救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

アメリカから見た拉致問題?東京連続集会報告1(2013/07/16)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2013.07.16)

 以下は、平成25年7月11日、東京・文京区民センターで開催された「アメ
リカから見た拉致問題?東京連続集会74」をテープ起こししたものです。

 今回は「産経新聞」の古森義久氏(ワシントン駐在客員特派員)が日本滞在中
ということで、「アメリカから見た拉致問題」について語っていただきました。
古森さんは1990年代末、家族会・救う会が救出運動を始めた直後からワシン
トンの地で様々な支援をしていただきました。もちろん、記者として米国の政策
と拉致問題にも関心を持って取材を続けてこられました。西岡力救う会会長と島
田洋一副会長がコメント。家族会から増元照明さんが参加。

 数回に分けて送信します。概要以下の通り。

■アメリカから見た拉致問題?東京連続集会報告

◆陰で我々にアドバイス

西岡 皆さんこんばんは。今日は私は喜んでいます。ワシントンで、私たちの活
動を、主として陰からですが、支えてくださった古森さんが、『産経新聞』の客
員特派員になられました。また、秋田にあります国際教養大学の客員教授もされ
ています。

 ジャーナリストとして取材をされる立場から少し自由になられて、「協力でき
ることは何でもします」といってくださって、また東京におられる時間が少し長
くなったということもあって、一度、「アメリカで見てきた拉致問題」あるいは、
「アメリカと日本人拉致の関係」についてじっくりお話を聞けることになりまし
た。

 実は始まる前に古森さんとお話をしていたんですが、古森さんが我々の運動と
最初に出会われたのが多分2000年くらいではないかと思います。当時救う会
の事務局長をしていた荒木和博さんが、当時救う会はお金がありませんでしたの
で、自分の大学の研究費を工面して訪米され、主としてワシントンの専門家の人
たちに、拉致問題の実態について英語の資料を作って、アピールしに行ったんで
す。その時は家族は行きませんでした。

 今青山学院大学の教授をしている福井義高さんが荒木さんの古い友人で、一時
期救う会の幹事もしてくださっていたんですが、彼がアメリカに留学中で、ワシ
ントンで合流して二人で初めて、日本人が拉致されているということをワシント
ンの専門家に訴えたわけです。

 その時にも、古森さんの所も訪問して、我々は97年から運動を始めていまし
たから、この間の運動の状況を話したり、また明らかになったことについて英語
の資料を持っていきました。

 私も荒木さんから聞いていることで、よく覚えているのは、議会調査局にニク
シュさんという方がいるんです。日本問題や韓国・朝鮮問題の専門家で、議会の
調査報告書を書いている人です。

 彼に日本人拉致問題にかんする資料を渡すことができた。今日後でお話があり
ますが、テロ支援国家指定の問題、ブッシュ政権の前期と後期にアメリカがどう
対応したか等、ニクシュさんが議会の報告書でどう書くかでかなり影響がありま
して、そのニクシュさんに我々が知りえた日本での情報を渡すことができたのも
古森さんのご紹介のおかげでした。

 またその後2001年に、初めて家族と一緒に訪米しました。2002年9月
以前ですから、まだ世の中の関心を集めておらず取材もなかったんですが、その
時にも色々とお世話になりました。その時のことは、今日お配りした資料、『産
経新聞』に古森さんが書かれた記事に、「ささやかな夕食会が開かれた」と書か
れています。

 その後、2003年、今度は小泉訪朝の後訪米した時は、同行の記者団もいる
大デリゲーションでした。それから2006年の横田早紀江さんのブッシュ大統
領との面会、議会での公聴会での証言に向けて訪米をしました。

 しかし、2008年、ブッシュ政権の後期になって、テロ支援国家の指定解除
ということがあって、我々も少しがっかりしたことがありましたが、そういうこ
とをジャーナリストとしてワシントンで見てこられ、また陰で我々に色々とアド
バイスもしてくださっていた古森さんから、「ワシントンで見た拉致問題」とい
うテーマで今日お話いただけることを大変嬉しく思います。

 また、2003年にワシントンの大使館におられて外交官として私たちをサポー
トしてくださった梅原前仙台市長、現国際教養大学教授にもコメントをいただけ
ればと思います。それでは小森さん宜しくお願いいたします。


◆2001年が日本人拉致事件解決への日米共闘の始まり

古森 本日はお招きいただき、ありがとうございました。

 私はこれまでワシントンには毎日新聞と産経新聞のそれぞれ特派員として合計
3回、通算すると20数年、駐在してきました。産経新聞に入ったのが1987
年だったので、拉致問題への関わりはだいたいすべて産経新聞記者としてという
ことになります。しかし単に記者としてだけでなく、同胞の悲劇の解決に少しで
も協力をしたいという、いわば日本国民の一員としてのかかわりも自然と続ける
形となりました。

