救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

拉致救出 3度目のチャンスに備えよう−連続集会報告(2009/11/10)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2009.11.10)

【救う会参考資料】
拉致救出−3度目のチャンスに備えよう
以下は、救う会が毎月実施している「東京連続集会48(21.10.15)」の講演記
録です。救う会の西岡力会長代行からの拉致問題をめぐる最新情勢分析報告です。

■「安全な救出」が先
私はこの1年くらい、「拉致被害者救出の3条件」について話してきました。
「解決の3条件」となると、拉致被害者を安全に取戻した後、犯人を逮捕し、刑
事事件で裁いた後、民事で補償してもらうことになると思いますが、まず第1段
階の、「安全な救出」についてお話します。

金正日政権の打倒と被害者の安全な救出との関係ですが、これは同じではない。
もちろん、金正日政権の打倒は独裁政権の終焉を意味しますから、北朝鮮住民の
人権問題、統一問題、核ミサイル開発問題などを根本的に解決するチャンスにな
ることは言うまでもありません。そのチャンスをうまく生かせば拉致被害者全員
の救出も可能になるとも考えます。しかし、金正日政権が打倒された直後、被害
者の安全が脅かされる可能性が一時的に高まることも事実です。

複数のアメリカの情報関係者や脱北者で権力の中枢にいた人たちなどの話を聞
くと、金正日は政権が倒れる事態になった場合、表に出したくない秘密を知って
いる拉致被害者を殺害する可能性があると見ている。彼らは「『死んだ』と言わ
れた8人は、金正日にとって表に出せない大変な秘密を持っているから『死んだ』
とされた」と判断している。

それは金正日の犯罪に関わることだ、というのが私の説です。彼が世界規模で
の拉致の命令者であり、テロの首謀者であったことが判明してしまうということ
です。あるいは、拉致被害者はもっとすさまじい犯罪行為を目撃しているかもし
れない。私生活について知っているかもしれない。そういう人が、自分が死んだ
後に残って、自分の悪事が表に出ることを、金正日が「よし」とするだろうか。

それを絶対に阻止して被害者の安全な救出を図るために何ができるのか。被害
者救出という個別課題に取り組む私たちの課題です。

色々なことを想定して考えなければいけないと思いますが、人質事件でまず第
1に考えなければならないのは、犯人逮捕ではなく被害者の安全な救出です。私
たちは、まずは被害者全員を、安全に取り戻したい。この緊急な課題すら30年以
上果すことができていないというのが今のみじめな状況です。以上を前提に、救
出の3条件についてお話します。


■日本国は世論がなければ動かない国

拉致被害者救出のための3条件

第1条件 世論を背景に政府が全被害者救出の体制を築くこと。

第2条件 北朝鮮が国交正常化を求めて我が国に接近せざるをえなくなる環境が
できること。

第3条件 金正日死亡などによる北朝鮮急変事態に備えて被害者救出緊急プラン
を作っておくこと。

第1条件ですが、本来なら、世論がなくても政府は被害者救出の体制を築くべ
きです。少なくとも疑いではなく、拉致の事実が認定されれば、政府は動くべき
です。1970年代後半に集中して拉致がありました。産経新聞は80年1月に初めて
拉致の記事を書きました。アベック拉致の家族の人たちは、この記事で拉致を知っ
たのです。この時家族は、記事が事実であれば当然政府が動いてくれるだろうと、
黙っていたのです。

1987年11月の大韓機爆破事件の後、1988年3月に、「北朝鮮による拉致の疑い
が十分濃厚」との梶山答弁がありました。拉致から10年後です。家族は、国会で
答弁があったので取り上げるだろうと思っていたのです。だから表に出ず、運動
はしなかった。しかし、梶山答弁はマスコミがほとんど無視することになり、世
論はまったく盛り上がりませんでした。

