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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

国際セミナー「日朝拉致協議をどう打開するか」報告7(2015/12/17)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2015.12.17-2)

■12/11(金)国際セミナー「日朝拉致協議をどう打開するか」報告7

島田 ありがとうございました。続いて、「拉致と総連 工作員接線ポイント分
析」というテーマでジャーナリストの惠谷治さんにお願いします。惠谷さんは、
今回関連個所を100か所以上調査され、私も一部参加しました。そうした現地
調査を踏まえてお話をしていただきます。


■拉致と総連 工作員接線ポイント分析

◆1960年までは一般の船で密入国

惠谷 治(ジャーナリスト)

 総連と拉致との関係を改めて考え直してみました。みなさんも既にご存知と思
いますが、日本人拉致には総連関係者が深く関与していることが、これまでにも
言われてきました。

 拉致現場についてお手元にレジュメをお配りしています。1か所不明な点はあ
るものの、日本人被害者のみならず、在日籍の方も含めて12か所が拉致現場で
す。正確には拉致被害者移送地点となった海岸です。

 田口八重子さんに関しては、北朝鮮の発表あるいは帰国者の証言を見ると宮崎
で、もしそうなら原敕晁さんと同じになります。私は個人的には八重子さんは新
潟から移送されたのではないかと考えています。

 この12か所については、これまでも何度も行っています。それとは別に、戦
後北朝鮮の工作員が潜入・脱出したポイントがどのくらいあるか考え、報道や調
書等から拾い出すと、122の事件を確認することができました。

 その内27件は1950年代から60年にかけての事件です。この頃北朝鮮は
まだ工作船を持っていませんでしたから、第三国の船に工作員を乗せて通常の港
湾に入港して、偽の船員手帳で上陸し、姿を消すという単純な方法でした。

◆1960年から工作船で潜入・脱出

 1960年からは、海岸から潜入・脱出するようになりました。その前も、貨
物船で港に入り、海に飛び込んで姿をくらますというような単純な方法もありま
したが、60年からは巧妙に潜入・脱出を海岸からするようになりました。そう
いう事件が95件あります。

 これとは別に、韓光煕という総連の幹部が手記で、38か所の「着岸地点」、
これは彼の表現ですが、工作員が出入りする地点を作ったと言っています。

 それらも含め、すべての関係する場所が108か所あります。先月でやっと1
08か所調査が終わりましたが、3年かかりました。すべての地点を見たうえで
今日発表したいと思った次第です。

 工作員の潜入・脱出の場合の一番の違いは何か。北朝鮮から日本の海岸に入っ
てくる。この時ゴムボートで着岸します。そして夜陰に乗じて上陸するわけです。

 これが潜入で、脱出の場合は、脱出する工作員が海岸で待っています。工作船
が潜入してきて、ゴムボートが着岸します。こういう場合、10メートル離れた
くらいなら

 声を出せば相手を見つけられますが、数十メートル離れると脱出できません。
従ってピンポイントで会う必要があります。

 潜入の場合は、ピンポイントというほどのことはありません。通常は迎えはい
ません。脱出の場合は、工作員だけの場合もあれば、送る人間もいて、迎える側
とピンポイントで会う必要があります。

 そういう観点から、潜入と脱出は海岸が違うことが判明しました。あとでスラ
イドでお見せしたいと思います。

◆脱出は迎えとの接戦のため目立つ岩があるところ

 拉致の海岸を何度も見ていて、韓光煕という男が38か所選んだ地点に行って
みると全く雰囲気が違います。これはリストを作っただけで、実際使ったことは
ないのではないかと思いました。調べてみると6か所は使っています。それ以外
には、工作員が使ったとか、脱出直前に逮捕されたケースはありません。

 ところが、各地に行ってみたところ、韓光煕というのはすごい男だということ
が分かってきました。どういうことかというと、拉致被害者の現場は砂浜です。
ところが工作員が捕まったり、潜入・脱出したところはだいたい岩場なんです。

 その岩場にゴムボートを着岸させると、ゴムボートが裂けてまずいんじゃない
かと思っていたのですが、実際に行ってみると、接線する時に目立つ岩があるこ
とが分かりました。

(以下スライド説明)

