつづけながら見返りももらっていた。

 見返りは、軽水炉というプルトニウムを造りにくい原子炉をただで作ってもら
い、その費用は日本と韓国に請求書が来た。日本の村山政権は、10億ドル出す
と約束し、実際5億ドル出してしまった。

 私はそれを見て、本当に悔しかったです。私は1991年に拉致問題があると
いう論文を書いていましたから、当時は「身の危険はないですか」と言われまし
たが、拉致があると思っていましたので、なぜ日本の政府はお金を出す時に拉致
被害者を返すことを条件にしなかったのかと思いました。

 アメリカがアメリカの都合で核開発を止めるために合意をした。その時日本は、
「分かった。その合意を尊重する。しかし5億ドル出すなら日本にも言い分があ
る」と言っていれば、少なくとも2002年に起きたこと(5人の帰国)があっ
たかもしれない。

 それをこちらから言わなかったから何も起きなかった。そういうことが1回目
にありました。

◆核技術の北朝鮮への流出に怒ったブッシュ政権

 2回目が2002年です。先ほど古森さんがおっしゃった「悪の枢軸」演説が
あったわけです。これも実は核問題が関係しているんです。テロとの戦争のため
にパキスタンに米軍が入って、アフガニスタンと戦争をしたのが2001年10
月です。

 パキスタンが事実上アメリカの同盟国になって、米軍が入ってやったことの一
つは、パキスタンは核を持っているわけです。米軍関係者、ボルトン元国連大使
も言っていましたが、自分が行ったと。カーン博士という核兵器開発の父と言わ
れる人に、「お前のところが持っているのはいい。しかし、まさかアルカイダに
核技術を出していないだろうな」と。

 当時のアメリカは9・11のテロの直後ですから、テロリストが核を持って、
ニューヨークやロサンゼルスで自爆攻撃をすることを恐れていました。そして徹
底的に調べました。アルカイダには出ていなかった。イラクにも出ていなかった。
しかし、北朝鮮とイランとリビアに出ていた。

 リビアのカダフィは、アメリカが攻撃してくると察知して、「やっていました。
完成していません。全部見せます。破壊します」、「アメリカのパンナムの飛行
機に爆弾を積んでいたのは我々です。補償します」と言ったので、2001年の
「悪の枢軸」の中に入らなかった。しかし北朝鮮は入ったわけです。

 当時、「イスラム教対キリスト教の戦いにしたくないので、北朝鮮をわざわざ
入れたんだ」という解説が多かったんですが、そんなことない。北朝鮮が核開発
をしていたから、北朝鮮の核開発をやめさせるために、「戦争をする」とブッシュ
大統領は言ったのです。

 先ほど言い忘れましたが、軽水炉のお金は日本と韓国が払いましたが、北朝鮮
は2枚腰、3枚腰で、軽水炉ができるまで電気がないから年50万トンの火力発
電所用の重油をただでアメリカから貰い続けていた。1995年から2002年
まで。ブッシュ政権も出したんです。

 今中国が北朝鮮に送っている重油は50万トンです。それと同じものをアメリ
カが出していたんです。アメリカから援助をもらいながら、アメリカを射程に入
れた核開発を続けていたということを、テロとの戦争のまっただ中で怒りまくっ
ているブッシュ大統領がつかんだのは2001年の秋です。

◆日本に救出体制がなく5人しか取り返せなかった

 だから第1条件は満たされたのですが、その時も残念ながら政府が救出する体
制ができていなかった。外務省の関係者は、北朝鮮と会って拉致を議題にしたに
も関わらず、求めたのは消息で、被害者の救出を求めなかった。

 平壌に着いたら、「5人生存8人死亡」という紙が来た。救出を求めていたら
北朝鮮は紙を準備するのではなく、5人は飛行場に来なければならないのです。
彼らが生きていることを認めたんですから。

 しかし消息を求めたから嘘の結果が出た。その嘘のペーパーについて確認作業
もしないで、家族には「確認作業をしました」と言って、「死んだ」と伝えたの
が当時の外務省です。本当に「確認作業をしている」と言われたわけです。

 平壌に暗号のかかる電話が通じるのは飯倉公館だと言われて、そこまでご丁寧
にバスが準備してあるんです。バスに乗って帰ってきて、帰りにそのバスで家族
会が泊まっているビジネスホテルに行こうと思ったら帰っちゃったんです。

 マスコミから家族を引き離すためだけにバスがレンタルされていたという状況
でした。

 そして5人の被害者が帰ってきた時も、(北朝鮮に)返そうという人たちもい
た。そういう人たちがテレビに出てきて、北朝鮮情勢を解説しているので我慢な
らないのですが、その時同じ怒りを共有していたのが安倍総理です。当時は副長
官でほとんど権限がない人ですから、しかし我々と一緒に、「こんなやり方があ
るか」ということだったので、なんとか2002年は負けないですんだ。あの時
終わりそうだったんです。

◆拉致40年の内30年は救出体制がなかった

 今拉致は40年ですが、40年の内、我々は今の10年間にどっぷり浸かって
いるので、このような会議が政府の関係者もいて、各党代表がいて開けるのです。
そういうことが当たり前ですが、それでも解決できないから何とかしてくれと思っ
ていますが、実は20年前に運動を始めた時は対策本部もなかったんです。担当
大臣もなかったんです。

 我々が、なけなしのお金で日比谷公会堂を借り、集会をした。先生たちもほと
んど来てくださらなかった。安倍さんや西村眞悟さん、中川昭一さんや先ほどこ
の辺に座っていた先生たち何人かが、党内でも「お前ら何やってるんだ」と言わ
れながら来てくださったのです。