90年9月に金丸・田辺訪朝があり、91年1月から第1次日朝正常化交渉が8回あっ
たのですが、あの時、金丸さんも田辺さんも、そして外務省も、北朝鮮と交渉が
できたのに、梶山答弁で具体的に言及された3組6人のアベック拉致について一度
も出しませんでした。国会で拉致だと答弁がなされ、交渉の機会があったのにこ
ちら側から被害者救出を議題にしなかったのです。事実認定ができれば、世論が
なくても政府が拉致被害者救出の態勢を築くべきです。しかし、経験則から言っ
て、日本国はそういう国ではありませんでした。

金丸訪朝の時、当時の海部総理大臣は拉致について詳しく知っていました。私
は2002年に海部元総理とお茶を飲みながら話をしたことがあります。当時、保守
党が自民党と連立しており、保守党の代議士会で拉致問題のブリーフィングをし
てほしいと言われ、国会の会議室に行きました。始まる前に、海部元総理が、
「私は拉致問題に詳しいんです。私が総理の時、金丸訪朝があった。その時警察
が私のところに来て、『拉致問題を軽々に動かさないでください。拉致問題は深
刻です』と言われた」と話したのです。

警察は金丸訪朝にあたって梶山答弁の根拠、すなわち北朝鮮が日本人を組織的
に拉致しているという重大事件に関して、総理にブリーフィングしていたはずで
す。梶山答弁は88年で、金丸訪朝は90年です。ところが海部総理は、金日成宛に
親書を出したのに、拉致について何も書かなかったのです。総理大臣が深刻な問
題だと知っていたのに、そのことを金日成に出した手紙に書かなかった。こちら
が交渉をしなかったのです。それは、事実認定ができていなかったからではなく、
世論がなかったからです。そして1回目のチャンスを逃してしまった。

私は、第1条件と、第2条件が満たされて初めて事態が動くと考えています。第
2条件は、「北朝鮮が国交正常化を求めて我が国に接近せざるをえなくなる環境
ができること」です。これは北朝鮮内部の環境と国際環境の2つがあります。そ
のチャンスが過去に2回あった。1回目のチャンスが金丸訪朝と第一次日朝国交正
常化交渉の時で、90年から92年にかけての頃です。

この頃何が起きていたかというと、88年のソウルオリンピックの成功は韓国の
国際的地位を押し上げ、北朝鮮にとって致命的でした。だから阻止のためテロを
したのです。しかし、オリンピックは成功し、89年12月の冷戦崩壊後に、ソ連、
中国や東欧がなだれをうって韓国を承認しようとしていました。ソ連崩壊後は全
体の6割を占めていたソ連との貿易が激減し、北朝鮮経済は窮乏の度を強めてい
きました。そういう中で、北朝鮮は外交的にも経済再建のためにも、日本とアメ
リカに接近せざるをえないところに追い込まれました。このように向こうに必要
があったのに、日本が拉致を出さなかったから、拉致が議題にさえならなかった
のです。

■核開発を続けていた北朝鮮

2度目のチャンスは2002年の小泉訪朝の時です。その前年の2001年9月に同時多
発テロが起き、10月にはアフガニスタンでの戦争が始まり、02年1月に、ブッシュ
大統領の有名な「悪の枢軸」演説がありました。この演説は、単純に世界中でこ
の国が悪いと言ったわけではありません。「テロとの戦争」の目標について演説
したのです。緒戦のアフガニスタンとの戦争は成功しました。しかし、「テロと
の戦争は長くかかるだろう。自分の任期中に終わらないかもしれない」と言いま
した。

「テロとの戦争」の目標は2つあります。1つはテロリストの基地を破壊し、そ
の計画を阻止し、彼らに正義の審判を下すことで、アフガニスタンの「アルカイ
ダ」の基地への攻撃でした。2つ目は、テロ支援国家が大量破壊兵器を持ってア
メリカやアメリカの同盟国を脅かしたり、その大量破壊兵器をテロリストに渡さ
ないようにすることでした。イラクとの戦争は2番目の目標になります。そして
イラクに大量破壊兵器があったかなかったかで議論になりました。ブッシュは、
大量破壊兵器を持たせない対象を、「悪の枢軸」として3つの国をあげました。

