救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

拉致被害者家族の訴え−国民大集会



下記は、平成21年5月6日、東京・日比谷公会堂で行われた「拉致被害者の早期救出を求める国民大集会」において、家族会の方々が発言されたものだけを集めて収録したものです。冒頭の会場の皆様への感謝の挨拶など一部割愛しています。当日の総合司会はジャーナリストの櫻井よしこさん、「訴え」の部分の司会は増元照明さん(文責=救う会事務局)。
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目次

主催者挨拶飯塚繁雄代表一致団結して北朝鮮に強いメッセージを
報告 飯塚耕一郎金賢姫さんと会って得た気持ちの和らぎ
訴え 有本 明弘田原総一朗氏の嘘に総攻撃を
横田  滋自国民を救うのは国家の責任
横田早紀江恐ろしいことのために使われた拉致被害者
平野フミ子家族と被害者が抱き会える日を
市川 龍子使命を果した偉大な母
斉藤文代国民と日本政府と政治家が全部立ち上がれば
増元照明国会議員が米国で「拉致問題は核問題の障害」と


飯塚繁雄(田口八重子さん兄、家族会代表)


◆一致団結して北朝鮮に強いメッセージを
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連休のお休みの日にも関わらず、また雨の中にも関わらず、たくさんの方に集まっていただき、私たちはパワーを感じます。櫻井よしこさんがおっしゃいましたように、またこの集会を開かなければならない、この状態は、私たちにとって必ずしもいい場面ではないということも、心の隅では思っております。
今、拉致問題を取り巻く色々な情勢、そして情報については、私たちにとって必ずしも有利な話ばかりではありません。今日はもちろん、この会場にお集まりになられた方々、我々も含めて、一致団結した北朝鮮への強いメッセージを送るべきだという点で完全に一致していると感じております。取り巻く情勢としては、拉致問題というのは、本当は国の最重点課題だということは分かってはおりますが、どうしても地味な問題としてとらえられがちなこと、また今回北朝鮮がミサイルを打ち上げたとか、あるいは先日アメリカにも行きましたが、オバマ政権に変わったこととか、さらには国民、ジャーナリストを含めて色々な意見がはびこってきているということなどです。
そういう内容を見ますと、私たちは、なぜ日本人が日本人を助けるために一丸となれないのかという気持ちがあります。また、アメリカに行き、色々な話を聞きますと、日本はこの問題を解決するために団結した雰囲気が見られないという話をうかがいました。アメリカでは確かに政権が変わりました。日本人拉致問題については、「よく理解をしている」という話は全員からうかがいましたが、ではなぜアメリカは、日米関係の連携のもとに、北に対する強い態度に出られないのかという疑問も当然あります。
そういうことも含めて考えますと、この問題は簡単に片付く問題ではないと覚悟はしておりますけれども、あまりにも長い時間がかかると、我々は被害者のことを思いながら、毎日、長い時間をひしひしと感じます。救出運動で頑張ってはおりますが、今日この時間も、北にいる被害者たちは、日本はいつ助けにきてくれるのかと、兄弟、親子、家族はなぜ黙っているのかというような気持ちでいると思います。
従いまして、この問題は、早急に解決すべき問題だということは、誰にも分かっている筈なのですが、実際には、はっきりとした動きが見えないのが残念です。その意味では、この問題を解決するには、まだまだ拉致問題を取り巻く問題を解決していかなければならない状況もうかがわれます。しかし、取り巻く問題を解決しなければ拉致問題が解決しないということになりますと、相当の時間がかかることになります。
しかし、拉致問題というのは、24時間、常に考えて対応していかなければならないと願っています。国際連携も当然必要です。日本、韓国、米国、この3者が一体となって北朝鮮に強いメッセージを与えていくことが必要だと感じています。幸い、韓国では李明博大統領になってから、対北政策が前とはがらっと変わったというイメージがあります。しかし、まだ盧武鉉政権時代の組織ががっちりとしていることもうかがわれます。日韓の連携を、またアメリカも含めた強い連携をなんとか早く作れないかと思います。これは、家族会同士のつきあいもありますが、やはり国会議員同士、政府同士がきちんと手を組んで北朝鮮に当ること、この問題を解決すべく具体的な術を考え出し、それを実行することが大切ではないかと考えます。
これからまた課題がたくさん出てくるでしょうが、それはすべて拉致問題の解決に向かうのだと、早期解決をはかるのだという意気込みを含んだ形にしていっていただきたいと思っています。
いつも言うことですが、この問題が絶対に風化しない、絶対に前進するという条件の大きな一つは、国民の皆様の世論です。今日集まっていただいた方々の、早く解決せよという意気込みがなければ、この問題が風化する恐れもあります。日本がどれだけ一致団結できるのか、の根底には国民の皆様の世論があるということを、心に思いながら、老体に鞭打って頑張ります。私たちの家族を取り返すためには、絶対にあきらめるわけにはいかない問題なのです。日々苦慮し、行動し、何とか早く家族を取り戻したいという気持ちを力にしながら、これからも頑張っていきますので、引き続きご支援をお願いいたします(拍手)。


