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 日本人拉致の首謀者は誰か、その目的は何か。

 まず、元北朝鮮工作員の安明進氏の証言を紹介したい。

「拉致は1960年代からであったが、本格化するのは70年代中頃からだ。74年金正日が後継者に選ばれた後まず手を伸ばしたのが資金、人材のすべてが優先的に回されている対南工作部門、三号庁舎だ。金正日は三号庁舎を掌握するために、74〜75年にそれまでの工作活動を検閲し、その成果はゼロだったと批判した。そして、『工作員の現地人化教育を徹底して行え。そのために現地人を連れて来て教育にあたらせよ』という指示を出したのだ。その指示により、日本人をはじめとして韓国人、アラブ人、中国人、ヨーロッパ人が組織的に拉致された。自分はこのことを金正日政治軍事大学の『主体哲学』という科目の中で、金正日のおかげでいかに対南工作がうまくいくようになったかという例として学ばされた」(1998年7月新潟空港記者会見)。

 ここで安明進氏が語っている「三号庁舎」について触れておこう。これは北朝鮮を建国以来ずっと支配してきた朝鮮労働党中央委員会直属の対南工作部署の総称である。「三号庁舎」は統一戦線部、対外情報調査部、対外連絡部(最近、社会文化部が改称)、作戦部という朝鮮労働党中央委員会直属の四つの部からなる。

 金正日は金日成の後継者としての地位を固めるとすぐ「三号庁舎」を完全に掌握し、1976年初めに開かれた対南工作部門幹部会議で自分の対南戦略について体系的に演説した。安明進氏が金正日政治軍事大学の必修科目「主体哲学」で学習したのがまさにこれなのだが、私はその金正日演説の中味を入手した。「三号庁舎」で長年勤務したあと韓国に亡命した元労働党幹部シン・ピョンギル氏(仮名)が、ソウルで出版した「金正日の対南工作」の中で詳しく紹介しているのだ。その中で拉致に関係する部分を見ておこう。

 金正日は工作員の育成体系も変えなければならないと主張した。(略)特に南朝鮮などの資本主義社会に適応できるよう技術・生活習慣・言語風習を教えなければならないというのだ。金正日は「工作員が現地化、敵区化されるよう教養体系を変えねばならない」と釘を刺した。

 ここで言う、「現地化、敵区化」には、第三国人化と韓国(南朝鮮)人化の二つが含まれていた。そして前者については次のように語られる。

 金正日は第三国迂回工作においては、工作員が外国人の身分で合法化しなければならないと主張した。日本に行けば日本人に、中国に行けば中国人に、カンボジアに行けばカンボジア人になり、言語・習慣・職業問題を合法的に解決できなければならないと強調した。金正日は現地人と同化できたならば、工作はいくらでも自由にできると付け加えた。

 また後者についてはこう語られる。

(直接韓国に浸透する工作員は)合法的な身分と職業を持ち、南朝鮮の人になりすまさなければならないという。(略)そのためには彼らに多様な職業技術を教え、南朝鮮化・現地化されることに努めなくてはならないと強調した。南朝鮮の歌を歌い、南朝鮮の喫茶店と飲食店・料理店にも自由に出入りし、旅館・ホテルの利用にも不自然さがないだけでなく、商売をしても難のないように現地適応教育を行うべきだと主張した。このような教育は短期間内に済む性質のものでないので、一〜二年以上の長期教育を実施するべきというのだ。

 現在日本政府は北朝鮮による日本人拉致の被害者を15人公表している。このうち十人は平成9年版の警察白書にも載せられている。15人が拉致された時期は、1977年に久米裕さん、横田めぐみさん、翌78年に田口八重子さん、地村保志さん、浜本富貴恵さん、蓮池薫さん、奥土祐木子さん、市川修一さん、増元るみ子さん、曾我ひとみさん、曾我ミヨシさん、1980年に原敕晁さん、石岡亨さん、松木薫さん、1983年に有本恵子さん、となり、金正日の指示の直後に拉致が頻発していることが分かる。工作員を「現地化、敵区化」するために利用することが、拉致の目的だったのだ。また、これも安明進氏の証言によって明らかになるのだが、めぐみさんが拉致されたのと同じ年に韓国の海岸から高校生が拉致され、工作員を韓国人化するための教官として働かされている。それも同じく金正日の指示の結果だ。