それが北朝鮮とイラン、イラクでした。北朝鮮から核兵器とミサイルを取り上
げることを戦争の目的にしたのです。北朝鮮を破壊することまでは目標にしてい
ませんが、アメリカからすると、北朝鮮がテロリストを支援しながら核兵器を持
つことは許さないということです。当時の北朝鮮は「核兵器は作っていない」、
「94年に核開発は凍結した」と言っていました。

しかし、実際はアメリカをだまして、1995年から2002年までの間、アメリカか
ら年間50万トンの重油をもらいながら、パキスタンから濃縮ウラニウムを作る技
術を導入して核開発を続けていたのです。北朝鮮は、元々はプルトニウム型の爆
弾を作っていました。これは長崎型の爆弾です。パキスタンの爆弾は広島型で、
濃縮ウラニウム型です。プルトニウム型の開発を中止し、寧辺の原子炉を止めな
がら、別のところで濃縮ウラニウム型の開発をしていました。

ところが、アフガニスタンとの戦争でパキスタンが米国の同盟国になり、米軍
基地が置かれました。米軍がパキスタンに入って最初にやったことの一つは、パ
キスタンが核技術をどこに出したかを調べることでした。アルカイダに出してい
ないかどうか徹底的に究明した。アルカイダやイラクに出したという情報は出て
きませんでしたが、イラン、リビア、北朝鮮に出したことが分かりました。

ボルトン元国連大使は、当時大量破壊兵器拡散問題担当国務次官だったのです
が、米国はパキスタンの核開発の父と言われているカーン博士から色々な情報を
聞いたと言っています。パキスタンは北朝鮮からノドンミサイルを貰った。見返
りに濃縮ウラニウム技術を北に出したのです。技術を教えていた先生がアメリカ
側についてしまった。それを受けて2002年1月に「悪の枢軸」演説がなされたのです。

金正日はアメリカをだまして、アメリカから重油をもらいながらアメリカに届
く核ミサイル開発を着々と進めていたのですが、それがばれてしまった。

1994年のクリントン政権の時でも米国は国連安保理で北朝鮮制裁をやろうとし
ました。そして日本に圧力をかけ、朝鮮総連からの送金を止めようとし、日本政
府も朝鮮総連に強い締め付けを行いました。それらが北朝鮮を一定程度追い込ん
だ結果、カーター訪朝となりました。平時の民主党政権でもここまで強く圧力を
かけた。

■全員を取戻す体制がなければチャンスが来ても救出できない

有事の共和党ブッシュ政権は何をするか分からない、この強い圧力がかかった
ために、北朝鮮は日本に接近してきました。田中均・元外務省アジア大洋州局長
は、「ミスターXとの秘密交渉は2001年の秋くらいから始まった」と書いたり、
言ったりしていますが、ちょうどアフガニスタンとの戦争が始まった時です。

アメリカからの圧力をかわすためには、極東におけるアメリカの二大同盟国で
ある韓国と日本をアメリカから引き離さなければならない。そうしなければ政権
の命運と自分の命が危ないかもしれないと金正日は思ったでしょう。もちろん結
果として日本から多額のお金をとろうとも考えていました。北が日本に接近せざ
るを得ない二度目の環境ができたのです。

この時は、家族会・救う会の運動が始まって5年経っていました。一定程度世
論ができていました。しかし、政府の中に、常設の拉致問題だけを担当する部署
はなく外務省が担当していました。外務省は小泉総理を北朝鮮に行かせる時、北
朝鮮から事前に、「少なくとも拉致被害者の消息は出す」という話を得ていたよ
うです。

その中身を聞いていたかについては色々な説があり、田中局長は「聞いていな
かった」と言っています。「消息を出すというので総理を連れて行った」として
いますが、そうだとすれば、家族に対し事前に被害者本人の特徴を聞いておくべ
きでした。誰かが出てくる可能性があったのです。その人が本物かどうかは、そ
の人と家族しか知らない。その情報を、こちら側がもっていて初めて正しい判断
が下されるはずでした。