飯塚耕一郎(田口八重子さん長男、1歳の時母が拉致される、事務局次長)



◆金賢姫さんと会って得た気持ちの和らぎ
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金賢姫さんとの面会では、政府関係者の、またそれ以上に国民の皆様のご協力、ご理解により、5年越しの面会の希望がかないました。まずそのお礼を申し上げたいと思います(拍手)。
釜山では、最初のフォトセッションが10分、3人での面会が1時間20分、共同会見が30分で、全体で2時間というとても短い面会でした。彼女からは、大きく分けて二つのことを伝えていただきました。
一つは、北朝鮮が発表した内容が嘘であるということです。具体的には、彼女が1987年2月にマカオから帰ってきた時、「どなたも死んだということを聞いたことはございません」という言葉を耳でじかに聞きました。
また私から、「八重子さんはマシク嶺で死亡」とされていることを伝えた所、「あんな所で交通事故など起きるわけがない。ガソリンがないのだから、車が通っている筈がない」とのことでした。それは分かりきったことではありますが、北朝鮮を知っている人、当時の彼女(八重子さん)を知っている人から聞く話というのは、私の中で安心という厚みを加えていただきました。
また、それ以上に強く思ったのは、当時の八重子さんを知る彼女から話を聞くというのは、私の心の中ではとても心強いものでした。八重子さんにどういう気持ちを持てばいいのかという不安定な状況の中で、彼女は最初の40分、本当に一生懸命、ずっと八重子さんのことを話し続けてくれました。
彼女もとても辛い状況にあります。特に過去10年はとても辛い状況でした。それにも関わらず、1時間20分の面会の間に、私に3回、「もっと早く会えればよかったのに、ごめんね」と言ってくれました。その気持ちが、痛いほど伝わりました。そのような私の心に響く面会でした。
一方、これを成果として扱うとなると、また難しいところがあると思います。当時の八重子さんを知る彼女に会うのに5年もかかっているわけです。この時間は、とてつもなく長いと思います。従って、残念ながらこれを成果として扱うことはできません。我々は、拉致被害者が帰ってくることが成果ですから、小さな一歩だと思います。
先ほど、河村官房長官は、「まず一歩を踏み出した」とおっしゃっていました。でしたら、2歩目、3歩目と歩みを進めていってほしいと思います(拍手)。
これについて、2点、大きなポイントがあると思います。1点は、我々が過去ずっと言い続けていることですが、被害者に関する情報収集を強化していただきたい。特に実感したことですが、今回の面会のように、向こうに行って、本に書いてある内容と全く同じことなのですが、それを知っている人から聞くということは、本当に私たちの心の不安定さや怖さに対し、勇気を与えてくれるのです。そういう意味も含め、情報収集をしていただきたいと思います。
次に、これも継続して言っていることですが、日本としての対外的な意思を見せていただきたいと思います(拍手)。
去年の夏に、(日本は北朝鮮から)できる限り秋までに再調査を行うという約束を取り付けました。結局その約束は、反故にされた形です。これに対し、日本政府は対外的に発信をしたのでしょうか(拍手)。まず日本が対外的に意思を見せることが必要になると思います。
韓国と国際連携が取れ、韓国から情報が取れるようになれば、小さい意味では家族の気持ちが和らぎ、大きな意味では情報収集ができるようになります。今回の面会はそういう位置づけだと思います。この一筋の希望の光を絶対つぶしてはいけないんです(拍手)。
従って、政府の方には、大きく意思を示してほしいと思いますし、今回の面会で私と親父が喜んだように、一筋の光を継続して、我々の家族を初め、特定失踪者の家族の方々に見せるはからいをしてほしいと思います(拍手)。


