2. 着々と進む金正日の対南工作-韓国は革命前夜(2006/10/01)
情勢分析?? 2
着々と進む金正日の対南工作-韓国は革命前夜
韓国に対する政治工作?2004総選挙闘争指針
北朝鮮は2004年初め韓国内の親北左派勢力に対して、「2004総選挙闘争指
針」(以下、工作指針)を、インターネットを通じて送ってきた。工作指針は、金正
日の韓国に対する政治工作が戦慄すべき程度に進展していることをよく示している。
経済破綻と国際的孤立で金正日政権は追い込まれている。しかし、金正日は追い込
まれているだけでなく、実は追い込んでいる側面もある。言い換えると、金正日の思
い通りに進んでいる局面が厳然として存在するということだ。それが、韓国における
政治工作だ。そのおどろくべき実態を「工作指針」を中心にして確認しておこう。
この指針は2003年11月15日、韓国民族民主戦線(韓民戦)中央委員会宣伝
局」で発行されたものとなっている。韓民戦は、北朝鮮の対南工作機関である朝鮮労
働党所属の統一戦線部傘下の対南革命地下組織である。韓国公安当局は、その実態は
韓国国内に実在せず、北朝鮮の宣伝としているが、後述の通り、韓国内になんらかの
地下組織があることは間違いない。
北朝鮮の建国以来の目標は、全朝鮮半島に朝鮮労働党の独裁支配を確立することだ
った。分かりやすく言えば、赤化統一だ。これは朝鮮労働党規約にはっきりと書かれ
ている。北朝鮮は、韓国を、「アメリカ帝国主義の植民地」と一方的に規定し、米軍
撤退を戦略目標と定めてきた。
1964年金日成は「祖国統一の偉業を実現するために革命力量をあらゆる方法で
強化しよう」と題する演説(以下、金日成演説)で次のようにそのことを明言してい
る。
「アメリカ帝国主義者をわが国土から追い払い祖国を統一するのは、南北全朝鮮人民
の共同の闘争課題です。(略)いま、アメリカ帝国主義者に直接抑圧され、搾取され
ているのは、南朝鮮の人民です。それゆえ、南朝鮮からアメリカ帝国主義者を追い出
すためには、まず南朝鮮の人民が主導的に立ち上がらなければなりません。そうして
こそ、南朝鮮におけるアメリカ帝国主義の植民地支配制度に直接打撃を与えることが
でき、南朝鮮革命を人民大衆の力によって、一層早く押し進めることができます。」
工作指針は冒頭で、現在の韓国の政治状況について「南北共同宣言採択以後、米国
の朝鮮半島支配構図が根本的に揺れ動いている。過去半世紀の間、韓国の支配者とし
て君臨してきた米国だが、南北共同宣言の採択で民族団合の熱気が高まり、わが国民
の民族自主意識が高揚し、その影響力は落ち弱化している」と書いているが、まさに韓国をアメリカの植民地と見る基本認識は金日成演説と同じである。北朝鮮の韓国認
識は何も変わっていないのだ
北朝鮮は建国2年後の1950年に武力南侵を敢行したが、米軍を中心とする国連
軍が北朝鮮軍を撃退し、その後も米軍が韓国に駐屯し続け、北朝鮮の南侵の脅威から
韓国を守り続けてきた。彼らは朝鮮戦争で勝利できなかった原因を、韓国内革命勢力
の力量の弱さに求めてきた。そして、3つの革命力量を強めることが必要という戦略
を打ち出す。すなわち、「北朝鮮の革命力量」、「南朝鮮の革命力量」、「国際革命力量」
である。
金正日から見ると、現情勢は北朝鮮と国際の2つの革命力量の点では追い込まれて
いるが、南朝鮮革命力量はかつてなく強化されていると言える。それが先に見た工作
指針の「米国の朝鮮半島支配構図が根本的に揺れ動いている」という情勢認識によく
現れている。
金日成の韓国政治工作
では北朝鮮は南朝鮮革命力量の強化、言い換えると韓国に対する政治工作をどのよ
うに進めてきたのだろうか。
金日成は南朝鮮革命力量の強化について先の演説で次の3点を指令している。