2002年9月17日、平壌の市内で外務省の担当者、梅本駐英公使が、蓮池さん夫
妻、地村さん夫妻、そして横田めぐみさんの娘である金ヘギョンさんと面会しま
した。当時、訪朝団には警察関係者もいたのですが、その人は連れていかなかっ
た。安倍晋三さんに聞いたのですが、当初は、「私が面会に行く」と田中さんに
言ったそうです。田中さんは、「官房副長官はちょっと、という風に相手が言っ
ています」と言って断ったそうです。9月18日の朝、家族会とともに安倍さんか
ら直接説明を受けました。しかし、本人たちが、「安倍副長官は嫌だ」と言うで
しょうか。

蓮池さんたちは朝からずっと待たされていました。平壌駅近くのマンションで、
別々に待たされていました。蓮池夫妻、地村夫妻は、梅本公使に開口一番、「う
ちの両親は元気ですか」と聞いたそうです。ところが梅本さんは、「分かりませ
ん」と答えています。そして梅本さんには、ビデオカメラもテープレコーダーも、
普通のカメラも渡されていなかった。後で聞くと、梅本さんは、宿舎や車の手配
をするロジ担当として、イギリスから直接北に行っていたのです。梅本さんはそ
の年の初めまで北東アジア課長をしていましたが、その後の家族のことは知りま
せんので、「分かりません」と答えました。ある面で仕方がないことです。何も
知らない梅本公使を面会に行かせた田中局長の責任は重い。

蓮池さんはズボンをめくって、足を見せたそうです。小学生の時、交通事故で
けがをしていますので、「自分が蓮池薫であることを示すのはこの足の傷だ」と
見せたわけです。ところが梅本さんは、その情報を与えられていない。

あの時家族会は、外務省に言われて、飯倉公館に連れていかれていました。外
務省の説明では、「飯倉公館には、平壌に暗号のかかった電話がかけられる」と
いうことでした。ならば、足に本当に傷があるのか、蓮池さんのご両親に聞けば
よかったのです。そんなことは何もしていない。

「死亡」の証人として、一人だけ、ヘギョンさんが出てきました。他の人につ
いては、「死亡」について何も調査をしていない。ヘギョンさんはその時、バト
ミントンのラケットを持ってきたのですが、そのラケットを借りてくるでもない、
写真を撮るでもない。ただ、「ラケットを持ってきた」と梅本さんは帰国後報告
しただけです。それだけでその時には、本当にめぐみさんの娘であるかどうかも
確認できなかったのです。

北朝鮮が追い込まれ、「拉致を認める」という譲歩をせざるをえないところま
で行っていたのに、こちら側の体制ができていなかったのです。田中局長による
事前交渉では、「消息さえ出してくれればいい」と言っていた可能性が高い。小
泉訪朝の前にすでに平壌宣言の文案が作ってあり、その文案の中には、「日本国
民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、
日朝が不正常な中で生じたこのような遺憾な問題が今後生じることがないよう適
切な措置をとることを確認した」となっています。拉致という言葉すら入ってい
ない。しかも、「今後生じることがないよう適切な措置をとる」ということは、
過去の拉致は解決済みと読める。緊急の課題であるすべての被害者の帰国すら記
されていない。問題解決に欠かせない真相究明、犯人処罰も書き込まれていない。
北朝鮮赤十字の名前で出された「誰が生きている、誰が死んで
いる」という紙一枚で、日朝平壌宣言にサインをしてしまったのです。

「生きている」というなら、「その被害者と家族を連れて帰ります」と言えば
いいのです。当然じゃないですか。「死んでいる」というなら、「その被害者の
お墓に連れて行ってください。遺骨は持って帰ります」と言えばいいのですが、
その場で言わなかった。それより平壌宣言にサインをすることを優先する外交を
したのです。全員を取戻すという体制ができていなかったからこんな不十分な交
渉になった。向こうが、拉致を認め5人を返すくらい苦しかったのに、そこで全
員返せとこちらから言わなかったためにチャンスを生かせなかったのです。

