提言4.日本の単独制裁こそが「北朝鮮問題」を打開する
島田洋一(福井県立大学教授)
1.制裁は「道義的声明」だ
ブッシュ米大統領は、4年前の就任直後、キューバ・カストロ政権への制裁継続に関し、「制裁は単なる政策手段ではない。それは道義的声明(moral statement)だ」と述べた。名言といえる。
日本が北朝鮮に経済制裁を掛け、その分、中国や韓国が穴埋めに走るなら、誰が北のテロ犯罪集団を支えているか、はっきりする。そして、少なくとも日本は支えていないということも明確になる。道義的明快さ(moral clarity)を追求すべき時には、はっきり追求せねばならない。でなければ、その社会は根腐れする。金正日体制は、矯正不可能な悪(evil)、子供の目でも間違いようのない絶対的な悪である。
この期に及んでまだ、「人生いろいろ、国家もいろいろ」、相手の真意を確かめて、ねばり強く、話し合いでと、制裁を先送りし続けるなら、われわれの世代は、子や孫の世代から軽蔑されるだろう。
制裁の正確な「効果」など、誰にも測りきれない。意外な波及効果も生じてこよう。金正日の周囲における心理的動揺といった数字や形に表れない部分も重要である。
「道義的声明」としてまず単独制裁を実行し、状況に応じて、さらに追加方策、国際的働きかけ等を通じ効果を高めていく、というのが健全かつ常識的な対応であろう。
2.まず日本の単独制裁、安保理決議は補完的圧力
まず独自に制裁を行い、その上で、国際社会にも協力を求めるというのが、日本外交にとって筋である。多数の拉致被害者を出し、北のミサイルの最大標的でもある日本が、いつまでも経済的締め付けというカードを使わないなら、問題の深刻さについて誤ったメッセージを発し、日本の外交力を弱めることになろう。
日本政府は、北朝鮮に拉致被害者の解放や強制収容所の解体、大量破壊兵器の廃棄を求める安保理制裁決議を実現すべく、積極的に動かねばならない。
ただし、安保理決議が通るのを待って、その枠内で日本も制裁すべきという一部宥和主義者の議論は、明らかな先送り論であって、強く斥けねばならない。
安保理を舞台にした本格的な制裁論議は、6者協議に見切りが付けられてからになるから、どんなに早くとも、2、3か月先になる。しかも、中国やロシアは、「まず北朝鮮に自制を促す議長声明辺りから」といった悠長な国連ペースを押し出してくるだろう。
また、1994年に米政府が用意した対北制裁決議案でも、第一段階の柱は武器取引の禁止や国連からの支援プロジェクトの凍結で、貿易の全面停止は含まれていない。これは、あくまで「限定的な」制裁決議なら、拒否権を発動せず棄権に回るという中国政府の意向などに配慮した結果である。
つまり、安保理決議に合わせて日本も制裁を実施するということになれば、予見しうる将来、入港禁止などの制裁措置は取れなくなる。
加盟国全体に拘束力が及ぶ安保理決議は、日本として追求すべきだが、しかしそれに歩調を合わせてはならない。あくまで国家意思の発動としての単独制裁が先にあり、安保理の制裁は補完的圧力と捉えるべきである。
単独制裁を実施し、日米豪などを中心とした対北締め付け有志連合の拡大に努めつつ、安保理では、まず武器禁輸などに限定した制裁決議の成立を目指すというのが、現実的な方針だろう。中国の拒否権に対しては、漫然と説得を続けるのではなく、ある段階で踏み絵を踏ませる、反対するなら誰がつぶしたかだけは明らかにしておくという姿勢で臨むことも重要だ。
3.国連も「経済制裁」の対象だ
日本が「経済制裁」の実施で圧力を掛けられる対象は北朝鮮以外にもある。例えば国連である。
米国「北朝鮮人権法」の民間側推進母体「北朝鮮自由連合」副委員長ナム・シヌは次のように主張している(関係諸方面宛の電子メール、05年1月15日付)。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、北京に漫然と腰を下ろし、実際上何もしていない。ただサラリーを受け取っているだけである。(中略)北朝鮮難民の悲惨な状況を横目にしつつ、無為を決め込む彼らへの抗議の印として、UNHCRへの資金供与をカットするよう、アメリカと日本の議員たちに要請の手紙を出すべきだ。
町村信孝外相は、たびたび「日本は国連分担金の二割を負担しているのだから、もっと日本の声が国連に反映されてよい」と発言している。が、声が反映されない以上、資金提供額を減らすという“国連に対する経済制裁”も打ち出さなければ、単に聞き流されて終わりである。
有害無益な活動を繰り返している機関も多く、国連は本格的なレジーム・チェンジが必要だが、それを妨げている要因の一つが、黙って大金を出し続ける日本のような国の存在である。
日本政府はまず、UNHCRに対し、期限を切って、難民認定に関する争いを仲裁要求権の行使によって法的処理の場に持ち込むよう促し(中国とUNHCRの協定に、国際司法裁判所長官による裁定など具体的手続きが規定されている。ところが、UNHCRは「友好的な話し合い」の段階を出ようとしない)、動かないなら資金供与を凍結する、また、日本の要求にもかかわらず、対北朝鮮制裁決議に安保理がいつまでも踏み出さないなら、国連分担金全般を大幅に見直すといった姿勢を明確にすべきだ。
ところが実際には、安保理常任理事国入りに賛成してもらうため、一層各方面にカネをばらまこう、拒否権をもつ中国を刺激する言動は控えよう、といったまったく逆の動きが見られる。
そもそも、拒否権付きの常任理事国を増やすという決定が国連で行われる可能性は、はっきりいってゼロである。拒否権なしの「常任理事国」なら、単に「任期のない非常任理事国」に過ぎず、その程度のステータスを得るため、各方面に遠慮し、カネを出し続けるというのは、愚かという他ない。
4.日本の決意が、アメリカの「意向」を決める
昨年前半、リビアが米英の要求を入れ、大量破壊兵器関連施設の解体、海外搬出を一気に進めたが、この間リビアは、パンナム機爆破テロ(1988年)などで、アメリカから制裁を受け、安保理の制裁決議も課せられた状態にあった。アメリカの単独制裁は現在も続いている。テロや人権で制裁に訴えると、核問題の解決を妨げるという議論は、この例に照らしても根拠がない。
日本は北朝鮮問題の解決を急がねばならない。そのためには、アメリカの動きを待つという姿勢ではなく、米側が納得せざるを得ないような行動によって、せかしていくことも必要だ。
北朝鮮が、日本の制裁に対抗してミサイル発射実験をするというなら、特に止めにかかる必要はない。米国内の対北強硬派は、世論が喚起される事態をむしろ歓迎するだろう。実験が成功するなら、日米の側としてもデータが取れるし、失敗すれば、その分、金正日の権威が失墜する。
日本の国益に照らして、「北朝鮮がミサイル発射実験をするかも知れないから、拉致問題での制裁を控える」というのは、成り立ち得ない議論だ。
日本の制裁発動に対するアメリカの「意向」というのは、所与としてあるものではない。日本がどこまで真剣かによって、当然米側の対応も違ってくる。日本が真剣であればあるほど、中国や韓国が、ましてや北朝鮮が何を言おうが、ここは本腰を入れて日本をバック・アップせねばならないと考える人々が勢いを得るだろう。特にブッシュ政権についてはそういえる。
重要なのは、第三者的に「米側の意向」を云々することではなく、国家として制裁を発動するという意思を、日本自らがしっかり固めていくことだ。