第1が、前衛政党と労働者・農民の組織だ。
「まず、革命の主力軍をしっかり固めることが重要です。革命の主力軍とは革命に動
員できる基本階級と、そのなかに深く根を下ろしたマルクス・レーニン主義党を意味
します。マルクス・レーニン主義党の指導のもとに、社会の基本階級である労働者、
農民が動員されてこそ、革命は勝利を勝ち取ることができるのです」
第2が、各界各層を網羅した統一戦線結集だ。
「次に、南朝鮮の革命力量を組織する上で重要な問題は、各界各層の大衆を統一戦線
に結集することです。南朝鮮の知識人や青年・学生、都市の小市民と良心的な民族ブ
ルジョアジーその他の民主主義の目指す各界各層の大衆が統一戦線に網羅されなけ
ればなりません」
第3が、政治、経済、文化、軍事における反革命力量の弱体化だ。
「次に重要なことは、反革命力量を弱めることです。反革命力量を弱めるのは、革命
力量を強化するのと同じ意義をもちます。われわれは、革命力量を強化する一方、政
治、経済、文化、軍事の各方面にわたって反革命力量を弱化させるために全力を尽く
さなければなりません」
この3つはいまたいへん進んでいる。金日成演説があった1964年、その指示に
従って「統一革命党」が韓国内で結成された。68年北朝鮮はソウルと韓国東海岸に
百人を超える武装ゲリラを侵入させ、大統領暗殺と韓国内での武装ゲリラ活動を企図し、それらは韓国内革命勢力の蜂起だと宣伝した。しかし、韓国政府は同党を67年
から68年にかけてそれを摘発し首謀者を死刑にし、侵入したゲリラもすべて殲滅し
た。その後、工作員らの指導で残存組織が韓国内で活動をしていたが、同党は198
5年韓民戦(韓国民族民主戦線)と改称した。改称の頃から、韓国内学生運動、労働
運動に急速に影響力を拡大し、いわゆる「主思派」と呼ばれる韓国内親北革命勢力の
指導部となる。先に見たように、この工作指針自体が「2003年11月15日、韓
民戦中央委員会宣伝局発行」とされている。つまり、韓国内前衛政党が4月の総選挙
に向けて韓国内の親北勢力に向けて出した指針という形式だ。
韓国に200の地下組織
韓国情報部幹部として80年代、北朝鮮工作員取り締まりを担当していた鄭亭根議
員はわたしに地下党の存在について次のように語っている。「韓国内に地下党は存在
する。その指導のため北朝鮮から派遣されてくる工作員は2年から3年に一回交代し
ている。そこまでは把握しているが検挙できない」。
87年から対南戦闘工作員として6年間訓練を受けた安明進氏に、当時韓国内にど
の程度の地下組織があるか尋ねたところ、「200のそれぞれ独立した網がある、と
教わった」と答えてくれた。この「網」とは、直接北朝鮮にある工作機関につながり
指令を受けて活動している組織のことで、韓国内の他の「網」との関係は全くないと
いう。統一革命党が検挙された後、韓国内に地下指導部をおくと、芋づる式に全組織
が摘発されるという教訓を得て、全体の指導部は北朝鮮におくことになった、という。
「網」が200あるということは、少なくとも、200人の工作員が韓国内で活動し、
200がそれぞれに複数の組織員を韓国内で確保している。
韓民戦はこれらの実際の地下組織とは別に、ラジオやコンピュータ通信などで、政
治課題に関する闘争指針などを伝達している。これは、地下組織員に対する指針であ
ると同時に、地下組織に加担はしていないが思想的に親北となっている多数の各界各
層の左翼活動家への指針ともなっている。金日成指令にある統一戦線は、上層統一戦
線と下層統一戦線の2つがある。各界各層の大衆を対象とする後者に対して、前者は
支配階級の政党や、中間政党内部に対する工作だ。まさに、金大中政権、盧武鉉政権