その後、2004年5月に第2次小泉訪朝があり、同年11月に偽の遺骨が出てくる中
で、北が出した「5人生存8人死亡、それ以外は拉致していない」という通告が嘘
であることが明らかになってきました。当時、紙一枚で北朝鮮を信じてしまうと
いう外交をやったのが間違いなのです。向こうが弱い立場にいた時に、赤十字が
出した紙に対し、「証拠を出してください。家族が東京で待っていますから」、
とやさしい言葉で言えばいいのです。「生存者は特別機がありますから連れて帰
ります。荷造りをさせてください」と。なぜそういうことを言わなかったのか。
拉致を認めたということは、自分の意思に反して北朝鮮に連れていったことを認
めたということですから、その時にこちらがきちんとした要求をしなければ、先
に進まないのです。

■3度目のチャンスがくる
しかし、私は、第2条件の「北朝鮮が国交正常化を求めて我が国に接近せざる
をえなくなる環境ができる」については、3度目のチャンスがくると思っていま
す。北朝鮮は今、制裁でどんどん苦しくなっています。

80年代から90年代初めまでは、日本からの多額の送金が北の政権を支えていま
したが、バブルが崩壊し、朝鮮総連の送金は減り、朝銀信用組合からの不正融資
も何回も破綻して少なくなりました。ところが98年に金大中政権ができてしまい、
この10年間、韓国から約100億ドル程度の現金や物が送られたと推計されていま
す。韓国政府の調べでも、70億ドル程度のものが公式に送られており、非公式の
ものを併せると100億ドル程度というのが韓国の専門家の推計です。それが李明
博政権成立とともに大きく減りつつあります。

朝鮮総連や韓国からのお金は、北朝鮮政府の金庫に入らず、金正日の個人資金
の金庫に入ります。その個人資金は海外に預金されています。その一つがマカオ
にあるバンコ・デルタ・アジアでした。アメリカはこれをターゲットにして2006
年に制裁し、金正日政権が音を上げたのです。今、再び、金融制裁が一定程度進
んでいます。そして核・ミサイル実験により、国連による国際制裁も進んでいま
す。韓国は未だに開城工団を通じた送金を続けていますが、以前より減っている
ことも事実です。

北朝鮮からすると、金正日が拉致を認めて謝罪したのに日本からお金を取れな
かった。向こうは人質と引き替えに身代金を取りたかったわけですが、人質の一
部を解放したのに身代金がこなかった。ということは、次にお金がほしくなり、
日本以外にまとまったお金が得られないと判断する時に、どう動くのか。そのお
金がなければ政権が維持できないところまで追い込まれたらどうなるか。

今のところ、北朝鮮はアメリカと交渉していますが、アメリカからは現金は出
ません。オバマ政権は、大変な経済危機の中にいるわけですし、元々アメリカは
制裁をしても、北朝鮮と貿易なんかしていない。北朝鮮に投資する人もいない。
日本は、国交正常化すれば経済協力をすることを約束しています。その金額は
100億ドル程度と言われています。これは、10年間、韓国から行っていたのと同
じ額です。

核兵器を全部やめることと100人とも言われる拉致被害者を返すのと、彼らに
とってどちらが厳しいのか。過去の犯罪が暴露されることと、今持っている大量
破壊兵器を譲り渡すことと比べてどうなのか。政権が危機に追い込まれた時、今
の金正日政権でも、2002年に拉致を認めるという状況に追い込まれました。これ
から、新たな取引が成り立つ可能性はゼロではない。しかしそれは、金正日自身
が、このままでは自分の政権が倒れる、というところまで追い込まれた後のこと
です。日本の方が苦しくて、「こいつらは選挙のために何人か返してもらいたい
のだな」と思われるような、日本から頭を下げていく交渉をしてはだめなのです。

