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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

緊迫する朝鮮半島情勢下での救出戦略−東京連続集会報告3(2017/05/31)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2017.05.31)

■緊迫する朝鮮半島情勢下での救出戦略

◆第1次核危機の教訓

惠谷 第1次核危機のことで一つ。94年にクリントン大統領が、「寧辺の原子
炉を空爆するしかない」と言ったことですが、彼は徴兵を拒否したような男です。
しかしこれは軍事的に解決するしかないと決断した。統合参謀本部議長からどう
いう状況になるかをレクチャーされていた。

 その後94年にカーター元大統領が平壌に行きました。金日成と会って、アメ
リカの攻撃があるかもしれないし、西岡さんが言ったように寧辺の原子炉を停止
するということで金日成がソウルに行って南北頂上会談をやることになっていま
した。従って爆撃はなしということに。そうすることによって金泳三は、「戦争
を止めたんだ。被害も出なかった」と言っていますが、アメリカの統合参謀本部
は50万の死傷者が出るという見積もりをしていました。

 当時は寧辺の原子炉を空爆するといっても、誘導技術が稚拙で1発、2発では
爆撃はできませんでした。だから大変だったのですが、それをもしやっていれば、
翌年から始まる北朝鮮の飢饉で300万人が餓死しましたので、50万の死傷者
が出ることを躊躇して、躊躇したかどうかですが、それをもって戦争をストップ
させたと言いましたが、その後300万人の餓死者が出ました。

 核・ミサイル開発も、そこでストップさせることができたんです。話が飛びま
すが、今、核・ミサイル開発が完成しつつある時に止めなければ、あの時201
7年に、トランプ大統領時代に北をつぶしてないからニューヨークは核爆発の被
害を受けたというようなことになります。

 こんな可能性が大変高くなります。歴史を見るという時に、この1994年の
状況を本当によしとするか、あれは間違った選択だったのかということです。

◆2001年に始まる2回目の核危機

西岡 北の金日成が考えたのは、数十万人の韓国人や在韓米軍を殺すことはでき
るが、俺はしない。アメリカが本気になったら、北の首脳部を壊滅させることが
できる。そういう緊張関係の中で寧辺の原子炉を止めたんです。しかし金正日は
二枚腰、三枚腰でパキスタンから濃縮ウラニウムをつくる技術を入れて、地下で
濃縮ウラニウムの開発を続けていた。

 濃縮ウラニウムは原子炉がいらないんです。遠心分離機と電気さえあればいい
んです。だから衛星ではなかなか見つけにくい。そういうことをやっていた。つ
まり、戦争の危機になって譲歩すると言っても続けるくらい戦略的なことなのに、
そういう点でも金正恩政権が今アメリカの簡単な圧力で核をやめるということは
ありえないということが言えます。

 2回目の核危機が2001年に始まります。同時多発テロが起きました。その
前から私と惠谷さんは、パキスタンの技術が北に入っているんじゃないかと議論
をずっとしていたんですが、実は同時多発テロが起きた後、最初にアメリカが行っ
たテロとの戦争はアフガニスタンとの戦争でした。アフガニスタンにビン・ラディ
ンの基地があったわけです。そこを叩く。そのためにパキスタンに米軍が入りま
した。パキスタンが事実上アメリカの同盟国になった。

 パキスタンに入った米軍が何をしたか。パキスタンの核開発の父と言われるカー
ン博士などを徹底的に調べて、「お前たちはまさかビン・ラディンに核技術を出
していないだろうな。一体誰が教えたんだ」と徹底的に調べた。

 そうしたところ、リビアのカダフィ大佐とイランと北朝鮮の金正日に教えたと
いうことが明らかになった。それでカダフィ大佐はすぐ、「確かに技術をもらっ
てやってました。でもまだ完成してません。壊します」と言って、全部見せて壊
した。

 それだけじゃなく、「アメリカのパンナム飛行機に爆弾をしかけたのは我々で
した。補償します」と言って白旗をあげた。テロとの戦争の真っただ中で怒りま
くっているブッシュ政権は、「テロ支援国家が核・ミサイルを持つことは戦争し
ても許さない」ということを分かってカダフィは白旗をあげたんです。

 2002年1月に、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」演説という有名な演説をし
た。カダフィは入りませんでしたが、核技術をパキスタンからもらっている証拠
をアメリカが得たので、北朝鮮がイラン、イラクと並んで入ったわけです。

 特に北朝鮮は悪質で、94年に合意をして、アメリカからただで重油を毎年5
0万トンもらっていたわけです。これは発電所だと言って寧辺の原子炉を止める。
電気が足りなくなる。「軽水炉が完成するまでの電気をどうするんだ」、「分かっ
た」ということで、火力発電所で使う重油をただでやろうと。

 アメリカは94年から2002年まで、ブッシュ政権の「テロとの戦争」の最
中にも、毎年50万トンの重油をただで北朝鮮に提供していました。それをもら
いながら、パキスタンの技術でアメリカ目で届く核・ミサイル開発を着々と続け
ていたということw、ブッシュ政権が完全に確実な証拠を握ったのが2001年
の時です。

