朝鮮戦争(6・25)北朝鮮の拉北者(被拉致者)の人権
朝鮮戦争の北朝鮮拉北者の実態と送還努力

1.朝鮮戦争拉北者の悲劇

2.戦争拉致の実状と規模

3.解決法案および課題

朝鮮戦争(6・25)北朝鮮の拉北者(被拉致者)の人権
朝鮮戦争の北朝鮮拉北者の実態と送還努力

※この論文は、2005年12月、韓国で行なわれたフリーダムハウス主催の集会に寄せられたものです。

李美一(イ・ミイル)/(社)朝鮮戦争拉北者人士家族協議会理事長

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3.解決法案および課題

 拉北第1世代はほとんどが老齢ですでに亡くなっているか、つぎつぎと亡くなっている。戦争拉北者の生死の確認を最優先に至急行われなければならない。

 拉北事件は対象者を決め、組織的に細胞まで操作して拉北したため、一般的な戦争被害とは明確に区別される反人倫的戦争犯罪である。北朝鮮も人を拉致することは戦争中であれ、平和時であれ犯罪であると考えているため、拉北者という用語そのものを認めることができないでいる。日本も日本人拉致被害者らを送還するための協議で、失踪者という用語を使用し、経済支援と連携して劇的に送還することに成功した。ドイツは旧東ドイツと分断された状態で一定金額をわたして第三国に追放するというやり方で東ドイツの政治犯らを連れてきた。費用は政府が準備し、協議は教会と民間団体らを全面的に前に立てて推進した。現政府は我が拉北者問題は日本やドイツと同じ方式では解決することができないと主張した。しかし、これらの国々の経験から習うべき点まで無視してはならない。北朝鮮は現在、外部の援助がなければ体制を維持することが難しいほどの困難に直面している。北朝鮮が引き続き南北協議のテーブルに着く理由も、韓国の支援を受けるためである。我が政府が北朝鮮を支援する対価を通じて、自国民である戦争拉北者の生死だけでも確認できなければならない。

  1. 実態把握
    現時点では、もっとも急がねばならないことは戦争拉北者の実態把握である。過去に作成された名簿は拉北の事実を立証する根拠資料にはなるが、北朝鮮に生死確認のため送る資料としては適切でない。政府は大韓赤十字社と統一部で受けた<離散家族捜索申込書>に「別れた時期」と「事由」が記載されていて、別に受ける必要がないという立場である。そのために拉北者を見分けることができなくなった。拉北者家族らは北朝鮮に住所がなく、一般離散家族捜索申込みに該当事項がないことを知り、申し込まない人が大半である。政府は拉北者家族らも離散家族捜索申込みをすると生死確認ができると広報している。しかし、我が家族会員の中で94歳になったハン・カプチンお母さんと91歳になったキム・ジプチャお母さんの二人が一般離散家族として当選し、依頼書を北朝鮮に送ったが、北朝鮮内の住所がなく生死確認不可という回答を受けるしかなかった。戦争拉北者は一般離散家族捜索では、生死確認が不可能で別の協議が必要である。まず朝鮮戦争拉北者名簿を作成しておくことがもっとも急がれる。朝鮮戦争拉北者名簿の作成は北朝鮮に生死確認をするためにも至急必要であり、韓国の正しい歴史を明らかにするにもかならず必要である。
      

  2. 生死確認
    この問題を解決することがもっとも重要である。政府は南北間の会談と協議から、拉北者という用語を使用しなくても持続的に「拉北者問題」を議題に上げ、まず生死確認だけでもするようにしなければならない。

    去る2002年9月南北赤十字会談で「戦争拉北者」という用語は使用できなかったが、「戦争中消息が分からなくなった人達の生死と住所を確認しようとする協議」をした。また去る2005年6月23日ソウルで開催された南北長官級会談では「第6次南北赤十字会談を8月中に開催し、戦争当時生死がわからなくなった人達の確認など、人道主義の問題を協議することにした」という共同報道文が出た。このような状況を考慮すると、政府が努力すればいくらでも解決できる問題である。ただ、北朝鮮の強硬な姿勢を考慮した現実的な接近も必要である。