有本明弘(有本恵子さんの父、副代表)



◆田原総一朗氏の嘘に総攻撃を
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 今、西岡さんがおっしゃったように北朝鮮という国は嘘で塗り固められた国なんです。始めに嘘をついたものだから、後々言うことも皆嘘をつかなければいけないという国であって、そういう外交が1990年に自社訪朝団が行って、それ以降、ずーっと続いているんです。スタートから嘘を言い、わが国に拉致なんかありえないと。その当時、そういう発言から始まったんです。今、はっきり言うと、金正日将軍と言っておりますが、嘘つき将軍なんです(拍手)。それは皆さん知っておいてください。
 これからが私の言いたいことです。この嘘つき将軍に劣らぬ嘘つきのジャーナリストがいる。誰か。私はこの人には敬語は使いたくないんです。田原総一朗なんです。わかりやすく言うと、先月の金曜日(4月24日)の深夜、月に一回の「朝まで生テレビ」あります。そこで、「横田めぐみさん、有本恵子さんは死んでいるんだ」と。何の根拠があって言うのかと言いますと、外務省のナンバーツーとかスリーというある人から聞いたんだと。だから死んでいるんだと。そういう話であって、これは聞き捨てならない。眠い眠いと思って横になって観ておったが、それを聞いた途端に眠気が吹っ飛んでしまった。これは大変だと。このビデオを手に入れなければ物が言えないというので、ビデオ探しに時間を費やして、心当たりの人に話して、やっとビデオを手に入れて、今日持参して家族会の方々に観てもらいました。皆さん、皆憤慨しております。
 私は、心安い人にも相談しました。「根拠のないことを言っているのだから、何を根拠にそう言っているのか抗議しなさい」と。そして、「田原総一朗だけではなくて、この番組を構成した報道局長にも抗議しなさい」と、内輪の人からそういうお話も伺いました。
 このビデオを午前中に家族に見てもらいまして、どうするかという結論を申し上げますと、言論で言われたからには言論で応えるしかないというようなことで、西岡さんが抗議の文書を書いて、抗議をするという話で一応は決着が着いておりますが、私はそれぐらいでは済まされないんです。どうやってこれに我々は対決していかなければならないのか。ジャーナリストが北朝鮮の言ったことをそのまま垂れ流して、これでどうするんですか。だから、モノを書く人、インターネットとかそんなものでいろいろ意見を言える人は、この田原総一朗に対して総攻撃をかけていただきたい(拍手)。これは日本の国の言論界に籍を置いている人の責務ではないかと思っております。もう憤慨で2、3日眠れないんじゃないかと思っています。


横田滋(横田めぐみさん父、前家族会代表)