 ここは寺越事件の時、清丸という船が沖合にあった現場です。清丸に工作船が
ぶつかった場所は、最初の印象は工作船が上陸するような場所ではないというも
のでした。しかし、こういう現場から工作員が潜入・脱出しています。工作船か
ら出たゴムボートが目撃されても不思議はないなと思う現場です。

 ここは高さんという在日の子どもの二人の姉弟が拉致された現場です。この辺
りに二つの大きな岩があります。

 これは久米裕さんが拉致された牛津のボートに乗せられた現場です。日本海側
にはたくさんありますが、ちょうど船隠しになる岩があります。ここに小船を隠
し、ゴムボートが砂浜に出てきます。

 ここは松本京子さんが拉致された現場です。典型的な白砂青松の浜で、松林が
あります。

 ここは横田めぐみさんが拉致された寄居浜です。今は波消しブロックがありま
すが、砂浜と松林がありました。

 ここは地村さんたちが移送された福井県の真珠浜です。保志さんと富貴恵さん
は、一の浜と二の浜というように、隣り合った別の浜から拉致されています。沖
に青島という島があります。ここに船隠しの窪みのある岩場があります。海岸で
拉致し、移送する時、船隠しに小船を隠すための重要なポイントです。

 これは蓮池薫さん、祐木子さんが移送された柏崎の中央海岸です。

 これは市川修一さん、増元るみ子さんが移送された吹上浜です。ここも沖に島
があります。小船を隠す岩があります。

 これは富山で拉致未遂事件があった雨晴海岸です。拉致現場と松林が近い位置
にあります。ここで二人が袋詰めにされていたのですが、犬が来たせいで、犯人
たちが逃げて助かったケースです。

 ここは佐渡の曽我ひとみさんとお母さんが連れ去られたところです。川の岸で
船に乗せられています。

 これは宮崎の青島海岸です。原敕晁さん拉致は間違いないんですが、田口さん
はひょっとしてというところです。この長い砂浜の中央に下水が流れています。
そこに構築物があり接線ポイントになっています。

◆工作員の接線ポイント

 接線ポイントというのはどういうことか。拉致被害者を移送する海岸線を決め
なくてはいけない。しかもポイントで決める。人定拉致は拉致する人を予め決め
て拉致するもので、条件拉致はカップルとか若い女性とかの条件に合えば誰でも
いいという拉致です。

 作戦チームが海岸線に来て、ゴムボートを隠し、拉致を実行して、ゴムボート
で小船に帰る。この場合は接戦が必要ないんです。

 接線というのは拉致だけでなく、工作員が脱出するポイントでもあります。そ
うすると、被害者を接線現場まで連れていく必要がある。特定失踪者のことを考
えると、接線ポイントに関係があったかどうかが解明の重要な手掛かりになりま
す。

【レジュメ】

 北朝鮮工作員による日本への潜入・脱出の事例は122件(うち港湾からの密出
入国が27件)

 年月と場所が明らかな海岸からの工作員潜入・脱出事例は95件、拉致現場は12


 潜入・脱出が重複した海岸もあり、韓光煕リストの全海岸を含め計108カ所を
調査

■ 拉致現場( )は政府認定拉致事件の発生順序、(×)は政府未認定4件

1 (×)高浜(石川県羽咋郡高浜町)の沖合
    1963年5月12日、寺越昭二さん、外雄さん、武志さんの3人を拉致

2 (×)岡津海岸(福井県小浜市) 接線
    1974年6月中旬、北朝鮮籍の姉弟(高敬美・剛)を拉致(1973年11月に
指令)
    「大きな二つの岩が目印」、砂浜、河口なし、防風林、「加斗」駅800m


3 (1)宇出津の「舟隠し」(石川県鳳至郡能都町)接線 1977年9月19日、久
米裕さんを拉致
    入江の狭い砂浜、河口・防風林なし、「宇出津」駅1・5km(廃線)

4 (2)弓ケ浜(鳥取県米子市) 1977年10月21日、松本京子さんを拉致
    砂浜、河口なし、防風林、「和田浜」駅1km

5 (3)寄居浜(新潟市) 1977年11月15日、横田めぐみさんを拉致
    砂浜、信濃川(関屋掘割)河口、防風林、「新潟」駅3km

6 (5)青島海岸(宮崎県日向市)、あるいは佐渡(新潟県)接線
    1978年6月29日(日付は北朝鮮発表)、田口八重子さんを拉致
    砂浜、加江田川河口、防風林なし、無人「曽山寺」駅500m

