救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

今ここまで言える日本人拉致の全体像ー東京連続集会91全報告



◆小船を隠す小島がない場合は拉致した後、母船が海岸に近づいてくる

西岡 地村さんから拉致された時の状況を詳しく聞きました。地村さんが一番怖かったのは、ゴムボートから小船に移る時、袋に入れられていたわけですが、放り投げられたそうです。海に落とされるのかと思ったそうです。本当に怖かったと、鮮明に覚えているわけです。
 地村さんはゴムボート→小船→母船と2回乗り換えています。ところが曽我さんにも詳しく聞いたんですが、「1回しか乗り換えていない」と。「よく思い出してください。混乱していたからじゃないですか」と聞いたんですが、「1回しか記憶にない」ということでした。
 蓮池さんが話したことを入手すると、蓮池さんも1回しか乗り換えていない。つまり、曽我さんと蓮池さんの場合は、無人島がないんです。だから小船は帰っていたのではないか。母船に収納されていた。だからゴムボートがかなり長い距離を行き、母船も危険を冒して領海内に入ってきて回収したのではないか。
 無人島がない拉致被害者は1回乗り換えており、無人島があるところの地村さんたちは2回乗り換えていた。このことと、惠谷さんが言った、「小船を無人島に隠していたのではないか」ということが、ぴったり合ったのです。
 もう一つ、富山の未遂事件では、袋に入れられた後、林の中に置かれて、「静かにしなさい」と言われた。本来なら早くゴムボートに乗せて逃げた方がいいのに、あそこも無人島がなかった。そうなると、ゴムボートで長い距離を行くのは大変だから、母船がかなり接近してくるまで待っていたという仮説も成り立ちます。
恵谷 あの時は、夕方とはいえまだ少し明るかったということで、もう少し暗くなるのを待ったという可能性も考えられますが、間違いないことは、ゴムボートはどこかに隠しており、それに積み込んで沖合に出る。島がない場合は小船を使わずに母船が海岸近くまで入ってきて、ゴムボートを回収して搬送する作戦ではなかったかと思います。

  
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国民大集会「もう我慢できない。今年こそ結果を!」
「もう我慢できない。今年こそ結果を!」。2月2日に家族会・救う会合同会議で決めた今年の運動方針です。 拉致被害者家族の高齢化が進み、「生きている間に被害者に会えないかもしれない」という言葉が出るようになっています。経過はすべて説明して頂くことはないと思います。しかし、今年中にぜひ結果を出して欲しいということが、家族会・救う会そして心ある日本人の心の底からの叫びだと思います
2014年4月27日午後2時午後5時 日比谷公会堂
東京都
千代田区
日比谷公園1-3