◆自国民を救うのは国家の責任
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小泉総理が2002年9月に訪朝して、「5人生存、8人死亡」と発表されました。約1か月後の10月15日に、5人が帰国されました。当時は、「一時帰国」とされていましたが、当時の中山参与、安倍官房副長官などのご尽力で、小泉総理が決断し、「加害者のもとに被害者は返せない」ことを日本政府が決めました。しかし、北朝鮮側は約束を破ったということで、子どもさんたちが帰ってくることができなかったのですが、2004年の二度目の訪朝で5人の子どもさんを連れて帰り、その後曽我さんの家族もジャカルタ経由で帰国しました。
ですから、北朝鮮側からすれば、生きている人は、家族も含めてすべて返したのだから拉致問題は解決済みだと主張したわけですが、小泉総理が再調査を要求しました。その結果、3回の会議が開かれました。1回目は調査委員会を作ったということだけでしたが、2回目はめぐみの死亡年が1年延びたくらいですが、3回目には決定的なめぐみの遺骨が提出されました。
しかし、これはDNA鑑定の結果、別人のものということに決まったわけで、我々だけでなく、自民党、民主党の拉致対策本部、衆参両院の拉致特別委員会も制裁を要請しましたが、「対話の窓口が途絶える」ということで制裁は行わなかったのです。その後、ミサイルの発射によって万景峰号の入港を差し止めるなど、後付ですが、拉致の問題も含めてということになりました。さらに、核実験に対し、制裁の強化をしています。
今日のスローガンにありますように、すべての拉致被害者をすぐに取り返すためにどうするかというと、「今こそテロ国家北朝鮮に全面制裁を!」ということを我々は政府に要請したいのです。
アメリカを訪問するということは、あくまでも協力を要請することであって、救出を要請しているわけではないのです。救出というのは、自国民を救うのは国家の責任ですから日本が解決しなければならない問題です(拍手)。
アメリカがテロ支援国家の指定を解除しました。これは結果的には失敗ですが、核の廃絶をすすめる、そして北朝鮮を6者協議に参加させるような意向があったわけです。しかし、これはたくさんある法律の中のたった一つを解除しただけです。これによって北朝鮮はテロ支援国家から普通の国に戻っただけです。どんなメリットがあるかというと、国際金融機関からお金を借りる道が開けたわけです。指定している場合は、アメリカが必ず反対するわけです。一番大きな出資国ですから、アメリカが反対するとお金は借りられないわけです。
しかし、アメリカが解除した場合、日本にも北朝鮮人権法があり、日本がテロ国家に北朝鮮を指定すれば、今度は日本が反対しなければならないわけです。日本は(世界銀行は)第2位の出資者で、アジア開銀は第1位ですから、北朝鮮は絶対借りることができません。ですから、よその国に頼むことも大事ですが、この切り札もあります。先ほどの韓国の方のお話でも、日本が制裁すれば国交正常化できないから歩み寄ってくるのではないかということでしたが、北朝鮮が、昨年8月に合意した「調査のやり直し」を反故にしたままでいるのであれば、日本がそういう切り札を切って制裁を強化することが、被害者を早期に救出することにつながると思っています(拍手)。
そのためには、国民の皆様が、同胞を救わなければという合意がなければ、政治家や政府はなかなか動けないわけです。
拉致の問題は、昭和63年に、実際に国会で取り上げられたことがありました。しかし、マスコミが報じなかったこともあってほとんどの方が知らず、知らなければ救出運動も起きないのです。当時は、拉致もあるけど国交正常化に力を入れたわけです。当時と今とは比べ物になりませんが、国民の皆様の支持があってこそ解決することにつながると思います。
対象としては、政府認定者の他、届出ベースでの特定失踪者が500人いますし、身寄りがなくて届けていない人もいるかもしれません。全ての被害者を救出するためには、皆様が関心を持ってくださること、政府に色々なメッセージを送ってくださることが大事です。これは何も悪口を言うばかりでなく褒めることも大事なことだと思います。解決のためにどうぞ皆様のお力を貸してください(拍手)。


横田早紀江(横田めぐみさん母)