◆国交正常化を最優先にした田中外交、核・ミサイル開発も批判せず

 田中均局長は、色々なところで言っていますが、「自分が北朝鮮と秘密交渉を
したのは2001年の秋からだ」と。アメリカに決定的な秘密を握られてしまっ
た。「これは濡れ衣だ」と言って弁解できない。自分たちに教えてくれた人間が
アメリカに教えているのですから。

 じゃあどうするか。金丸訪朝と同じようなことが起きた。アメリカの軍事的圧
力が高まった時日本に接近してきた。それが小泉訪朝で、その時は我々が97年
から運動をしていましたから、世論が一定程度高まっていたので、外務省も拉致
問題を議題にしないということはできなくて、消息を出せと迫って、消息を出す
ということになったからこういうふうに交渉ができたわけです。

 しかし、出てきた消息について確認もしないで事実だと思って家族にも告げ、
マスコミに告げるというようなことをやって、詰めが甘かったので5人しか取り
戻せなかった。

 一方アメリカも、田中均外交に強い不信感を持ちました。アメリカは北朝鮮が
核開発を続けているという確実な証拠を持っていて、小泉訪朝の直前に日本に通
報しているのに、平壌宣言には、北朝鮮は核・ミサイル開発について国際的約束
を守っていると書いてあったのです。国際的約束を守っていないという同盟国の
情報があったのに、「守っている」という金正日の口約束を信じて平壌宣言にサ
インしてしまった。

 アメリカには強い不信感があったし、我々も、「田中局長は拉致被害者を取り
戻す気はない。平壌宣言に基づいて国交正常化を最優先にしている。だから確認
もしないで『死んだ』と言った」と強い不信感を持っていました。

 そういう点でアメリカにとって我々は田中局長の国交正常化優先の外交につい
て、日本国内で抵抗する勢力だと見えたから、アメリカに行った時、我々に対す
る待遇がよかったんだと私は思っています。

 第2次核危機もははり、アメリカの軍事的圧力、それも核を理由にする軍事的
圧力になった時、我々日本が拉致を一定程度議題にしたら、少し動いたというの
が2回目の教訓です。

惠谷 西岡さんが言う通りです。あの時アメリカから来たのは確か8月20日頃
だと思いますが、証拠を見せて「核開発をやっているんだ」と言ったにも関わら
ず、核に関しては触れず、その結果5人になったのかどうかは分かりませんが、
全員取り戻すべきところでそうはできなかったのが事実です。

◆強い圧力がかかった時に日本に接近してくる

西岡 そして日本に接近してきて、第2次小泉訪朝までありましたが、しかしア
メリカがその後も北朝鮮に対する圧力をかけ続け、6者協議という枠組みが中国
によって決定されて、最終的にはブッシュ政権も後半になって、北朝鮮が6者協
議を通じて、「核・ミサイル開発をやめる」と言ったから軍事的圧力を下げてし
まった。テロ支援国家指定も解除してしまった。

 この時一番効いていたのは金融制裁でした。第1次核危機の時も日本が総連の
金を止めるという制裁が効いたんです。軍事的圧力とともに、39号室、北朝鮮
の核開発の財源にもなっている金正日の秘密資金を扱う部署の外貨源を断つとい
うのは効くんです。

 マカオの銀行(バンコ・デルタ・アジア)も、秘密資金の出入り口だったから
そこへの制裁が効いたわけです。軍事的圧力と外貨源を断つという制裁が起きた
ときに日本に接近するということがあった。

 最終的にブッシュ政権は、北朝鮮の口約束にだまされた。北朝鮮というのは本
当にだますわけです。追い込まれると接近してくる。しかし、「5人は返しまし
たが8人は死んだ」とだまし、アメリカに対しても「核開発をやめる」と言って、
寧辺の施設を爆破するショーを見せて、だまされてしまった。

 そしてその後、オバマ政権が「戦略的忍耐」と言って、北朝鮮の核開発を事実
上放置した。その間、着々とミサイルも核も開発が進んだ。しかしトランプ政権
がそのことに気づいて、いよいよアメリカ本土までが危うくなってきた。

 アメリカ本土にまで、北朝鮮のようなアジアの独裁者がいつでも攻撃できる状
態は絶対許容できない、と。「アメリカファースト」と言っているトランプ政権
も、そこで線を引いた。これが3回目の今の状況ではないかと思います。

 こういう中で、アメリカが今やろうとしているのは、北朝鮮の外貨源を断つた
めに中国に対して経済制裁を強めろと言っている。それから世界中の国に、北朝
鮮の出稼ぎ労働者を使うのはやめろと。とにかくターゲットは39号室資金を枯
渇させること、それと軍事的圧力です。この2つがまたかかり始めた。

 まさに3回目。そしてアメリカにとても、もう後ろがない状況になってきてい
る。しかし、金正恩からすると、これまでだまし続けてここまで来たんだ、と。
完成間近に来ている。すべてのことを犠牲にしてここまで来た。それをやめるの
か。持ってしまったらアメリカは核保有国として認めて交渉するだろうと思って
いるわけです。

 こういう中で今、我々は拉致問題と核問題を切り離して、最優先で交渉せよ、
と。金丸訪朝、小泉訪朝と同じように、強い圧力がかかった時に日本に接近して
くることは、十分あり得る。それを活かせるかどうかは、日本が日本の議題設定
をするかどうかにかかっている。この点についてどう思いますか。

(4につづく)


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