横田めぐみさんの「患者死亡台帳」は、表紙の写真をよく見ると「入退院」という黒い文字が青いインキで消され「死亡」と書き改められていた。また、その台帳のめぐみさんとされる朝鮮名の欄は上から4行目だが、全ての行につけられている通し番号が「3?239」となっている。ところが、そのすぐ下の男性も「3?239」と同じ番号だ。ほかには重複はない。つまり、めぐみさんの欄をあとから偽造したとしか考えられない。
こんなもので、死亡を信じろといわれて、日本政府はもっともっと怒るべきだ。めぐみさんたちは生きているが、彼らがなんらかの理由で死んだとしなければならなかったのだ。
それではなぜ、金正日は「8人は死んだ」という嘘をついているのか。
これは一言で云うと、拉致は金正日の命令で行われたが、そのことを認めたくないため、生きているめぐみさんたちを「死んだ」ことにしたのだ。
まず、田口八重子さん拉致事件について検討しよう。北朝鮮は「工作員が身分盗用に利用する対象者を物色中、1978年6月29日宮崎県宮崎市青島海岸で本人が共和国(北朝鮮のこと・西岡注)に3日程度なら観光がてら行きたいという意向を示したことから、特殊工作員が身分を偽装するのに利用するために連れてきた」、「なお、李恩恵事件につき、北朝鮮側は、調査の結果、李恩恵なる日本人女性はいない旨発言」(「事実調査結果」)と主張している。田口さんは当時、1歳と2歳の息子、娘をベビーホテルに預けたまま、失踪した。田口さんから日本人化教育を受けた金賢姫の証言によると、田口さんはしばしば自分の子どもたちがいくつになるのか考えながら泣いていた。また、失踪当時田口さんの近所に住んでいた方の証言でも、田口さんは子どもたちをとてもかわいがっていた、という。北朝鮮の主張は田口さんとその子どもたちの人格まで冒涜する許せない謀略だ。金賢姫は大韓航空機爆破テロには金正日の直筆指令書があったと証言している。田口さんが帰ってきて金賢姫と再会すれば、大韓航空機爆破事件の真相と金正日の責任が明らかになってしまう。それを回避するために、死亡と発表した。
次に、元北朝鮮工作員の安明進氏の証言を紹介する。
「拉致は1960年代からあったが、本格化するのは70年代中頃からだ。74年、金正日が後継者に選ばれた後、対南工作部門、3号庁舎を掌握するために、それまでの工作活動を検閲し、その成果はゼロだったと批判した。そして、『工作員の現地人化教育を徹底して行え。そのために現地人を連れて来て教育にあたらせよ』という指示を出した。その指示により、多くの日本人、韓国人などが組織的に拉致された。自分はこのことを金正日政治軍事大学の『主体哲学』という科目の中で、金正日のおかげでいかに対南工作がうまくいくようになったかという例として学ばされた」(1998年7月新潟空港記者会見)。
先に書いたように、安明進氏は金正日政治軍事大学で1988年から91年まで何回も横田めぐみさん、市川修一さんを目撃したと証言していた。しかし、北朝鮮は、安明進氏は工作員などではなく「強盗殺人犯人」であり、金正日政治軍事大学など存在しないと主張している。めぐみさんや市川さんたちが帰ってきて安明進氏に会えば、その嘘がばれる。
有本恵子さんたち赤軍派日本人により拉致された3人が死亡とされた背景も、やはり金正日の責任回避がある。拉致の実行犯八尾恵は筆者に直接、金正日が与えた「日本革命テーゼ」という命令書があり、メンバーは全文暗記していると語った。彼女は有本さん拉致犯行に加わった後、日本に戻り、自衛隊内に北朝鮮のスパイを確保するため横須賀で防衛大学生に工作を展開して逮捕された。有本さんらが「死亡」とされたのは、金正日が命じた日本国内での秘密活動の実態が明らかになるのをおそれてのことだ。
今晩も北朝鮮の地で日本の助けを待ちながら、月や星を眺めている同胞がいる。金正日のついた2つの嘘を打ち破るたたかいに、多くの国民の皆様のご支援ご協力を心からお願い申し上げたい。
(文中一部敬称略)
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