◆恐ろしいことのために使われた拉致被害者
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拉致問題が浮上した初めの頃、蓮池さんのお父様、お母様と私たち夫婦の4人で、新潟港で、「息子を返せ、娘を返せ」という垂れ幕を持って、万景峰号が接岸している所まで、金正日宛の手紙を船長さんに渡そうとして持って行ったことを、みなさんの話を聞きながら思い出していました。
その頃は、マスコミの方も、救う会新潟の方もたくさんいて下さいましたが、新潟港は日本の港ですよ、その港にさえ、「ここは4人だけ、他の人は行けません」と言われました。そして、マスコミや救う会の人たちは、ずっと後ろにバリケードを張られて、それ以上いけなかったのです。
その時、日本の国の港なのに、どうして一生懸命やっているこの人たちが足止めをされなければならないのだろうと非常に不思議で、何があるのだろうと思っていました。本当にあの頃のことが夢のような感じがするほど、今、こうして拉致問題に関しては本当にたくさんの方のご支援をいただいています。出版社の方が徹夜で頑張って、多くの書物を出してくださったり、また映画監督がすばらしい拉致の映画を作ってくださったり、歌を作って歌ってくださったり、写真展をしてくださったりしています。本当に数え切れない多くの方々が、親身になって、わが子のことのように私たちに寄り添って、12年もの長い時間を一緒に歩んでくださいました。
そしてこのような大きな集会では、見えないところで一生懸命に働いてくださっている多くの方々の、本当に暖かいお気持ちがあってこそ今日があることを、私は本当に感謝しています(拍手)。
今年は、飯塚さんが、念願だった金賢姫さんにお会いすることができました。私たちも、どんな風にして暮らしているんだろうといつも思い巡らしてきましたが、めぐみが金淑姫さんという、金賢姫さんの同僚の女性工作員に日本語を教えていたということが、前から言われてはいましたが、今回分かってきました。中学1年生だった子どもが、どうして先生をするようなことができるのだろうかと私は不思議でしょうがないんです。
それらのすべてのことが、あちらの国の指令によって、何の罪もない、他国の、平和な国の若者たちが連れて行かれて、そして向こうの国のために、それも悪いことのために一生懸命に参与していかなければならない人生に変えられてしまったわけです。私たちは、そのようなことのためにめぐみを育ててきたわけではないんです。お花を愛しなさい、どんな小さな虫でも殺してはいけない、犬も猫も可哀想だと思ったら大事にしなさい、と言い続けて育ててきました。あの子はそういうことが実現できた子でした。お年寄りの方が、重い荷物をもっていると、小学生の時でも、「おばあちゃん持ってあげるよ」とお家まで送っていったら、「こんなりんごをおばあさんがくれんだよ。悪いことをしちゃった」と、ほほを上気させて帰ってきたあの子の姿を、私はいつも思い出します。
そのような普通の子どもたちが、どうしてそんな恐ろしいことのために使われなければならないのか、ということです。そしてこんなに長い年月、日本の国の中で行われ続けているというのに、今なお、今日ここにお越しくださった多くの議連の先生方はほんの一握りの方々です。あれだけ多くの国会議員の方々が、偽の遺骨が返ってきて、それが偽物だと分かった時は、全員が怒って立ち上がるべきなんです(拍手)。なんということを言っているんだ、と。
大事に育てた子どもたちが、あなた方の勝手なことに使われて、そして死亡したと言われて偽の骨を出されて、「そうでしたか。あの子たちは可哀想でしたね。そんなことを言う親が一人でもいるか」と、はっきりとみんなが、言ってくださるのが日本の国の国会の姿だと思うのです(拍手)。
そのようなことができる国に早くなってほしいのです。今日ここにおいでになっていない本当に多くの方々は何を考えていらっしゃるのか。物事がうまくいきそうになっても、どこかで抑制される。何があるのか分かりませんが、抑圧される、圧力をかけられるということがあっては、絶対にならないと思います(拍手)。この国は、そんなことでへこたれる国ではないということを、国民と一緒にみんなが一つになって、大きな岩となって、向こうに向けて発信していく力をどうぞ貸してくださいますようにお願いいたします(拍手)。


平野フミ子(増元るみ子姉)



