救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

13.横田 滋




平成14年9月17日に最初の日朝首脳会談が開かれ、その日の夕方に、誰が生存、誰が死亡ということが伝達されました。その日の夜、友愛会館の隣の三田会館に泊まったわけですが、皆さん「すぐに北朝鮮に行きたい」という声が圧倒的でした。「死んだ」と言われた人は、どういう所で死んだのか自分の目で確かめたい、「生きている」と言われた人は、なるべく早く会いたい、ということでした。
その後、政府の調査団が行って、死んだ人は骨があったけど全部流れてないけど、うちのケースは遺骨がある、ということでした。(めぐみの元)夫からも、「訪朝してくれれば何でも話をする」と言うし、北朝鮮政府からも「来れば受け入れる」という意向がありましたので、「行けばヘギョンさんとも会える。骨があれば分骨してもらい、本物ならあきらめるしかない。しかし偽物ならこんなことはでたらめだと反対ができるからマイナスにはならない」と思ったわけです。
しかし、救う会の人などは、「私などが行くと、蓮池さんや地村さんたちが「自分たちも一緒に行きたい」と向こうに行って、テレビの前で、(被害者)本人が現われて、『私たちは子どもがこちらで生まれている。日本に行っても友だちも一人もいないからこちらで、自由意志で暮らします』というようなことを言わされて終わりになるかもしれないから行かない方がいい」と言ったわけです。だから私は、蓮池さんや地村さんに「一緒に来てほしい」と言ったことはないのですが、「行くとそういうことになるし、ヘギョンさんと対面できますから、後の人も対面したいということになるから行かないでほしい」という意見が強かったので、無理して行くこともないと思ってその時は行かないことにしました。結局、個別に政府が話を聞いたら、最終的に皆さん行かないことになりました。
その後何回も、「訪朝して会わないか」とか、「第三国で会ったらどうか」という話が出ていますが、最初ならともかく、その頃は、北朝鮮側は「めぐみは死亡した」と言っており、「(北朝鮮が言う)遺骨」が出てくる前ですから、それでヘギョンさんが現われて、「お母さんは死亡しました。しかし自分は4、5歳だったからあまり詳しいことは分からない」と言って、それで納得させようとしました。その頃はヘギョンさんが小さかったから日本に呼び寄せることも可能だったかも知れませんが、今は大人になってしまいましたし、親が反対したら本人も押し切って来るということはできないかもしれません。
また、いずれ第三国で会ったとしても、また帰ることになります。「お母さんは死んだ」と言われているから、それに対してこちらが、「あなたは嘘つきだ」と言えば立場を悪くします。「あなたの言うとおりだ。そうだったのですか」と認めてしまえば、めぐみの死亡が確定してしまうことになります。生きていることがはっきりすれば、是非会いたいと思いますが、今は我慢して会わないというのが私の今の気持ちです。



目次
第一部
1.増元照明
2.飯塚繁雄
3.平沼赳夫
4.中井 洽
5.古屋圭司
6.竹内 譲
7.泉田 裕彦
8.深井 明
9.荒木 和博
10.崔 光奭
11.バンジョン・パンジョイ
12.海老原智治
13.上田清司(メッセージ)

第二部
1.増元照明
2.西岡 力
3.横田早紀江
4.横田滋
5.有本明弘
6.飯塚耕一郎
7.平野フミ子
8.市川健一
9.松木信宏
10.松本 孟
11.寺越昭男
12.北野政男
13.横田 滋
14.横田早紀江
15.横田哲也
16.本間 勝
17. 有本嘉代子
18. 市川龍子
19. 斉藤文代
20. 増元照明
  
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国民大集会「もう我慢できない。今年こそ結果を!」
「もう我慢できない。今年こそ結果を!」。2月2日に家族会・救う会合同会議で決めた今年の運動方針です。 拉致被害者家族の高齢化が進み、「生きている間に被害者に会えないかもしれない」という言葉が出るようになっています。経過はすべて説明して頂くことはないと思います。しかし、今年中にぜひ結果を出して欲しいということが、家族会・救う会そして心ある日本人の心の底からの叫びだと思います
2014年4月27日午後2時午後5時 日比谷公会堂
東京都
千代田区
日比谷公園1-3