 大韓機を爆破して115人の乗客乗員を殺したテロ犯人金賢姫は、まさに金正日の指示に従い作られた「日本人化された工作員」だった。よく知られているように彼女は1981年7月から83年3月まで「李恩恵」と呼ばれていた日本人女性から寝食を共にしながら日本人化教育を受けた。日本の警察は金賢姫の証言などから、「李恩恵」が1978年6月に東京高田馬場のベビーホテルに二歳と一歳の幼子を預けたまま失踪した田口八重子さんであることを突き止め、北朝鮮による拉致事件として公表している。

 金賢姫の証言によると彼女は1980年に平壌外国語大学在学中に党に召還され、「三号庁舎」対外連絡部の工作員となる。工作員の選抜は党が一方的に行い本人の意思は一切関係ない。選ばれた者は対南工作という重要任務を与えられたことをただ光栄と考えるのみだ。工作員養成教育の教官は彼女に、まず日本の小学校の教科書を与えて日本語を教えながら、「お前たちは初めてのケースだから教材集めに苦労した」と語った。田口さんは金賢姫と会う1981年7月には何とか朝鮮語で意志疎通ができるくらいであり、また北朝鮮の支配イデオロギーである主体思想についてもある程度、学習していたという。また、金賢姫の同期生は彼女を入れて八人だったから、その時点であと七人の日本人化教官がいたことはほぼ間違いない。

 つまり1976年の金正日指示に従って、北朝鮮工作員を日本人化するという悪辣な国家プロジェクトが工作員現地人化の一部門としてスタートし、教材集めと平行して教官に使う日本人の拉致が翌1977年からスタートしたということだ。また、日本旅券の偽造プロジェクトも始まり、日本旅券が精巧に偽造された。それをもって何回かの実習を行ったあと、修了生の中から選ばれた金賢姫が、日本人化プロジェクト開始からちょうど10年後の1987年11月ソウルオリンピックを阻止するため日本人になりすまして大韓航空機に爆弾を仕掛けて空中で一一五人を爆殺するという恐るべき国家テロを起こすのだ。

 拉致された日本人のもう一つの利用法は、その本人を洗脳して工作員としてしまうというものだ。これも、「工作員の日本人化」ではあるが、北朝鮮人を日本人に偽装するのでなく本物の日本人を「工作員化」してしまうという手口だ。金賢姫は、子どもを拉致してきて主体思想を教えて工作員として使おうとしたがうまくいかなかったと聞いたことがあるから、拉致された時点で13歳だった横田めぐみさんの場合は初めは本人を洗脳しようという計画があったのではないかと推測している。

 1970年ハイジャック事件をおこして北朝鮮に渡ったいわゆる「よど号事件」犯人が「工作員化された日本人」の典型的ケースだ。北朝鮮は彼らに主体思想による洗脳教育を施しながら、1976年彼らに日本人女性と結婚するように命じた。相手はもちろん北朝鮮国内にはいないから、様々な形で日本から呼び寄せさせたのだ。多くは以前からの恋人だとか、日本で主体思想に心酔していた女性らだったが、高知出身の福留貴美子さんは、北朝鮮とも主体思想ともまったく関係なくモンゴルに関心を持つOLだったのが、日本国内の工作組織によって拉致されよど号犯人の岡本武の夫人にさせられた。

 北朝鮮の人民管理は一方で洗脳、もう一方で反抗者は家族連座制で処罰というスタイルを取るが、よど号犯人らにも家族を持たせ、逆らうと自分だけでなく家族が処刑されるという恐れを抱かせたのだ。平壌で子供を産んだ後、1980年代に入りよど号夫人らもまた工作員としての活動に動員された。彼女らは日本旅券をもってヨーロッパ各地で「三号庁舎」工作員らとともに暗躍した。留学や長期旅行中の日本人青年に声をかけ、甘言で騙して北朝鮮に拉致した。石岡亨さん、松木薫さん、有本恵子さん、がその被害者だ。関係者の証言によるとよど号グループがヨーロッパ、南アメリカなどで拉致した日本人は20人にも及ぶという。

 有本さんを北朝鮮工作員の手に渡した八尾恵は2000年4月筆者に、金正日がよど号グループに与えた「日本革命テーゼ」という命令書があり、メンバーは全文暗記していると語った。彼女は有本さん拉致犯行に加わった後、日本に戻り、自衛隊内に北朝鮮の協力者を確保せよという秘密指令を実行するため横須賀で防衛大学生に工作を展開していて逮捕された。有本さんらが「死亡」とされたのは、まだ八尾らが隠し続けている日本国内の北朝鮮協力勢力の実態が明らかになるのをおそれてのことだ。

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