救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

「アメリカから見た拉致問題−東京連続集会74」全記録



◆2001年が日本人拉致事件解決への日米共闘の始まり


古森 本日はお招きいただき、ありがとうございました。
 私はこれまでワシントンには毎日新聞と産経新聞のそれぞれ特派員として合計3回、通算すると20数年、駐在してきました。産経新聞に入ったのが1987年だったので、拉致問題への関わりはだいたいすべて産経新聞記者としてということになります。しかし単に記者としてだけでなく、同胞の悲劇の解決に少しでも協力をしたいという、いわば日本国民の一員としてのかかわりも自然と続ける形となりました。
 とはいっても、新聞記者というのは、中立を保たなければいけないということで、一時はこの拉致問題解決のための努力というのも一種の活動でした。決して政治活動とはいえないでしょうが、人道主義の活動ということです。それでもなお記者が表に出てはいけないのかなと、ずっと黒子の役に徹してきたという形です。
 しかし、振り返ってみると、ずいぶんかかわりがあったなあと思います。いまここで「アメリカから見た拉致問題」というテーマでお話しするわけですが、皆さんのお手元に、「日米関係の中の拉致事件」という資料の産経新聞記事(25.01.06-10)があります。
 これは今年1月に、総括ということでかなり一生懸命に書いた連載記事です。今までの長い経験というか、一番重要なところを全部まとめて書いた記事ですから、これからお話することも、多分にそことダブリます。この記事に全く出てこない大変なことをお話しするというわけではありません。
 これまでのワシントンでのお手伝いを考えると、西岡会長からも言及があった、2001年の会合をどうしても思い出すんです。ワシントンというのは冬が寒く、東京より寒くなります。
 もう3月に入っていましたが凍るような夜でした。家族会、救う会の代表11人の初めてのアメリカ訪問の最後の夜でした。救う会からはそれ以前に荒木和博さん、福井義高さんがすでにワシントンにこられていましたが、家族会の方々は初めてでした。
 その最終日の夕食の集まりに私も参加させていただきました。横田さんご夫妻、蓮池薫さんのご両親、有本恵子さんのお母さん、浜本富貴恵さんのお兄さん、そして地村保志さんの父親の保さん、救う会からは西岡さん、島田さん、荒木さん、福井さんという面々でした。
 日本レストランに入ったんですが、寒いということもあり、小さなレストランということもあって、何かこう最初は暗い、沈うつな気分だったんです。元々悲しいことですからそういう雰囲気があるのは当然ですけれど。
 みなさんはそれまでの1週間くらいの滞在の内に、アメリカの政府や議会や民間関連機関の代表たちと連日、会合を重ねた。そういう疲れからか、非常に言葉も少なかった。拉致事件解決への進展が具体的にあったわけでは決してない。ですから明るい感じも少なかった。私自身はこのときに初めて、愛する方々を連れ去られた家族の側の悲しみや苦しみを改めて肌身で感じたことを今でもよく覚えています。
 しかしそれでも、夕食の場のみなさんは、「ワシントンに来てよかった」、「心強い」というような感想をぽつりぽつりともらしていました。どこか温かい希望のような思いも感じさせられたんです。この一行の訪米のための事前の準備にお手伝いした人間としては、一息つく思いでした。
 当時はジョージ・W・ブッシュ大統領が登場して約30日、2001年の2月下旬からの訪米でした。アメリカ側の代表たちは日本側のみなさんが驚くほど前向きに対応してくれました。今思えば、この訪米が北朝鮮による日本人拉致事件解決への日米共闘の始まりといえるかもしれません。
 例えばこの訪米団に会った国務省のトム・ハバード次官補代行は「北朝鮮とアメリカとの接触では、今後日本人拉致解決を必ず提起していきます」と明言しました。日本側の地村保さんが、「これでアメリカから北朝鮮に圧力がかけられるということでよかった、日本政府もぜひ同じような動きをしてほしい」と話していました。
 アメリカ側の対応が頼もしくみえたというのは、はっきりいって日本側の対応が好ましくなかったからでしょう。日本政府は当時、北朝鮮による拉致を公式には認めず、被害者家族には暗に沈黙を求めていたわけです。日朝国交正常化交渉を進める外務省は北への食糧援助を唱えていた。例えば当時の幹部、アジア大洋州局長のポストにいた人なんかは、「(拉致された)たった10人のことで正常化交渉が止まってよいのか」とまで述べて、それがとがめられることもほとんどなかったのです。
 しかしアメリカ側では政府も議会も拉致を北朝鮮の犯行として認めるという前提で日本への協力を申し出て、日本人拉致を「いま進行中のテロ活動」と定義づけた。この時のアメリカの協力と激励の表明が、日本での活動の支えの一部にはなったといえると思います。
 とはいえ、これは拉致問題解決の本質部分だと思うんですが、この拉致事件というのは、あくまで当事国である日本が主権国家として自主的に解決すべき課題であること、言わずもがなです。外国政府によって連れ去られたままの日本国民を救い出すことは、まず第一に日本の国家や国民の責務だと思います。他のどの国に委託することもできない。しかし、解決のために利用できる、あるいは協力が得られる相手があれば、どんな手段でも試してみるべきだと私は思っています。


  
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