救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

国際会議「北朝鮮による国際的拉致の全貌と解決策」全記録




世界に広がる拉致問題



西岡力・救う会常任副会長


 お手元に、家族会・救う会が作りました、「世界12か国で行われている北朝鮮による拉致犯罪」というペーパー(本書★ページ所収)と表(下記参照)があると思います。それを見ていただきながら説明させていただきます。

 北朝鮮による拉致は全世界で行なわれています。最低12か国の国民が拉致され、現在も帰れずにいる可能性が高いのです。2002年9月、北朝鮮は13歳の少女を含む日本人を拉致したことを認めました。韓国政府によると、朝鮮戦争中に82,959人、朝鮮戦争後に489人の韓国人が北朝鮮により拉致され、今も抑留され続けています。

 我々の調査で、タイ人、レバノン人、ルーマニア人、中国人の拉致被害者が判明しました。そしてフランス人、イタリア人、オランダ人、ヨルダン人、マレーシア人、シンガポール人の拉致に関する有力な情報が明らかになりました。すなわち拉致被害は最低12か国にのぼります。

 北朝鮮による拉致は日朝二国間に限定された問題ではありません。世界12か国に対して北朝鮮が行なった国家テロに対し、国際社会が団結して解決すべき問題です。

日本と韓国以外の拉致について少し整理してみたいと思います。表を見てください。

世界に広がる北朝鮮による拉致被害(救う会作成)

国籍被害者数 出処
韓国人82,959人韓国政府調査(朝鮮戦争中民間人拉致)
  489人 韓国政府調査(朝鮮戦争休戦後)
日本人17人 日本政府調査
  約100人特定失踪者問題調査会推計
レバノン人4人1978年拉致され1979年までに救出された
    うち1人は米兵の妻
タイ人1人米兵の妻
ルーマニア人1人米兵の妻
中国人(マカオ系)2人うち1人を韓国人拉致被害者崔銀姫が詳しく証言
マレーシア人4人崔銀姫が伝聞証言
1978年8月にシンガポールで同時に失踪した4人のマレーシア人女性の内1人をジェンキンス氏が平壌で目撃
シンガポール人 1人 上記マレーシア人女性4人といっしょに失踪
フランス人3人 上記レバノン人被害者が1978年に目撃
    うち1人について崔銀姫と大韓機爆破テロ犯
    金賢姫の伝聞証言あり
イタリア人3人上記レバノン人被害者が1978年に目撃
オランダ人2人上記レバノン人被害者が1978年に目撃
ヨルダン人1人崔銀姫が目撃


日本政府は拉致被害者として17人を認定していますが、約100人の被害者がいると考えています。これについては、特定失踪者問題調査会から報告があると思います。

レバノン人、タイ人、ルーマニア人については、ジェンキンスさんの証言で明らかになりました。ジェンキンスさんと同じ立場の脱走米兵があと3人おり、それぞれの妻が全員拉致被害者でした。レバノン人とタイ人については家族が名乗り出ていますが、ルーマニア人の家族はまだ名乗り出ていません。今回、ジェンキンスさんの証言で、ルーマニア人ドナさんのお父さんについて、ルーマニア軍の大佐であったこと、そしてスキャンダルのために辞任したこと、軍の大学で教えていたという具体的な情報が入手できましたので、そのような軍歴を持つ人、そして娘がイタリアに行ってイタリア人と結婚したという情報からドイナさんの家族を特定していただきたいと思っています。

ジェンキンスさんの証言でタイ人の拉致が明らかになり、今、タイの家族がここに来ておられます。そのタイ人被害者はタイで拉致されたのではなく、マカオで拉致されています。