はこの上層統一戦線工作の成果として誕生したと言えよう。
また、「政治、経済、文化、軍事の反革命力量を弱化」も確実に進んでいる。特に、
文化、思想面において、テレビ局が完全に左派の手中に落ち、教育界も反米民族主義
教育を進める全教組(韓国版の日教組)が大きな影響力をもっている。
以上見たように、韓国では金日成が命じた「革命力量強化」が大成功し、かつてな
いほど親北勢力が拡大し、国内だけ見れば「革命前夜」と言ってもおかしくないほど
だ。
北朝鮮の工作指針通りの選挙結果
それでは、その状況を受けて工作指針が何を命じているかをみておこう。
まず「南北共同宣言の採択」が大きな転機だと言われている。それによって民族団
合の熱気が高まり、わが国民の民族自主意識が高揚し結果、米国の支配が揺らいでき
ている。これに対して米国は戦争策動をおこない共同宣言履行を妨害している。
2002年12月の大統領選挙もアメリカが韓国支配を守るためにハンナラ党の
李会昌候補を支援したが、惨敗した。大統領選挙以後、「米国は対北戦争策動に、よ
りしがみ付き、朝鮮半島情勢を激化させ、南北関係の発展と6・15南北共同宣言の
履行を塞いでいる。また、米国は韓国政府に対する政治、経済、軍事的圧力を露骨に
強化し、ハンナラ党を押し立てて政界を混乱の渦に追い込み、韓国社会の発展を阻止
しようとしている」
朝鮮半島の緊張が高まっているのは、北朝鮮が国際社会をあざむき核開発を続け、
拉致をはじめとするテロ行為を行い続けているからだという視点はまったくなく、た
だ悪いのはアメリカとされる。そもそも、韓国は厳然たる独立国であり、北朝鮮の武
力革命方針が変わらないため、米国と軍事同盟を結んでいるのであって、米国の支配
など受けていない。
このようなまったく偏向した情勢認識に乗っ取り2004年4月総選挙の意義を
「南北共同宣言支持、民主改革勢力 対 米国と事大守旧勢力の間の熾烈な角逐戦に
なろう。今回の総選挙で、わが国民は自主統一や民主改革、もしくは隷属と分断、フ
ァッショと沈滞かを選択する」と規定する。そして、「1、南北共同宣言を履行でき
る政治環境を創出せねばならない。米国は韓国政治の発展と社会の進歩を妨げる最大
の障害物である」と反米運動を煽動し、「2、大衆的進歩運動勢力を拡大、強化せね
ばならない。民主労働党を必ず国会に進出させねばならない」と左翼政党の国会進出
を指令し、「3、ハンナラ党を少数党に転落させねばならない。事大売国・米国追従、
南北共同宣言反対・民族対決、ファッショ本党・反民族勢力の代表であるハンナラ党
は韓国政治の癌的存在である」として、選挙戦での反ハンナラ党闘争を指令し、選挙
戦術として反ハンナラ候補の単一化と、それに失敗した場合は勝ち目のある反ハンナ
ラ候補への票の集中を指示した。
2004年4月の韓国国会議員選挙は、盧武鉉政権の与党・ヨルリンウリ党が15
2議席で過半数を確保し、公然と社会主義的政策実現や在韓米軍撤退を主張する急進
左翼親北政党・民主労働党が10議席、保守野党ハンナラ党が121議席という結果
になった。選挙の結果を、工作指針にあてはめてみると、ハンナラ党の過半数割れ、
民主労働党10議席獲得という結果は、まさに北朝鮮の指令通りで、戦慄を覚える。
この選挙結果は、韓国政治史において、重大な意味を持つ。すでに大統領は199
8年の金大中政権以来、親北左翼の手に渡り、2003年からの盧武鉉政権で2期目を迎えているが、国会は保守野党ハンナラ党が過半数を占め続け、政権の左派的政策
に歯止めをかけてきた。しかし、ついに国会における多数派も親北左翼勢力に明け渡
すことになった。
韓国の現憲法では大統領は5年任期で重任は認められない。国会は1院制で任期は