7 (6)真珠浜(福井県小浜市青井崎)1978年7月7日、地村保志さんと浜本富
貴恵さんを拉致
    砂浜、河口・防風林なし、「小浜」駅1km、沖に小島(蒼島)

8 (7)中央海岸(新潟県柏崎市) 1978年7月31日、蓮池薫さんと奥土祐木子
さんを拉致
    砂浜、鯖石川河口、防風林、「東柏崎」駅1・5km

9 (8)吹上浜(鹿児島県日置郡) 1978年8月12日、市川修一さんと増元るみ
子さんを拉致
    砂浜、小野川河口、防風林、「吹上浜」駅1km(廃線)、沖に小島(久多島)

10(9)国府川(新潟県佐渡島真野町)
    1978年8月12日、曽我ひとみさんと母親の曽我ミヨシさんを拉致
    北朝鮮の主張「現地請負業者(日本人)に依頼し、引渡しを受けて連れ
てきた」

11(×)雨晴海岸(富山県高岡市太田) 1978年8月15日、カップルの拉致未遂
    砂浜、無名の川、防風林、「島尾」駅1km

12(11)青島海岸(宮崎県日向市)接線 1980年6月20日、辛光洙が原敕晁さん
を拉致
 砂浜、「海岸中央の下水の流出口」、防風林なし、無人「曽山寺」駅500m

 以上の他、国外からの拉致:(4)田中実さん、(10)石岡亨さんと松木薫さ
ん、(12)有本恵子さん)。詳細不明:(×)小住健蔵さん

■ 拉致現場は5パターン

Aパターン:海上遭遇拉致〔1〕

Bパターン:人定拉致。長距離を移動後に海岸で接線〔2、3、6、13〕

Cパターン:条件拉致。工作組が上陸し近辺で条件対象者を拉致し帯同復帰。接
線不要〔4、5、7、8、9、11〕

Dパターン:内陸の川岸付近で拉致し帯同復帰。接線不要。「現地請負業者」
〔10〕

Eパターン:国外

● 工作員(戦闘案内員を含む)の潜入・脱出

(1)浸透(工作員を潜入させる)=接線不要
    肉体的訓練を受けた工作員の潜入
    本国で教育を受け再潜入する総連関係者

(2)回収(工作員を脱出させる)=接線後に帯同復帰
    工作員の本国帰還
    本国で教育を受けるため脱出する総連関係者
    遠隔地での「人定拉致」被害者の移送(Bパターン)

■ 拉致被害者の移送
Bパターン(長距離を移動後に海岸で接線)  (2)回収=接線後に帯同復帰
(a)接線が不可欠のため海岸に顕著な目印が存在
    河口、舟隠し、灯台、巨岩、海蝕洞など
  (b)岩磯海岸。接線の際の「打石信号」は、砂浜では困難(小石は見当たら
ない)
(c)防風林
(d)近くに無人駅
Cパターン(4人の工作組が上陸し、近辺で「条件拉致」後に帯同復帰) 接線不

  (a)砂浜海岸
(b)防風林
(c)付近に市街地(集落)
(d)沖合に小島(島陰に工作子船が待機)

● 韓光煕「私がつくった北朝鮮工作船着岸ポイント38カ所」

 「北朝鮮の工作員が上陸する侵入ポイントは、日本国内におそらく100カ所以
上あるものと推定される。そのうち1960年代の後半から3年か4年かけて私がつくっ
た場所が、北海道から鹿児島まで全部で38カ所ある」(『わが朝鮮総連の罪と罰』
97頁)