そのマカオで、同じ日に中国人が二人失踪していました。その内一人を見た人が今韓国に住んでいます。そのことが分かり、マカオのミス孔(コン)と北朝鮮で親しく交わっていた崔銀姫さんと、私が2005年12月に会うことができました。そこで詳しい情報を聞いて、私と家族会の増元事務局長が2006年1月マカオに行き、ミス孔の家族に会いました。このペーパー(下記)に書いてあるように、家族構成、両親の職業、学歴、本人の職業、宗教などすべてが崔銀姫さんか伝えたミス孔の情報と、家族が覚えている孔さんの情報が一致しました。ミス孔はカソリックの信者で、自分のバプテストネームをマリアだと言っていたそうです。家族はカソリックの信者ではなかったので、娘のバプテストネームを知らなかった。後で教会で調べてもらったところ、マリアでした。家族も知らない個人情報をソウルに住んでいる人が知っていました。ミス孔が今も北朝鮮にいることは間違いないと思います。

また、崔銀姫さんはそれ以外に、ヨルダン人に会ったと言っています。編み物の帽子をプレゼントしています。そして、マレーシア人とフランス人について話を聞いています。日本人については、『主婦の友』の付録を日本人から貸して貰ったと言っています。これも新しい情報でした。帰国した日本人拉致被害者が『主婦の友』を呼んでいたという情報が一部で報道されていましたが、招待所の中で貸し借りされていた可能性が高いと思います。

このブラウザではこの画像を表示できない可能性があります。 ジェンキンスさん、崔銀姫さんの証言でかなりのことが明らかになりましたが、もう一つ、重大な証言を私たちは持っています。それはこのレバノンの新聞(写真右)です。レバノンからは1978年に4人の女性が拉致され、1年後に全員帰国することができました。1979年11月9日のレバノンの新聞で、帰国した女性たちからレバノン政府が調べた結果が報道されています。この記事によると、レバノン人拉致被害者は次のような証言をしています。

「パスポートを没収された後、ある施設に移送された。同施設では、柔道、テコンドー、空手のほか、盗聴などあらゆるスパイ活動のための訓練が行われ、金日成思想への洗脳も行われた。同施設には28人の若い女性がおり、その中にはフランス人3人、イタリア人3人、オランダ人2人、その他中東や西ヨーロッパからきた女性が含まれていた」

これは直接の目撃証言です。レバノン人被害者のうち3人は今、自由世界にいます。フランス人、イタリア人、オランダ人に会って国名を特定できるような話をしたものと思われます。日本のマスコミが取材に行っていますが、北朝鮮を怖がって取材に応じてくれません。その内の一人はアメリカに住んでいます。私は、家族会の飯塚副代表、増元事務局長、救う会の島田副会長とともにニューヨークの国連代表部に行きました。レバノン政府の代表部にも行き、当時調査した資料を公開してほしいと要請しました。新聞の報道があるのですから、レバノン公安当局が調査した資料がある筈です。レバノン代表部では、日本政府からレバノン政府に同じ要請があれば、レバノン政府が動きやすいという話があり、外務省にお願いしたところ、「既に一般的な情報のお願いはしているが、その記事に関する情報提供につき改めてお願いする」との返事をいただきましたが、その後レバノン政府から日本政府に、内戦のため当時の資料はなくなって出せない、という回答があったそうです。

具体的に、フランス人、イタリア人、オランダ人を見たという人がいるわけです。そして先ほどの崔銀姫の証言の中にもフランス人の証言があった。フランスの女性の大学教授が連れて行かれているという証言です。調べて見ると、フランス人については、大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫の本の中にも、崔銀姫さんの証言とほぼ重なる証言が入っていたのです。これは招待所のおばさんから金賢姫さんが聞いたというものです。

「この前拉致されてきたかわいい外国人の女性がいたんだけど、北朝鮮工作員にだまされて連れてこられたんだって。北朝鮮にくるやその工作員はどこかに消えてしまい、その外国人女性は自分を連れてきた工作員を探してくれと何回も頼んだけど、たわごとを言うな、と毎日殴られていたのよ」

