救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

北朝鮮の食糧農業2017/18



4.基準が異なる生産量報告で支援を訴え

◆国連機関は北朝鮮農業省の報告が過大であると分かっていた
 初めて支援に入った1995年は、8月の大洪水を受けての緊急事態ということから、北朝鮮の主食で、7割から8割弱を占める米とメイズだけの生産量を聞き取り、それを元に調査も確認もしないで国際社会に支援を訴えたのであろう。
 この時国連機関は過去の米とメイズの食糧生産量として、1989年810万トンだったのが1993年に664万トンにまでに落ち込み、1995年は493万トンにさらに減少したと聞いている。その後もずっとこの数値をグラフで出し続けており、少なくともそれだけの生産があったことについては疑っていないようだ。
 米の反収に関して言えば、1989年は約600kg/10a、1993年は約530 kg /10a、1995年は約400kg /10aだったという。このデータをその後ずっと公表し続けており、北朝鮮の報告通りに生産があったと今も信じているようである。
 またこれは97年に報告されたグラフから推定すると籾付重である。米の生産量を表すのは国際的に玄米重だが、籾付重を報告したのは、不足量を大きく見せようとしたのであろう。
 しかし、後の報告では実際に食べられる量が重要ということで籾付重に加えて精米重も報告するようになった。そのため玄米重がどのくらいになるのかが分からない。国連機関で北朝鮮を担当する人々の中に米の専門家がおらず、玄米率が分からないままなので、その後ずっと籾付重と精米重で報告していると思われる。精米率は当初65%相当としていたが、後に66%に訂正している。
 1989年に600kg/10a取れたという報告を前提に、国連機関は一定の条件が整えばまたこのくらいできるようになると報告書で努力を奨励したりもしている。 1989年の反収600kg/10aは、籾摺りの過程でロスがなかったとすると、玄米なら480kg/10aになる。日本の2017年の534kg/10aの約90%程度にもなってしまう。
 国連機関で米の専門家がいれば、おかしいと思ったであろうが、国連機関の目的は弱者に食糧を与え命を救うことにあるので、農業に関する詳細にはあまり関心を向けてこなかったようである。
 加えて、北朝鮮の食糧不足ということで新しい仕事を増やし、スタッフを増やすこともできた。ともかく悲惨さを国際社会に訴え、一定の支援を得ることができれば幹部の実績にもなる。
 北朝鮮の種籾を、気候条件を含め、あらゆる点で北朝鮮よりすぐれた日本の農業試験場で栽培したところ、日本の半分以下の米しか収穫できなかったことを考えると、いい時には日本の約9割とれたという数値が如何に過大であるか分かる。
 北朝鮮としては、国連機関に支援を訴えるため少ない数値を作って、1995年の籾付重を493万トンにしたのであろうが、これでさえ日本の約6割程度とれたことになり、かなり過大な数値だったのである。
 実は北朝鮮側には国際支援を受けるのにの躊躇があった。北朝鮮はそれまで自力更生を国家、国民のスローガンとしており、他国の支援を受けることには強い抵抗感があった。支援を受けるために北朝鮮の様々なデータを出さねばならないことには拒否感があった。
 たまたまこの時期、国連機関のFAOに北朝鮮からスタッフが派遣されていた。そのスタッフから、本国の上司に対し、食糧生産量や人口のデータを適当に出せば簡単に国際支援が得られるとの報告がなされた。人民の飢饉に背に腹は代えらず支援を受けることにしたのである。
 とはいえ、1995年、96年に、筆者が北朝鮮で聞き取った話では常に自力更生が強調されており、最後に、でも支援が得られるのはありがたいと、付け足しのように話していた。
 それが1997年から事情が変わり、やせこけた子どもの写真を積極的に取らせるなど、国際社会から支援を得るには宣伝が必要であることを学習した。筆者も、97年には一般の民家の家族から聞き取りをすることが許された。「私たちは将軍様のふところに抱かれているので自力更生できる」と言いつつ、「米を食べたい。米を支援してほしい」との声を聞いた。
 そしてこの時期に北朝鮮は莫大な量の食糧をただで手に入れることに成功したのである。国連機関から支援が得られることを通報した北朝鮮のスタッフは、後に金正日に表彰されたという。しかし、外の世界に出ることができた彼はその後脱北したので我々が以上の経過を知ることができるようになったのである。
 なお、北朝鮮では飼料用とうもろこしであるメイズを一般人民の主食としている。しかし、国連機関が餓死の最中の1995年に初めて聞き取った米とメイズだけで493万トン収穫という数値は、これまで報告された生産量の中で、米とメイズの収穫量が最大だった2014年の508.2万トンにほぼ等しい生産量だった。50万人も餓死が出るはずもない生産量で、実態ははるかに少なかったのである。
 1995年と96年は作物別の生産量もなく総量だけが計上されていた。おそらくこの時点で国連機関は、北朝鮮に新たな拠点ができたということだけで、つまり仕事を増やしたことだけで満足し、十分な調査はしていなかったと思われる。
 しかも、1996年は299.5万トンと激減したと聞き、ともかく国際社会に支援量を増やすよう訴える努力に集中したと思われる。

目次
1.はじめに
2.2017/18年度の食糧生産量
  ◆米は報告値157万トンの半分程度か
  ◆メイズの収量も報告の半分程度
  ◆じゃが芋の収量ももっと少ない
  ◆傾斜地・自留地生産を外し生産量を少なめに見せた
  ◆傾斜地の畑作は収奪への抵抗だった
3.北朝鮮は人口を水増して一人当たり食糧を少なく見せてきた
  ◆1995年から1998年まで300万人が餓死
  ◆人口と食糧生産量を水増し報告する理由
4.基準が異なる生産量報告で支援を訴え
  ◆国連機関は北朝鮮農業省の報告が過大であると分かっていた
5.国連機関の報告は水増し−北朝鮮の食糧生産
6.北朝鮮への食糧支援について
  
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