救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

「寺越事件50年、今何をすべきか 東京特別集会」全記録



◆弟外雄さんを支援してきた文雄さん

長瀬 みなさんこんばんは。神戸からまいりました救う会兵庫の長瀬です。なぜ神戸が寺越事件に関わっているのかについてまずご説明いたします。
 たくさんのご兄弟(11人兄弟姉妹)がいらっしゃる寺越家の中の5人の男の兄弟の真ん中、3番目が文雄さんです。文雄さんは神戸市東灘区というところで床屋さんを経営されていました。
 私は、救う会の活動に入った当初から文雄さんが東灘にいらっしゃるということで面識も得ていました。ただ、ご案内のように、寺越友枝さんという長男の奥さん、武志さんのお母さんの問題があって、表に出てなかなか活動ができないという状態だったので、家族会・救う会という形での運動は当初控えておられました。
 私も個人的にお付き合いがありましたので、色々なものを拝見していました。文雄さんは、87年に、拉致、北朝鮮が救出と言っているものがはっきりした時に、最初に親族会議を開いて一番最初に北朝鮮に渡る予定だった方です。
 それが、友枝さんからのたっての願いで、訪朝するならまず行かせてほしいということで、文雄さんは友枝さんに、「じゃあ頼むよ」という形で、友枝さんが訪朝されることになりました。
 以降、友枝さんを中心とした北朝鮮とのやりとりと、残されたその他のご家族とのやりとりに大きな開きが出てきます。友枝さんはその後何回も訪朝されるわけですが、文雄さんがまず心配されたのは、外雄さんとそのご家族が、非常に物資の少ない窮乏生活を強いられているということを手紙で知りまして、弟の家族を助けなければいけないということで、お金、それから様々な生活物資を、生活が苦しい中で工面しながらずっと送られていました。
 それらは当時朝鮮総連や、今は破綻しましたが朝銀等を通じて、当時は足利銀行が国際決済をしていましたので送金をしていましたし、物資も送っていました。
 それらの記録を、文雄さんは丹念に残しておられましたので、私もそれを全部見させていただきました。寺越文雄さんがやりくりをしながら、外雄さんのご家族を支えてこられたんだなということを、まず私が理解しました。
 文雄さんも、このことは寺越昭男さんや北野政男さん、内田美津夫さんが家族に入って活動を始めた以上、黙っているわけにはいかないだろうということで、徐々にスタンスを変えられまして、私たちの色々な集会にも出てきていただけるようになりました。
 そして文雄さんは、私どもに貴重な情報を渡していただけるようになり、救う会兵庫の運動の一環として、家族を支えてきたというのが今までの経緯です。
 そして、本当に残念なことなんですが、3年前、文雄さんは非常に重い病気にかかられ、お亡くなりになりました。お亡くなりになる数か月前にも、今日私たちがお邪魔した大臣室に、当時の拉致担当大臣を訪ねて、この外雄の子どもたちがこのままでは取り残される。それだけは何とかしてほしいということをお願いしに行っています。
 外務省にも行きました。法務省にも行きました。そして海上保安庁が出していた死亡認定を取り消すために、本当に奔走されていたのが寺越文雄さんです。
 文雄さんは重い病気にかかった時に、はっきり私にこうおっしゃいました。「運動は一代限りで終らせなければならない。だけども、やり残したことがあまりにも多すぎて、悔やんでも悔やみきれないことがあまりにも多すぎて、なんとかこれをなくしたいとお話がありましたので、お亡くなりになる3か月くらい前、2010年の7月頃に、一時的に入院先からご自宅に戻られた時に、ビデオテープを録画させていただきました。


  
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