 とはいっても、新聞記者というのは、中立を保たなければいけないということ
で、一時はこの拉致問題解決のための努力というのも一種の活動でした。決して
政治活動とはいえないでしょうが、人道主義の活動ということです。それでもな
お記者が表に出てはいけないのかなと、ずっと黒子の役に徹してきたという形で
す。

 しかし、振り返ってみると、ずいぶんかかわりがあったなあと思います。いま
ここで「アメリカから見た拉致問題」というテーマでお話しするわけですが、皆さ
んのお手元に、「日米関係の中の拉致事件」という資料の産経新聞記事
(25.01.06-10)があります。

 これは今年1月に、総括ということでかなり一生懸命に書いた連載記事です。
今までの長い経験というか、一番重要なところを全部まとめて書いた記事ですか
ら、これからお話することも、多分にそことダブリます。この記事に全く出てこ
ない大変なことをお話しするというわけではありません。

 これまでのワシントンでのお手伝いを考えると、西岡会長からも言及があった、
2001年の会合をどうしても思い出すんです。ワシントンというのは冬が寒く、
東京より寒くなります。

 もう3月に入っていましたが凍るような夜でした。家族会、救う会の代表11
人の初めてのアメリカ訪問の最後の夜でした。救う会からはそれ以前に荒木和博
さん、福井義高さんがすでにワシントンにこられていましたが、家族会の方々は
初めてでした。

 その最終日の夕食の集まりに私も参加させていただきました。横田さんご夫妻、
蓮池薫さんのご両親、有本恵子さんのお母さん、浜本富貴恵さんのお兄さん、そ
して地村保志さんの父親の保さん、救う会からは西岡さん、島田さん、荒木さん、
福井さんという面々でした。

 日本レストランに入ったんですが、寒いということもあり、小さなレストラン
ということもあって、何かこう最初は暗い、沈うつな気分だったんです。元々悲
しいことですからそういう雰囲気があるのは当然ですけれど。

 みなさんはそれまでの1週間くらいの滞在の内に、アメリカの政府や議会や民
間関連機関の代表たちと連日、会合を重ねた。そういう疲れからか、非常に言葉
も少なかった。拉致事件解決への進展が具体的にあったわけでは決してない。で
すから明るい感じも少なかった。私自身はこのときに初めて、愛する方々を連れ
去られた家族の側の悲しみや苦しみを改めて肌身で感じたことを今でもよく覚え
ています。

 しかしそれでも、夕食の場のみなさんは、「ワシントンに来てよかった」、「心
強い」というような感想をぽつりぽつりともらしていました。どこか温かい希望
のような思いも感じさせられたんです。この一行の訪米のための事前の準備にお
手伝いした人間としては、一息つく思いでした。

 当時はジョージ・W・ブッシュ大統領が登場して約30日、2001年の2月
下旬からの訪米でした。アメリカ側の代表たちは日本側のみなさんが驚くほど前
向きに対応してくれました。今思えば、この訪米が北朝鮮による日本人拉致事件
解決への日米共闘の始まりといえるかもしれません。

 例えばこの訪米団に会った国務省のトム・ハバード次官補代行は「北朝鮮と
アメリカとの接触では、今後日本人拉致解決を必ず提起していきます」と明言し
ました。日本側の地村保さんが、「これでアメリカから北朝鮮に圧力がかけられ
るということでよかった、日本政府もぜひ同じような動きをしてほしい」と話し
ていました。

 アメリカ側の対応が頼もしくみえたというのは、はっきりいって日本側の対応
が好ましくなかったからでしょう。日本政府は当時、北朝鮮による拉致を公式に
は認めず、被害者家族には暗に沈黙を求めていたわけです。日朝国交正常化交渉
を進める外務省は北への食糧援助を唱えていた。例えば当時の幹部、アジア大洋
州局長のポストにいた人なんかは、「(拉致された)たった10人のことで正常
化交渉が止まってよいのか」とまで述べて、それがとがめられることもほとんど
なかったのです。

 しかしアメリカ側では政府も議会も拉致を北朝鮮の犯行として認めるという前
提で日本への協力を申し出て、日本人拉致を「いま進行中のテロ活動」と定義づ
けた。この時のアメリカの協力と激励の表明が、日本での活動の支えの一部には
なったといえると思います。

 とはいえ、これは拉致問題解決の本質部分だと思うんですが、この拉致事件と
いうのは、あくまで当事国である日本が主権国家として自主的に解決すべき課題
であること、言わずもがなです。外国政府によって連れ去られたままの日本国民
を救い出すことは、まず第一に日本の国家や国民の責務だと思います。他のどの
国に委託することもできない。しかし、解決のために利用できる、あるいは協力
が得られる相手があれば、どんな手段でも試してみるべきだと私は思っています。