    6月、長官級会談で停戦後拉北者も共同報道文に含めようとしたが、北朝鮮が拒否したため報道文の採択が2時間ほど遅延された。2005年8月23日から3日間、開催された南北赤十字実務会談に韓国側の赤十字代表らは共同報道文の内容の中で「人々の生死確認など人道主義の問題」の部分に戦後拉北者問題が含まれると考え、私たちが作成した朝鮮戦争拉北者生死確認依頼書(500枚)・国軍捕虜(1,000人:1枚あたり25人を記録した用紙40枚)・戦後拉北者(408余人:20枚)の名簿を一緒に製本して持参した。しかし北朝鮮側では、予想通り「戦後」という「話は持ち出すな」と頑強に拒否した。

    結局、協議全体が霧散してしまった。韓国側の代表らが長官級会談でも協議できなかった戦後拉北者問題を無理に含めようとし、協議するように明文化されていた朝鮮戦争拉北者生死確認問題まで進展を見ることができなかったのである。朝鮮戦争拉北者は、停戦後拉北者問題とは発生の背景と解決課題などが異なる。戦後拉北者問題の場合、送還のために拉北という単語を放棄することができないものだが、戦後拉北者問題は早期に生死だけでも確認することが重要であり、そのためにはすでに「拉北」という単語を使用することまであきらめるという譲歩をしている。この点を考慮し、別に分離して対応しなければならない。

    その間政府は、離散家族捜索行事に停戦後の拉北者を一部加えて、進めてきた。このため、戦後拉北者50余人と国軍捕虜50余人が離散家族捜索行事に参加し、そのうち10余人の生死が確認され、再会も実現した。しかし朝鮮戦争拉北者家族らは1人も入れてくれなかった。いままで政府も2つの問題を区分して処理してきた。北朝鮮の態度を考慮すると、十分に解決可能な戦争脱北者の問題を先に解決しようとする融通性が必要なときである。朝鮮戦争拉北者らはほとんど亡くなったため、生存者がそれほど多くない。北朝鮮の立場からも書信交換、再開、送還の負担が少なく、また金正日自身が犯した犯罪ではないため、政府が積極的に協議を持続すれば十分に解決の見込みがあると判断する。ただし、誠実な生死確認のため、回答で「生死確認不可」というと対価がなく、死亡日付と経緯を知らせてくれたら一定金額を支払い、生存と近況を知らせてくれたらたとえば死亡の3倍の対価を支払うなど、戦略的な接近方法を考慮しなければならない。

    拉北者の場合、北朝鮮に住所がない。このような北朝鮮の事情を考慮すると、いますぐ多くの脱北者の生死を確認することは難しいと考える。しかし、スタートが重要である。1957年に朝鮮赤十字社中央委員会で回答してくれた、北朝鮮に住所が確認された337人中、現在家族会に登録された会員11人を手始めとして生死の確認を始めなければならない。
     

  3. 書信交換と送還
    無条件拉北当事者だけの送還を要求しない。新たな別れの苦痛を北朝鮮にいる家族に味あわせたくないためである。政府は生死確認がされると朝鮮戦争拉北当事者が死亡していた場合には遺骸を送還し、生存していた場合には北朝鮮に生存家族がいなければ送還しなければならず、北朝鮮に家族がいる場合は書信交換・再会等ができるようにしなければならない。状況により送還し、家族らが待つことと、もどかしさに満ちた苦痛の生活を終え、残りの生を人間らしく平穏に送ることができるようにしなければならない。
     

  4. 記念館および記念碑建立
    政府は韓国に忠誠を誓い献身した朝鮮戦争拉北者の名誉である犠牲を記念するため、記念館と記念碑を建て、彼らに関する記録を残し、後世に伝えることで韓国の歴史的正当性と正しい近代史を教えなければならない。
      