◆家族と被害者が抱き会える日を
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12年前、家族会が声を上げて、サポートをする救う会も発足しました。私たちが訴えた時、日本国民はみんな私たちの味方だと思いました。でもふたを開けてみるとそうではなく、がっくりしましたが、1回目の国民大集会からずっといらしていただいている方々が、この席にはたくさんいらっしゃると思います。その方々に支えられて、私たちは活動を続けることができています。
この拉致問題を、早期に解決するのは、国民はもちろん、衆参両院の先生方、そしてマスコミ、ジャーナリスト、有識者の方々です。同胞を救うんだという一点では、社会党も共産党もない筈です(拍手)。
私は、小さいときから、人権問題といえば、社会党は私たちの味方だと強い思いがありました。父も労働者でしたから、社会党の動員がかかればいつも行っていました。だから社会党は私たちの味方なんだと思っていました。しかし、家族会を立ち上げた時に、全然違っていてがっかりしました。
国民の命を守るのが、国会議員の国家の使命だと思います。私たちは納税するのが義務です。私はちゃんと義務を果たしています。国家の使命をないがしろにする政党はいらないんです(拍手)。
しかし、自民党の中にも民主党の中にも北朝鮮の族議員のような方がいらっしゃいます。その人たちを正しい目で選んでください。そうでなければ、この30年、40年も、拉致被害者は人生を無駄にしてしまいます。
私は、妹が拉致された10年後に、熊本に嫁に行きました。その時、二十歳のるみ子が成人式の時撮った写真と妹が使っていた数珠を持って家を出ました。今でも携帯しています。一日も早くるみ子に帰ってきてもらって、それを渡したいんです。
この前、金賢姫さんと耕一郎さんがハグ(抱き合う)しました。あの光景を早紀江さんとめぐみさんにさせてあげたい。私の母とるみ子をハグさせてあげたい。その一念で頑張っています(拍手)。私たちはあきらめません。どうぞ宜しくお願いいたします。頑張ります(拍手)。


市川龍子(市川修一さん義姉)



◆使命を果した偉大な母
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安祥と旅立つ姿みごとなり使命を果せし偉大な母かな
(母が亡くなったのは)11月15日でした。奇しくも横田めぐみさんが拉致された日です。望みを捨てずに春の来るのを耐えて耐えて待ち続けた母が、くも膜下出血で倒れてしまいました。この日、2か月半に及ぶ撮影で、母を主にしたドキュメンタリー(NHK「『ただいま』を待ち続けて」)ができあがり、11月15日は家族全員で見ようねと言って楽しみにしていました。しかし、この日、3時22分に旅立って言ったのです。
母が死をもって、ドキュメンタリーで、「拉致問題は絶対に忘れないでくださいね」と言って、偉大な使命を果たして逝った母は、本当にすごいと思いました。最後の力を振り絞って、子を思う最大の力を出し切って、メディアの力を借りて、日本列島に訴えた母は本当にすごいと思います。私は、毎朝毎晩、仏壇の遺影に向かって、大喝采を送っています。最敬礼をして母を飾っています。

その時、
大空を見上げて想ういとし子よ雲から降り立ついつの日なるや

あのドキュメンタリーの中で母がぽつんといいました。「あの白い雲に乗って、修一降りてきてくれないかな」と。今も鮮明に覚えています。母に修一を抱かせてやることはできませんでしたが、3月14日に94歳を迎えた父がおります。なんとしても元気なうちに、父の胸に抱かせてやりたいと思います。
11月15日、母が亡くなった日、私の次男は、母の亡骸をテレビの前に持ってきて、「おばあちゃん、頑張ったねー 頑張ったねー」と言って、母の亡骸をなぞりながら、泣き崩れていました。長男は、アメリカのNASAのケネディ宇宙センターで仕事をしていました。「デンバーが打ちあがった日と、おばあちゃんが天に昇った時刻が一緒だったよ」と、帰国した時に言っていました。
私は、修一が、北朝鮮で病気でもしているのなら、早く連れ戻して日本で治療を受けさせてやりたい。そして一日でも長く、日本での生活を満喫させてやりたいと思っているんです。
家族も、被害者も、時間がないのです。23歳の時に拉致されたままの修一は、今54歳です。私たち家族には、54歳の顔が想像できません。修一には二人の男の子がいるという目撃証言があります。2006年まで目撃されているんです。たった3年前ですよ。しかし、未だに北朝鮮は返してきません。
スパイ防止法がないわが国日本です。悪逆の限りを尽くされても、日本人は、日本の国会議員は立ち上がらないんですか。このままでいいんですか(拍手)。国会議員は私たちの代弁者、代表です。このまま拉致問題を解決しなければ、国会議員は笑われるということを思ってください。日本国がばかにされているんです。日本国の国会議員がばかにされていると思って、真剣に取組んでいただきたいと思います(拍手)。
北朝鮮という、四六時中監視付きの自由のない国で、何百人という日本人がお月様を見ながら、星を見ながら、日本人の助けを待っているんです。国会議員めざめてください、と言いたいんです。お願いします。被害者日本人全員が祖国の土を踏むまで、皆さんと一緒に頑張っていきたいと思います。助けてください。宜しくお願いいたします(拍手)。