安全に取戻すためには、被害者を管理している組織が健在なうちに取戻すのが
一つのやり方です。犯人が人質を確保している時、犯人同士で撃ち合いが始まっ
てしまうような状況になると人質に流れ弾が当ってしまうこともありえます。

■統制不能の大混乱に巻き込まれる前に救出を

さらに第3条件があります。我々が金正日の寿命を決めることはできません。
突然倒れる可能性は十分あります。また、倒れるギリギリの所にまで政権を追い
込み、彼らに苦しいと思わせなければ真の交渉は始まらない。ということは内部
矛盾が高まるということです。金正日が2008年8月に倒れたことは間違いありま
せん。倒れた理由は、島田洋一・救う会副会長説によると、テロ国家指定解除の
日付が延びたため、ストレスがたまって倒れたのではないか。金正日にもっとス
トレスを与えると病状が悪化する。

とにかく、倒れて数か月間出てこられなかったのは事実です。今年になって後
継者の議論が解禁されました。金正日は、自分が後継者になって父親から権力を
奪った経験がありますので、後継者を決めると権力が後継者に移ってしまうこと
を体験的に知っています。だから指名を先延ばしにしてきたのですが、今年になっ
て三男指名情報が噴出したのは、健康に自信がなくなったのではないかと考えら
れます。

しかし、その後、後継者の議論をするなという命令がまた出たようです。少し
健康が回復したからかもしれません。しかし、揺れていることは間違いなく、向
こうも苦しい中にあります。突然金正日が死んで大混乱が起きる可能性はありま
す。死んでも平和的に政権継承ができる可能性もゼロではないのですが、混乱が
起きる可能性が高いと思います。中国がどう出るかという大きな変数があり、断
定的なことは言えませんが、急変事態、統制不能の大混乱が起きる可能性はいつ
でもあるのです。

その時に、どうやって助けるのか。そういう秘密救出プランも、一定程度は自
民党政権時代にも練っていたと聞いていますが、それをきちんと詰めてもらわな
ければならない。

韓国軍と米軍との間には、合同作戦計画5029というのがあり、北朝鮮で急変事
態が起きた時、韓国軍と米軍は北進し、韓国軍が治安を維持し、米軍は核兵器を
確保するなどという計画があります。発動されるかどうかは、米韓の二人の大統
領の決断によります。

米軍は色々なシミュレーションをして計画は持っています。その作戦計画に、
「日本人拉致被害者救出」というミッションが入っているのかどうか。被害者が
見つかった時、自衛隊の輸送機が平壌空港まで行くことができるのか。米軍が北
進することになれば、在日米軍基地が使われます。周辺事態法が適用されれば自
衛隊は後方支援をするわけです。自衛隊が後方支援をしながら、日本は作戦に何
の発言権もないというような事態にならないように、日本にとって絶対に譲れな
い拉致被害者の安全確保と救出を、軍同士で、首脳レベルで話をしておいてもら
わなければ困ります。

そういう準備をしているとなれば、向こうがどこかに隠すというようなことも
考えられます。色々なことが起きますので、これは公然と行うことではないです
が、権力を持っている人にはきちんと責任を果たしてもらいたいというのが第3
条件です。


■民主党政権の対応方針に注目

そして我々国民運動がすべきことは、第1条件の世論を起こすことです。ある
いは世論が静まらないようにしていくことです。日本は情けない国で、これまで
世論がないと国民の安全を最優先にしてこなかった。

田中均元局長は、金丸訪朝の1年前まで北東アジア課長として「日朝関係改善
を北朝鮮に呼びかける」という外交方針転換の立役者でした。実務者として金丸
訪朝の下準備をしたのです。梶山答弁を知っていながら拉致問題を出さなかった
実務者の一人です。その彼が、2002年には、「消息を出してくれなければ困る」
という交渉はしたのです。その違いは何かと言えば、世論です。世論の力がどこ
まで続くのかということが今の焦点です。