 そしてもう一つ強く言いたいのは、2002年に5人が帰って来た時にも、対
策本部はできていませんでした。北朝鮮が拉致を認めたのに、被害者を救出する
体制ができていなかった。できたのは第一次安倍政権の時です。15年前に5人
が帰ってきましたが、できたのは10年前です。40年間の内、30年間は何も
なかったんです。

 でも最初の20年間は家族は政府を信じて黙っていましたが、20年前に家族
会を作った。そして我々の第一の要求は、「政府に専門部署を作れ」でした。

 そして今、国際情勢が3回目のチャンスを迎えています。ここで解決できなかっ
たら、今(対策本部の)事務局長が座っていらっしゃいますが、私は許せません
ね(笑)。

 10年間政府に担当者がいて、外務省だけには任せられないということで、外
務省以外にも全省庁から出てきてくださって、「犯罪」ということで警察の方も
おられます。事務局長も警察出身です。

 やはり犯罪という視点もあり、ただの外交交渉ではないということで10年前
にできて、そして国際情勢がここまで来た。これで勝てなかったら本当にどうす
ればいいんだろうと思ってしまいます。

 しかしここまで来たと思っています。残念ながら、増元さんのお母さんには会
わすことができなかったし、市川さんのお母さんは最初の頃鹿児島に行ってお会
いしましたが……。しかしここまで来た。家族会ができなかったらここまで来れ
なかったと思います。今でも外交問題だろうと思います。

 家族会の人たちは、特に早紀江さんたちは20年前、北朝鮮にいる家族が殺さ
れるかもしれない。名前を出して訴えたら殺されるかもしれないとアドバイスを
されている中で、でも政府だけでは信用できない。世論に訴えようとして家族会
を作ったわけです。

 そして2000回以上国内で講演をしたから、お父さんは今活動ができないく
らいくたくたになってしまった。

 国際的にも、先ほど古森さんが紹介されましたが、何回もアメリカに行きまし
たし、ジュネーブにも行きました。韓国にも行きました。私はルーマニアにも行っ
たし、タイにも行きました。世界中の拉致被害者を調査したのも我々です。その
後国連が動いて報告書を書かれたわけです。

 ここまで来た。何もしなかったら我々はここまで来れなかったという意味で、
絶望だけしているわけにはいかないと思います。

◆今2つの条件がそろった、絶対取り戻す

 まさに第一条件と第二条件が今実ってきた。政府に対策本部ができた中でアメ
リカが圧力をかける。そういう状況になったのは今が初めてです。そして大佐気
宇本部を作った安倍さんがもう一度政権に着いて今政権が安定している。そして
安倍政権に批判的な政党も、「この問題は許せない」という体制ができている。
これで解決できなかったらどうなるのかということです。

 自衛隊のことについても、自民党の拉致対策本部で防衛省は、「アメリカによ
る北朝鮮の平定作戦が一定程度終わって、国連軍司令官などが軍政をしいた場合
に、その司令官が政府の機能を代行するので、その場合に自衛隊を送ることは現
行法規でも可能だ」と言っていました。

 私は第三条件をとにかく考えてほしいと言ってきましたが、それは表立っては
相手を警戒させることになりますので、話し合いで解決するのが安全ですから、
そのためにもあまりそういうことを先に言うのは得策ではない、静かに議論して
ほしいと思って来ました。

 まだ足りないことがあるかもしれませんが、もう嵐が来ているんです。この2
年間に、30回、40数発のミサイルを撃った。6回核実験を中で、この2年間
に3回もやった。そして9月には、ついに広島型の10倍の威力を持つ核を持っ
た。アメリカの東海岸に届くミサイルを持ったと豪語している。

 そういう核・ミサイル問題がある中で、日本が拉致問題で動くためには、アメ
リカに拉致問題の深刻さを打ち込むしかない。今年からずっとやってきましたが、
多分それは成功した。

 トランプ大統領が就任した時は、拉致問題は何も知りませんでした。間違いな
い。しかし、安倍総理が2月に会った時、ゴルフのカートの中でスネドンさんの
ことまで徹底的に話をした。今は国連で話をし、韓国に行っても拉致の話をした。
ここまで来た。

 だから私は全被害者救出のチャンスを絶対逃すな、と。第一条件の国際情勢は
アメリカから見てもチャンスだ、と。趙甲済先生の話でも、今冷戦の最後の段階
の整理がされようとしている、と。

 中国共産党の問題もありますが、しかし中国共産党が影響力を強めたとしても、
拉致問題は解決できると思います。まずは、拉致問題を解決するためには、北朝
鮮の独裁政権が本当に困らなければなりませんが、今世界対北朝鮮独裁政権の構
図になっている。

 韓国から見てもアメリカから見ても国際情勢はかつてなく有利だ。日本でも1
0年前に拉致対策本部ができた。足りないことを言ったらいっぱいありますし、
不安もありますが、10年前、15年前、20年前に比べたら、ここまで来た。
この体制で戦うしかない。

 この嵐の中に入っていきましょう。絶対取り戻すという覚悟です。以上です
(拍手)。

(6につづく)


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「もう我慢できない。今年こそ結果を!」。2月2日に家族会・救う会合同会議で決めた今年の運動方針です。 拉致被害者家族の高齢化が進み、「生きている間に被害者に会えないかもしれない」という言葉が出るようになっています。経過はすべて説明して頂くことはないと思います。しかし、今年中にぜひ結果を出して欲しいということが、家族会・救う会そして心ある日本人の心の底からの叫びだと思います
2014年4月27日午後2時午後5時 日比谷公会堂
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