救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

「寺越事件50年、今何をすべきか 東京特別集会」全記録



■寺越事件の解決なくして拉致問題の解決なし

西岡 みなさんこんばんは。先ほど、家族会のメンバーである3人の息子さん、私、家族会の増元事務局長、そして救う会石川、救う会兵庫から来てくださって、みんなで古屋大臣に面会しました。そして みなさんのお手元の要請文を提出しました。

 ここに事件の概要が書いてありますので、それを読ませていただきます。

◆要請文

2013年5月17日
拉致問題担当大臣
古屋圭司 殿
寺越昭男、北野政男、内田美津夫
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会 代表 飯塚繁雄
北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会 会長 西岡 力
救う会石川 大口英夫、救う会兵庫 長瀬 猛

 1963年5月、石川県沿岸で操業していた3人の漁民が失踪し、24年後に北朝鮮に住んでいるという手紙が来たいわゆる寺越事件の発生から50年が経った。寺越昭二さんと寺越外雄さんはすでに亡くなった。遭難していた3人を救助したという北朝鮮側の説明は、あまりにも不自然だ。韓国に亡命した元工作員は日本に侵入した北朝鮮工作船が上陸地点の秘密を守るため、3人の漁民のうち昭二さんと推定される抵抗した1人を現場で射殺し、少年を含む2人を拉致したと証言している。

 現場で射殺された疑いがある昭二さんの息子3人は2002年、家族会に入り、「このまま、父の死の真相が明らかにならないまま、日朝国交正常化がなされれば、自分たちは北朝鮮に対して遭難救助を感謝しなければならない立場になってしまう。それには耐えられない」として、真相究明運動を続けてきた。また、北朝鮮の地で1994年に客死した外雄さんとその家族に手紙や支援を送り続けた寺越文雄さんは、「弟外雄を日本に取り戻すことはできなかったが、せめて外雄の子弟2人は助けたい」と病床の身で運動をつづけたが、2010年、無念のまま他界された。

 この間政府は、初めて手紙が来た1987年、寺越武志さんが日本に初めて一時帰国した2002年などの機会を活かすことなく、寺越事件の真相究明への努力を怠ってきたと断じざるを得ない。事件発生50年にあたり、昭二さんの家族と地元の救う会石川、外雄さんを支えてきた救う会兵庫、家族会、救う会は以下のことを政府に要請する。
1 寺越事件の真相究明を昭二さんの殺人容疑も視野に入れ徹底的に行っていただきたい。
2 政府方針にある「拉致に関する真相究明」の中に寺越事件の真相究明が含まれることを明確にして、「寺越事件の解決なくして拉致問題の解決なし」ということを確認していただきたい。
3 外雄さんの直系子弟を日本の戸籍に記載していただきたい。
4 武志さんや外雄さんの直系子孫ら家族全員を、日本か第三国に呼び、事情聴取や日本帰還への意思確認ができるよう北朝鮮に求めていただきたい。
5 機会を見て、古屋大臣に寺越事件の現場視察を行っていただきたい。

  
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