そういう中で鳩山総理は初代の拉致担当大臣に、民主党の二代目の拉致問題対
策本部長である中井洽さんを任命しました。実は、鳩山さん自身が、民主党の初
代の本部長でした。考えられる中ではベストの人事と思っています。

もう一つ。政府の拉致問題対策本部は、安倍総理の時にできてから、たった3
年しか経っていません。3年間の中で、ほとんど拉致担当大臣は官房長官兼任で
した。官房長官は多忙です。だから中山恭子補佐官が事実上、動かしてきました。
今回、中井大臣は、多忙な官房長官ではなく、国家公安委員長という治安の責任
者で拉致とも関係する部署との兼任です。先日お会いした時に、時間の3分の1は
拉致大臣室にいると言っていました。

対策本部の閣僚メンバーが少なくなったのはあまり関係ありません。福田政権
時代は対策本部の大臣による会議は一度も開かれていません。それより事務局の
体制が問題で、人材も、予算も増やすと言っていますが、まだどうなるか分かり
ません。

もう一つ注目されるのが6項目の方針です。安倍総理の時、第1回対策本部会議
が開かれた時に決めたものです。〜竿鏗下圓琉汰瓦筏国要求、∪裁実行と追
加制裁検討、8軍覆碧ー更圈↓ぞ霾鷦集と世論啓蒙、テ団蠎鷺者を含む可能
性ある事案の調査、国際連携、です。「拉致解決なくして国交なし」も明記さ
れています。

この対応方針を福田内閣、麻生内閣も踏襲してきていますが、鳩山政権はどの
ような方針を打ち出すのか。中井大臣は、「まず体制を固めてから」と方針に関
して言及しませんでした。

■北朝鮮が朝鮮総連に、日本の世論への働きかけを指令

7月上旬、朝鮮労働党の対外工作機関「225」(旧対外連絡部)から朝鮮総連に
「民主党の支援組織の労組の影響力を使え」、「在日朝鮮人の人権問題として
(万景峰号入港)禁止措置解除を働きかけよ」とする「民主党攻略指令」が出ま
した。

それを受けて、9月11日、総連中央委員会総会で「与野党をはじめとする政界、
言論界、社会界の人士と多くの社会団体との事業を強化し朝日関係改善と国交正
常化を求める社会的世論を大きく喚起する」、「人道の船・万景峰号の入港禁止
と在日朝鮮人の再入国規制、総連関連施設に対する固定資産税減免撤回と輸出入
の全面禁止をはじめとする不当な制裁措置を撤廃させるための闘争を頑強に展開」
などの方針が決められた。

9月17日、国会議員会館前で、在日朝鮮人青年同盟の約50人が制裁解除を求め
てアピール活動をしました。この日は、7年前金正日が拉致を認めて謝罪した日
です。

10月10、11、12日には「日朝友好のつどいin北九州」、「in福岡」、「in長崎」
という行事が連続して行われており、メイン講師が蓮池透・家族会元副代表です。

例えば福岡県での主催は「福岡県日朝友好協会」で、会長は公明党の元県会議
員、副会長は自民党の元福岡市議会議長と福岡県日教組の元委員長。そして朝鮮
総連が来賓として挨拶をしています。自治労、日教組、部落解放同盟などが後援
をしています。朝鮮総連に対し、労働組合を使って工作せよという指令が出て、
自民党や公明党という旧政権側の人々も巻き込み、「国交正常化を早くせよ」と
いう動きが各地で行われているのです。そこに家族会の元副代表が3日間行って
講演しています。山崎拓さんも挨拶したそうです。

向こうも本格的に世論を動かそうとしています。日本は世論によって変わりま
す。しかし、世論があれば、政府は動きます。金丸訪朝の時に比べれば、小泉訪
朝の時には拉致が議題にはなりました。それは政府が新しい証拠を持ったからで
はなく、世論が変わったからです。