4年、大統領には国会解散権はない。盧武鉉大統領の任期は2008年2月までだか
ら、任期末までこの国会と国政を行うことになる。
「国会連合会議」で優位に立つ北朝鮮
工作指針が目標として設定した6.15共同宣言の実現で、一番問題になるのが宣
言第二項「統一のために南側の連合制案と、北側の低い段階での連邦制案は、互いに
共通点が多いことを認め、今後この方向で統一を目指していくこととした」である。
ヨルリンウリ党は選挙公約に盧武鉉・金正日会談実現を挙げている。南北首脳会談が
持たれたとき、共同宣言に従う限り連邦制あるいは連合制での統一を韓国側は拒否す
ることが困難だ。最高首脳会議を作り、国会連合会議を作ることに合意する危険性は
十分ある。連邦制は、金日成が70年代から繰り返し北朝鮮幹部らに強調していたよ
うに、トロイの木馬となり赤化統一が自動的に進むことは間違いない。国会連合会議
では人口比にしたとして北朝鮮50、韓国100の割合で議席が配分されるが、20
04年の国会議員選挙結果からして、韓国側の議席中で少なくとも3分の1以上を親
北左派が占めることは確実だ。となれば、全ての議決で北朝鮮50プラス韓国左派3
0が連合して80になり、残りの70に対してつねに優位に立つ。
また、工作指針の中に「朝・中・東(朝鮮日報、中央日報、東亜日報の左翼がつく
った略称)はハンナラ党と米国の代弁者の役割を果たし政局混乱をあおり、国民を不
安に陥れている」という記述があったことも見逃せない。ソウルでの評判に依れば中
央日報につづいて朝鮮日報も反金正日、反盧武鉉の論調を弱めているという。左翼陣
営に真正面から反対している月刊朝鮮は2005年3月末、電撃的に趙甲済社長が辞
任した。
(本稿は筆者が本プロジェクトでの成果の一部として正論2004年3月号に寄稿
したものにその後の情勢を加えて作成したことを付記しておく)
着々と進む金正日の対南工作-韓国は革命前夜
西岡 力(東京基督教大学教授)
韓国に対する政治工作?2004総選挙闘争指針
北朝鮮は2004年初め韓国内の親北左派勢力に対して、「2004総選挙闘争指
針」(以下、工作指針)を、インターネットを通じて送ってきた。工作指針は、金正
日の韓国に対する政治工作が戦慄すべき程度に進展していることをよく示している。
経済破綻と国際的孤立で金正日政権は追い込まれている。しかし、金正日は追い込
まれているだけでなく、実は追い込んでいる側面もある。言い換えると、金正日の思
い通りに進んでいる局面が厳然として存在するということだ。それが、韓国における
政治工作だ。そのおどろくべき実態を「工作指針」を中心にして確認しておこう。
この指針は2003年11月15日、韓国民族民主戦線(韓民戦)中央委員会宣伝
局」で発行されたものとなっている。韓民戦は、北朝鮮の対南工作機関である朝鮮労
働党所属の統一戦線部傘下の対南革命地下組織である。韓国公安当局は、その実態は
韓国国内に実在せず、北朝鮮の宣伝としているが、後述の通り、韓国内になんらかの
地下組織があることは間違いない。
北朝鮮の建国以来の目標は、全朝鮮半島に朝鮮労働党の独裁支配を確立することだ
った。分かりやすく言えば、赤化統一だ。これは朝鮮労働党規約にはっきりと書かれ
ている。北朝鮮は、韓国を、「アメリカ帝国主義の植民地」と一方的に規定し、米軍
撤退を戦略目標と定めてきた。
1964年金日成は「祖国統一の偉業を実現するために革命力量をあらゆる方法で
強化しよう」と題する演説(以下、金日成演説)で次のようにそのことを明言してい
る。
「アメリカ帝国主義者をわが国土から追い払い祖国を統一するのは、南北全朝鮮人民
の共同の闘争課題です。(略)いま、アメリカ帝国主義者に直接抑圧され、搾取され