斉藤文代(松木薫さん姉)



◆国民と日本政府と政治家が全部立ち上がれば
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2002年に小泉総理が訪朝された時のことを思い出しながらみなさんの話を聞き入っていました。5人の家族が帰ってくるということで、私たち家族はバスで羽田に迎えに行く日でした。今日来ておられる小池(百合子)先生が、私たち兄弟の前に座られたんです。妹が泣くものですから、私の方も泣きながら、それもうれし涙と帰ってこない家族の涙と入り混じっていました。その時、先生が、「何と申し上げて言いか」と言われたことを覚えています。
私は、絶対に日本の政府は、助けてくれると信じています。今からでも絶対に、国民と日本政府と政治家が全部立ち上がれば、家族は一気に取り戻せると思うんです(拍手)。どうか宜しくお願いいたします。
家族には時間がありません。父は亡くなっておりませんが、母が病院で、帰りを待っています。動くこともできないんです。それでも毎日、「薫、薫」と言っています。来年はこういうこと(集会)がないようにしてください。今度飛行機で帰ってくる時は、泣いて迎えにいくのではなく、喜びの涙で帰ってこれるように、全員が帰ってこれるように、助けてください。どうぞ宜しくお願いいたします(拍手)。


増元照明(司会、増元るみ子さん弟、事務局長)



◆国会議員が米国で「拉致問題は核問題の障害」と
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先週訪米し、豚インフルエンザが猛威をふるっているアメリカで風邪にもかからずにいたんですが、ボズワース北朝鮮問題担当特別代表に会って、一気に熱が出ました。それだけボズワース菌の方が強かったということですが、それよりひどかったのは、私たちがアメリカに行って「制裁を強化してください」、「北朝鮮との対話は制裁をもってしかできないのだから」と申し上げる前に、日本の国会議員がアメリカに行って、新政権の中枢に対して、「日本は拉致問題に固執して北朝鮮の核の無能力化の障害になっている」という発言をあちこちでされている方がいるという話を聞きまして、残念でなりませんでした。
核問題は確かに大切なことですが、国民を見捨てて核を優先するということは、自分たちさえよければ他の人間はどうでもいいという論理だと私は感じました(拍手)。
もう一度、国民の皆さんに、拉致問題の重要性を、国はどうしなければならないのかということを、皆さんと考えて一つになっていただくしかないと強く感じます。アメリカがどう動こうと、中国がどう動こうと、日本は動かない。皆さんとともに戦っていきたいと思います。

以上
  
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「もう我慢できない。今年こそ結果を!」。2月2日に家族会・救う会合同会議で決めた今年の運動方針です。 拉致被害者家族の高齢化が進み、「生きている間に被害者に会えないかもしれない」という言葉が出るようになっています。経過はすべて説明して頂くことはないと思います。しかし、今年中にぜひ結果を出して欲しいということが、家族会・救う会そして心ある日本人の心の底からの叫びだと思います
2014年4月27日午後2時午後5時 日比谷公会堂
東京都
千代田区
日比谷公園1-3