◆ 巨岩
(1)「弁天島」(北海道古宇郡泊村盃)(廃線)岩内駅15km
(2)蝋燭岩「三本杉岩」(北海道瀬棚郡瀬棚町最内沢)(廃線)瀬棚駅1km
(3)龍飛崎屏風岩(青森県東津軽郡三厩村袰内) 三厩駅12km
(4)佐渡「櫓掛岩」(新潟県両津市黒姫)  駅なし
(5)新谷岬「蓬来島」(新潟県佐渡郡小木町宿根木)  駅なし
1961年6月13日、佐渡島小木町の海岸から工作員が脱出
  1970年5月13日、工作員が潜入
  1972年3月13日、工作船を待つ2人の工作員を逮捕
(6)「龍金岩」(新潟県佐渡郡相川町藻浦崎)  駅なし
(7)鬼ケ鼻「鬼ケリ岩と投岩」(新潟県西頸城郡青海町親不知)  親不知駅300m
(8)「妙見山」(京都府宮津市日置) 岩滝口駅10km
(9)香住海岸「磯の松島」(兵庫県城崎郡香住町香住)香住駅3km
  1980年6月12日、磯の松島事件の李基吾と黄博を脱出直前に逮捕
(10)青海島鼻繰岩(山口県大津郡)仙崎駅4km

◆ 特異な地形(舟隠し、断崖)
(11)「義経の舟隠し」(石川県羽咋郡富来町前浜)(廃線)三明駅20km
(12)佐多岬(鹿児島県肝属郡佐多町)(廃線)高須駅45km

◆ 河口
(13)十三湖大橋「十三湖流水口」(青森県北津軽郡市浦村十三)津軽中里駅
13km
(14)吹浦川河口(山形県飽海郡遊佐町菅野)吹浦駅1km
(15)赤川河口(山形県酒田市坂野辺新田)余目駅11km
 1963年6月9日、伝馬船で上陸した十里塚事件の李容国を浜中で逮捕
(16)加治川河口(新潟県北蒲原郡紫雲寺町)金塚駅7km
(17)黒部川河口「右岸」(富山県下新川郡入善町芦崎)生地駅2km
(18)新川(仏生寺川)河口(富山県氷見市氷見)氷見駅500m
(19)天神川河口(鳥取県東伯郡羽合町長瀬)下北条駅5km
(20)日野川河口(鳥取県米子市皆生)伯耆大山駅3km
(21)益田川河口(島根県益田市中須町)益田駅3km
(22)「大河津分水路河口」(新潟県西蒲原郡弥彦村野積)分水駅8km

◆ 岩磯海岸
(23)「女鹿海岸」(山形県飽海郡遊佐町女鹿)吹浦駅4km
(24)湯野浜(山形県鶴岡市湯野浜)藤島駅14km
(25)虹ノ松原付近(佐賀県唐津市東唐津)唐津駅1km
(26)番所ノ鼻(鹿児島県出水郡野田町深田)折口駅5km
(27)「佐潟鼻」(鹿児島県阿久根市佐潟)牛ノ浜駅3km

◆ 砂浜海岸
(28)「江差海岸」(北海道檜山郡江差町椴川)(廃線)上の国駅3km
(29)塩浜温泉「八森海岸」(秋田県山本郡八森町八森)森(現・東八森)駅
500m
 1963年5月21日に一宮事件の朴秀?が潜入
 1963年の能代事件の工作員所持の地図から、上陸予定地は八森海岸と判明
(30)雨晴海岸(富山県高岡市太田)島尾駅1km
 1978年8月15日、カップル拉致未遂現場
(31)城海岸(福井県坂井郡芦原町城)芦原温泉(現・あわら湯のまち)駅5km
(32)岩ケ鼻(京都府宮津市岩ケ鼻)岩滝口駅17km
(33)鳥取砂丘「海士海岸」(鳥取県鳥取市浜湯山)大岩駅3km
(34)白兎海岸(鳥取県鳥取市伏野)末常駅2km
(35)「浜田海岸」(島根県浜田市下府町)下府駅1km
(36)「宇賀本郷海岸」(山口県豊浦郡豊浦町宇賀本郷)宇賀本郷駅500m
(37)「福江海岸」(山口県下関市福江)福江駅100m
(38)吹上浜(鹿児島県日置郡吹上町塩屋堀)(廃線)吹上浜駅1km
 1978年8月12日に市川修一さんと増元るみ子さんを拉致

島田 ありがとうございました。続きまして、元在日韓国大使館公使で、韓国に
おける北朝鮮の工作活動に関する有数の専門家である洪●(ホン・ヒョン)さん
から、韓国にとって朝鮮総連とはどういう存在なのかについてお話いただきます。
●=蛍の虫を火に

(8につづく)


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