救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

拉致被害者救出運動20年特別集会全記録



西岡力(救う会会長) 寺越さんの所からは、今日は昭男さんと北野政男さんに来ていただきました。この二人のお父さん、昭二さんは36歳で漁に出ていて、今ご存命ならば89歳になるわけです。昭男さんがお父さんの昭二さんを最後に見た時の話をこんなように書いておられます。
 「とうちゃん今日は俺も船に乗せてくれんか」。昭男はその日ハチメ(メバル)漁に出る父親の昭二にそう頼んでいた。中学に入ってからもう2回は船に乗っている。能登半島の西側、その中程にある石川県志賀町高浜の漁港、漁師町の少年にとって船に乗るのは貧しい家計を助けることだけでなく、何より心の踊る冒険でもあった。魚を網で引っ張る時、夜光虫がキラキラ光って、青白く波間に光る美しさ。魚を満載した船が朝港に帰る時の朝焼けの色。前に船に乗った時はすぐに船酔いして気持ち悪くなったが、その日は初夏の抜けるような快晴、海はべたなぎだった。しかも次の日は日曜だ。昭男の心は遠足に行く前の夜のように行く気だった。しかし、学校で何かあったのか、遊んでいて遅くなったのか、それは覚えていないが、昭男が港に行った時、船はもう出た後だった。もしもあの時自分も船に乗っていたら、昭男は運命というものの不思議さを思わずにはいられない。
 こういうことを書いていらっしゃいます。昭男さんと政男さんお願いいたします(拍手)。

◆見返りのない交渉をしてほしい

寺越昭男(寺越昭二さん長男)
 みなさんこんばんは。今月14日、67歳の誕生日を迎えました。健忘症というかボケというか、最近物忘れが激しくなります。でも1963年5月13日のことだけは今もはっきりと浮かんできます。
 あれから54年、事件があってから24年後に(父と一緒にいなくなった)叔父外雄さんから手紙が来ました。私たちにとっては浦島太郎が帰ってきたような感じです。完全に死んでしまっているという思いで20年もたって忘れかけた頃に手紙が来たということで、そういう思いの中で、また新たに10年ほど経って家族会ができたわけです。
 家族会ができたということは私は知らなかったんです。武志(寺越武志:昭男さん従兄弟、昭二さんとともに漁に出て行方不明に)のお母さんが一生懸命活動して家族会の皆さんとも付き合いがあったようです。
 私は子どもができて、子どもを育てるのがいっぱいで見守るだけの生活環境でした。転機になったのが2002年です。2月に我々の母親が亡くなりました。親父の遺骨を見るまでは死んだとは絶対に思わんと言っていました。私の家は分家ですが、本家で(漁に出た)三人の葬式をした時に、母は葬式に出席しなかったのです。
 そういう思いで来た母親が2002年に亡くなり、9月に小泉総理の訪朝、10月に従兄弟(武志)が一時帰国しました。2002年は私にとって忘れられない年になりました。
 政府に声を挙げてからもう15年になります。本当になぜこれだけ時間がかかったのか。北朝鮮というのは、私は交渉ではダメだと思っています。北朝鮮の言うことは嘘ばかりなんですね。まともに本当のことを言ったことがないような気がします。
 武志のお母さんが、最初に武志に会いに行った時に、北朝鮮側としては「拉致」ではなく「救助」とする工作を行っている。武志が帰ってきてからも、日本人として帰す(一時帰国)という約束があったみたいですが、結局北朝鮮の(ある組織の)代表ということで帰ってきました。だから日本政府は歓迎もしない。
 そういう中で5人が帰られて、私はもう5人が帰られたのだから拉致問題は解決するという思いで声を挙げたわけです。
 父親は、元工作員の安明進さんの証言で、「拉致した時に抵抗したので殺した」と。その証言が本当かどうか、親父の遺骨が北朝鮮にあるのかないのか、もしあれば母親と一緒の墓に入れてあげたいという思いがあって声を挙げたわけです。 政府にも遺骨の返還を、何度も何度もお願いしました。斎木外務次官だったと思いますが、「北朝鮮には何べんも話をしている」と説明を受けたんですが、北朝鮮が親父の遺骨を帰さない理由が分からない。本当にあるのかないのか、そういう思いになってくるんですね(安明進証言では殺して海に沈めた)。
 そうこうしているうちに、本当に解決するのかなという時にまたミサイルを撃ったり、6か国協議があったり、そういうことが色々出てきて、結局交渉では何も出ないんですね。交渉ではなく、圧力、圧力でいって北朝鮮が「帰しますよ」と言った時に交渉すればいいんですね。
 その交渉の内容はどういうふうに帰すかです。飛行機で返すのか、船で返すのかという交渉です。そういうふうにならないとダメだと思います。5人を返すから見返りは何を、というような交渉ではダメだと思います。見返りのない交渉をしてほしいと思います。そうなるように政府にも努力していただきたいと思います。ありがとうございました(拍手)。


  
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国民大集会「もう我慢できない。今年こそ結果を!」
「もう我慢できない。今年こそ結果を!」。2月2日に家族会・救う会合同会議で決めた今年の運動方針です。 拉致被害者家族の高齢化が進み、「生きている間に被害者に会えないかもしれない」という言葉が出るようになっています。経過はすべて説明して頂くことはないと思います。しかし、今年中にぜひ結果を出して欲しいということが、家族会・救う会そして心ある日本人の心の底からの叫びだと思います
2014年4月27日午後2時午後5時 日比谷公会堂
東京都
千代田区
日比谷公園1-3