ているのは、南朝鮮の人民です。それゆえ、南朝鮮からアメリカ帝国主義者を追い出
すためには、まず南朝鮮の人民が主導的に立ち上がらなければなりません。そうして
こそ、南朝鮮におけるアメリカ帝国主義の植民地支配制度に直接打撃を与えることが
でき、南朝鮮革命を人民大衆の力によって、一層早く押し進めることができます。」
工作指針は冒頭で、現在の韓国の政治状況について「南北共同宣言採択以後、米国
の朝鮮半島支配構図が根本的に揺れ動いている。過去半世紀の間、韓国の支配者とし
て君臨してきた米国だが、南北共同宣言の採択で民族団合の熱気が高まり、わが国民
の民族自主意識が高揚し、その影響力は落ち弱化している」と書いているが、まさに韓国をアメリカの植民地と見る基本認識は金日成演説と同じである。北朝鮮の韓国認
識は何も変わっていないのだ
北朝鮮は建国2年後の1950年に武力南侵を敢行したが、米軍を中心とする国連
軍が北朝鮮軍を撃退し、その後も米軍が韓国に駐屯し続け、北朝鮮の南侵の脅威から
韓国を守り続けてきた。彼らは朝鮮戦争で勝利できなかった原因を、韓国内革命勢力
の力量の弱さに求めてきた。そして、3つの革命力量を強めることが必要という戦略
を打ち出す。すなわち、「北朝鮮の革命力量」、「南朝鮮の革命力量」、「国際革命力量」
である。
金正日から見ると、現情勢は北朝鮮と国際の2つの革命力量の点では追い込まれて
いるが、南朝鮮革命力量はかつてなく強化されていると言える。それが先に見た工作
指針の「米国の朝鮮半島支配構図が根本的に揺れ動いている」という情勢認識によく
現れている。
金日成の韓国政治工作
では北朝鮮は南朝鮮革命力量の強化、言い換えると韓国に対する政治工作をどのよ
うに進めてきたのだろうか。
金日成は南朝鮮革命力量の強化について先の演説で次の3点を指令している。
第1が、前衛政党と労働者・農民の組織だ。
「まず、革命の主力軍をしっかり固めることが重要です。革命の主力軍とは革命に動
員できる基本階級と、そのなかに深く根を下ろしたマルクス・レーニン主義党を意味
します。マルクス・レーニン主義党の指導のもとに、社会の基本階級である労働者、
農民が動員されてこそ、革命は勝利を勝ち取ることができるのです」
第2が、各界各層を網羅した統一戦線結集だ。
「次に、南朝鮮の革命力量を組織する上で重要な問題は、各界各層の大衆を統一戦線
に結集することです。南朝鮮の知識人や青年・学生、都市の小市民と良心的な民族ブ
ルジョアジーその他の民主主義の目指す各界各層の大衆が統一戦線に網羅されなけ
ればなりません」
第3が、政治、経済、文化、軍事における反革命力量の弱体化だ。
「次に重要なことは、反革命力量を弱めることです。反革命力量を弱めるのは、革命
力量を強化するのと同じ意義をもちます。われわれは、革命力量を強化する一方、政
治、経済、文化、軍事の各方面にわたって反革命力量を弱化させるために全力を尽く
さなければなりません」
この3つはいまたいへん進んでいる。金日成演説があった1964年、その指示に
従って「統一革命党」が韓国内で結成された。68年北朝鮮はソウルと韓国東海岸に
百人を超える武装ゲリラを侵入させ、大統領暗殺と韓国内での武装ゲリラ活動を企図し、それらは韓国内革命勢力の蜂起だと宣伝した。しかし、韓国政府は同党を67年
から68年にかけてそれを摘発し首謀者を死刑にし、侵入したゲリラもすべて殲滅し
た。その後、工作員らの指導で残存組織が韓国内で活動をしていたが、同党は198
5年韓民戦(韓国民族民主戦線)と改称した。改称の頃から、韓国内学生運動、労働
運動に急速に影響力を拡大し、いわゆる「主思派」と呼ばれる韓国内親北革命勢力の