結婚の約束をして連れてこられて婚約者がいなくなった。抵抗した、ということと一致します。

金賢姫さんをこの国際会議に呼びたかったのですが、私たちは今、連絡をとることができません。午後のセッションで解決策を考える時に、韓国の国会議員の方や活動家の方々にお話をしていただきますが、実は、もっとたくさんの情報が韓国にあるのです。安明進さんの先輩で、作戦部の元工作員の人たち、その中には金賢姫さんも入っていますが、その人たちが積極的に口を開けば、もっと多くのことが分かる筈です。

それでも現段階までの拉致の実態を明らかにするのも、日本一国の力ではできませんでした。安明進さんのように勇気のある北朝鮮から来た人たちの力。横田めぐみさんの拉致については韓国政府が情報を提供してくれました。韓国のジャーナリストの取材もありました。そしてレバノン人が証言をしていた。タイから家族が出てきた。中国人の家族も2006年3月にソウルに行き、崔銀姫さんと会っています。家族が自分の家族を助けようと努力を始め、それぞれの国で支援者が立ち上がって、そしてそれぞれの国が協力して情報を集める。国連でも拉致問題が取り上げられ、アメリカのように被害者がいない国でも、積極的に取組むようになり、今日はスザン・ショルティさんも来てくださいました。

最後に、拉致の責任者について話しておきたい。今明らかになっている世界の拉致は1970年代後半に集中しています。事件発生時期が明確なタイ人、レバノン人、中国人、マレーシア人、シンガポール人の拉致は1978年に起こっています。78年というのは、田口八重子さん、蓮池さん夫妻、地村さん夫妻、増元さん、市川さん、曽我さん母娘、田中実さんなど日本でも集中して拉致が起きた年です。韓国でもめぐみさんの夫であった当時高校生だった金英男さんも78年です。

先ほど安明進さんが証言しましたが、実は金正日が拉致の命令を出したのです。安明進さんは、金正日政治軍事大学の必修科目で習ったと言っています。教科書に書いてあった、と。74年に金正日が後継者に選ばれた後、朝鮮労働党の対南工作部門を自分の手に入れようとして、それまでの工作活動を検閲して、古参幹部をつるしあげて成果がゼロだと言って、1976年に新しい工作の方針について彼は演説をします。その中に、工作員教育についての新しい方針も含まれていた。その指示が「工作員の現地人化教育を徹底して行なえ」、「そのために、現地人を連れてきて教師にせよ」です。このことを習った時に、安さんたちは、「連れて来いというけれどこれは拉致ですか」と質問したんだそうです。すると教官が、「当たり前だろう。自分で来るか」と、言ったそうです。金正日の拉致指令です。76年初めに拉致指令があり、77年、78年、70年代後半に日本でも世界でも集中的に拉致が行なわれています。この拉致指令については、指令が出された頃に工作員をしていて詳しく事情を知っている申ピョンギル氏が、『金正日の対南工作』という韓国で出した本(日本語訳は『現代コリア』1999年7−8月合併号)に書いています。

金正日は拉致を知らないと言っていますが、崔銀姫さんが拉致された時、港まで金正日が迎えに来ています。ミス孔も金正日の秘密パーティに呼ばれており、「いい結婚をさせてやる」と言われています。田口八重子も金正日の秘密パーティに呼ばれており、そこには日本人の夫婦もいたと、金賢姫に話しています。自分が拉致した人をパーティに呼んで、「結婚させてやる」とか勝手に名前を付けたりするという大変悪趣味なことをやるテロリストが金正日です。

世界中で拉致とテロを行なった責任者は金正日であるということを強調して、報告を終わります。

各国の対応についてのフロアーからの質問に付き、西岡力常任副会長の答え。

最後に、被害者を出している各国政府がどのような対応をしてきたかに触れておきます。

タイ政府は北朝鮮政府と直接交渉をしています。ルーマニア政府は、北朝鮮に対し調査依頼をしています。外交レベルで拉致問題を取り上げているのは、日本、韓国以外にこの2国です。北朝鮮は、「そういう人はいない」と昔我々に言っていたことと同じことを言っていますが、証拠が出てくれば、より具体的に身元が明らかになれば、さらに追い詰めることができると思います。