  5. 朝鮮戦争拉北者の人権と名誉回復に関する法の制定
    上のように朝鮮戦争拉北者の問題が解決するには、朝鮮戦争拉北者の人権および名誉を回復する特別法を制定し、政府から自国民の保護義務を放棄しないようにしなければならない。

参考:社団法人朝鮮戦争拉北人士家族協議会の沿革および重要な活動の要約
2000.11.306.25事変拉北者家族会創立
2000.12.19朝鮮戦争拉北者生死確認のその日まで…100万人全国署名運動
2001.2.22第1回討論会開催(主題:朝鮮戦争中拉北者の実態と解決法案)
2001.6.25朝鮮戦争体験第1回「拉北の道に沿って歩く」行事開催
2001.9.6社団法人設立許可(統一部)
2001.11.15会誌[トゥッ]創刊号発刊(季刊誌)現在6号まで発行
2001.12.3創立1周年公聴会および資料展示会(場所:世宗文化会館コンファレンスホル)
2002.1.21[ソウル特別市被害者名簿]1950.12.1広報庁統計局作成
拉致・被殺・行方不明者名簿初公開記者会見
2002.2.21論文公募展「朝鮮戦争拉北人士生死確認の現実的解決法案」
2002.3.6[6.25事変被拉致者名簿]1952年大韓民国政府作成
全国で82,959名の名簿発見記者会見
2002.6.20朝鮮戦争拉北者名簿4種類を初めてデタベス化し本会ホームページにて検索サービス開始(広陵大キム・ミョンホ教授のボランティア)
2002.9.15日本人拉致被害者を救う会招請東京「第4次国民大集会」に参加連帯の辞
2002.9.23広陵大学校にて[朝鮮戦争および拉致被害]第1回特別講義
現在6回まで実施
2003.5.6日本人拉致被害者を救う会招請「第5次国民大集会」に参加、理事長連帯演説
2003.6.3米国防衛フォーラム招請「拉北者送還および北朝鮮人権改善要求」
国際大会参加上下両院委員と面談し名簿資料受け渡し、国連人権委員会訪問
2003.6.23,24「拉北者送還韓日共同要求大会」ソウルにて開催
主題:北朝鮮の拉致テロの始まりと現在
2003.7 月刊朝鮮と共に[6.25拉北者82,959名]という書籍発刊
2003.12.16第3回討論会(朝鮮戦争拉北被害者問題をどのように解決するか?)
2004.4.27米国国会図書館に拉北者名簿書[6.25拉北者82,959名]寄贈
2004.4.28北朝鮮自由協会がワシントンにて主催した「北朝鮮自由の日」行事出席会員加入、上下両院委員と面談
2004.5.3ニューヨーク国連人権委員会訪問/ニューヨーク国連北朝鮮代表部北朝鮮参事官と面談
2004.6.25朝鮮戦争拉北者遙拝行事「北に連れて行かれたお父様、今どこにいらっしゃいますか?」
場所:西大門独立公園、都羅山展望台
2005.2.17国会ジョン・ヨオク議員[朝鮮戦争拉北者名誉回復および支援に関する法律案]
統一外交通商委員会代表紹介発意
2005.4.1416[朝鮮戦争拉北者名誉回復および支援に関する法律案]制定要求
資料展示会場所:国会議員会館ロビー
2005.6.21第2回「拉北の道に沿って歩く」西大門刑務所→牛耳洞(ウイドン)松の森(16km歩く)
2005.6.22月井里民統線内記念植樹
2005.6.23第4回朝鮮戦争拉北者問題セミナー(朝鮮戦争拉北事件資料院開院記念)
主題:朝鮮戦争拉致被害に関する法的対応法案模索
2005.6.25家族会ホームページ開設www.625.in
家族会付設韓国戦争拉北事件資料院(Korean War Abductees Research Institute)開院。ホームページ開設www.kwari.org

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