指導部となる。先に見たように、この工作指針自体が「2003年11月15日、韓
民戦中央委員会宣伝局発行」とされている。つまり、韓国内前衛政党が4月の総選挙
に向けて韓国内の親北勢力に向けて出した指針という形式だ。
韓国に200の地下組織
韓国情報部幹部として80年代、北朝鮮工作員取り締まりを担当していた鄭亭根議
員はわたしに地下党の存在について次のように語っている。「韓国内に地下党は存在
する。その指導のため北朝鮮から派遣されてくる工作員は2年から3年に一回交代し
ている。そこまでは把握しているが検挙できない」。
87年から対南戦闘工作員として6年間訓練を受けた安明進氏に、当時韓国内にど
の程度の地下組織があるか尋ねたところ、「200のそれぞれ独立した網がある、と
教わった」と答えてくれた。この「網」とは、直接北朝鮮にある工作機関につながり
指令を受けて活動している組織のことで、韓国内の他の「網」との関係は全くないと
いう。統一革命党が検挙された後、韓国内に地下指導部をおくと、芋づる式に全組織
が摘発されるという教訓を得て、全体の指導部は北朝鮮におくことになった、という。
「網」が200あるということは、少なくとも、200人の工作員が韓国内で活動し、
200がそれぞれに複数の組織員を韓国内で確保している。
韓民戦はこれらの実際の地下組織とは別に、ラジオやコンピュータ通信などで、政
治課題に関する闘争指針などを伝達している。これは、地下組織員に対する指針であ
ると同時に、地下組織に加担はしていないが思想的に親北となっている多数の各界各
層の左翼活動家への指針ともなっている。金日成指令にある統一戦線は、上層統一戦
線と下層統一戦線の2つがある。各界各層の大衆を対象とする後者に対して、前者は
支配階級の政党や、中間政党内部に対する工作だ。まさに、金大中政権、盧武鉉政権
はこの上層統一戦線工作の成果として誕生したと言えよう。
また、「政治、経済、文化、軍事の反革命力量を弱化」も確実に進んでいる。特に、
文化、思想面において、テレビ局が完全に左派の手中に落ち、教育界も反米民族主義
教育を進める全教組(韓国版の日教組)が大きな影響力をもっている。
以上見たように、韓国では金日成が命じた「革命力量強化」が大成功し、かつてな
いほど親北勢力が拡大し、国内だけ見れば「革命前夜」と言ってもおかしくないほど
だ。
北朝鮮の工作指針通りの選挙結果
それでは、その状況を受けて工作指針が何を命じているかをみておこう。
まず「南北共同宣言の採択」が大きな転機だと言われている。それによって民族団
合の熱気が高まり、わが国民の民族自主意識が高揚し結果、米国の支配が揺らいでき
ている。これに対して米国は戦争策動をおこない共同宣言履行を妨害している。
2002年12月の大統領選挙もアメリカが韓国支配を守るためにハンナラ党の
李会昌候補を支援したが、惨敗した。大統領選挙以後、「米国は対北戦争策動に、よ
りしがみ付き、朝鮮半島情勢を激化させ、南北関係の発展と6・15南北共同宣言の
履行を塞いでいる。また、米国は韓国政府に対する政治、経済、軍事的圧力を露骨に
強化し、ハンナラ党を押し立てて政界を混乱の渦に追い込み、韓国社会の発展を阻止
しようとしている」
朝鮮半島の緊張が高まっているのは、北朝鮮が国際社会をあざむき核開発を続け、
拉致をはじめとするテロ行為を行い続けているからだという視点はまったくなく、た
だ悪いのはアメリカとされる。そもそも、韓国は厳然たる独立国であり、北朝鮮の武
力革命方針が変わらないため、米国と軍事同盟を結んでいるのであって、米国の支配
など受けていない。
このようなまったく偏向した情勢認識に乗っ取り2004年4月総選挙の意義を