飯塚代表は「奇抜な方法はない」と話されますが、やはり愚直に「日本人が一
人でも北朝鮮に残っている間は国交正常化などできない。向こうがテロ行為をし
て被害者を返さずにいるのになぜ友好の集いができるのか」と全国で訴え続けよ
うと、10月4日、家族会・救う会合同会議で運動方針として確認しました。

いよいよ世論を主戦場に激しい戦いが起きると思います。その中で北朝鮮が何
か仕掛けてくる可能性があると思っています。昨年8月に彼らは、我慢しきれず、
拉致について「調査のやり直しをする」と言ってきました。何を出そうとしたの
か分かりませんが、何か準備をしていたのです。新たに捏造した「死亡の証拠」
を出そうとしたのか、何人かの人を出そうとしたのか、そのセットかもしれない。

しかし、まだ全員返そうというほどには追い込まれていなかったと思います。
それでも、一部の人質を返したのに身代金が来ないという状況は、彼らにとって
も膠着状態です。2002年9月の金正日の謝罪がなくて、今も拉致はないと言い続
けているのであれば、北朝鮮にとっては膠着状態ではありませんが、既に拉致を
認めています。だから何か仕掛けてくるのではないか。

こちらも居丈高になるのではなく、論理的に、そして国民の大多数に分かって
もらえるような表現で、「今なぜ友好なんかできるのか」等を訴えたいと思いま
す。話合いと言っても、人質に武器をつきつけて抑留している犯人との話し合い
です。もちろんその犯人も逮捕したいのですが、その前にまず人質を返せという
話し合いをしているわけです。一方的に連れて行かれたのです。それなのに、日
本に嘘をつかれたとか、一方的に約束を破られたなどと言うのは全くナンセンス
だと思います。

私たちは家族会とともに、今後も様々な活動を計画しています。また、北朝鮮
が何らかの仕掛けをしてきた時には全国一斉行動を行う準備をしています。北朝
鮮がもう一回調査のやり直しをすると言ってきたら、「騙されないぞ!全員返せ!」
という声を全国で挙げたいと思います。日本の世論は、全員帰ってこない限り国
交正常化はできないと怒っていることを示し、その中で犯人と交渉してもらうと
いうことだと思います。私たちができることは世論を盛り上げることです。世論
が静かになることを防ぐことです。坂道で鉄の球を押して上がるようなもので、
少し手を離すと、世論は落ちます。しかし、12年間でここまで来たことも間違い
ないことです。皆様のご協力をお願い致します。

以上




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
●鳩山首相にメール・葉書を
首相官邸のホームページに「ご意見募集」があります。
下記をクリックして、ご意見を送ってください。
http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html
葉書は、〒100-8968 千代田区永田町2-3-1 内閣総理大臣 鳩山由紀夫殿

●救う会全国協議会ニュース

発行:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)
TEL 03-3946-5780 FAX 03-3946-5784 http://www.sukuukai.jp
担当:平田隆太郎(事務局長 info@sukuukai.jp)
〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905
カンパ振込先:郵便振替口座 00100-4-14701 救う会
みずほ銀行池袋支店(普)5620780 救う会事務局長平田隆太郎
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2017/03/29
拉致被害者救出運動20年特別集会記録3
2017/03/28
拉致被害者救出運動20年特別集会記録2
2017/03/28
政府が「最優先で取り組む」と回答、中山恭子議員質問主意書
2017/03/28
家族会・救う会活動20年所感
2017/03/27
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国民大集会「もう我慢できない。今年こそ結果を!」
「もう我慢できない。今年こそ結果を!」。2月2日に家族会・救う会合同会議で決めた今年の運動方針です。 拉致被害者家族の高齢化が進み、「生きている間に被害者に会えないかもしれない」という言葉が出るようになっています。経過はすべて説明して頂くことはないと思います。しかし、今年中にぜひ結果を出して欲しいということが、家族会・救う会そして心ある日本人の心の底からの叫びだと思います
2014年4月27日午後2時午後5時 日比谷公会堂
東京都
千代田区
日比谷公園1-3