救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

「よど号犯による拉致事件を考える 東京連続集会73」全記録



◆子ども(人質)を作ってから海外で拉致したよど号犯たち


西岡 今日の準備をするために、警察の資料を色々調べてみたんですが、警察が2004年に出している「テロに関する報告書」の中で、よど号犯グループによるテロについても記述があります。
「2002年3月、警察はよど号犯人の元妻が北朝鮮の金日成から、『代を次いでの革命を実施せよ』との教示を受けたリーダーの田宮高麿の指示で、1983年、ロンドン留学中の有本恵子さんに声をかけて騙し、デンマークのコペンハーゲンで朝鮮労働党のキム・ユーチョル及び魚本公博に引き会わせて北朝鮮に連れ出した由の証言をしたことを含め、これまでの捜査結果を総合的に検討した結果、よど号犯グループが朝鮮労働党の指導の下、金日成主義に基づいた日本革命をめざして日本人拉致に深く関与していた」と判断しています。
 ここで、「朝鮮労働党の指導の下、金日成主義に基づいた日本革命をめざして」と警察は書いています。多分この「日本革命テーゼ」について警察は早い時期から知っていたのではないか、あるいは八尾恵さんはかなりのことを警察には話しているのかなあという風にも思います。
 警察の資料に、明確に「キム・ユーチョル」と書いてあるんです。書いていながらキム・ユーチョルを指名手配していないことについて私も事情が分かりませんし、惠谷さんの指名手配すべきという意見に賛成です。
 ここで、「よど号犯人の元妻」というのは八尾めぐみさんのことです。ですから1978年に「日本革命テーゼ」が出され、その後、よど号犯の妻たちが海外に出る。その場合、彼らは何をするかというと、子どもを作らせます。
惠谷 というより子どもができたから総会を開いてとなります。
西岡 海外に一人で出すと、裏切るかもしれない。しかし、人質として平壌に子どもがいるという状態を作ってから海外に出すわけですね。これは彼らのいつものやり口です。福留貴美子さんは一度日本に戻ってきていますが、彼女の場合も子どもが既に平壌にいて、平常に戻ったのです。
 そして80年にマドリードで石岡さんと松木さんが、「共産圏に旅行しませんか」と声をかけられ、83年には有本さんがロンドンに留学中に声をかけられたということです。
 87年になって、柴田、八尾がもう一度日本に入ってきます。必要な日本人のメンバーが揃ったので、今度は自衛隊の中で直接、工作活動が始まったのかなと推測されます。
 あるよど号犯グループの関係者は、田宮から、「自分たちは20人拉致をした」と言っていたという証言があります。あと17人は誰なのかという疑問が残ります。
 その17人の中で誰から日本に戻ってきて、佐世保でスナックをやっていたかもしれない。三沢かもしれない。基地の前で何かあったかもしれない。そして自主革命党員が今も自衛隊の中にいるかもしれない。そのことを、有本さんや松木さんや石岡さんが知っているかもしれない。
 そういう人は返せないと思って、生きているのに「死んだ」と言ったという一つの仮説を、まだ裏が取れているわけではありませんが、持っています。
惠谷 先ほどの福留貴美子さんの長女は1977年6月8日が公式の誕生日ですが、八尾証言は「7月に生まれた筈だ」と言っています。
 よど号犯グループの子どもは約20人。最初は無国籍でしたが、申請します。この時に操作が行われて、例えば水谷協子の長女は、戸籍によれば1979年2月3日となっていますが、実際は1年前に生まれたそうです。1年なぜ遅らしたかというところがポイントです。
 75年から、彼らは「結婚作戦」と言いますが、それが始まります。そしてヨーロッパ経由あるいは別のルートでどんどん日本人女性が平壌に入る。そして結婚し、子どもを作る。そしていよいよ自主革命党を作るわけです。
 非常に短期間で行動しているんですが、それだと逮捕される、都合が悪い。よど号犯も、女性たちもヨーロッパで偶然に出会って、そして北朝鮮に入るという彼らの結婚のフィクションがあるんです。
 それによればそんなに早く生まれるとまずい。つじつまが合わないということで、実際は生まれているにも関わらず、1年ずらす。そういう子どもたちが3人います。
 これはプライバシーの問題にもなりますが、そういう操作をしています。申請した誕生日も非常に疑わしいのがたくさんあります。

  
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