問題は中国政府で、安倍総理が訪中した時、温家宝首相の夕食会で、「ジェンキンスさんが本を出したことでタイ人やレバノン人の拉致が明らかになりました。中国にも拉致被害者がいるんですか」と質問されたと聞いている。それに対し温首相は、「確認されていません」と応えたそうです。しかし、具体的な証言がすでにあるわけで、2人の中国人被害者は平壌にあるインドネシア大使館に飛び込んでいるのですからその事実をインドネシア政府が確認すれば、中国政府も動かざるをえないというか、動くのではないでしょうか。今の所中国政府は、私と島田副会長は、家族会の増元さんとともに2006年8月、北京を訪問し、国策研究所の学者と拉致問題で討論しようと思ったのですが、中国人拉致の資料を持っていったところ、我々が北京に着いたあと突然キャンセルされてしまいました。中国の窓口である外務省も会ってくれませんでした。そういう姿勢です。

レバノン人の被害者の証言で明らかになったフランス、イタリア、オランダについては、ニューヨーク代表部を訪問して話をしたところ、フランス代表部は、「既にその話は知っています」、イタリアは、「知っていて、自分たちも調査している」ということでした。オランダは「初めて聞いた」ということで、新聞などを見せ、オランダからもレバノン政府に資料の提供を求めたらどうかとアドバイスしました。

マレーシアとシンガポールについては、シンガポールで起きた5人の女性の失踪事件で、事件の捜査は続いています。しかし、捜査当局が北朝鮮による拉致と断定する段階には至っていません。「決定的な情報はないですか」と聞かれました。

 (島田陽一副会長の補足)

 中国政府についてですが、北朝鮮の核実験を受けて、安保理で1718号制裁決議が通りましたが、「拉致を含む人道上の懸念にも北朝鮮は応えるべきだ」という一項を入れさせようと動いたのですが、「拉致を含む」について強行に落とさせたのが中国政府だと、大島賢三国連大使から直接聞きました。我々がニューヨークを安保理常任理事国と拉致被害を出している国の代表部を訪問しましたが、常任理事国であり拉致被害国でもある中国だけが面会を拒否しました。「大使は時間がなくて会えない」という返事でしたので、「その次の人でも」と言ったのですが、「次席も三席も大使は皆忙しい、公使も忙しい」ということで、結局時間切れに持っていかれました。

 それで思い出したのですが、ブッシュ大統領が横田早紀枝さんと会われた時、最初に「お忙しいところをありがとうございます」と言ったら、ブッシュ氏は「私は人権問題について語れないほど忙しくない」と答えました。中国は、公使レベルでもブッシュ大統領より忙しいのでしょう。

 さらに問題なのは、中国は北朝鮮難民を強制送還し続けていることです。その中には拉致被害者やその家族、あるいは重要情報を持った人が含まれている筈です。自国から拉致被害者が出ているにも関わらず、拉致について重要情報を持っている北朝鮮難民を送り返し続けているというのはとんでもない話です。さらに金正日体制を支えるためのエネルギー支援を続けています。中国政府こそが拉致問題解決の癌であると断言してもいいと思います。

 6者協議に関して、日本が、拉致問題に中国も協力してください、という言い方は止めるべきだと思います。2006年8月に中国に行った時に、「中国にも拉致被害者がいるんですよ。同じ拉致被害者を出している国として協力して北に圧力をかけましょう」と呼びかけにいったのですが、中国は日本政府が協力を求める相手ではなく、妨害をやめさせ、一緒に北に圧力をかけさせる存在であるとの認識の下、6者協議で中国が「拉致問題を持ち出すな」と言った時には、「被害者が出ているのに恥ずかしくないんですか」くらいのことは言うべきです。