「南北共同宣言支持、民主改革勢力 対 米国と事大守旧勢力の間の熾烈な角逐戦に
なろう。今回の総選挙で、わが国民は自主統一や民主改革、もしくは隷属と分断、フ
ァッショと沈滞かを選択する」と規定する。そして、「1、南北共同宣言を履行でき
る政治環境を創出せねばならない。米国は韓国政治の発展と社会の進歩を妨げる最大
の障害物である」と反米運動を煽動し、「2、大衆的進歩運動勢力を拡大、強化せね
ばならない。民主労働党を必ず国会に進出させねばならない」と左翼政党の国会進出
を指令し、「3、ハンナラ党を少数党に転落させねばならない。事大売国・米国追従、
南北共同宣言反対・民族対決、ファッショ本党・反民族勢力の代表であるハンナラ党
は韓国政治の癌的存在である」として、選挙戦での反ハンナラ党闘争を指令し、選挙
戦術として反ハンナラ候補の単一化と、それに失敗した場合は勝ち目のある反ハンナ
ラ候補への票の集中を指示した。
2004年4月の韓国国会議員選挙は、盧武鉉政権の与党・ヨルリンウリ党が15
2議席で過半数を確保し、公然と社会主義的政策実現や在韓米軍撤退を主張する急進
左翼親北政党・民主労働党が10議席、保守野党ハンナラ党が121議席という結果
になった。選挙の結果を、工作指針にあてはめてみると、ハンナラ党の過半数割れ、
民主労働党10議席獲得という結果は、まさに北朝鮮の指令通りで、戦慄を覚える。
この選挙結果は、韓国政治史において、重大な意味を持つ。すでに大統領は199
8年の金大中政権以来、親北左翼の手に渡り、2003年からの盧武鉉政権で2期目を迎えているが、国会は保守野党ハンナラ党が過半数を占め続け、政権の左派的政策
に歯止めをかけてきた。しかし、ついに国会における多数派も親北左翼勢力に明け渡
すことになった。
韓国の現憲法では大統領は5年任期で重任は認められない。国会は1院制で任期は
4年、大統領には国会解散権はない。盧武鉉大統領の任期は2008年2月までだか
ら、任期末までこの国会と国政を行うことになる。
「国会連合会議」で優位に立つ北朝鮮
工作指針が目標として設定した6.15共同宣言の実現で、一番問題になるのが宣
言第二項「統一のために南側の連合制案と、北側の低い段階での連邦制案は、互いに
共通点が多いことを認め、今後この方向で統一を目指していくこととした」である。
ヨルリンウリ党は選挙公約に盧武鉉・金正日会談実現を挙げている。南北首脳会談が
持たれたとき、共同宣言に従う限り連邦制あるいは連合制での統一を韓国側は拒否す
ることが困難だ。最高首脳会議を作り、国会連合会議を作ることに合意する危険性は
十分ある。連邦制は、金日成が70年代から繰り返し北朝鮮幹部らに強調していたよ
うに、トロイの木馬となり赤化統一が自動的に進むことは間違いない。国会連合会議
では人口比にしたとして北朝鮮50、韓国100の割合で議席が配分されるが、20
04年の国会議員選挙結果からして、韓国側の議席中で少なくとも3分の1以上を親
北左派が占めることは確実だ。となれば、全ての議決で北朝鮮50プラス韓国左派3
0が連合して80になり、残りの70に対してつねに優位に立つ。
また、工作指針の中に「朝・中・東(朝鮮日報、中央日報、東亜日報の左翼がつく
った略称)はハンナラ党と米国の代弁者の役割を果たし政局混乱をあおり、国民を不
安に陥れている」という記述があったことも見逃せない。ソウルでの評判に依れば中
央日報につづいて朝鮮日報も反金正日、反盧武鉉の論調を弱めているという。左翼陣
営に真正面から反対している月刊朝鮮は2005年3月末、電撃的に趙甲済社長が辞
任した。
(本稿は筆者が本プロジェクトでの成果の一部として正論2004年3月号に寄稿
したものにその後の情勢を加えて作成したことを付記しておく)