◆アメリカとの連帯の意義は普遍的価値観に

 ここで数歩身を引いて、この拉致問題とはそもそもなんなのか。私たち日本国
民にとってなにを意味するのか、ワシントンにいて遠くから日本を眺めたような
立場ですが、私自身は次のようなことを感じます。

 北朝鮮当局による日本人拉致事件という事柄には、少なくとも三つの基本的な
要素があります。そういう要素を持つ巨大な課題として私たち日本人の前に立ち
ふさがっているのが、この拉致事件だといえます。

 第1はいわずもがな、人道主義、ヒューマニズムという要素です。人間の苦し
みや悲しみということです。なんの罪もない若い日本人男女が自分の国の中で、
家のすぐ近所で、外国政府の工作員に連れ去られ、気の遠くなるほどの長い年月、
拉致されたままであること、このむごたらしい現実が被害者だけでなく、被害者
を愛する家族や友人たちにどれほどの苦痛や悲惨な思いを与えてきたか。その果
てしない苦しみというのは個々の人間の事象ではありますが、同時に、全世界の
誰の胸にも響きうる、普遍性を持つ悲劇だといえると思います。

 2番目の要素は日本という国のあり方です。

 自分の国の国民の生命や安全を守ることはどの主権国家にとっても最小限の責
務です。主権在民の民主主義の国家であれば特に、なおさらそうだと思います。
イギリスのウィンストン・チャーチルの言葉に次のようなものがあります。

「ある国家が自国の国民を暴力から守ろうとする努力の発揮は、その国家の偉大
さを測定する最も真実な指針である」

 国家には国民を守る責務があり、その責務の遂行のためにどこまで努力するか
がその国家の品格を決めるという意味でしょう。

しかし日本という国は拉致問題に関して結果としてまだこの責任や義務を果たし
ていません。それどころか過去において、日本の国家も政府も北朝鮮による日本
人の拉致という犯罪の解決には背を向けた時代が長く続きました。北朝鮮による
拉致という言葉を口にするだけで、政府、マスコミ、そして世間からも冷たく扱
われるという異常な状態が続きました。ここにいる方の多くがそのような扱いを
受ける少数派の屈辱とか憤慨を体験されたはずです。

 民間でもいわゆる知識人、文化人とされる多数の日本人が、「北朝鮮による拉
致」という事件を否定して、その被害を訴える側をあざけり、ののしるという状
態が長い期間、続いてきたんです。この国は多数派のおかしな主張を、単に多数
意見だからという理由だけで放置しておくと、とんでもない間違いを犯すという、
ややうとましい日本の現実をこの拉致事件は証明し、かつ是正しつつあるといえ
ます。

 いまや日本にとってこの問題の解決で正常な主権国家であることを証明すべき
だというコンセンサスが形成されるところまできたようだと思います。この流れ
の変化の根底には国家という概念さえも認めなかった戦後の異様な思想、人間の
基本的な権利や自由を許さない独裁国家をパラダイスのように描いてきた異様な
主張、そのいずれもが北朝鮮の拉致自認、拉致を認めることで砕かれたという側
面があります。ここにも拉致問題の展開が日本にとって貴重であるという実態が
あると思います。

 そして3番目は国際関係としての要素です。この拉致問題は北朝鮮という犯罪
国家、無法国家の特異性の表われです。いまこの要素が国際問題として急速に拡
大しています。

 北朝鮮は日本国民を拉致した時代と現在と、本質は変わっていません。核兵器
開発、ミサイル発射、一連の軍事挑発行動など、みなその異様な本質の噴出だと
いえます。この無法国家に対し世界は、そしてまた日本は、どう対応するのか。
この基本的な問いかけが日本人の拉致問題解決ともからみあっています。

 その一方で、拉致問題はあっという間に解決しえます。金政権が崩壊した時で
す。朝鮮半島での動乱でそんな事態が起きたとき、では日本はどうするのか。拉
致被害者の保護や救助の措置をどうとるのか。

 こうみてくると、日本人拉致問題でもアメリカの役割がどうしても期待されて
くるわけです。超大国、軍事大国のアメリカは北朝鮮の金政権を物理的に破壊も、
抑止もできる力を持っている。朝鮮半島の動乱に対しても、直接に介入して、そ
の帰趨を左右できる能力を有している。

 日本にはそのいずれの力も残念ながらありません。さらには私が第一に申し上
げた拉致問題の人道主義の要素は普遍的価値観という点で、アメリカにとっても
大きな関心の対象となっています。このあたりに家族会、救う会の皆さん、そし
て拉致解決のための議員の集まり(議員連盟)の皆さんが努力されてきたアメリ
カとの連帯ということの意義があるといえます。

(2につづく)


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