 安倍首相が、質問形式で「中国人拉致被害者はいるんですか」と政権のナンバー2にぶつけています。首相自らジャブを放っているのですから、日本政府も「被害者を出しているのになぜ中国は動かないのか」と思うようになれば、中国も面子を重んじる国ですから動かざるをえなくなると思います。国際社会が見ている前で、中国政府にプレッシャーをかけるべきだと思います。

総合司会 櫻井よしこさん

 拉致問題における中国の役割は大きいと思います。この場を政治的な場にしてはいけないと思い、表現を控えていましたが、島田さんの話を聞いて、とても大事なことは、世界の拉致被害者たちが、金正日の拉致に対する許すことのできない暴虐に対し憤るとともに、もっと大きな枠組みの中で見る必要があると思います。なぜ金正日はこのようことをしながら国民を苦しめ、拉致を重ねながら生きていることができているのか。それは中国の支援があるからにほかならないのです。中国はなぜ金正日体制を支持するのか。それは、金正日を今のまま生き延びさせておくことが、中国共産党の利益にかなうことだからです。こういう構図の中で見る時に、私たちが取組むべき敵は、中国共産党の人道を無視した、21世紀の価値観に真っ向から挑戦する姿勢であろうかと思います。

 私はそれを政府にだけ求めるのは無理なのだろうと思います。わが国政府は、非常に長い間、様々な理由で事実上放置してきました。国民もまた同じでした。しかし今、私たちはようやく目覚めて、国民が一体となって取組まなければならないことであり、国民の熱意が政府を動かすことを実感しています。であるならば、拉致問題の解決を訴える国民レベルの運動において、私たちは金正日体制だけを標的にするのではなく、それを支える中国共産党の価値観こそおかしいとすべきなのではないでしょうか。国連の常任理事国の一角を占めておきながらこの人類社会の人道や自由や民主主義のすべてを踏みにじるような、大国として君臨するかのような態度は許容しがたいというメッセージを送るべきだと思います。



【参考資料1】世界12カ国で行われている北朝鮮による拉致犯罪



家族会・救う会

2006年12月

 北朝鮮による拉致は全世界で行われている。最低12カ国の国民が拉致されて現在も帰れずにいる。

 2002年9月、北朝鮮政府は13歳の少女を含む日本人を拉致したことを認めた。

 韓国政府によると朝鮮戦争中に8万2959人、戦後に489人の韓国人が北朝鮮により拉致され抑留され続けている。

 家族会・救う会の調査で、タイ人、レバノン人、ルーマニア人、中国人の拉致被害者の存在が判明し、フランス人、イタリア人、オランダ人、ヨルダン人、マレーシア人、シンガポール人拉致に関する有力情報が明らかになった。

 すなわち、拉致被害国民は最低合計12カ国に上る。

 北朝鮮による拉致は日朝2国間に限定された問題でない。世界中12カ国以上をまたにかけて北朝鮮が行った国家テロに対して、国際社会が団結して解決すべき問題である。

 日韓以外の拉致について概要をまとめておく。

1 タイ人拉致

 帰国した拉致被害者曽我ひとみさんとその夫ロバート・ジェンキンズさん夫妻は、2005年「ジェンキンズさんと同じような脱走米兵があと3人おり、その妻は全員拉致被害者で、タイ人のアノチャAnochaさん、レバノン人のシハムShihamさん、ルーマニア人のドイナDoinaさんだった」とし、彼女らから聞いていた身元情報を詳しく証言した。

 2005年10月、曽我・ジェンキンズ証言がタイで大きく報道され、1978年7月2日、マカオで失踪したタイ人女性アノーチャーさんの家族が名乗り出た。同年11月家族会・救う会が家族と面談して調べたところ、失踪時期・場所「1978年7月・マカオ」、失踪経緯「自称日本人男性の観光案内をしているとき海岸で襲われ船に無理矢理乗せられた」、家族関係「父と兄一人」、失踪前の職業「ホテルのマッサージ師」が曽我・ジェンキンズ証言と完全に一致した。タイ政府は北朝鮮政府に対して調査を要請したが、北朝鮮政府はそのような女性は国内にいないと回答した。

2 レバノン人拉致

 曽我夫妻が証言したレバノン人のシハムさん拉致についてはすでに事件の概要が明らかにされている。1978年7月、Siham Shraidhiさんが他の3人のレバノン人女性とともに日本企業に就職させると騙されて北朝鮮に連れて行かれた。1979年、そのうち2人がベオグラードで隙を見て脱出に成功した。レバノン政府が北朝鮮と交渉して残りの2人も1979年11月に取り戻した。しかし、シハムさんは北朝鮮で脱走米兵と結婚し妊娠中であったため、再び北朝鮮に戻り、現在も北朝鮮に住んでいる。

3 ルーマニア人拉致

 ルーマニア人被害者のドイナさんに関しては、曽我・ジェンキンズ証言以外に情報がない。1978年7月、イタリアで絵の勉強をしているときに、画家になるため香港あるいは日本に行こうとだまされ拉致され、脱走米兵と結婚し息子を二人もうけたという。1984年から曽我夫妻と同じアパートで暮らし、1997年に癌で死亡した。父はルーマニア人、母はロシア人で両親はルーマニアにいるという。すでに外交ルートを通じて日本からルーマニア政府にこの情報は伝達されているが、現段階で該当するルーマニア人失踪者は見つかっていない。

4 中国人拉致

 タイ人女性アノチャさんが拉致された1978年7月2日に、二人のマカオ人女性が失踪している。アノチャさんと同じく自称日本人に観光案内を頼まれ、姿を消している。Hotel Lisboa宝石店店員のHong Leng-iengさん(1957年生まれ)とSo Mio-chunさん(1955年か1956年生まれ)だ。

 一方、「Hongさんというマカオ人拉致被害者女性と親しくつきあっていた」と証言する韓国人拉致被害者がいる。1978年に北朝鮮に拉致され1986年に脱出した韓国人女優崔銀姫氏だ。

 家族会・救う会は、2005年12月崔銀姫氏からHongさんの身の上などに関する話を詳しく聞き取り、2006年1月マカオで孔さんの家族から確認作業をしたところ、家族構成「母親と弟一人がマカオにいる。マカオに逃げてくるとき一緒に来られなかった父親は中国本土に住む」、父母の職業「教師、針仕事」、学歴「高校時代バレーボールの選手、高校卒業後、大学に行きたかったが、弟を大学に進学させるため就職」、職業「宝石店店員、副業観光ガイド」、年齢「拉致されたとき20歳の夏」、宗教「カソリック」などすべてが一致した。また、崔氏は孔さんのバブテストネームが「マリア」だと証言したが、家族はそれを覚えておらず、後日教会に確認して間違いないことが判明した。

 2006年10月8日、訪中した安倍総理は晩餐会の席で温家宝・総理に「中国人で拉致された人はいるか」と尋ねたが、温総理は「確認されていない」と回答した。

5 フランス人、イタリア人、オランダ人拉致 

 前述した通りレバノン人拉致被害者は1979年に救出されたが、その直後にレバノン政府の聞き取り調査を受けた。『EL NAHAR』(レバノンのアラビア語新聞)1979年11月9日付には、そこで彼女らがヨーロッパ人拉致について次のような証言をしたと報道されている。

「パスポートを没収された後、ある施設に移送された。同施設では、柔道、テコンドー、空手のほか、盗聴などあらゆるスパイ活動のための訓練が行われ、金日成思想への洗脳も行われた。同施設には28人の若い女性がおり、その中にはフランス人3人、イタリア人3人、オランダ人2人、その他中東や西ヨーロッパからきた女性が含まれていた。また、彼女らは反抗することが不可能であった」。なお、現在レバノンや米国などに住む3人の被害者女性は北朝鮮のテロを恐れているためか、マスコミの取材を拒否し沈黙を守っている。

 フランス人拉致被害者については、韓国人拉致被害者の崔銀姫氏の次のような具体的な証言がある。

 「フランスに派遣されていた工作員は、東洋の富豪の子息のふりをして、これはと思った女性に接近、物量攻勢で誘惑した。そのフランス女性は虚栄心が強かったのか、誘惑に負け工作員と婚約するに至った。

 工作員は婚約者に婚約記念旅行をしようといって中国に連れて行き観光旅行をさせたのち北朝鮮まで連れて来た。

 平壌空港に到着すると、その工作員はどこかに消えて、代わりに別の工作員が現れ、その女性を引き受けた。フランス女性が婚約者を探してほしいと頼むと、新しく担当した工作員が、「そんな人はここにはいない』といって、彼女を招待所に軟禁し、洗脳工作を始めた。」(崔銀姫・申相玉『闇からの谺・下』文春文庫31〜32頁)。

 崔氏は家族会・救う会に、「この情報を伝えてくれた人物は、招待所の中だけを巡回する理髪師の男性だ」と明らかにした。

 また、大韓航空機爆破テロの犯人である元北朝鮮工作員金賢姫は著書の中で、崔証言とほぼ重なる以下のような拉致被害者を主要する施設に勤める世話係の女性から聞いた話を記している。

「この前拉致されてきたかわいい外国人の女性がいたんだけど、北朝鮮工作員にだまされて連れてこられたんだって。北朝鮮にくるやその工作員はどこかに消えてしまい、その外国人女性は自分を連れてきた工作員を探してくれと何回も頼んだけど、たわごとを言うな、と毎日殴られていたのよ」(金賢姫『忘れられない女 李恩恵先生との二十ヵ月』文春文庫248〜249頁)。

6 ヨルダン人拉致

 崔銀姫氏は北朝鮮で、拉致被害者である可能性が高いヨルダン人に会っている。家族会・救う会が崔氏から聞き取ったヨルダン人情報は以下の通り。

 1978年12月から79年春頃、平壌・東北里招待所4号閣に住んでいた。散歩中に一度出会い、言葉を交わした。「ヨルダンから来た」といっていた。20代に見えた。崔はそのとき手編みした毛糸の帽子をかぶっていた。

 招待所の職員を通じてその帽子はどこの外貨ショップで売っているのかと尋ねられ、手編みだと答え、その後で彼女のために毛糸の帽子を編んで贈り物した。クリスマスにハンカチーフをお返ししでもらった。

 大きな声で指導員に不満を言っているのを木の間から目撃したことがある。指導員とともに比較的自由に買い物などに行っていた。

 スパイ訓練を受けた後、北朝鮮から出てスパイとして活動しているのかも知れないと推測している。

 ちょうどその頃、ヨルダン国王が北朝鮮に来た。自分の国の人間がここに拉致されているのに、北朝鮮当局から歓迎されておかしいと感じた。

7 マレーシア人、シンガポール人拉致

 1978年8月20日、5人の女性が拉致される事件が起きている。自称日本人の男性2人がエスコートガール会社に船上パーティーへ女性の派遣を依頼し、派遣された19歳から24歳の女性5人が船ごと行方不明となった。マレーシア人Yeng Yoke Fun,22、Yap Me Leng,22、Seetoh Tai Thim,19、Margaret Ong Guat Choo,19、とシンガポール人Diana Ng Kum Yim,24歳、だ。

 2005年、5人の写真を見たジェンキンズさんが、そのうちYeng Yoke Funさんについて「1980年から81年にかけて目撃した平壌の遊園地の売店で働いていた女性と似ている」と証言した。

 先述のごとくマカオで起きたタイ人、中国人拉致事件の犯人もやはり自称「日本人」だったが、その似顔絵をシンガポール警察がエスコート会社経営者に見せたところ、「5人を拉致した犯人とそっくりだ」と証言した。

 Yengさんの兄が2005年12月16日、クアラルンプールのマレーシア華人協会(MCA)の会館で記者会見して、妹の救出を訴えた。

 一方、この事件との関係は明らかではないが、崔銀姫氏は北朝鮮抑留時に招待所のおばさんから「マレーシア人の夫婦が別の招待所にいる」ときいている。

8 12カ国からの拉致の背景

 全世界で起きた北朝鮮による拉致事件は、1970年代後半に集中している。

事件発生時期が明確なタイ人、レバノン人、中国人、マレーシア人、シンガポール人拉致は1978年に事件が起きている。フランス人、イタリア人、オランダ人、ヨルダン人、ルーマニア人拉致も70年代後半になされたことは証言などから明らかだ。日本人拉致も70年代後半に集中している。韓国でも1977年から78年に海岸で5人の男子高校生が拉致する事件が連続して起きている。

 元北朝鮮工作員の安明進氏は「拉致は遅くとも1960年代からあったが、本格化するのは70年代中頃からだ。74年金正日が後継者に選ばれた後まず手を伸ばしたのが資金、人材のすべてが優先的に回されている朝鮮労働党対南工作部門だ。金正日は工作部門を掌握するために、74〜75年にそれまでの工作活動を検閲し、その成果はゼロだったと批判した。そして、『工作員の現地人化教育を徹底して行え。そのために現地人を連れて来て教育にあたらせよ』という指示を出したのだ。その指示により、日本人をはじめとして韓国人、アラブ人、中国人、ヨーロッパ人が組織的に拉致された。自分はこのことを金正日政治軍事大学で、金正日のおかげでいかに対南工作がうまくいくようになったかという例として学ばされた」と証言している。安明進氏以外の複数の元工作員もほぼ同じ内容の証言をしている。

 北朝鮮の独裁者金正日こそが全世界で多くの人々を拉致した、許し難い国家テロの首謀者である。 


【参考資料2】EL NAHAR紙79.11.09(金)



公安による調査の中で北朝鮮からの帰還者2人はスパイ活動の訓練を受けた

 公安部長であるファールーク・アビー・アルムルマウは司法当局に対し、スパイ活動をさせるため北朝鮮にレバノン人女性4人を派遣したスパイ網に関与している嫌疑で、レバノン人男性への逮捕令状を請求した。

 公安の担当部署は、レバノン外務省が駐レバノン北朝鮮通商代表部部長に働きかけた後、数日前にようやくレバノンに帰還したシハーム・シュライテフ、ハイファ・サカーファに対する調査を行い、同調査に基づいて令状の請求を行った。

 最初の調査によると、同レバノン人男性は当初、現在の劣悪な社会情勢に苦しむ若いレバノン人女性をターゲットにしており、東京または香港のいずれかのホテルでの仕事を口実に、4人のレバノン人女性を誘い出すことに成功した。その仕事の賃金は、月給1、500ドルに加え、契約成立後に支度金として3、000ドルを支払うというものであった。

 4人の女性らがパスポートと荷物を準備した後、同レバノン人男性が東京までのチケットを用意した。その女性らは飛行機に乗り、東ヨーロッパのある国の首都にある空港に降り立ち、その後、いくつかの空港を経由して北朝鮮の首都平壌に到着した。

 シハームとハイファ、またその他の2人は、パスポートを没収された後、ある施設に移送された。同施設では、柔道、テコンドー、空手のほか、盗聴などあらゆるスパイ活動のための訓練が行われ、金日成思想への洗脳も行われた。

 シハームとハイファによれば、同施設には28人の若い女性がおり、その中にはフランス人3人、イタリア人3人、オランダ人2人、その他中東や西ヨーロッパからきた女性が含まれていた。また、彼女らは反抗することが不可能であったと強調する。

 公安はシハームとハイファの二人が極秘手段で北朝鮮から東ヨーロッパに出国した後、ベイルートに帰還させ、彼女らから詳細を聴取した。その後、駐レバノン北朝鮮通商代表部部長を召喚して、シハーム・シュライテフとハイファ・サカーファの返還を要求していたレバノン外務省に彼女らの帰還について伝えた。
  
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